◇246



───人形と人間を壊すのはダメ.....なんデスよねぇ、たぶん。


マユキはプンプンとみよの雰囲気からそう感知し、人形と人間を極力傷付けずに押し返す。

人形───モモカ達は無反応、無表情のままだが、人間───生きたまま操られている者は酷い表情を浮かべている。



「......生きたまま操るなんて、やる事がどこかの王女様と同じくらいエグいデスねぇ」


ニッコリと笑うマユキを見てリリスは瞳をとろけさせる。

リリスはモモカの姿を気に入っていたからこそ、姿形をそのままに量産した。

しかし同じ人形ばかりあってもつまらない、と常々思っていたリリスの前にマユキが現れた。


半妖精のひぃたろは美しく、まさに妖精。しかし人形にするには少々甘さが足りないとリリスは感じていたため、強く求めなかった。魅狐プンプンは可愛げもあり、リリスは人形として半妖精よりも求めている。

プンプン、ゆりぽよ、みよ、ナナミ、ワタポ、キューレ、ひぃたろ、の順に人形候補をあげていた所に、全てが好みとも言える造形をしたマユキ。


「プン、プン、なんて、今は、どう、でも、いいわ」


ユルむクチから卑しい涎が溢れそうになり、リリスは少々恥じらう様子を見せハンカチを取り出しクチへ当てた。


人形を押し返すマユキを見詰めるリリスは、これと言った指示を人形には出さず、ただ直進させるばかり。


「雑デスねぇ......もう少し攻めを変えるべきだと思うのデスが、いいんデスかぁ?」


その攻め方にマユキも呆れていた。リリスがその気になればマユキは押し返す余裕を失う。もちろんその場合は人形も人間も容赦なく破壊するつもりだが、リリスからは全く勝つ気が感じられない。


「もう、少し、だけ、このま、ま、で、いい、じゃ、ない?」


そう告げ、リリスはじっとりとした視線をマユキへ送り続け、徐々に頬を赤らめる。

瞳はとろけクチは小さく開かれ、何かを我慢するように左右の膝を擦り合わせるリリスは、動くマユキに気持ちを昂らせていた。


「どんな風に殺そうどんな風に壊そう手足をもいで死ぬまで見てる? クチから手を入れて中身を引っ張り出す? あの腕は欲しいから斬らなくちゃダメね首と胴はそのままがいいわ足は斬ったあとにまた縫ってやっぱり腕ね腕腕あの腕がほしいきっと気持ちいいものあの腕それから───」


独特な句切りもなくブツブツと呟くリリスはハンカチを濡らし、マユキを観察し続ける。粘りつく視線にマユキは飽き飽きしたのか、操られている人間に話しかける。


「その怪我、酷いデスねぇ」


すると人間はプンプンに言った言葉と同じく、殺してくれとマユキにも言う。


「生きて解放された場合、怪我が治るかも知れないデスよ? あたしは治癒術や医術の事を詳しく知りませんが、どうなんでしょうね? いいんデスかぁ? ここで死んでも」


人形と人間の攻撃を回避しつつ、人間達へ話しかけるマユキ。単調すぎる攻撃を回避するのにも飽き始めたマユキは、人間達から殺す許可を待った。


「自分、でもわかる.....、もう、助から、ない。痛みに、意識が薄れても、次の、痛みで、意識が戻る.....もう、殺してくれ、助けてくれ」


「あらら、それは辛いデスねぇ。いいんデスかぁ? あたしは遠慮なく殺るデスよぉ?」


「頼む......」


生きている人間達が全員、マユキに助けを求めるように死を望む。生き地獄とも言える今の状態よりも、いっそ殺してくれた方が楽。そう人間達は思い、プンプンへお願いした。しかしプンプンは人間達を救いたい、助けたいという思いで何も出来ず、地獄は続いていた、が───今度の相手は吸血鬼マユキ


「はい、頼まれました」


一瞬眼を細めたマユキはどこか悲しそうな雰囲気を溢れさせ、自身の右腕へキバを立て、裂き斬り血液を出す。


「助けられなくてごめんなさい───.......デス」


それからは一瞬だった。右腕の血液を硬化させ、腕自体を剣のようにし、人間達の首を躊躇せず撥ね飛ばす。

生きている者を操る能力は対象が死んだ瞬間解け、人間達の身体はその場に倒れる。


「───、素敵。やっぱ、り、貴女、素敵、よ」


リリスは緩んだ糸を切り、マリスの指先を斬り落とし───狂喜を浮かべた。





数十メートル先で吸血鬼と死体操師がビリビリと殺気立ち、人間───生きたまま操られていた人間───が吸血鬼の手助けにより糸から離れ、命を終えた。


「ッ、なんで、なんで殺したんだよ!」


銀髪に朱色の瞳を持つ、雷魅狐プンプンはキバを噛み吸血鬼へ声を飛ばす。しかし吸血鬼は聞こえないフリをし、リリスとの戦闘を再開する。


「まだ生きてたのに、なんで簡単に人を......なんでみんな、ッッ」


悔やみ歯噛みする魅狐を前に、天使みよは何も言えずにいた。


「ねぇプンプン、私プンプンがいなくなるのは嫌だよ」


「.......?」


突然の言葉にプンプンは少々戸惑うも、みよは続ける。


「私だけじゃないと思う、ババーとかもプンプンがいなくなるのは絶対嫌だと思ってる。でもプンプンはさっき死のうとしてた......どうすればいいかわかんなくなって、何もしないで」


みよは声を震えさせながらも、強くハッキリと話す。


「その後、プンプンの妹が私やマユッキー、ババー達を殺すかも知れない。私達がプンプンの妹を殺すかも知れない。やりたくない事をさせられて、奪いたくないのに奪わされて、助けてってプンプンに言ってるのにプンプンは逃げて........プンプンが助けないで、誰が妹を助けるの?」


震える声と潤んだ瞳が、強く魅狐を突き刺す。


「プンプンはまだ死んじゃダメ、妹を助けてあげられるのはプンプンだけなんだよ。マユッキーや他の人がプンプンの妹を殺すのは簡単だけど、それじゃ妹は救われないし、助からない!」


「........そんなの」


「そんなのじゃない! プンプンの妹は操られてやった事だとしても、自分がやっちゃった事を悔しがって泣いてずっとずっと反省してる! それでも終われなくて、ずっと縛られてて、天国にも地獄にも行けないまま悪い事を今もさせられてるんだよ!?」


「.......なんでそんな事みよっちにわかるの?」


「わかるんだよ! 後悔も反省もしないで死んだら地獄に行って、後悔と反省をちゃんとしてたら天国に行ける。でも救われたって気持ちになれないままで終わったら.......プンプンの妹はどっちにも行けない! そのまま本当に消えてなくなっちゃうんだよ! 生まれ変わる事も出来なくて、ずっとずっと消えたままになっちゃうんだよ!」


天使の少女は瞳に溜まる雫を溢さないよう言った言葉。

これを人間や別種族が言っても、あまり効果はない。それどころか「なに言ってんの?」などと笑われる結果の方が多い。しかし、みよは天界種族の天使。


天使は天界にある “白く長い階段” を守る種族。その階段の先に鐘があり、死者は数日かけて階段を登り、鐘を鳴らして天国へ昇る。


この事実をプンプンは知らないものの、みよの言葉は重く刺さり、聞き流したり、笑い飛ばす事は出来なかった。


「.......、.......ボクはモモカを、妹を守れなかった。眼の前で、手の届く距離でモモカが殺されるのを見てる事しか出来なかった。怖かったと思うし痛かったと思うし......だからもうそんな思いをモモカに........でも、ボクがやらなきゃって.......だけどやっぱり」


「妹を殺すだけならババーにも出来る。でも、助けて救って、ちゃんと送ってあげられるのはプンプンだけなんだよ」


「送る......───?」



その言葉を聞き、言葉に出来ない感情がプンプンの中で燃えた瞬間───プンプンの意思は強く引かれた。





「───.......? なに?」


何もない真っ暗な場所にボクは立っていた......違う、浮かんでいる?


『キミは九本まで尾を出せるようになったんだね。さすがボクだ』


「───あの時の」


『うん。もう会えないってずっと思ってたけど、ちゃんと越えればまた会えるんだね』


「越える? 何の話?」


『いいかいボク、よく聞いてね』



真っ暗な空間がパチっと輝き、黄金色の髪と四本の尾を持った───魅狐のボクがいた。



『ここから先へ進むと、ひとりじゃきっと戻れない。戻ったとしても残る。でもモモカを救ってあげるには進まなきゃいけない』


「......進む?」


『今のボクは雷の力を持つ、雷魅狐だ。それでも充分やっていけると思うし、無理する事じゃない。この先へ進むと雷魅狐じゃなくて......ボクは金銀魅狐になるのかな? そうなったらもう “雷を操るだけのただの魅狐” には戻れない』


「ただの魅狐には戻れない? でも.......進まなきゃモモカを救ってあげられない」


『そう。ここから先は覚悟が必要だ。今みたいにモモカを前にしてウジウジする様子なら、進めないし救えない。モモカを救ってあげる覚悟を持って進むなら───キミなら使えるかも知れないね』



進む事で何が起こるの? とボクは聞きたいと思っていたが、聞かなくてもなんとなく伝わった。


戻れなくなるかも知れない、戻れても残るかも知れない。


でも進まなきゃモモカを救ってあげられない。


進むには覚悟必要───。



「ひとつだけ、ひとつだけ聞かせて」


『なに?』


「進んだ場合、キミはどうなるの?」


『ボクはキミで、キミはボクだ。他の人達はどうなのか知らないけど、ボクはボクが好きだしモモカを救いたい気持ちは一緒。だからボクはキミの中に溶け込むだけ.......ううん、やっと溶け込めるって気分かな』


「キミは消えないんだね、よかった」


『ハハハ.....、ボクの心配までするなんて、さすがボクだね。消えないよ、でも忘れないで───ここから先は本当に危険なんだ。今まで以上に』




───プンプンが助けないで、誰が妹を助けるの? 救われたって気持ちになれないままで終わったら妹はどっちにも行けない。本当に消えてなくなっちゃう。生まれ変わる事も出来なくてずっと消えたままに───助けて救って、ちゃんと送ってあげられるのはプンプンだけなんだよ。



みよっちの言葉が何度も、何度も木霊する。ずっと逃げていた自分を掴むように何度も。


したくない事をリリスにさせられていた。それはボクが止めなかったからなんだ.....ボクが、お姉ちゃんなのに、覚悟していたハズだったのに.....モモカを前にすると覚悟も何もかも忘れてしまうほど後悔が先に立って......でも、もうそれじゃダメなんだ。


過去を振り返るのは、もう終わりにするんだ。そうしなきゃずっと、モモカは苦しみ続ける。ボクが、お姉ちゃんが絶対助けてあげるから。


危険でも何でも、今度こそモモカを助けてあげる。

今まで以上に危険だとしても、



「........それでも、ボクは行くよ」


『..........わかった。じゃあ行こっか』



朱色の瞳を見て、ボクは頷いた。


先へ進む事を、ボクは選んだ。







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