◆266
ふわりと髪を揺らす風。
アイレインの教会で休んでいたリピナは、温かくも寂しい風で眼を覚ます。
外は雨、窓は隙間さえなく閉じられた室内で揺れた風。
「......ルビー」
なんの根拠もないまま、リピナは友人の名をクチにした。もちろんそこにルビー ───ルービッドの姿はおろか気配さえない。それでも、疑う事なく友人の名をクチにし、ベッドから起き上がるリピナ。
ピエロ───クラウンに連れ去られたルービッド。クラウンと共に行動していた友人。
リピナにとって何よりも辛い現実となったのは、ルービッドが敵として行動していた事実だった。
幼い頃から一緒だったリピナとルービッドは一言で友人と言うには長すぎる程の時間を共にしていた。家族とも言える存在。その存在が今何を思い何をしているのかさえ、リピナにはわからない。
肉体的なダメージはほぼないにせよ、精神的に削られたリピナは、自分が見た事をキューレへ話し休ませてもらっていた。
「ヒーラーなのに、医者なのに、メンタル弱いなぁ.....私」
ベッドから離れ、窓の外を見て呟いたリピナ。雨の街アイレイン───リピナとルービッドが共に育ち、夢を見て旅立った街。
───私が怪我してもリピナが治してくれるから頑張れる。
そんな事をクチにしていた幼い頃。
───なんでも治してあげる、絶対私が助けてあげる。
幼いリピナはルービッドの言葉へそう返事をし、ふたりでバリアリバルを目指し、ルービッドは冒険者に、リピナはヒーラーであり医者になる道を進んだ。
「ルビー......どこにいるのよ......」
呟かれた言葉へ返事をするように、再び風が力なく頬を撫で消えた。
◆
全身の筋肉が刻まれ、骨が砕かれ、脳が直接焼かれるような感覚。そんな激痛を越えた感覚の中で、ルービッドは意識を保っていた。常人ならば痛みから逃れるように自我を捨て、全てから逃げ、二度と戻れないまでに堕ちる。
しかしルービッドは痛みを受け入れ、耐え、自分を保っていた。
視界───視力はもうない。
匂いも感じない。
身体の感覚もない。
でも痛みは休む事なく全身を駆け回り続ける。
そんな地獄とも言える中で、ルービッドは苦しみ続けていた。
焼き潰されたような感覚を持つ喉を必死に抉じ開け、ルービッドは友人の名を呼び続けるも、ついに声は途切れ一瞬全ての痛みが消え───全身を挽き潰すような痛み、血液が沸騰する熱、神経ひとつひとつを千切られる感覚が一気に押し寄せた。
◆
赤系の髪を持つ種族───竜騎士族は、飛竜ワイバーンと共に突然暴れる。無差別ではなく、冒険者や騎士を狙い、攻撃を仕掛ける竜騎士族。
絶滅したと言われている種族がなぜこのタイミングで現れ、クラウンに手を貸すのか。全くわからない状況でも、冒険者や騎士はすぐに対応───応戦する。数は圧倒的に竜騎士族が多く、ワイバーンも厄介な存在。倒れている者を守りつつの戦闘を強いられる冒険者と騎士は表情を苦く染める。
そんか中で、ひとりのピエロを見て動かない魔女エミリオ。
「おいエミリオ! 下がれ!」
手数を上げ攻撃を捌くためクロー系の武器で応戦していたアスランは、立ち止まって動かない青髪の魔女へ叫ぶ。しかしエミリオは動こうとしない。そんな魔女を狙って竜騎士族はワイバーンと共に攻撃を仕掛ける。
「......バカ魔女」
半妖精のひぃたろはエミリオを狙う竜騎士族をターゲットに翅───エアリアルを砕き飛ばす攻撃をしようとするも、エミリオから濃い魔力が一瞬溢れ、接近していた竜騎士族とワイバーンは凍り付く。
「うぜぇな」
エミリオのクチから呟かれた言葉が消える前に、竜騎士族とワイバーンは粉々に砕けた。
「おっほぉ~、雨を利用した氷属性 氷結系魔術と重力魔術とはやりおる。こりゃ本格的に邪魔になるなぁー........ここらで弾くか?」
フローが楽しげに呟くと、隣で聞いていたダプネはゆっくり剣を抜いた。
「アイツはわたしのターゲットだ。お前は見てろ」
◆
水溜まりを気にする事なく、必死に足を走らせる天使みよ。ワタポに頼まれ、怪我をしている猫人族のゆりぽよを連れヒーラーを探す中、みよは人が多く集まるエリアを感知し向かっていた。
人ひとり抱いて走り続けるには相当の体力や筋力が必要とされるが、今みよが抱き抱えているのは───濃いピンク色の毛を持つ猫だった。
「猫人族ってヤバくなったらガチ猫になるんだな、運びやすくて助かった」
天使が持つ翼は使わず、自分の足で進むみよ。変化したプンプンの雰囲気、ひとり残ったワタポ、気にならないハズもなく、みよはどこか焦っていた。そしてその焦りを加速させるように───みよは感知する。
まず背後───プンプンとワタポの場所からプンプンと思われる気配が大きく変化した。
そして前───今向かっている場所では大勢が必死に冷たい雰囲気の何かを相手にしている。
「なんっだよ、あぶねー場所か!?」
不安しか湧かないみよだったが、向かう場所はここ以外に決めておらず、とりあえずその場を自分の眼で見てから判断する事決め、数分後到着。
「うっわ.....赤い髪多すぎな.....そんで上にワイバーンとか、ここ街中じゃねーのかよ」
みよが呟いた意味は、街中にモンスターは入る事が出来ないハズだろ、という意味だった。決壊マテリアは今この瞬間もその効果を発揮している。しかしワイバーン───飛竜はアイレインの空を泳ぎ、火球や炎といった攻撃を平気で吐き出す。信じられない状態にみよはフリーズするも、腕の中で小さく弱い呼吸を繰り返す猫を見て、みよの脳は再び動く。
とにかく今は猫だ。そう判断したみよは周囲を確認。
───ババアはなんかヤッベー魔力になってるし、他に話しかけやすいのは.....
竜騎士族やワイバーン、飛び交う魔術や剣術を上手く抜け、一番話しかけやすい吸血鬼へ接近する。
「───あっぶね、焼けみよになっちゃうわ! チーズとかマヨネーズかけたらうまそうだなクッソ!」
「あら? みよちゃんコンバンハ」
ひとりの竜騎士族を容赦なく細切れにし、後天性吸血鬼のマユキはにっこりと挨拶する。
「えっぐ.....、てかマユッキー猫の治療できない!?」
「あたしには出来ないデスねぇ、女王様に話してみてはどうデス?」
そう言いマユキはみよを抱き、セツカの元へと走った。
常人───ではないマユキの移動速度は速く、みよは「んが」と声を溢したかと思えば既にセツカの前に到着していて、優しくその場に置かれる。
「じゃあ戻るデス。うろうろしてたら死にますよぉ~みよちゃん」
「マユキ?.....と、あなたは?」
燃えるような赤の髪を持つセツカを前に、みよは、
「また赤髪かよ、赤率たけーな」
と、どうでもいい事をクチにし、猫人族のゆりぽよを見せる。
「この猫、猫人族なんだけど傷を見てほしいんだけど......そっちも大変そうじゃん」
猫化している猫人族を見せつつ、みよはセツカの周囲を横眼で見た。竜騎士族との戦闘で傷付いた者へ素早く治癒術をかけ、倒れたまま起きない数名へ治癒術をかけ、傷付いた者を発見するや治癒術を飛ばす癒隊───にしては治癒術が弱い。
「猫......
余裕がない中でもセツカはみよの言葉を疑う事なくあっさりと受け入れた。
「頼んだわ。んで私は......どーしよ」
───なんだろう、全然知らない人もいるのに、ここで役に立ちたい。
みよは不思議な気持ちになり、迷った。天使であるみよは範囲回復術を持つ。治癒術ではない回復術であり、天使が扱えるサークルヒール。しかしそれを使うには、空気が悪すぎる。
───でも、今みんな必死で、私はこの人達ともっと仲良くなりたい。外界はつまんないけど、ここは楽しい事が沢山ある。私はここにいたいから......
「.....ここで役に立ちたいな」
天使は耳につく金色のリングピアスを外し、大翼を広げた。
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