◇135




身体がふわりと浮くような、何度体感しても言葉に出来ない感覚。空間魔法を通った際に起こる無重力感は嫌いじゃない。


そんな事を考えていると足はすぐに地へ。


「うぉ...っと。足場あるじゃん」


「フンギィ!」


着地に失敗したみよっちは踏み潰されたカエルの様な声をあげる。わたし天才プリティー魔女エミリオと他2名は地面に足をつける。


「....平原、デスね?」


他2名のうちの1人、吸血鬼のマユキは辺りを見渡し、ここがどこかの平原である事を呟く。


「4人を空間移動させるのは本当にツラいって....距離や位置の計算ミスったけど、ウンディー平原に繋がってよかった」


バテバテのダプネはそのまま地面へ座り、長い溜め息を吐き出した。

ダプネが言った様に、空間魔法は今現在自分が居る位置から目的地の位置までの距離を計算し繋がなければならない。

目的地までの距離、ここが難しい。障害となるモノ、例えば木々や建物があれば、貫通する考えではなく、それを乗り越えた距離感が計算に必須。建物の中ならば入り口や窓から入って空間魔法の出口となる場所の位置を計算し、繋がなければならない。

色々と計算できる頭だけではなく、想像力やイレギュラーへの対策なども使用者には要求される。


使用者、この場合はダプネだけではなく、わたし達も含まれる。術者はダプネだが、空間魔法を利用、使用するのはダプネを含めた4人。

みよっちの出口だけ斜めに開いたのは恐らくみよっちのルートにモンスター、または大きな障害物があったのだろう。

4人を移動させるのは大変。とダプネが言っていたのは “4人分のルートを同時に計算するのが大変” という意味。


失敗と言える失敗ではないが、みよっちのルートは何らかのイレギュラーにより出口が安定せず斜めで開いてしまった。どこで、どんな形で、出口が現れるかわからない。空間魔法を通る際はそれも考えて着地の準備をしなければならないワケだが.....天使は翼を使って飛び回る種族。空間魔法なんてまず体験した事ないのだろう。派手に顔から攻めるみよっちの豪快な着地は拍手ものだ。


「痛ってー....嫁入り前なのに顔面爆発するわ。で、この奥にナントカってヤツいるの?イライラすっから早くブッ殺そう」


ニーズヘッグへ着地時に稼いだヘイトをぶつける気満々なみよっちは眼の前の森を睨み、ガルルル....と唸る。

こいつ本当に天使族なのか?性格や言動は魔女や悪魔に近い気するぞ?


「ここはウンディーの平原で、この森が “迷いの森” みたいデスね。進めばニーズヘッグもいると思いますデスよ」


この吸血鬼は~デスって口調。なんか丁寧に言っている感じするけど個性的なオーラむんむんじゃん。【カーレイド】って呼ばれてるんだっけ?ヤバイヴァンパイア....ヤヴァンパイアか。


「もう空間魔法はやらないからな!」



謎の天使みよ、後天性のヤヴァンパイア マユキ、ワガママな魔女ダプネ。ここはリーダーであるわたしがしっかりしなきゃだな。



「よし、アホ共。このわたし、エミリオ様についてこい。いい夢見せてやるぜ?」






眼の前の攻防が恐ろしい速度で流れている───ように見える。


純妖精エルフの女王であり、半妖精ハーフエルフである【さくたろ】は、ワタポと女帝ニンフの戦闘に瞳を丸くしていた。


さくたろの眼では追えない速度の触手攻撃をワタポは剣で弾き、追撃の触手攻撃はステップやジャンプ、宙で身体を器用に捻り回避。

ワタポの着地に合わせて女帝ニンフは触手を大振りでなぎ払うも、着地する前にワタポは身体を縮め、着地する瞬間、地面に張り付く様に姿勢を低く構え、触手のなぎ払いをやり過ごす。

この体術や身体の流し方、運び方は─── 友人であり、ギルドのサブマスターである魅狐みこ【プンプン】から学んだモノ。


女帝は触手で地面を攻撃し、砂埃でワタポの視界を潰し、魔術の詠唱へ。


ワタポの眼は曇る視界の中でも女帝の微かな動きを捉え、詠唱の隙を逃さず一気に疾走。走る速度を乗せ、体重も乗せたオリジナルの三連剣術【トライ ペイン】を撃ち込んだ所で、女帝の風属性魔術が炸裂。大型の魔方陣から拡散する様に無数の風矢が噴射。


ワタポは剣術後、右腕から意識を切り離していた─── 友人であり、ギルドマスターでもある半妖精ハーフエルフの【ひぃたろ】から学んだ、剣術ディレイで停止しない様にする便利スキル、通称【ディレイ キャンセル】を使った。


女帝の魔術を掠めはしたものの、ディレイキャンセルで行動制限を回避したワタポは、女帝の魔術もほぼ回避してみせた。


ディレイキャンセルは全身に降りかかる剣術の対価とも言える行動不能時間を、武器を持っている腕だけで止めるスキル。ディレイそのものが無くなるワケではないが、剣術ディレイがクールするまでのクールタイムを回避や移動で稼ぐ事が可能になる。



「.....凄い」


さくたろは言葉を溢した事にさえ気付かず、眼の前で繰り広げられている純妖精の戦士達を遥かに越えたレベルの戦闘に、眼を奪われていた。



魅狐で止まる事をしない戦闘スタイルのプンプンから学んだ体術。

半妖精でどこかカリスマ性のある ひぃたろ から学んだ剣術スキル。

ワタポはこの2つを我がモノにし、女帝種に対して調べあげた知識と、魔女力を溢れさせたエミリオと戦闘した時の遠い記憶を思い出し、魔術には機敏な反応。剣術で魔術を迎撃してみせたり、微笑を浮かべ回避をしてみせたりと、女帝のヘイトを上手く稼ぎ さくたろ の存在を女帝の頭の中から薄れさせる。


ほんのりと赤く熱を宿した剣を横眼で確認し、ワタポはキュッと瞳孔を収縮させ、剣を構えた。


ワタポは今まで女帝からの攻撃を待ち、隙を見つけ攻撃していた。その理由はまず自分をターゲットにしてもらう事。そして、剣の特種効果エクストラを溜める事。

その両方が狙い通りに進んだ今、攻撃する側のギアを入れた。



───剣術のインパクト....最も火力が高まる一撃に爆破を乗せる。



ギッ、っと歯噛みし熱の尾を引く様に動く。

女帝ニンフは触手で迫るワタポを潰そうとするも、“1.5秒先が見える眼” は1対1の戦闘時、反則を越えた効果を発揮する。もちろん本人の眼で捉えられる速度に限るが、ワタポは女帝ニンフの動きをハッキリ捉えている。

最小限の動きで触手を回避し、距離を簡単に詰める。



──────ここだ!



触手の動きを読み、生まれた隙へ潜り込み、爆破する剣【エウリュ クストゥス】が強い無色光を放つ。

ワタポが使える剣術の中で手数一番多く、火力も優秀なオリジナル七連撃剣術【シルクリア ペイン】が赤い線を残す様に女帝を斬る。

一撃、二撃、三撃、と狙い通りヒットし、堅い触手に確かなダメージを与える。


───イケる!


ワタポはそう確信し、四撃、五撃、六撃、と速度を上げ触手を大きく弾く。

ラストの七撃目で踏み込み、女帝本体へ───


「───!?」


女帝ニンフは紫色の舌で唇を舐め、顔を歪め、笑った。

女帝種は元々人。人間も純妖精も、人型の種族は共喰いする事で力を高め、いずれは女帝と呼ばれるモンスターになってしまう。

森の女帝ニンフの元は純妖精エルフ

戦闘と無縁ではない種族で、女帝になる程、力を求めていた純妖精。

そして女帝種は最高ランクのSS───ダブル。


ワタポが所属するギルド【フェアリーパンプキン】のランクはS。ひぃたろ、プンプン、ワタポ、クゥの4名が所属している。クゥはワタポがテイムしている形なのでランクはワタポと同じに設定され、今現在全員のランクはS───シングル。


Sランク冒険者が、SS、それも女帝種をソロで討伐出来るハズもない。


女帝ニンフの腕がワタポの眼でも追えない速度で動き、ワタポの左腹部を貫いた。

ワタポは剣術のラスト七撃目をファンブルし、強制的にディレイがのし掛かる。武器を変更した事により【シルクリア ペイン】を終えるまで0.5秒程遅くなっていた。この0.5秒が今大きなマイナスとなり、働いた。以前の武器で発動していた場合、ファンブルという最悪の結果は避けられただろう。


腕を失った時に似た、脳が焼ける様な痛みと、指先しか動かない身体。どの武器を使用していても貫かれる結果は同じだっただろう。しかしその後、ファンブルディレイがあるかないかは文字通り、命に関わる程の大きな違い。


「キシャ」


女帝は笑い声をあげ、触手ヌルリと動かし、ワタポの腕───義手を捻る。

ナーブマテリア───ナーブとは神経を意味する。そのマテリアを使っているからこそ、生身の腕の様に細かく、繊細で自由な動きが可能となっているのが、鍛冶屋ビビが作り上げた義手【アーティフィシャル アーム】。


義手で攻撃を受け止めた事も、攻撃した事もある。その時は痛みという痛みは無かった。

義手を切断さたれ時は痛みもあったが、強い痛みが一瞬、全神経を撫でる感覚。生身の両腕を失った経験を持つワタポには一瞬の痛みは我慢できる。


しかし義手を捻られている今、神経が捻切れる痛みがワタポを襲っている。


接合している時に一定時間同じダメージを受けた場合、ナーブマテリアはその痛みを余す事なく伝える。


昔ビビが「マグマに義手 や 攻撃で義手が切断されたりすると痛いよ。義手の形がある程度保たれるレベルなら痛みはない」と語っていた事をワタポは思い出す。

切断された時は “義手が離れる” 瞬間に痛みが走った。

マグマに義手を入れた場合も今と同じ “義手が繋がっている状態” になる。

この状態では常にそのダメージがワタポに伝達させる。


喉が裂ける程の悲鳴が旧フェリア遺跡の地下で響く。

腕を捻られる痛みは腹部を貫かれる痛みよりも継続的で重く、痛む。


「キシャシャ」


女帝は楽しそうに歯を鳴らし、残りの触手も使おうとした瞬間、ファンブルディレイが消えたワタポは【エウリュ クストゥス】を左腕へと振った。

特種効果エクストラの爆破も発動し、左腕は肘の少し上から捻切れる様にワタポの身体から離れる。爆破は腕を掴む触手にも届き、女帝は身を引く。

その際、貫いている腕をそのまま抜く、ではなく、外側に振る様に抜いた。

左脇腹の下が抉り千切られ、新たな痛みがワタポへ追加攻撃する。


爆破で触手が酷く傷付いている状態でも女帝は笑い、倒れているワタポを吹き飛ばす。


さくたろがワタポへ駆け寄り、叫び、治癒術を使うもワタポの耳には届かない。


───ワタシ負けちゃったのかな?


女帝は裂き千切ったワタポの肉片を触手で拾い、触手で隠されていた捕食時に使うクチへ運んだ。


ディアを長時間使っていた副作用として、両眼が重い痛みを持ち始める。


眼の奥が熱く、霞む視界。

動かないボロボロの身体。

泣き叫ぶ純妖精の女王。

裏返りそうな程、眼球を瞼の上へ回す女帝。



───.....。



視界のフェードアウトしていく中、ワタポはぼんやりと揺れる虹色の光が見た。



「....ほら!成功しただろ!?狙いどーりだぜ!」



砕けた口調と、よく知る水色の髪。

しかし背中が隠れる程、髪は長く伸びていた。



「つっっかれたー...」


「お疲れ様デス!それで、どれがニーズヘッグってヤツなんデス?」


「うおおお!?なんだアイツ!足ウネウネしてキッモ!」



騒がしい乱入者の中にいる水色の長髪が装備している帽子を見て、ワタポは力なく笑い、瞳を閉じた。



───.....出会った時に被ってた帽子だ....髪伸びたね、エミちゃ。





「.....おい」


と、天使が不機嫌な声をわたしへ飛ばす。


「エミリオ」


赤眼の魔女が同じく不機嫌な声でわたしの名前を呼ぶ。


「....エミー」


呆れている声でコウモリ女がわたしを呼ぶ。


わたし達は迷いの森へ入り、戦闘のわたしはグイグイ進んでいた。が、どうやらあっさり迷ってしまったらしい。


「おい、ババア止まれ」


「止まれエミリオ」


「エミー、ストップ デスよ」


「.....、あい」


やっちまった。

自分の勘を信用しすぎた。

まさか速攻迷ってしまうとは予想外なんてレベルじゃない。

くそ。そもそもこの、鬱陶しい霧はなんなの?この霧が無かったら絶対余裕で森を抜けれ。全部この霧が悪い。そうに違いない。


「マジでどーすんだよババア」


「....とりあえず進む?」


みよっちのマジギレボイスへ反応すると、3人の表情は一層変化する。溜め息×2と舌打ち×1がわたしの精神を攻撃した。

進むのはなし....か。

どうしたもんか。と悩んでいた時、わたしは【ケットシーの森】で迷った時の事を思い出す。

たしかあの時は調子に乗ってた木が魔術を使ってわたし達を迷わせていた....この森も同じ感じなら魔力を感知すれば何とかなりそうだ。


わたしは周囲の魔力を拾う作業に入って、初めて気付く。

魔女力をほぼ自分のモノにした今のわたしは、魔力の感知で細かい質や変化まで解る様になっている。


これなら一瞬でもどこかで強い魔力が出ればハッキリ感知できるぞ!


取り巻き3名がグチグチうるさい中、わたしの鋭い勘は風属性魔術の魔力を感知した。



「きたきた!風属性だ!」


「あ?ババア頭おかしくなった?」


みよっちの心ない言葉を無視し、わたしは魔力を感知した事と、ケットシーの森での事を話した。



「....なるほどね。それで、またわたしに空間魔法を繋げと?」


「さすがダプネ!話が早い!距離は....」


「まてまて、本当キツいんだって!やるならその馬鹿みたいにあるお前の魔力貸せよ!」


魔力を貸せと言われ、わたしは「そのテがあったか!」と閃き顔でクチを軽く開いた。

相手に自身の魔力を与える補助魔術【マナリチャージ】の存在をすっかり忘れていた。

マナリチャージ───リチャを使えばダプネはわたしの魔力で空間魔法を使える。魔力の量を計算式から外せるのは空間魔法使用者からみれば、相当助かるだろう。ダプネの魔力も充分多いが、それは他種族から見てだ。魔女の中では平均値の魔力量のダプネは魔力を多く消費する事から、長距離の空間魔法の使用するのを渋っていた。


「いくらでも貸すぜ、素敵な魔力!よっしゃ、飛ぼうぜ!」


わたしがマナリチャージの詠唱を始めようとした時、ダプネがそれを止めた。


「まった、場所は今の感知した風属性魔術の辺りでいいんだな?計算面倒だからザックリ繋ぐよ?」


空間魔法は強い魔力を感知出来た場合はその魔力を目印に、空間魔法を繋ぐ事が出来る。つまり、面倒な計算をしなくて済む。そうなると出口も多少大きくなり、術者の体力的、精神的な負担は驚くほど軽減される。もちろん計算なしなので着地地点が長距離の空間移動よりも酷い場合がある。


「なんとかなるっしょ」


「あたしも大丈夫デスよ」


「余裕、天使だから!テへ」


「わかった。何かなったら全部エミリオのせいだからな!」


「絶対成功するって!信じて....どわっ!?」


わたしが素敵フェイスで喋っているにも関わらず、足下が虹色に輝き、強制的に空間魔法へ落ちる。落ちた瞬間、浮くという何とも不思議な感覚を体感したと思うとすぐ出口へ。計算なしの空間移動はやはり速い。



「....ほら!成功しただろ!?狙いどーりだぜ!」



着地も完璧に決まったので、長く鬱陶しい髪だが、今は使わせてもらおう。華麗にそして優雅に髪を払う姿に惚れろアホ共。



「つっっかれたー...」


いや、見ろよ。わたしのサラサラヘアー。


「お疲れ様デス!それで、どれがニーズヘッグってヤツなんデス?」


「うおおお!?なんだアイツ!足ウネウネしてキッモ!」



早く戦闘したいのか、ゆきちがニーズヘッグを探す中、みよっちが指差し騒ぐ。ゆきち、ダプネ、そしてわたしが指差された方向を見て───わたしは眼を疑った。


久しぶり会った友人は片腕が無く、血の絨毯に横たわり、わたしを見て力なく笑い、瞳を閉じた。



「エミリオ!コイツの魔力はヤバイ!」


「いいデスね、いいデスね!楽しそうデスね!」


「あんなの見た事ないわ!何あの足!何この緑のモヤモヤ!キッタネー!キモ!キモ!」



焦り叫ぶダプネの声も、楽しそうに言うゆきちの声も、騒ぐみよっちの声も、わたしの耳には───。





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