◇234
ドーム状に見える領域系能力をワタポの黒円の眼は捉えた。
「ひぃちゃ! ワタシが先にいく!」
そう叫ぶとフェンリルのクゥは加速し、ワタポはクゥの上に立ち、赤々とした剣を抜いた。
領域系能力は決められた範囲内で効果を発揮するもの。魔術の術式に近いもので、外側から強く叩けば領域は破壊出来る。
その事実をワタポは知らないものの、直感的にそうする事を選び、クゥが急停止した反動を使い背中から高く飛ぶ。
宙で刀身を義手で強く撫で擦り、熱を高め、単発系の剣術と共に爆破剣が炸裂。
砕け散るように破壊された領域へ半妖精が翅を畳み飛び込む。
「なん───!?」
領域内でただひとり立っていたベルは爆音の方向を見た瞬間、半妖精の姿を捉えた。半妖精もベルを捉え、お互い迷う事なく剣を振った。
鋼鉄音と火花、剣と剣の衝突で翅の微粒子が拡散し、ベルは数メートル押し下げられ、半妖精のひぃたろはうち上がり、翅を器用に使い体勢を整え着地した。
「大丈───!?」
ワタポは遅れてクゥと登場し、倒れている者を確認しつつクチを開くも、言葉は最後まで出なかった。
「味方、か......?」
痺れているような口調で言い、安心したような顔で膝をついた。
ベルの
その麻痺により音楽家や猫人族、騎士のレイラは倒れた。
義手への麻痺は上手く働かずある程度動かせる事を知ったレイラは解痺ポーションを使い、麻痺を打ち消し、数分間の麻痺耐性を得るも麻痺から解放された瞬間は全身に違和感が残る。それを知るベルは容赦なくレイラを攻撃し、トドメの一撃を振るおうとした瞬間、ワタポが領域を爆破したが───レイラの傷は多く深いものだった。
「私が診る、ワタポは───」
「
ひぃたろを足止めするようにベルは飛燕系剣術を放ち、そのまま直進する。剣術は威力よりも速度重視であったため、ひぃたろは斬撃を軽く弾き、接近してくるベルを妖精の剣で迎え撃つ。
ベルの頭には半妖精以外無かった。音楽家も猫人族も騎士も、乱入してきた狼と冒険者も、ベルの脳には既にいない。目的の半妖精以外どうでもいいと言わんばかりな視線にひぃたろは───
「ワタポがその騎士を診るしかない、私はコイツの相手をする」
無駄な被害を出さないため、ひぃたろはそう決断し、その場を離れた。
◆
ジワジワと広がる赤色にワタポは焦り治癒術を使うも、ワタポは剣士、治癒術師ではない。
座るように膝をついたレイラは、すぐ前で治癒術を使うワタポの姿も見えていなかった。
「塞がれ、なんで.....止まってよ!」
ワタポは震える声で叫ぶも、傷口は塞がる事なく、血液も溢れ出る。
「.....ッ! ユカさん、ゆりぽよ、治癒術使える!?」
自分の治癒術では助けられない。そう判断したワタポは猫人族と音楽家に助けを求めるも、
「私は、出来ても、ワタポと同じくらい」
「私も、その、くらい、ニャ。リニャは、もっと無理、ニャ」
麻痺状態から解放されたばかりの2人は必死に唇を動かし答えるも、治癒術師ではない2人は当然とも言える答え。
「他の人は───」
ワタポは急ぎ辺りを見渡すも、倒れている人々はもう.....。
「ッ......なんで、誰か! 何でもするから、何だってするから助けてよ!」
子供のように叫んだ声は、アイレインの雨よりも湿っていた。
◆
キノコ帽子の下にある耳がピクリと揺れ、ししら眠気を押し潰し、重い瞼を開いた。
「ふぁ.....エミたん、キノコだねぇ」
半分寝ていた状態のししはエミリオの声でも瞼を開く事はなかったが、茸魔術でエミリオのキャッチには成功していた。
「よう、しし屋。みんなも。助かったぜ」
なぜ突然しし屋が睡魔に打ち勝てたのかは不明だが、大アクビをしつつ今は完全に目覚めている。
「に、しても術式にいたのがしし屋達で本当に助かっ───」
「エミたん空間魔法を急いで繋いで! あっち側!」
「はぁ? 突然どうしたよ」
「はやく! 一大事の予感! ノコノコしてたらご胞子出来ない!」
「あっち側.......ワタポいるからその魔力を狙って繋ぐ、その後の移動はワタポの頼んでくれよ」
エミリオはよくわからないまま空間魔法を繋ぎ、ししは迷う事なく空間へ身を投げた。
「さて.....この状況はなんなんだ?」
伸びた髪を鬱陶しそうにはらい、赤チェックの帽子を被るエミリオはピエロへ鋭い視線を送った。
「説明してくれよ、そこの......ピエロ?」
◆
獅人族は耳がいい種族でもない。
しかし、ししはワタポの声を確かに拾っていた。
“何でもするから助けて” その言葉にししは昔の自分を重ね、他人とは思えない気持ちで、助けたいと思った。
エミリオがワタポの魔力を印に空間魔法を繋いだのは、計算するのが面倒だったからと、ワタポならクゥもいるし移動手段に困らないから。それが今回大正解だったのか、ししの目的もワタポだった。
「ノコノコ登場! ちょっとダケなら力になれるかも!」
と、ししは繋がった空間から現れると同時に言った。
「───え」
涙を溜めるワタポを横眼に、キノコ帽子は強く頷く。
「大丈夫、私が絶対に助けるから泣かないで」
言葉では説明出来ない、直感や勘、としか言いようがない感覚にししは従い、ししはワタポの所まで来た。
獅人族のししは───領域系能力を持つ。
「ご胞子の小部屋───マッシュルーム 」
と呟くや、自分を中心にドーム状のエリアが広がり、ワタポ、レイラだけではなく猫人族と音楽家もその領域で包んだ。
ポコポコっと心地よい音を奏で、様々な茸が生える領域。雨も遮断され暖かい風が吹く。
生えた茸は次々と胞子を飛ばし、その胞子はレイラやユカ、ゆりぽよ達を包んだ。
ポコポコと生え続ける色とりどりの茸、何度も何度も胞子を飛ばすし続ける茸。
その間ししは瞳を閉じ、じっと座ったまま2分経過し、
「.......ぷはーっ!」
と大きな呼吸と共に眼を開けた。すると領域は消え、アイレインの雨が降り落ちる。
「これで命は大丈夫ダケど、ちゃんと治癒術かお医者様に診てもらってね」
「......今のは?」
「ご胞子の小部屋、マッシュルームだよー! 息を止めてる間なら傷や状態異常をある程度なら治せる! キノコの可能性は無限大なのだ!」
元気よく言うししの言葉に、ワタポはもう一度レイラの状態を確認した。ししの発言通り傷はある程度まで治り、命の危険は回避されていた。
「........ありがとう、本当にありがとう」
ワタポは溜めていた涙を溢し、何度もししへお礼を言った。
「よかったねワタポ。私達もその騎士さんが助かって嬉しいよ.....でも、今はお礼を言うよりやるべき事がある」
「そう.....だね。うん、」
ワタポは音楽家の言葉に涙を拭き、ししを見た。
「お願い、もう一度だけそのマッシュルームの力を貸してほしい.....仲間が───」
「わかた!」
不思議なキノコ帽子、ししはワタポの言葉を最後まで聞かず、理由も何も聞かず、ワタポのお願いをあっさり聞き入れた。
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