◆164
赤髪に赤い瞳、軽い褐色肌の健康的な雰囲気を持つ女冒険者。わたしはこの冒険者を知っているハズだが、全く思い出せない。
これはよくある事だ。冒険者はモンスターを相手にする機会は騎士よりも多い。武具が変わるのは当たり前なので、それに合わせて髪型などにも手を加える冒険者は少なくない。実際、今のわたしは装備は武器はなく、防具も衣服。髪型は無駄に伸びている。これでわたしがエミリオだと気付いたコイツが凄い。
「エミリオひとり?」
赤女はわたしの名前を普通に呼び、普通に話しかけてくるが....やはり思い出せない。とにかく悪そうな人間でもないし、軽く応答しつつ思い出す作戦を決行しよう。
「ひとりだよ、赤女は───」
「マスター!」
わたしは返事をし、質問を返そうとするも、謎の冒険者が声を出しわたしの声は消える。
「どうした?」
赤女はその冒険者をターゲットに切り替え、会話を始めたので───わたしも会話を聞く事にした。まるでレイド戦でタンカーが交代するかのようなシフトチェンジの早さで、盗み聞きして思い出そう! 作戦に切り替えた天才魔女エミリオ。さすが天才。これで思い出せればわたしの勝ちだ。
「例の件で新たな情報を入手しまして───」
例の件、とやらはわたしに聞かせる事が出来ない件らしく、冒険者はごにょごにょと話しどこかへ去った。極秘事項なのはいい。ただ、もう少し赤女へ....こう、なんか挨拶とかあるだろうに。マスターって呼んでごにょごにょと....マスター? 確かにあの冒険者は赤女を【マスター】と呼んでいた....この流れでマスターはギルドマスターと考えて間違いないだろう。赤色で女マスター....わたしを知ってる.....、
記憶のフタが爆発し、中からこの人物の記憶が出てきた───ような気がし、わたしはクチをポカンとあけ赤女を指差す。
「ごめん、ごめん、ちょっとギルメンにお願いしてた件が─── え、なにその顔とポーズ....」
「ル、ル......」
最初の文字はルで間違いない、しかしこの先が爆散してしまったのか、全然出てこない。
「あー、うん。ル だけど、多分アンタの事を知っていて、アンタがこっちの事を知ってくれてる、または覚えていてくれてるって思ってるのは....本当に少数だけだよ? 忘れられてるっていうより、覚えてもいなかった、なんてエミリオに言われてもみんな納得するだろうさ」
「え? わたしってそんなに有名人なの? 」
照れくさくなり、わたしは帽子の上から頭をポリポリと掻いた。が、
「この1年で一気に名前が広まった冒険者は結構いるよ、話す時間あるなら上へ行かない? 飲み物くらいは奢るよ」
上───二階か。集会場が大幅に進化したので二階にも相当な期待が....それに奢ると言われて断るのは魔女の美に反している行動と言える。
「いいぜ、一番おっきいコーラを奢ってくれるならな?」
わたしはニヤリと笑い、赤女が頷いたのを確認し、集会場の二階へ向かった。
飴色の手摺、階段一段にしても、壁にしても、相当こだわり抜かれたデザイン。これは間違いなく【アルミナル】の職人が関係しているだろう。
よく見ると一階のイスやカウンター、床にまでこだわりが散りばめられている。これは二階の変化にも期待出来そうだ。
「登ったら真っ直ぐね」
わたしの後ろにいる赤女は、よくわからない事を呟き、ご機嫌に階段の登る。わたしも最後の階段を登り、二階へ足を踏み入れ───リアクションに困った。
以前の面影は全くないものの、一部に以前の雰囲気を色濃く残した仕上がり。
「止まってどうした? 真っ直ぐの所いこう」
赤女はわたしの肩をポン、と叩き、階段を登り終えてすぐ見えるエリアへ向かった。
集会場の二階は、3エリアに分かれていた。3と言っても数字で区別されているワケではない。
赤女が向かった階段正面が【トラットリエ】エリアと言える、食事をとる場所。
そのトラットリエを中心に左側が【カフェ】で右が【酒場】か....。
先に席についた赤女はウェイトレスに色々と注文し、ウェイトレスは【トラットリエ】のカウンターへ戻り、壁に取り付けられている大型のフォン───タブレを忙しそうに叩いた。
「───....あれなにやってるの?」
わたしは席へ向かいつつ観察し、慣れた雰囲気の赤女へ質問すると、赤女は笑い「まぁ見てなよ」と。わたしは言われるがままウェイトレスを観察していると───
「お待たせしました、アイスコーヒー と コーラ になります」
───ドリンクが届いた!? 席についてから、正確には席へ向かっている時から、わたしはウェイトレスを完全にターゲティングしていた。しかしドリンクが死角から....
「.....なるほどな」
区別されたエリア、タブレ、届いたドリンクとウェイトレスの位置。これらの情報をエミリオンブレインが解析し、わたしは二階のシステムを理解した。
【トラットリエ】は料理のみを提供し、【カフェ】は簡単なデザートとドリンクを、【酒場】はアルコール....酒のみを提供するシステムで、どのエリアの席に座っていても、適当にウェイトレスを捕まえ注文すれば、席移動の必要もなく【カフェ】で酒を飲めたり、【酒場】で本格的な料理を楽しめるワケか。
よく見れば客も冒険者だけではなく、冒険者の雰囲気を味わいに来た観光客や街の人々も結構いる。子連れで【酒場】は確かに気が引けるが、【トラットリエ】ならば子供も楽しめて、親は酒も楽しめる。今は午前なので酒を飲んでいるのは冒険者だけだが。
「理解した?」
「した。これはいいな....当分は観光スポットにもなりそうだし」
わたしはそう答え、名前も思い出せない相手と乾杯した。
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