◆219



沢山の馬車、普段見る事もない大型の馬車もアイレインの馬車乗り場に集まっていた。

降りる者は観光客や民間人ではなく、武具を装備した冒険者や騎士、軍の者。

乗る者は武装のない、アイレインを離れる観光客や民間人。


「ウンディーの女王セツカ様ですね、お待ちしておりました」


赤茶のコートを靡かせ現れた人物は、現在イフリー大陸を仕切る唯一イフリー大陸に残る───王族の男性。


「お待たせして申し訳ありません。わたくしがウンディーのセツカです。貴方は?」


「私はイフリーのビルウォール。貴女と同じ気高き王族ですよ.....ノムー大陸の支配者の血統であり、ウンディーの支配者、セツカ様」


馬車に向かう民間人や観光客を横眼で笑い、支配者というワードを絡め気にさわるような微笑を浮かべるビルウォールと名乗る男。セツカは眉をピクリと震えさせるも、セツカの護衛としてアイレインへ来た冒険者の【アスラン】が頭を軽く揺らしセツカを止める。

ビルウォールは王族こそ気高い人種、と日頃から口癖のように言う人物。イフリー出身のアスランはビルウォールの性格を熟知しているからこそ、セツカを挑発してくるだろうと踏み、自らセツカの護衛を買って出た。アスランのおかげで下手な発言をせずに済んだセツカだったが、ビルウォールは他大陸の重要人を言葉巧みに挑発し攻める切っ掛けを引き出そうとする癖がある。


今も馬車へ向かう人々を小馬鹿にするようにクスクス小さく笑い、セツカの血統を突き、支配者という言葉で刺激した。しかしここでセツカが挑発に乗り挑発を返せば、ビルウォールの狙い通りとなってしまっていただろう。

彼は四大陸の支配者の座を長年狙い続けている欲深き王族。



「ノムーの方々はまだ到着していないのですか? しかし.....アイレインは本当に青空の下、雨粒落ちる街なのですね。雨具屋の女も今日ばかりは大変でしょうに」


ビルウォールという人物を知ってしまったセツカには、すべてが挑発に聞こえて仕方がない。


「.....教会へ行きましょう。そちらが拠点となる建物ですので」


「教会!? それはまた」


喉を鳴らすような笑い声、いちいちと大きな仕草を混ぜ反応するビルウォールだが、セツカは何も言わず、教会へ向かう。


「しかしアレですなぁ.....ウンディーは捨て駒まで大切に拾い集めるとは、セツカ様はお心が広いですなぁ」


「.......捨て駒?」


意味によっては挑発の域を越えた発言にセツカは足を止め、睨むようにビルウォールへ言葉を返す。アスランはセツカを止めようとするも、ウンディーの女王は一度スイッチが入ると面倒な事に止まらない性格。人の束ね導く力や魅力のようなモノを持っているが、人の上に立つ身としてはまだまだ未熟者。


「おや? そこにいる者は元々イフリーの捨て駒.....デザリアの兵隊では?」


そこにいる者、それはアスランをさす言葉。元々アスランはイフリー大陸の首都デザリアの軍に所属していた者。

軍というのは他国がつけた名称で、正式名はデザリア騎士。たしかにアスランは元デザリア騎士だが、今は冒険者としてウンディー大陸で生活している。


「捨て駒かどうかは知りませんが、たしかに彼は元々デザリア騎士です。それが何か?」


「いえいえ、別に何もありませんよ? ただ.....こちら側が捨てた駒も拾い、大切にするそのお心。素晴らしいですなぁ」


「この方は捨て駒では───」

「セツカ様、ビルウォール様、もうすぐノムーの方々が到着するんで話は後にして急いだ方が......ええですよ」


強引に割り込んだアスランは敬語になりきっていない言葉で発言し、両者はその言葉に止められ無言のまま教会へ向かう。


イフリー大陸の権力者───と言えば偉大に聞こえるが、ビルウォールは地位や権力を持て余している王族。国民の事など考えず自分がどれだけの権力を持つ強者なのかを世界に知らしめたいと強く思う絵に書いた様な王族の膿。


セツカはそういった王族や貴族を認める事は出来なかった。しかし今や自分の軽はずみな発言が多くの人々を巻き込む事に発展する立場。

苦く嫌な味を飲み込み、セツカはアスランを見る。


アスランはビルウォールへ視線を送り、呆れる様な表情を浮かべたかと思えば少し笑い、セツカの頭を優しく軽く2度叩き、2人の前へ出てアイレインの教会まで、無言のまま先導した。



遠くの空から夜が迫る。





背の高い建物の屋根にしゃがみ、空を見上げクチをあんぐり開くグルグル眼鏡の魔女フロー。


「あーー.......ありゃ、雨弱くなったど」


夕暮れのアイレインへ降り注ぐ雨をクチで受け止めていたが、弱くなる雨に対し拗ねた子供のような雰囲気で唇を尖らせる。

街の人々が避難し、騎士や冒険者、各国の重役人などが集まり緊張が高まるアイレイン。

その緊張感とは別の緊張感をフローは感知し、子供のような雰囲気は徐々に流れ消える。


───4人、ひとり知らないヤツかな。


自分へ殺意や敵意を向け隠れている者を、魔力感知で人数と位置を確認する事は容易く、感知を終えた瞬間フローは動く。最初は一番近くに身を潜めていた者をターゲットに、ダプネクラスの速度と正確な空間移動を披露した。


「───お? 愛人間ラブドール死体人形オートマタかい」


姿を確認した瞬間、再び空間移動へ。


「───よ、騎士団長殿.....って元か」


空間移動を使い挨拶するだけのフローは挑発するようにキシシと笑い、また移動する。


「───.....誰だお前」


次の相手はフローも知らない者だったらしく、困った表情を浮かべるも行動に隙はない。最後の相手は───


「よう、パドロック! レッドキャップも大変そうだなー。グヒヒ」



フローを囲い狙っていたのはアイレイン入りしていたSSS-S3の犯罪ギルド【レッドキャップ】だった。







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