◇245



「む? ベルも戻った様だな」


「お? 騎士長様も戻ってたのか.....あれ? リーダー腕イッてんじゃねぇか!? おいおいリーダーなんだからしっかりしてくれよ」


「お前も腕イッてるだろ。その腕、誰にやられた?」



レッドキャップの3名、リーダーの【パドロック】、元ドメイライト騎士団 団長の【フィリグリー】、そして麻痺の領域系能力と不思議な武器を持つ【パラベル】はアイレインの雨に溶け込むようハイディングする。


赤黒いフードはハイドレートを恐ろしく高めるユニーク品のレアアイテム。売れば1着数千万の値がつくであろうそれを大切にする様子もなく、ベルは雨に濡れる瓦礫へ座る。


「腕は白黒にやられた。テメェは騎士様かって思うくれぇ痺れる登場だったぜ。普段なら余裕で気付けるだろうけど、長耳と殺り合ってて乱入まで気ぃ回してなかっからな」


「うむ。彼女も元騎士だからな。戦闘の幅は冒険者よりも広いだろう。白黒の剣士、よりも、白黒の騎士と呼ぶべきか?」


「何色でもいいだろ。で、リーダーと騎士長様はどこで何してたよ?」



数分前まで命を削り合う戦闘をしていたとは思えぬほど、気の抜けた会話をするレッドキャップ。ベルは焼け抉れる腕へ直接痛撃ポーションをかけ、空になったビンを放り投げる。

フィリグリーは無傷と言える状態だが、大盾にくっきりと残る傷を見て何かを期待するような微笑を浮かべ、リーダーのパドロックは捻れ折れる腕を気にする様子もなく酒瓶をクチへ。


邪魔になりそうな存在を排除するため行動していたものの、見事に邪魔され3名は退却。しかし失敗を気にもしていない様子で、ハイディングをしつつ時を待つ───、


「クラウンが何かするらしい。それを見てから次の行動を決める」


「了解した」


「クラウンって何企んでるんだろうな? 痺れる事なら最高だが.......おいリリーはどうした?」


「まだ遊んでるんだろ。ほっとけ」





───リリスを殺せばモモカちゃは終わる。リリスを殺す事はモモカちゃを殺す事。でもリリスを殺さなきゃモモカちゃのお願いは達成できない。


フェアリーパンプキンのギルドハウスでワタポが言った言葉が今、ボクを試す。


リリスはモモカ達の後ろにいる。リリスを狙えば自然とモモカがボクの前に立つ。つまり、リリスを殺すにはモモカ達をどうにかしなければならない。


「.......決めたハズなのに、ボクがやるって、なのに」


なのに、眼の前にモモカ達が現れると揺れる心。偽物かもしれない、作りものかもしれない、でも、モモカだ。


「お姉ちゃん、今、リリスは、わたし達を、操れないの。今、早く、わたし達を、殺して」


「......なんで、どうしてそんな簡単に.....殺してって言えるんだ? 生きたいって、思わないの?」


ボクは何を聞いているんだろう? もし、これでモモカ達が生きたいと言ったらボクはどうするつもりなんだ?





膨れ上がるストレスにリリスは普段見せない表情で舌打ちする。


自分の管理下にあった人形達が勝手に動きを止めた。管理していたハズの、操っていたハズの人形が───死体の分際で主人に逆らうかのような現象にリリスは荒れる思いで、死体を睨む。しかしすぐに異変の原因を知る。

痙攣する指先───母親であるマリスの指先を見たリリスは、母親の能力を思い出す。


マリスは生きた者を操る能力。

リリスは死んだ者を操る能力。


操るという点では同じだが対象はまるで違う。それが原因で能力がどちらも選べずフリーズした。そう気付いた瞬間、リリスは右の指先に糸を巻き付け、マリスの指を切り離した。一瞬数体の人形がガクリと揺れるも、すぐに糸と繋がり───動く。


「アハ、左右、で、対象、を、変えれば、いい、だけの、話、だった、のね。話、は、終わり、よ? プン、プン」


モモカ達は再びリリスの管理下になり、プンプンを襲う。生きた人間達も悲鳴をあげながらプンプンへ向かう。その表情は酷くプンプンの心を締め付けた。





ダメだな、ボクは。

結局、決められなかった。

この先何度もこうして迷っていたら、きっといつかみんなに迷惑をかけてしまうだろう。


本当に.....ダメだなボクは。


何が一番大切なんだろうか。

それもわからないや。





奇妙に動く人形達と奇怪に捻れる人間達は、リリスの命令に逆らう事なくプンプンへ一斉に迫る。

反撃する様子も回避する様子もないプンプンを見ても、リリスは手を休める事はない。


プンプンはもう自分がどうするべきなのか、何をするべきなのか、わからなくなり、何もしない事を選んでしまった。


「───.....プンプン!」


「───!?.....ッ!」


雨音を切り、響いた声が下を見ていたプンプンを引き戻し、プンプンは反射的に大きく下がり、攻撃を回避する事に成功。声が聞こえた方向を見ると、


「みよっち」


「そうだよ! 誰よりも可愛い大天使のみよちゃんだよ!」


息を切らしながらも、ポーズを決めてテンプレ挨拶をする天使みよ。隣で後転生吸血鬼のマユキが「可愛いデスねぇ、みよちゃん」と棒読みを添え、背負っていたナナミを安全そうな場所に。


「みよっち.....どうしてここに?」


「わたしの事より、プンプンどーしたの?」


プンプンを見て眼を疑うような表情で言うみよ。その理由は───プンプンの表情と雰囲気が全く合っていなかったからだった。

みよは桁外れの感知力を持つ。天使だから、ではなく、みよが持つ特性とも言える感知術はもはや感知や看破の領域を越えている。

一度知った魔力、マナ、雰囲気や気配は無意識に記憶され、同じ街にいる程度ならば地界で一番規模が広いドメイライトでも簡単に感知可能。

そしてみよは、相手の雰囲気───怒っているのか、悲しんでいるのか、など感情面までも敏感に感知してしまう。


今のプンプンは泣き出しそうな表情で、深く強い怒りの感情を抱いていた。

怒っている時に怒った顔以外を見せる者もいる。しかし今のプンプンはそれらの者ならば決して見せない悲しく、でも優しい顔をしていた事にみよは戸惑った。


「プンプン、どうしたの?」


みよがもう一度問いかけるも、人形達は待って会話する時間など与えてくれない。


「───みよちゃんはお話していていいデスよ」


ヒュ、と手を振り払いマユキが呟く。するとプンプンへ向かっていた人形達はバランスを崩し濡れた地面へ倒れる。


「!? 待って!」


それを見たプンプンが反射的にマユキを止める。


「......? どうしてデス? アレは敵、デスよねぇ?」


首を傾げ戸惑うマユキへ、プンプンは言葉を詰まらせる。モモカを知らない者から見れば、敵以外の何者でもない存在。マユキの行動は言わば当たり前の行動とも言える。


「敵、だけど、でも......モモカはボクの妹なんだ! だから」


「妹さんデスかぁ......でも、可笑しな話デスねぇ。妹さんだから悪い事をしていても許していいんデスか?」


そう言い、マユキは再び攻めく来る人形達へ手を振り払い、指先から血液を飛ばし、触れた瞬間血液を弾けさせ人形を撃ち落とす。


「モモカは何も悪い事なんて───」


「してるデスよ、桃色の髪のお人形さん達からはモンスターだけじゃなく、人間の血の匂いもするデス。ただ匂いがついただけじゃなく、アレは何人もってるからこそ付く匂いデスよ」


「それは、だから、リリスが」


「操られていれば何でも許されるデスか? どんな理由が───」


「どんな理由があるかは知らない。でも、プンプンは妹の前に今いるのに、そうやって迷っている! だから......だから妹はやりたくない悪い事もさせられてる! それなのにプンプンはさっき───死のうとしてた! 自分じゃ妹を止めれないからって、自分じゃ妹を傷付けられないからって、自分は死んで終わろうとしてた!」


プンプンとマユキの会話に割り込んで入ったみよは、真っ直ぐな眼でプンプンを見て、少し怒っていた。マユキは小さく微笑み、会話をみよへ任せ人形を殺さず押し返す事を選ぶ。



「お2人の話が終わるまで、あたしが相手するデスよぉ───ツギハギのお人形さん」


「貴女.....、やっ、ぱり、いい、造形かたち、してい、るわ。欲しい」


「貴女はいい性格してそうデスよねぇ。キライじゃないデスが、今は黙って、て、モラエマセンカァ?」



瞳を黒紅に、髪は銀と赤に染まり、マユキはキバを見せ笑った。



「素敵......私、と、遊び、ましょ。マユキ」






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