◇235



胸焼けするような、粘りつく気配にプンプンは顔をしかめる。鼻に残る臭い、肺を重くする気配、肌を刺す雰囲気。


エミリオがプンプンを向かわせた先には───小さな宿屋があった。その宿付近には冒険者や騎士がいる。


速度を落とし、近付くプンプンはピリッとした空気に足を止めた。


「.......なんだろ?」


眼の前にいる冒険者も騎士も動こうとしない。街で何かが起こっているのに動かないのはおかしい。プンプンはそこまで考え、張り詰める空気が充満するエリアへ一歩踏み込んだ。


その瞬間、スイッチを踏んだように冒険者と騎士が軋むように振り向く。


「えっ───」


首だけを回し振り向いた人間、身体ごと振り向いた人間は腕関節が捻れ、浅い呼吸で必死に空気を吸う。

雑に掴まされている武器も向きがおかしく、異常な体勢の者もいる。


「誰だ.....誰でもいい、殺してくれ」


ひとりの騎士は血を吐き出しながら、プンプンを見て言った。隣の冒険者は首が捻れ、瞳は光を失い息をやめた。

死んでいる者も生きている者も関係なく、まるで操り人形のように遊ばれている現状にプンプンは強く歯噛みし、気を逆立てた。


足をジリッと動かした瞬間、眼の前の人間達はプンプンへ襲いかかる。身軽なんて言葉では説明出来ない動きと、不規則な関節、曲がらない方に無理矢理曲げられた手足は鈍い音と共に悲鳴をあげるも、止まる事なくプンプンを狙い続ける。



───4人はもう.....6人はまだ息をしてるけど.....。



奇怪的な攻撃を持ち前の反応で回避しつつ、人間達の状態を確認するも、酷い有り様だった。

折れた剣で届くハズもない距離で振らされ、その度肩が一回転する。バキバキと骨が折れ悲鳴が響くも、動きは止まらない。


反撃するにも相手は人間で敵ではない。しかしプンプンはこの人間達を助けられない。


「~~~~ッ! 出てこいよ! いるんだろ、リリス!」


雷鳴にも似た声で、プンプンは叫んだ。





プンプンが到着する数分前、宿屋の部屋で指先を観察し満足そうな顔をするリリス。

指の第一関節には黒色の糸。


「ママ、の、力。上、手に、つけ、られた、わ」


呟くリリスの足下には自分の指先が転がり、テーブルの上にはマユキから奪った大剣【マリス】が分解───解剖された状態で倒れていた。

全ての指先───10本の指先を切断し、別の指先を縫い繋いでいたリリスは完成した指を見てはとろけた顔を見せる。


「モモカ、外は、どう?」


開いている窓の外へ問い掛けると、黄緑色の瞳を持つモモカが顔を出す。


「人がいる。糸は張った。雨。あとは.....遠くで色々起こってる」


「そう。遠く、は、どう、でも、いいわ。糸、張った、なら、戻り、な、さい」


「わかった」


モモカはヌルリと動き、窓から室内へ流れ込む。

黄緑色の瞳を持つモモカは───蜘蛛女ネフィラの力を持つ。モモカが窓を閉めようとした瞬間、


「まてまてまてい!」


と、声が響き、窓の外に空間が開かれフローが部屋へ飛び込んできた。


「あら、まぁ」


「いててて.....うぇ、お前また人体改造してんのかいな.....キッモ」


リリスとフローは、リリスがレッドキャップに加入する前からの顔見知り。リリスの故郷である【シガーボニタ】が崩壊したあの日、フローとリリスは初めて会っていた。


「あなた、自、分の、やる、べき、事、は、いい、の?」


「大丈夫、少し時間があるから来ただけ───で、どうする?」


服につく水滴を払いならがフローはリリスへ何かの確認をした。


「見て。この、指先ネイル。あなた、が、言った、通り、ママ、を、素材、にした、剣、から、核を、とって、つけた、の」


「おぉ、悪趣味ですな!」


10年前シガーボニタで起きた事件。リリスの母マリスが街で暴れ、人々を殺した。

その時マリスは吸血鬼に後天したマユキに殺され、マユキはマリスを素材にした武器を持ち旅だった。

その後マユキとリリスが出会い、リリスが大剣を奪い、母の能力ディアを自分へプラスする。

全てはフローの計画通り進んでいて、その事をリリスも理解している。


マリスの能力を持つ武器をマユキが持っている事。

その武器にある核を使えば血縁ならば能力を自分のモノに出来る事。

その他にも竜騎士族に蘇生術を使えるかも知れない少女がいる事も、全てフローがリリスへ教えた事だった。


リリスがレッドキャップに加入した理由は、別にない。


フローとの連絡手段を持たないリリスは暇潰しか何なのか、レッドキャップに加入し、様々な死体を漁った。ひとりでもやるつもりだったが、レッドキャップという存在に身を寄せる事でやり易くなっていた。


プンプンとの再会時も、その気になればプンプンを殺せた。エミリオもそう。猫人族も、純妖精も、全員殺す事が出来た。


でも、しなかった。


その理由は “フローの楽しみを減らさない” ためだった。

マリス素材の武器、竜騎士族の事、その他にも色々と教えてもらった、リリスなりのお礼として、殺さなかった。


「これ、は、いら、ないわ。でも、クラウン、には、入る。ダメ?」


小瓶【マジカルピエロ】をフローへ渡し、リリスはいやしささえ感じる上目遣いで言う。


「おー! おっけーおっけー! そう言ってくれると思ってたよリリスちゃんや!」


「フロー、には、色々、教え、て、もらった、し、今の、ギルド、より、ピエロ、の方、私、には、利益、も、楽しみ、も、多い」


「うんうん、そゆ考え大好きだ。じゃ今日から改めてよろしくな、愛人形ラブドールちゃん。そんじゃわたしは戻るわ」


「まっ、て」


「お? どした?」


「もう、好きに、やって、いい?」


「あー、そか。わたしが飽きないように玩具減らさずにいてくれたんだったな。いいぞ、雨降りのサーカスだから客足も悪そうだし、派手に頼むよ。ただ、玩具みんなも強くなってるから気を付けろよー? んじゃまた後で、ばいに!」



レッドキャップをあっさり捨てて、クラウンへ加入したリリス。これもフローの予想通りで、リリスもフローの手の上ならば喜んで踊る。リリスにとってフローは自分を変えてくれた存在、愛人形だった自分を変えてくれた存在なのだから。



「派手、に、やって、いい、って.......、いいって、派手にやっていいって、派手にやっていいって言われたねモモカ愉しくあそびましょう雨降りだけどサーカスだもの可愛く綺麗に着飾って優雅に愉しく躍りましょう」



───Lassen Sie das Puppenspiel



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