◇220



青紫色が空を侵食するように色の範囲を広げる夕暮れ、アイレインに立つ建物の屋根上で |変彩の魔女(アレキサンドライト) フローはレッドキャップに囲まれていた。


「珍しいなー、お前らが外に出て動くなんて」


フローはニヤニヤと言い放ち、空を見上げる。SSS-S3の犯罪ギルドを前に油断ともとれる行動。太刀を握っていたベルは屋根を蹴り一瞬で距離を詰め、黄色の刃を持つ太刀を振るも、刃は横から弾かれフローには届かず屋根を軽く斬った。


「なに遊んでる? もう夜になるぞ」


ベルの太刀を弾いたのは |黒曜の魔女(オブシディアン) ダプネだった。


「コイツらが絡んできて困ってた! ナイスタイミングだぞダプネちゃんや」


空間魔法で乱入してきたダプネへ、ベルは敵意の視線を飛ばすもダプネはまるで相手にしない。


「予定通りで?」


「うん! それでどーにかなるっしょ?」


「......多分無理だと思うぞ?」


「無理か? んまぁ、その場合は言ったとーりっちゃって!」


レッドキャップを完全に無視するダプネはフローとの会話を終え、再び空間魔法を使いどこかへ消えた。


「......悪巧わるだくみか? フロー」


艶のない真っ黒な長髪を小雨に濡らすレッドキャップのリーダー【パドロック】はフローへ言葉を投げる。以前からの知り合いだった2人はお互いの性格を把握している。


「まぁそんなトコ。お前は.....アレだろ? 邪魔を消しに来たってノリで邪魔しに来たんだろ?」


「そんな所だな」


たっぷり5秒の沈黙をおき、パドロックは全員に撤退を言い放ちフローの前から去った。


「赤帽子も必死だな......さてさて、どーなる事やら。面倒臭おもしろい夜になりそうだねー」





ピエロマークの紙切れ───サーカスチケットが様々な人をアイレインへ集める。


フォンを通話状態にし、耳に装着するアイテム───カムを装備し、忙しくクチを動かしたと思えば手に持ったペンを走らせる者。

大型のフォン───タブレを片手に指示を出す者と、映像マテリアを使って作られた目玉形状の何かを持つ者達。

ここぞとばかりに商売をする商人。

鋭い視線を辺りに散りばめる冒険者や騎士。

険しい表情で時間を気にする各大陸の権力者。


ウンディー大陸 雨の街【アイレイン】は軽いお祭り状態になっていた。


「うっっはぁー! 何あれ飴? あれは? あっちは? 食べ放題とか天界より天国じゃんここ!」


瞳を輝かせるのは天界の住人───天使のみよ。食べ物の匂いに釣られあっちへこっちへ忙しそうに足を運ぶ。


「楽しそうデスねぇ、みよちゃん」


「まぁ仕事してくれれば今は何しててもいいさ。それより “匂い” はどう?」


後天性 真祖 吸血鬼のマユキと、後天性 魔王───悪魔のナナミもアイレインへ到着していた。


他にも、猫人族ケットシー純妖精エルフ、あまり見た事のない種族も多く集まっていた。





「おっほほぉー、色々な種族が集まってるじゃん。いいよいいよ~もっと集まってみんなで革命的たのしげなサーカスをしようぞ。グヒヒヒヒヒ......」


アイレインの教会屋根から街を一望するグルグル眼鏡、魔女であり道化のフローはいつもより長く笑う。


「フロー。そろそろ夜になる」


「だねぇー........よっしッ、それじゃーダプネちゃんや! 取ってこい よろしくー」


フローは満点の笑顔をダプネへ向け、ヒラヒラと手を振る。

ダプネは溜め息をひとつ落とし、覚悟を決めた紅玉色の瞳を闇に溶かした。





ダプネはぎこちない手付きでフォンを操作し、フローから受け取っていたアイテムを取り出す。武器は変わらず【レリーフ ピニオス】のままで、防具は変更されている。

フォンポーチから取り出したアイテム【マジカルピエロ】は香水瓶のような形状をしたアイテムで、使い方も香水のように瓶頭をプッシュし使用する。霧状の液体を顔へ浴びるとピエロメイクになる。

眼元や頬などにメイクが施されるだけだが、隠蔽効果によりダプネの正体は隠される。普通に同じメイクをしただけならば100パーセント正体はバレるだろう。見る者がダプネだと確信出来た瞬間に確信した者に対しての隠蔽効果は消える。メイクは半日で消えるフロー特製のマジカルピエロ。


「これで本当に大丈夫なのか?」


フォン画面に映る顔を確認すると、右眼の下には割れたハート、左眼の下には涙マークの簡単すぎるメイクに不安を覚えるも、ダプネは鼻で笑いフォンをしまった。


「.......。やるか」


誰にともいわず呟き、しゃがむダプネ。

右の人差し指を立て、地面へ触れさせる。同時に唇を微かに動かし、中指、薬指、小指、親指を地面へ。


「───......」


唇の動きが止まると同時に手のひらを地面へつけ、立ち上がる。


「はぁ.....何やってるんだろ、わたし」


呆れるように呟き、得意の空間魔法を発動させた。素早く移動した先はアイレインの裏通り。普段ならば賑わっているであろう渋い酒場などがあるものの、今は街の人々は避難しているため人の気配もない。静まり返った裏通りをダプネが進むと、今回のターゲットである “赤い宝石” が。





難しい顔で何かを考えているウンディーの女王【セツカ】へアスランはアイレイン産の水を差し出す。


「あっ.....ありがとうございます」


「何を悩んどるん? 両親.....ノムー大陸の王と女王の事か?」


「いえ、それも確かに悩みの種ですけど......」


ノムー大陸の王と女王はセツカの父と母。色々と濡れ衣を着せられたセツカを引っ張り、アスランへ丸投げしたのはエミリオ。セツカへの罪は濡れ衣だとノムーの者達が知った頃にはウンディーに欠かせない存在になっていたセツカ。親と子としての会話をしたのはエミリオと会う前の話。今さら何をどう話せばいいのか.....そんな悩みもある中で、今セツカが悩み考えている事は───


「......赤い宝石.....このアイレインに赤い宝石なんてありましたか?」


───クラウンがターゲットとしている “赤い宝石” の件だった。


アイレイン、通称レインタウンには赤色の宝石は存在しない。青色の宝石───結界マテリアならば存在するが文字で赤と青を間違えるなど考えられない。


「赤の宝石か.....アレはどやろ? ウチの魔女っ娘が魔女達に宝石名で呼ばれとったろ? そないな考えで赤の宝石を考えてみるんや。赤の宝石.....例えば───俺のこの素敵な髪色?」


緊張感の欠片もないアスランの表情にセツカは深い溜め息を吐き出した。


「ええ溜め息やな。まぁ肩の力抜いて考えみーって事や、女王さん」


───どちらかと言えばアスランの髪色は素敵じゃない赤色ですよ。


そう言いたい気持ちも薄れるほど、アスランの自慢げな顔は破壊力があった。しかしアスランが言った事もハズレとはセツカは思えなかった。宝石と書かれていた事でターゲットは物なのだと思い込んでいた部分はセツカだけではなく、他の者達も心当たりがあるだろう。


二つ名.....通り名などはその者の特徴から考えられ、誰かがそう呼び、それが広まる。風貌や性格、他にもその者の特徴的な部分から考えられる名。


───アイレイン.....赤い宝石......宝石で赤色といえばルビー、ガーネット、ルベライトやスペサライトも.....でも、あの辺りは赤色以外も存在する.....代表的なものはルビーとガーネット.....。


「......、、アスラン! すぐにユニオンと連絡を繋いでください!」


セツカは叫ぶように言うと、自分のフォンを取り出し誰かへ通話を飛ばした。






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