◆176



「ルービッド、ダプネが用事で少し離れるって」


「こんな山で用事?」


「うん、詳しくはアレだけど.....それよりどうするの? クエ」



ダプネは単独で魔女の所へ飛び去り、わたしはルービッドへ適当に伝えた。魔女がいるから、など言えばこの山は一時的に制限区ならぬ危険区、SSS-S3エリアになってしまうだろう。危険区とかあるかは知らないが、魔女はそれだけ面倒で、危険な存在。


そっちはダプネがうまくやってくれる事を信じて、今はこっち───だっぷーと狼をどうするかだ。

元々は狼の調査クエストとしてこの山に来て、狼が危ないヤツなら討伐も考えていたが....その必要は全くないだろう。


「クエね....噂の狼が、危険な狼だった場合、セッカやドメイライト騎士団に報告するつもりだったけど.....」


「危険度なんて....ないよな」


狼をぎゅっと抱くだっぷーを見て、わたしとルービッドは安堵の息を吐き出した。狼は照れ臭そうに、困ったような瞳でだっぷーを必死になだめている様子が、なんとも不思議で。


「とりあえず、ここは外だし....山小屋へ入ろうか」


「りょーかい、だっぷー呼んできてくれよルービッド」


「え? 私が? エミリオ知り合いでしょ?」


「んだけど、近付いて狼に噛まれたらヤバイだろ? 頼むね」



わたしはルービッドへ任せ、先に山小屋へ入った。

やはり気になる。ダプネが行っていた【イロジオン】と、魔女の魔力。ダプネが今向かった場所にいる魔女が、あの人間を狼に変えた魔女なら....戻す方法を知っているかも知れない。


「何も聞かずに殺すなよ、ダプネ....」





空間魔法の移動速度はワープと似ていて素早く、微調整を感覚的に行う使い手ならば調整時間というラグタイムがカットされ行動も速くなる。


魔女ダプネは魔女界の中でもトップクラスの空間魔法を操り、現在は【ヴァルプルギス宮殿】に自由に出入りでき、宝石の名を持つ【強魔女】のひとり。

|黒曜の魔女(オブシディアン) の名を持つダプネが空間を繋いだ先では、別の魔女が箒に股がり霧を進んでいた。


「......? 」


レインフードの魔女は空間が展開された事を感知し、箒から降り、警戒して進む。霧に隠されたダプネのシルエットがゆっくりと濃くなり、お互いが姿を確認する。


「黒曜....!?」


「.....? 誰だお前」


お互いが微かに呟いた言葉は対照的とも言える。


「なぜ貴女がここにいる.....黒曜」


「だから誰だよお前? わたしがどこで何をしていても関係なくないか? お前こそ何でここにいるんだ?」


「私は....、翠玉の魔女。私がここにいる理由、貴女に関係ありますか?」


|翠玉の魔女(エメラルド) と名乗ったレインフードの魔女。

翠玉、紅玉、蒼玉、変彩、の名を持つ魔女は【強魔女】よりもランクが高い【四大魔女】と呼ばれる存在。現在【ヴァルプルギス宮殿】へ出入り出来る魔女───宝石の名を持つ魔女は12名しか存在しない。

魔女の頂点に君臨する【天魔女】が1名、その下に4名の【四大魔女】、そしてダプネを含む6名の【強魔女】、最後の1名はエミリオ。


「お前が翠玉の? ........まぁいいや、いくつか質問がある。お前の答えと対応によってはわたしの対応も変わる」


一瞬だがダプネは鋭く尖った雰囲気を醸した。その雰囲気に怯み、レインフードの魔女は小さく一歩下がりクチを開く。


「わかり....、わかった聞こう」


「......───まず お前は何しにきた? わたしには関係ないとか、つまらない答えはいらないぞ」


「.....あるモンスターを探しにきた」


「それはあの狼か?」


「───!? どこで見つけた?」


狼というワードが出た瞬間、レインフードの中の表情が強張った───気がしたダプネ。フードに隠れた顔は見えないものの、雰囲気は明らかに変わった。


「質問してるのはこっちだ。あの狼はお前が、イロジオンしたのか?」


「.....私がどこで何をしていても関係なくない? ついさっき貴女が言った言葉ですよ」


「つまらない答えはいらないって言ったよな? あの狼はお前がイロジオンしたのか?」


「貴女には関係ない事では?」


「関係あるから聞いてんだけどね。まぁ今の反応が答えって事だろうな。最後の質問だ、イロジオンを戻す方法は?」


ダプネは威圧感のある声で最後の質問を飛ばした。黒曜の魔女が放つ威圧感に、翠玉の魔女は一瞬怯み、迷いつつもクチを揺らす。


「.....この、魔女の解毒剤 を使えば数時間で元に戻る。だから戻して、次のイロジオンをかけに来た」


レインフードの魔女は小瓶に入る液体を見せる。

イロジオンは魔術だったが未完成。そして───イロジオンをかけた相手が生存している限り、新たにイロジオンを発動出来ない。レインフードの魔女が、戻して次のイロジオンをかける、と言った事から間違いない。そしてダプネはその言葉を確りと拾っていた。


「オーケー、それじゃその薬をよこせ」


「....はぁ、何を言い出すかと思えば」


「さっき知り合った人が、狼の中身に用事があるみたいなんだ。あと、イロジオンを魔術にする事は不可能だぞ? 」


「やった事もない貴女に何が」


「やった事あるから言ってんだけどな。ついでに、もうひとつ教えてやる───」


ダプネはレインフードの魔女へ赤色の瞳を向け、ニヤリと笑い、


「───翠玉の魔女 “サフィアン” は、気に入らない相手なら、天魔女でも悪魔王でも見逃さない。短気なうえに攻撃的なヤツなんだよ。覚えておけ、偽物ちゃん」


「───!!」


偽物と言われ魔女はうろたえる。クチを開くも言葉は見当たらず、グッと歯噛みしフードの奥でダプネを睨む。


「わたしが翠玉じゃなく黒曜でよかったな───選ばせてやるよ」


「.....選ぶ?」


「その薬を置いて魔女界へ帰りサフィアンに殺されるか、その薬を置いて今ここでわたしに殺されるか。選ばせてやるよ」


どちらを選んでも殺される。宝石の名を持たぬ魔女が、自ら宝石の名を語る事は、上の魔女への侮辱にも近い行為。それが存在する魔女の宝石名となれば問答無用で殺される。フードの魔女は5秒ほど確りと考え、出した答えは───


「.....私が貴女を殺し、その瞳を貰う! そうすれば天魔女様も、私をヴァル魔女にしてくれるハズです!」


魔女はフードを外し、濃い緑の髪と瞳を露にした。見開かれた眼、瞳はうっすらと発光する。魔女が本気になった時に見せる眼球の光、魔煌。


「黒曜の魔女ダプネ! 覚悟ッ!」


「はぁ.....魔煌とか本気出しすぎだし、そーゆーノリやめてくれよな。まぁ、相手はしてやるよ───後輩」





ヴァルプルギス宮殿に出入りできる宝石魔女。彼女達は称号を持たぬ魔女達憧れであり、目標でもある。

ヴァルプルギス宮殿は特定の魔女にしか見えない特別は宮殿。魔力はもちろん、INT───魔術の知識やセンスも求められる。


今、宝石の名───黒曜を持つダプネへ挑む、石ころの魔女はヴァルプルギス宮殿を発見している。並の魔女では宮殿の姿さえ見る事は出来ない。

宮殿を見る事が出来ても、入れるかはまた別の話になる。


「 黒曜の魔女 .....本当に剣を使う魔女なんですね」


短い杖を振り、魔法陣をいくつも展開する石ころの魔女は、ダプネが背中に吊るす剣【レリーフピニオス】を見て瞳の魔煌を更に濃く発光させる。

剣を抜かせる暇も与えない、手数を重視した魔術の雨と、中々に速い詠唱。しかしダプネは表情を変える事なく全て回避する。


「どうした? わたしを殺すんだろ?」


挑発する余裕も見せるダプネへ、石ころの魔女は苛立つ。

魔女が瞳を───魔煌を発光させた場合、超高速詠唱で魔術を使う。しかしそれが最大ではない。

ダプネなどの強魔女は、ある程度の魔術ならば詠唱を必要としない。昔エミリオが魔女の力を解放させた時のように、下級、数種類の中級の魔術は詠唱なしで扱えてこその、魔煌と言える。

つまり───この魔女はまだ未完成。それでも並の魔女よりは強い。


「魔女のくせに剣など....そんな馬鹿な真似は、あの堕落の魔女だけにしてもらいたい! 魔女の恥だ!」


堕落の魔女 と言い放った瞬間、ダプネは動きを止めた。ここを見逃さず石ころの魔女は中級魔術を超高速詠唱で発動させる。中型の魔方陣が展開され、魔方陣を纏う様に風の槍がダプネを狙い、霧を進む。


「堕落.....ね」


ポツリと呟いたダプネは風の槍を見る事なく、煙る速度で背中の剣を引き抜き───魔術を斬った。剣を抜く余裕がなかった、ではなく、剣を抜く気がなかった。そう思わせるには充分過ぎる速度で鞘を走った剣【レリーフピニオス】はその姿を露に。薄青と薄緑が混ざった綺麗な色、鏡のように辺りの色を吸い込み反射させる刀身。


「....堕落の魔女に会った事もないのに、よく馬鹿に出きるな?」


「なにを言い出すかと思えば.....堕落の魔女はとうの昔に殺されたと言われていますし、会う事など不可能ですよ? それに、会った所で相手にならないとも言われていますし」


翠玉ではないと見抜かれた石ころの魔女は、染み付いた敬語口調で応答する。


「.....そうか」


「強魔女ともあろう貴女が、堕落について何も知らないとは....、まぁ知った所で何の意味もありませんが、魔女達の上に立つ身として、その知識量はいけませんね。やはり貴女の椅子は私が頂き───!?」


ポンっと肩を叩かれ、石ころの魔女は言葉を見失う。眼の前にいたダプネが、眼を離していないのに自分の横へ移動し、肩を軽く叩き、鼻で笑い、スタスタと歩き距離を取る。


「.....ッ....馬鹿にしてる....、貴女方、強魔女は私達を馬鹿にしている! 私達はいつでも貴女方の相手をする覚悟も、準備も出来ているのに、見向きもせず強魔女の椅子に腰を降ろして.....下を見て、馬鹿にしている!」


石ころの魔女は怒り叫ぶも、ダプネは無視し、ミストポンチョを外しベルトポーチから小瓶を取り出して、ポンチョと小瓶を石ころの魔女へ投げ渡す。


「───!?....なんの真似、ですか?」


「ここの霧はデバフらしくてね。そのポンチョを装備すればデバフの対象にはならない。そしてその薬はお前にプレゼントだ。魔力消費を抑え、魔術の威力を上昇させる魔女の特級薬....使えよ」


「馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい! 私はこんなモノなくとも───」


「使えよ。ディアも他の薬も好きなだけ使え。それでもわたしが、100パーセント勝つ」


「......っ、そこまで馬鹿にされると、黙っていられませんね。本当に腹が立つ.....いいでしょう、私は何をしてでも貴女を殺す。100パーセント勝つ、ですよね? それを見せてください、先輩」



ミストポンチョを羽織り、薬を飲み、空気をビリビリと揺らす魔力を溢れさせた。

魔女の魔力を隠す隠蔽術【マナサプレーション】が弾け、石ころの魔女は、魔女力のキャップを解放。


「───ッシ」


空気を吐き出すように詠唱を済ませ、風の刃を飛ばす。

先程とは比べ物にならない、濃く強い魔力を宿した魔術は、速度も大幅に上昇している。

ダプネが大きく回避すると風の刃は地面を酷く抉り空へ。

石ころの魔女が手を振り下ろすと刃は雨となり、広範囲に降り注ぐ。

視線を一瞬上へ向けたダプネだったが、瞳はすぐに正面を向く。石ころの魔女は、濃く重く冷たい魔力を孕む超大型魔方陣を展開し、風属性上級魔術を発動させた。

上空からは広範囲に降り注ぐ無数の風雨、正面は超大型魔方陣から放たれた、幅広く分厚い───風よりも速い風の斬撃。


まばたきする暇もなく、魔術は暴れ消える。

2秒ほど前までは地面があり、道が繋がっていたエリアは崩壊。中層部までの道はまるで【迷いの森】と【フェリア】を分ける崖のようで、とても飛び越えられる距離ではない。


魔術の余韻が残る、変わり果てた風景を気にする事なく石ころの魔女は詠唱し、空間移動で魔術を回避していたダプネが空間から戻る直後に、一切の迷いも手加減もなく魔術を発動させた。


大型の魔方陣から逆巻くような魔女力が吹き荒れ、空間から現れたダプネは眼を見開いく。


「翠玉の魔女が産み出し、天魔女様が風属性の最上級魔術と認めた───グリムシルキ。貴女をバラバラにしてあげます」


風がうねり捻れ、大型の鳥を創り、まるで本物の鳥のようにひと吼えし、ダプネを狩るように飛ぶ───


「それがお前のディアか───使えそうだな」


黒曜の魔女は呟き、赤く綺麗な瞳を微かに魔煌させ、剣が土色の光を纏った。


石ころの魔女が持つディアは “想像を具現化させる” ディア。

鳥───グリムシルキは、石ころの魔女がその名を知り、想像したただの風魔術。

本物の【グリムシルキ】は速度、範囲、破壊力、全てが規格外の、風属性最上級 創成 魔術。強魔女でさえ習得する事が難しい最高ランクの魔術を石ころの魔女が使えるハズもなく─── 風の鳥は両断され、ディアの内容まで見抜かれる結果に。


「───ッ!」


「本物を知ってる相手に、偽物を見せてどうする?」


そういい、黒曜は1秒とかからない詠唱を済ませ魔術を発動させた。石ころの魔女は足下に展開された濃紫の大型魔方陣に気付くも、視界は一瞬で光に包まれる。雷属性上級魔術【バグ ブリッツ】は雷の魔方陣が展開されてすぐに効果を発揮するタイプの魔術。ショックのように雷が一瞬で魔方陣の範囲内を重く駆け回り、対象へダメージと麻痺を与える。雷魔術にしては地味だが速度は速く、想像を越えるダメージ量を持つ。


石ころの魔女は上から叩かれ、下から刺されるような、強い痛みが全身を走り、身体の感覚が遠くなる中で見たのは───黒曜の魔女ダプネの微笑。


「その雷魔術は “堕落の魔女” が魔女子の頃に作り出した魔術だ。馬鹿に出来ないだろ?」


「.....!」


舌も痺れ会話も詠唱も封じられた石ころの魔女へ、黒曜の魔女は冷たく獰猛な笑みを浮かべ───まるで石ころを蹴るように、空間へ蹴落とした。






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