◆177



近くで見ると更に思う───本当に元々人間なのか? と。

それほどまでに自然で、疑い様がないほど、狼の姿になっている【カイト】と呼ばれる人物。

イロジオン───侵食。

これはイロジオンを持つモンスターが意図的に出す害、モンスター化する黒い風。

それをどっかの魔女が魔術化しようと企み、テスト段階の魔術を人間へ使ったのだろう。そう企んでいる魔術は知性INTが少々低い。なぜなら狼は綺麗に心と記憶を残している。わたしがイロジオンを術化しようと考えたのならば、まず相手の心を壊し記憶を消す。そうしない理由がわからないし、残しても何のメリットにもならない。

魔女はそう考えなかったのか?.....いや、それが出来なかった、と考えるべきか。

だからこそイロジオン魔術を進化させ、狼を再びテスト対象に選び回収しに来たと考えれば、魔女がわざわざ地界のプリュイ山へ足を運ぶ理由にもなる。


ま、わたしが考えた所で何の意味もない事だが。



「私達は狼の調査に来た。狼を発見し危険だと判断した場合は、討伐するつもりだったけど.....人間となれば話は別だね」


人々の味方【アクロディア】マスター ルービッドは、だっぷーと狼を見て話す。

わたしも最初はビビったが、この狼は人を襲うようなタイプではない。そして人間だ。


「クエストの方は、それらしき狼は発見出来なかった、という事にすれば誤魔化せるけど.....」


ルービッドは狼とだっぷーをジッと見て、途切れていた言葉を繋げるように言う。


「狼が戻れないなら、テイムするか、人から離れない限り一緒には居られない。カイトさん....だっけ? 結界には入れるんだよね?」


結界───大きな街には大体設置されている、モンスター避けのマテリア。翼を持たないタイプがプリュイ山に今いる事から、アイレインを徒歩で通過している事は間違いない。ならば、


「結界が大丈夫ならテイムした事にして、だっぷーと一緒に───」


わたしはここまで言い、難しいと気付く。

外でなら、テイムしたと言えば何の問題もないが....街中ではバレる。ワタポの相棒で狼モンスターのフェンリルは街中では小型犬と変わらないサイズと姿になる。他のテイマー達もテイムしたモンスターを街では小型化させ、連れている。


「テイミングしたモンスターは、街中では小型化、見た目も可愛らしくなって、絶対に命令を聞く。マスコットのような扱いになる場合もあるし。それをカイトさんは出来ない。だってモンスターではなく、人間なのだから」


「なんか方法ないのか? 小型化できないモンスターって事にするとかさ? なんかあるだろルービッド」


「うーん....かなり難しいよ。小さな村で、村の人達にそう説明して、納得してくれればいいけど....もし外にバレて “アテられた” 人間って事までバレたら、だっぷーさんも罪になる」


「は? 罪? なんでよ」


「アテられた人間は速やかに討伐....つまり殺す事。その人間から黒い風が発生した報告はないけど、もし発生した場合は被害が拡散しちゃうでしょ? 例え1パーセントの侵食率でも、殺すのがセオリーでルールなんだ。匿ったりしたら “レベル6” の罪、死刑になる」


「.....なんだよそれ」



レベル6の罪とか、死刑とか、魔女もアレだが人間も大概だな....アテられた、つまりイロジオンに侵食された時点で生かす事は出来ない、言い方を悪くすれば生かす価値が一瞬でなくなると言う事か。


「なんか方法あるだろ! 今までイロジオった人はみんな死んだのか!? どっかでひっそり ─────!?」


「「───!?」」


少々熱くなってしまったわたしへ、落ち着け、と言うように届いた───魔女の魔力。

ルービッドもだっぷーも、狼カイトも感じたらしく、一気に緊張が走る。


「大丈夫だ、このためにダプネは行ったんよ」


「行ったって、魔女の所へ!?」


驚いた表情と裏返った声で言うルービッド。そんな顔してそんな声を出すのか、と少し笑いそうになるが我慢し、答える。


「大丈夫だっての、ダプネも魔女だし、そこらへんにいる魔女より遥かに強い。アイツの心配より......ワンコ! 今の魔力知ってるか? 知ってたら頷いてくれ」


魔女の魔力は独特で、魔女以外の種族がそれを感じれば長く深く記憶に残るらしい。もしかすると、狼はこの魔力を覚えているかもしれない。わたしがした突然の質問に、狼カイトは迷う事なく頷いた。


「おっけー。んじゃ、ダプネが戻るのを待つ間に、テッペン行って秘棘パクってこようぜー!」


「は!? もう....エミリオはなんか適当ってより自由過ぎる! この状況でそんな事する気になれると思う!?」


なぜか少し怒っているルービッド....なぜ怒っているのかわからないが、とりあえず、


「落ち着けよ、いきなり怒るなよ」


「怒ってない! いや少し怒ってるけど! だっぷーさんとカイトさんの事、そして魔女の事があるのに、どうして自分の事を優先する気になれるの!?」


「あー....まず、落ち着けっての」


とにかく落ち着いてもらわねば、ルービッドは以前こんな感じの流れから、ワタポとPvP....決闘的な事をしている。今そんな事になるのは勘弁してほしいし、とにかく落ち着いてもらわなければ説明も出来ない。


「説明ってか、そゆのしなかったのは悪かったけど怒るなよ」


「.....説明って?」


まだ怒り気味のルービッドだが、話を聞く気にはなってくれた。


「狼の件だけど、魔女の魔力が狼を薄く纏うように....感知されないギリギリの薄さでくっついてるんだ。それでダプネは、イロジオンは魔女の仕業って予想して、その魔女が多分下層部に来てるから行った。ダプネは遊んでても負けないと思うから大丈夫」


「.....ダプネの件はわかった。だっぷーさんとカイトさんの方は?」


「多分その魔女は狼を探しに来た。わざわざここまでね。って事は何か訳アリじゃん? 例えば....魔術がまだ未完成で、進化した魔術を狼に追加でかけにきた、とか。イロジオン....侵食が魔術なら、侵食を戻す方法もその魔女は知ってるハズだ」


「えぇ? じゃあその魔女の所へ行けばカイトを戻せるかもってこと!?」


話を聞いていただっぷーは、戻せるかもしれない、という部分に反応した。気持ちはわからなくもないが、


「行くのはダメだ」


「....なんで? フローも魔女だよねえ? 知り合いだったらお願いして元に戻してもらえないの?」


「魔女相手にそーゆーのは通じないぜ、多分殺そうとしてくる。だからダプネが行って戻す方法を持って帰ってくると思うから、下手に行かない方がダプネも助かる」


行った所でダプネはみんなを気にする事もしない。例え相手の魔女がこの中の誰かをターゲットに選び、魔術を使ったとしても、魔術は放置するだろう。行かない方がみんなのためだ。


「....まぁそんな感じだから、ここでただ待つより、テッペンのドラゴンのトコまで付き合ってくんないかなーって。ダプネがここに帰ってきて、わたし達が居なかったら、わたしの魔力を感知して空間繋ぐだろうしさ」


そこまで言うと、ルービッドは考え悩む。だっぷーは「ごめんね、私はここに残る」と言い、狼へ手を触れさせる。


「.....私もここに残る。ダプネが戻るまでは、やっぱり動けない」


「そかそか、んじゃ、わたしはテッペン行ってサクッと戻ってくるぜ」


わたしはニッと笑い、山小屋を出た。

わたしの元々の目的は武器素材。だっぷーと狼カイトの事は気になるし今後どうなるのか心配ではある。しかし自分の目的を捨ててまで、一緒にいるつもりはない。

ルービッドもクエストは完了した様なものだし、2人と一緒に残ってくれたのは正直安心した。今の状態でモンスターが現れでもすれば、だっぷーはまともに戦えないだろうし。


「だっぷーとワンコ....カイトって、結婚するのかな?」


妙な事を霧に溢したわたしは、ミストポンチョを確り装備し、上を目指す。霧がいい感じに働いてくれる事を信じ、わたしは苦手な隠蔽術を詠唱、発動させハイディングのコツを探りつつ、ひとり進む。






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