◆178



地形が変化したプリュイ山に戸惑うように霧がうねる下層部。

ほわんっ と虹色の入り口がクチを開き、黒曜の魔女ダプネが地に足をつける。


「ふぅ.....。もう少しあっち側で頑張っていれば、特級クラスになれたのにな。ま、わたしはいい石をゲット出来たから感謝するよ───お前のディアに」


ダプネはひとり言い、緑色の宝石2つを見て小さく笑った。キラキラと美しく輝く宝石は時折、鼓動するように発光している。


「───.....さて、さっきの山小屋に戻るか....、?」


空間魔法を発動させようとした瞬間、ダプネの耳に声が届き、気配が近づく。

宝石を空間魔法の中へ投げ落とし、キュッと瞳を細め気構えしていると霧に浮かぶ3名のシルエットが見えた。


「───あれ? たしかエミリオと一緒にいた.....」


髪をユルく束ねたスーツ姿の女性が、ダプネを見てポツリと声を奏でた。





「魔女気配....消えたね」


数メートル先も見えない霧へ、山小屋の窓から視線を飛ばしルービッドは言う。沈黙が辛かったワケではなく、少しでも不安を軽くしたい、という思いでクチを開いた。魔女に対しての不安はルービッド自身もあった。しかし、それ以上に、だっぷーとカイトは不安に包まれていただろう。

自分達の平凡な日常を奪ったのが魔女であり、その魔女が今この山まで来ている。そしてその理由が、カイトを探しに来たとなれば2人は不安だけではなく、怒りさえも覚える。だが、その不安や怒りの気持ちも、魔女の魔力が消えた事で弱まり、今まで黙っていただっぷーがポツリと声を出した。


「.....どうして、カイトを狙ったんだろう」


「それは.....私にはわからない」


カイトが狙われた理由。それは単純に魔女の近くにたまたまカイトが居たからだった。

試せるならモンスターでも人間でも、誰でもよかった。そんな理由にもならない理由で動くのが魔女。自分の欲さえ満たせれば何でもいい。

この部分が悪魔や他の危険種族よりも濃く強いのが魔女という種族。


長年人間や他の種族と関わりを持ったエミリオでさえも、自分の都合を優先し、自分の事は自分で決めろ、という節がある。

こればかりは一生消えない魔女という種族の種族癖みたいなもの。


「....私はカイトがこの姿から戻れなかったとしても、ずっと一緒にいたいし、そうすると思う。それで私が悪い人になっても、きっとそうする」


だっぷーが細く、でもハッキリとした声で言った言葉に、ルービッドは何も言えずクチを閉ざした。

無責任な事は何も言えない。でも、無視も出来ない。そんな気持ちでルービッドは言葉を探していると、ほわんっ と小さな音を奏で、虹色の空間魔法が山小屋の天井に展開。ルービッド、だっぷー、カイトは素早く戦闘体勢入る。

空間魔法から落下するように現れた4名を見て、ルービッドは驚きの声をあげた。


「え!? なんで!?」


だっぶーやカイト、床に落下したダプネは知らないのも無理はないが、冒険者のルービッドは空間から現れた冒険者と直接交流があるワケではないが、アクロス、ジュジュ、ユカを知っている。


「いてて....空間魔法とか空間系エフェクターより扱いが大変だな」


最初に起き上がったのは【音楽家 ユカ】だった。ネクタイをキュッとしめ直し流し眼でカイトを確認し、


「おっ、イケてるウルフじゃん。誰の相棒?」


と、驚く様子も見せない辺りは、さすが【芸術の街 アルミナル】出身だ。


「ほう.....確かにイケてるウルフだ。ウルフ界のイケメンか?」


和服を崩して着ている男は警戒もせずカイトへ近づくギルド【マルチェ】のマスターで皇位持ち商人の【ジュジュ】は、狼をイケメンと評価し何かを考える表情を見せた。


「驚かせてごめんな.....あれ? エミリオは?」


赤銅色の鎧を軽々と着こなす男、ギルド【赤い羽】のマスター【アクロス】は山小屋内へ視線を飛ばし、エミリオを探す。


「あー....エミリオは───」


ルービッドは苦笑いを浮かべ、青髪の帽子が今どこへ向かっているのかを話した。





霧に混じった魔女の魔力───魔女力がスッと消えた。


「終わったか.....ダプネ」


わたしは下層部へ視線を送り、ダプネへお疲れさまの意味を込めて声を落とし、プリュイ山の上層部を進む。思いの外、霧の隠蔽効果は高く、わたしはモンスターに発見される事なくスイスイ進んでいた。モンスターらしき影を見つけてはゆっくり、ゆっくり進み、今は上層部まで足を踏み入れている。

あとどれくらいでテッペンに到着するのか、見えもしない道の先を見ると突然、遠吠えにが抜ける。


「犬!? ....狼か? でも今の声は.....上からか?」


一瞬、中層部にいるイロジオン狼が吠えたのかと思ったが、間違いなく今の声は上、つまりテッペンから聞こえた。

サクサク進んでいるとはいえ、一歩一歩進んでいる事に変わりはない。山道は無駄に疲れるし、霧は鬱陶しいし、モンスターに発見されても無視だな。


「一気に飛ぶぜ」


わたしはひとり呟き、風属性補助魔術を発動させる。ブーツが小さな竜巻を纏い、グッと力を入れ前方へ飛ぶとカエル越えの跳躍力を発揮する素敵魔術。街中で使えばすぐにセッカが飛んで来るので使えないが、常時愛用していたい魔術のひとつだ。


「ひょひょー! 空間魔法のレベルあげるより、これで移動した方が絶対楽だしょ!」


テンションが上がり、ひとり叫ぶように跳び進むわたし。霧で前方が見えないのがまたワクワクさせてくれる。

降りては跳ね、降りては跳ねを繰り返し、あっという間にテッペン付近へ到着。アイレインに戻ったらカエルポンチョを装備してこの魔術を使う、と野望を抱き魔術を解除する。

いいサイズの岩がいくつも設置されている───といっても人の出てはなく自然に設置されたものだろう。その岩に隠れつつ進み、テッペンの広いエリアを覗ける距離まで到着し、一応、隠蔽術を自分へかける。


「さてさて....ピョンピョンジャンジャンはいるかなー?」


それっぽい名前だったドラゴンを確認すべく、岩から少し顔を出し広場を見ると、うっすら緑色をした毛の───ウルフの群れがそこに居た。

予想外な住人に驚かされるも、声は出さずわたしは目的のドラゴンを探す。


S2ドラゴンともなれば威圧感溢れる巨大な姿を想像していたが、全然見当たらない。


「くっそー.....ウルフのサイズに隠れるドラゴンなんているワケないだろうし.....?」


わたしは群れ吠えるウルフの奥を、離れた位置から必死に見透そうとしていると足に何かが絡み付くような違和感を感じ、足元を見た。


「んぁ!? .....」


「......」


謎の生き物がわたしの右足....右のブーツをガッシリと掴み、眼を閉じ震えていた。

白い鱗に赤紫の小さな棘....鱗の形が薔薇のようで、頭には身体と合っていないサイズの蒼白の角.....。わたしは一度深呼吸し、足に絡まる小さな生き物をもう一度見る。すると、


「......、ピッ!?」


と、高く小さな声を上げ、わたしを見た白いヤツ。


「ウソだろ.....お前が、ドラゴン?」


急ぎフォンを取り出し、モンスター図鑑を開く。

【ピョッジャ ピョツジャ】

SS-S2 竜種。

全身が白い鱗に覆われたドラゴン。鱗には赤紫の棘を持ち、その姿から白薔薇竜とも呼ばれる霧棘竜。霧が濃い山頂を好み、静かに暮らす。

頭上には蒼白の棘があり、その棘が “濃霧の秘棘” と呼ばれる高ランク素材。秘棘は数百年に一度、抜け落ち生え変わる。


....鱗の色や形、頭の角みたいな棘はモンスター図鑑に記入されている情報と一致する。図鑑にはドラゴンの姿が表示されていないうえに、サイズなどは記入されていない。いやまて、落ち着けSランク冒険者エミリオ。この小さいのが子供で、親がどこかにいる可能性が高い。

わたしはSランク的思考でそう見抜き、親ドラゴンを探そうと顔を上げようとした瞬間、グルル、と低く喉を唸らせる声がいくつも聞こえた。


「「 ───!? 」」


ウルフの群れがわたしに気付き、それはそれは恐ろしい瞳で睨んでいた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る