◇134



ウンディー大陸、バリアリバルにあるユニオン本部で赤髪の女王セツカは赤茶色の前髪をアップさせている情報屋へ早口で言う。


「キューレ。トリプル持ちの冒険者から連絡は?」


トリプル───冒険者達に与えられる最高ランクS3(SSS)を意味する。エススリー、トリプル、言い方は様々だが、どれも同じ、ランクを意味する言葉。


「1人には連絡はしたんじゃながのぉ。エンシェントを探しとるらしく、忙しいらしいのじゃ。あと4人には連絡しても無駄じゃろ」



S3持ちの冒険者は6名存在していた。6名の内1名は冒険者としてのランクは剥奪されているが、危険度としてのランクはモンスター越えのS3を持っている。


モンスターの最高ランクはS2、冒険者はS3、モンスターではない存在の危険度も冒険者同様S3がキャップになる。

人間からみた魔女や悪魔はモンスターではないが、危険な者はS3。逆もしかり。

エミリオの母親である【エンジェリア】はどの種族から見ても、同種族から見ても、間違いなくS3ランクの危険度を持っている。


人間で危険度S3ランク持ちはレッドキャップのリーダー【パドロック】ただ1人。

冒険者ランクを剥奪され、そのランクが危険度になった最悪の犯罪者。頭のキレは凄まじく、実力面も文句なし。そして自分以外の生き物は死んでも構わない。と危険な思考を持つ男。

レッドキャップのメンバーさえも使い捨ての道具、消耗品としか見ていない。それはメンバーも理解した上で、各々が目的の為に行動しているからこそ、手が悪い。

命を奪う事が好きな者、探し物をしている者、暇潰しをしている者達で構成された闇ギルド、レッドキャップ。


元メンバーのナナミは元人間の現悪魔。同種族である人間へ強い怨みを持ったまま死に、その怨みに悪魔が囁き、後天性悪魔として死後、覚醒した。

人間を怨む自分。しかし、例え悪魔になったとしても1人では何も出来ない。

そんな時期にレッドキャップのリーダー【パドロック】がナナミを勧誘し、加入した。


冒険者としてS3ランクを獲得するのは皇位の称号と同じくらい難しい。S2まではユニオンが判断し、与える事が出来る。しかしS3は全大陸のトップやそれに近い者達が4年に1度集まり、会議する場で決められる。騎士や軍の上位に立つ者達もそこで決められる。



S3───トリプル持ちの冒険者は現在5名。


1名は冒険者としても人間としても優秀な存在で、皇位の称号を持っている。


しかし他の4名は自分の趣味や目的の為にしか動かない者。その4名全員がギルドマスターをやっているが、皇位の称号には興味が無いらしく、称号は断ってる。



「そうですか....」


「S3持ちは5人....マスタースミスや皇位の正確な数はわかったかのぉ?何名くらい~じゃなくてのぉ、正確な数を知りたいのじゃ」


表情を沈めるセツカを気にする事なく、キューレは装備を整えつつ質問した。



S3は5名。

マスタースミスは5名。

皇位は5名。

と、なっている。



マスタースミスは【ビビ】、【ララ】、【スウィル】の他に2名。


皇位は【キューレ】、【ジュジュ】、【ララ】の他に2名。


それが現在の正確な数になる。


「全部5かい....む?マスタースミスは10名くらい居るって噂されとるが、ありゃガセネタじゃったんか?」


「昔は存在してましたよ。しかし亡くなった方などは現在の数には加えないのが決まりです。生きている者で正式にその称号を与えられ、受け取った者は全5名ですね」


「正式に....のぉ」


マスタースミスは1度与えてしまえば犯罪者になっても、その称号は消えない。

皇位は剥奪。S3ランクは剥奪後、そのランクが危険度に変わる。


現在存在している数に亡くなった者は含まれない。


なんとも複雑で、亡くなった者は切り捨てる様な感じに仕上げられたルールだが、それがルール。


正式に....とキューレが呟いた理由は単純に、称号を断った、または与えられていないが、有能優秀な者も存在している。と言う事だ。



「そんな話よりも急ぎましょう。先程の魔力の原因を突き止め、危険なモンスターであれば討伐します」


「純妖精の件はええんか?」


「大丈夫です。信じてますから」


「ほぉ~。んじゃウチらはウチら冒険者の仕事をするかのぉ。猫側にも連絡はしておいたのじゃ。どこがで合流できればええのぉ」




ウンディー大陸、バリアリバルで謎の高濃度魔力の調査、および討伐のレイドが組まれた。


この時キューレ達はまだ知らない。全土に広がった魔力の原因がS2ランクの───【女帝種】だという事を。





黒緑色だけの瞳が濡れる様な輝きを宿し、ワタシと純妖精エルフの女王様を見て、余裕の微笑を浮かべる。

ワタシがドメイライト騎士団に所属していた数年前....孤島で遭遇した女帝───【氷結の女帝ウィカムル】も微笑を浮かべていた。


嫌な記憶が、白でも黒でもなく、無力でちっぽけだった過去の自分が顔を出す。


ワタシに力があればあの時、騎士のみんなを見捨てずに....助ける事が出来た。いや、もっと前から.....子供の頃から自分に力があれば、きっともっと、多くのモノを救えたかもしれない、守れたかもしれない。

子供だからとか、若かったからとか、関係ない。

全てにおいて、知識が、想像が、覚悟が、足りなかった。


平凡に暮らしていた村を突然失った───戦争していたんだ。想像できない現実じゃない。


孤島に女帝がいた───フェンリルを探す任務だった。フェンリル自体も高ランクモンスター。イレギュラーの想像と覚悟が足りなかった。

白になった気で、黒になった気で、結局ワタシは灰色の立場で心をフラフラさせていただけの───居心地が良い方に揺れる無色の蝶だった。


この人は───純妖精の女王は死を覚悟しても、ここに立っている。自分の力では太刀打ち出来ない、知識にもない相手を前に震えていても、立っている。


「さくたろさん....で?」


「え、は、はい」


ひぃちゃによく似てるけど、中身は全然違うなぁ。


「ワタシが前衛をします、さくたろさんは後衛でお願いします」


ワタシも覚悟を決めなきゃ。ここで───死ぬ覚悟を。

もちろん簡単に死ぬ気は無い。

ただ、死ぬ覚悟をしていなければ戦闘にもならない相手。それがダブル───S2ランク。


「行きます」





行きます。と赤銀色の剣【エウリュ クストゥス】を両手で構え、Sランクギルド、フェアリーパンプキンのメンバーであり、冒険者ランクSのワタポは女帝との戦闘を開始した。


敵意を察知した【森の女帝 ニンフ】は再び不協和音の咆哮を吐き出し、うねる触手の足を二本伸ばし迎え撃つ。


女帝のサイズは人型と変わらない事から、小型ジャンルのモンスターに属する。しかしステータスはS2───ダブル。

鋭く尖った二本の触手は素早く、器用に、床を舐める。


ただ剣を構えただけのワタポへ触手が迫る。回避すれば後ろにいる さくたろ へ攻撃が向かってしまうが、太い触手を二本相手にするのは非常に難しい。一本目を捌いても、二本目が。もし最初の選択をミスすれば一本目を捌いている最中にさくたろは。

見極める事が何よりも重要な瞬間、ワタポの瞳───瞳孔がキュッと締まり、虹彩に2つの円が現れる。

眼球を忙しく動かし、ワタポは踏み込む。


「...ッア!」


短い気合いと共に赤銀の剣【エウリュ クストゥス】を素早く扱う。二本の触手が最も近くなる瞬間に素早く触手へ攻撃を与えた。【女帝ニンフ】は表情を歪め触手を引く動きを見せた時には───ワタポは全力で距離を詰めていた。


彼女のディアは眼に捉える事が出来る全ての1.5秒先の動きを見る事が出来る。

たった1.5秒だが、その短い時間で相手の動きを見極め、次の一手の先へ攻める事が可能。迷いなく距離を詰める一見捨て身にも思える行動は全て見極めたうえでの行動。


「─── 左右に唱壁!」


ワタポは叫ぶも足を止める事なく進み、剣に無色光を纏わせる。剣術がくると理解した女帝は魔術を発動させワタポを迎撃しようとするも、先程の声でさくたろは防御系魔術の詠唱を済ませ、素晴らしいタイミングでその魔術を発動させた。

左右から飛んでくる風の槍。女帝は詠唱速度と魔術のスピードを重視し、中級ランクの魔術を発動させるも、さくたろの防御系魔術は堅く、槍を簡単に受けきる。


通常のエアリアルならば、翅を広げている間は他の魔術が使えない。しかし女帝は共喰いし、力を高めた純妖精の末路。通常のルールなど、通じる相手ではない事をワタポも理解していた。


魔術の衝突で起こる爆風も無視し、ワタポは自分で考案した七連撃剣術、レイラ戦でも披露した【シルクリア ペイン】を女帝ニンフへ撃ち込む。

レイラ戦では2.5秒で七連撃を放つ連撃系剣術だったが、今ワタポが持つ武器は片手剣よりも長く、大剣よりも短い剣で、ハンドガード───柄と刃の境に手を守る装飾の様なモノも付けられた一般的な剣の形状。そうなれば以前の剣よりも重さが増す。2.5秒だった【シルクリア ペイン】は3秒、たった0.5秒だがASPが遅くなる。勿論、自身の移動速度や体重を剣術起動に乗せ、威力を最大限ブーストした状態に、剣そのものの重さも乗るので以前とは比べ物にならない破壊力を見せる。


四連撃目が女帝にヒットし、五撃目で特種効果エクストラの爆破が少し顔を出す。

六連撃目で【エウリュ クストゥス】は完全に熱を宿し、ラスト─── 七連撃目で大爆発を起こした。


ワタポの持つ両腕───高性能義手【アーティフィシャル アーム】が無ければ、生身の両腕ならば火傷、最悪吹き飛んでいる。


失った腕。

あの頃は再生術師も知らなかった。それ以前に繋げる自分の腕は無くなっていた。

昔のワタポならばここで病み、進もうとしていないだろう。しかし彼女は進む事を決め、皇位を迷わず蹴った優秀な───マスタースミス【ビビ】の所で高性能義手と、人体からの命令をラグ無しで伝える【ナーブマテリア】を、新たな腕を文字通り手に入れ、今はその性能をフル活用している。


───本物の腕がない。それがワタシのマイナスではなく、大きなプラスになる。


両腕から身体へ響く爆破の余韻と剣術ディレイでワタポは停止。高性能義手───アーティフィシャル アームでも限度がある。大爆発する剣の衝突は耐えれる様に洗練、強化し、まさに冒険者ワタポ専用の義手とも言える両腕。

ロンググローブは爆破の熱と衝撃でボロボロになるも、人体に影響は───今の所ない。



「凄い....これが冒険者の戦闘?」


女帝を吹き飛ばしたワタポに魅了される さくたろ。しかしワタポの表情は一際厳しくなる。

その理由は───爆風と爆破で起こった煙に浮かぶ、女帝のシルエットが歪んでいないからだ。斬撃に乗せた大爆発を受けた女帝だったが、簡単に立ち上がり挑発する様に触手脚を波打たせる。

煙が消え、女帝の姿が見えた時、ワタポは歯噛みし苦い笑みを浮かべた。


「今のでその程度のダメージ、傷しか与えられないなんて.....堅いなぁ」


女帝の腹部と触手に小さな火傷と浅い斬り傷。爆破が最もその効果を発揮する、細胞組織の破壊は失敗に終わった。


始めに起こした爆破で女帝は学習し、ワタポの攻撃を受ける際、自身の耐性値を上げ、防御していた。女帝だけではなくSランクから上のモンスターはほぼ全てが、自身の耐性を瞬時に変動させる。

弱点属性などは変わらないものの、ダメージカットし、ダメージを可能な限り最小限に押さえる特性がある。

そして───女帝は元々モンスターではない。知識の応用や判断力はドラゴン系などの最上級モンスターと肩を並べるほど、知能が高いモンスター。


女帝はワタポのディレイが消えるのを待つように黙り、ディレイが消えた頃、女帝ニンフは雰囲気を変えた。





痛くも思える白金色の雷音が唸り、鋭い雷槍が宙を舞う翅を狙う。激しい音を震えさせ、何本も何本も撃ち放たれる槍は虚しく屋根を突き抜ける。

緋色の瞳、朱色に染まる眼尻と、頬には朱色の髭模様。九本の尾を扇状に広げる雷の魅狐プンプン。


相棒と呼べる程同じ時間を共にしていたプンプンをただの動物としか認識していない半妖精のひぃたろ。


どこで何が狂ったのか。

お互いがお互いを敵、排除すべき対象としか見ていない。


プンプンは長刀へ雷を纏わせ、長刀を槍の様な形状変化させる。

プンプンが持つ武器【竜刀 月華】の特種効果エクストラスキルは形状変化。プンプンの雷にのみ反応し、その形状を変化させる。竜騎士族が大切にしていた長刀をベースに洗練された武器。

刀から槍へと形状変化させた武器をプンプンは軽々と回転させ、雷を更に纏わせる。

獣の様な声をあげ、雷を弾けさせ飛躍するプンプン。


その行動を予想───待っていたかの様に空中で停止しエアリアル中にも関わらず詠唱、緑色の大型魔方陣を展開。

ローズクォーツ色の瞳が濡れる様に輝き、プンプンをみて余裕の微笑を浮かべ、風属性上級魔術を発動させた。


ひぃたろは上級魔術の詠唱時間から発動までを計算し、プンプンを誘う様に宙を翔んでいた。狙い通りの動きを見せたプンプンが完全に逃げられない距離と位置に到達した瞬間、魔法陣から暴風が吹き荒れる。


「ッ....!」


表情を濁したのは魔術で狙われたプンプンではなく、ひぃたろだった。


風属性上級魔術を詠唱、発動させるだけの力はあった。しかしひぃたろが選んだ魔術は上級魔術の中でも制御にコツが必要なタイプの魔術。

大型の風の刃を制御出来ず、歯噛みするも、ランダムに吹き荒れ迫る刃はプンプンも軌道を予想出来ない。


雷を放出させ、感知範囲を広げて魔術へ対応するプンプン。全身で槍を振る様に風の刃を捌いている中で、ひぃたろは星霊の宝剣をゆっくり抜いた。

シンプルなデザインだが美しく仕上げられたパールホワイトの宝剣───だったが、宝剣は黒色のオーラを鼓動する様に溢れさせていた。シンプルだった形も歪んでいる様にざらつく。ひぃたろは宝剣の異変を見るも、驚きや戸惑いの表情はない。


半妖精は整った顔立ちを歪ませる様に笑い、剣を魅狐へ向け、翅で空気を叩いた。






猫人族里シケットの二階層目にある世界樹。

世界樹は樹宝───黄金の魔結晶を奪われその命を失った。地界のマナをコントロールしていた世界樹が死に、今地界のマナバランスは崩れている最中。


世界樹がシケットと別世界を繋げていた空間魔法は新たな世界樹の芽が繋ぎ止めている。まだ幼い世界樹ではマナのバランスを調整する事は出来ないが、マナの急激な変化を和らげる事にはなんとか成功している。


世界樹が空間魔法で繋いでいた先───星霊界にも女帝の魔力は届いている。しかしその女帝よりも、たった今溢れ出した異質なオーラに十二星座の乙女座が反応する。



「!?、星霊王....今のは.....?」


王室で星霊王へお茶を入れていた乙女座───ヴァルアは小さく可愛らしい星霊王へ不安の視線を送る。


「.....ヴァルア。お茶は中止だ。十二星座を全員ここに集めてくれ。それと、私の装備も用意してくれ」


普段は元気な、活発な子供の様な口調や雰囲気だが、今の星霊王は王としてのスイッチが入ったかの様で。


「....!?、わかりました」


乙女座は理由を聞くのを止めた。すぐに十二星座全員へ緊急連絡をし、星霊王の “子供状態ではない時” の装備の用意を急いだ。








ねじり千切られた様な左腕───義手が床に転がる。


弱い咳をする様に血液を吐き出す人間と、涙を浮かべて人間の安否を確認する長い耳。


そして、触手に付いた血を嬉しそうに味わい、別の触手が持つ肉片を見る女帝。

顔にあるクチ出はなく、触手で隠れている下半身に、捕食時などに使うクチがある女帝ニンフ。

触手のスカートの中に手を入れる様に、血液で濡れた触手を潜り込ませ、途切れる声を上のクチから溢す。すぐに肉片を掴んでいる触手を潜り込ませ、グチュグチュと音をたて、喰う。



───ワタシ負けちゃったのかな?



左腹部───肋骨の下辺りが吹き飛ばされた様に無くなっているワタポは、小さな呼吸で命を繋いでいる状態。

SSランクの女帝ニンフはワタポの想像を越える強さだった。モンスターのランクがSSまでしか存在しないため、女帝はSSランク。SSSが存在するならば、女帝種は間違いなくSSSランクのモンスター。


眼の奥が熱く、霞む視界。動かないボロボロの身体。

泣き叫ぶ半妖精。

裏返りそうな程、眼球を瞼の上へ回す女帝。



───.....。



視界のフェードアウトしていく中、ワタポはぼんやりと揺れる虹色の光が見た。



「....ほら!成功しただろ!?狙いどーりだぜ!」



砕けた口調と、よく知る水色の髪。

しかし背中が隠れる程、髪は長く伸びていた。



「つっっかれたー...」


「お疲れ様デス!それで、どれがニーズヘッグってヤツなんデス?」


「うおおお!?なんだアイツ!足ウネウネしてキッモ!」



騒がしい乱入者の中にいる水色の長髪が装備している帽子を見て、ワタポは力なく笑い、瞳を閉じた。



───出会った時に被ってた帽子だ....髪伸びたね、エミちゃ。



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