◇133




「今にょは...ニャに?」


【猫人族の里 シケット】でピンク色の毛を持つ猫人族ケットシーの ゆりぽよ が遠くの空を見て、尻尾を立て、耳をピクつかせた。

小さな遊園地の様で、楽しい雰囲気、明るい雰囲気を持つシケットの空が少し揺れた。





「なんじゃ今の!?」


フードがはだけ、赤茶色の髪を露にした情報屋はバランスをどうにか建て直し、言った。

【ニンフの森】がある【ウンディー大陸】の首都【バリアリバル】に居たキューレは凄まじい魔力だけではなく、揺れも同時に感じていた。

地震にしては短い、時間にして1秒もないが、大きな揺れと凄まじい魔力の風がウンディー大陸から溢れて消えた。



【森の女帝 ニンフ】

ランク S2(SS)

その他 詳細は不明。







旧フェリア遺跡の地下で、分厚く、緑色の宝石が埋められた扉が少し開いた。

少し開いた “だけ” で、身体の中に入っているモノ全てを吐き出したくなるくらい、ねっとりと濃く、重い魔力が広がった。


「よし...よし、よしよし!」


扉を開いた悪妖精ダークエルフは正気とは思えない表情で拳を握り、喜んでいる。しかしその表情は一瞬で消える。


扉の内側───奥から蹴り開けられた様に、分厚い扉が爆発する様に破られる。

ワタシと純妖精の女王は扉の破片を回避しつつ、眼線は反らさない。


扉を失い、開かれたままの部屋の奥は緑色の煙が充満している。

一瞬、毒かと思ったが、毒の場合は純妖精達が一番に気付く。ひぃちゃんも鼻がよかった。それは純妖精の特性。

猫人族や他の種族とは違う鼻の良さだ。


「.....」


ワタシも女王も悪妖精達も、ただ、黙る。


「....!!?」


すると突然、緑色の煙の奥から、一本の触手の様なモノが伸び、扉を開いた悪妖精に絡み付く。


「なんだ!?おい、やめろ、おい!助けろ!助けアぇ」


絡み付く触手に恐れ、叫び助けを求めた悪妖精だったが、触手がその悪妖精の首をスティッククッキーの様に軽く折った。


「....また来る!!」


ワタシは叫び、女王の前に立ち、赤く微発光する【エウリュ クストゥス】を構えた。

鋭い音を奏で、触手が今度は三本延びる。速度は速いワケでもないので、あの眼を使わず対応。

迫り来る触手をワタシは単発剣術 狐月 で迎え撃つ。剣が触手にヒットした瞬間、エウリュ クストゥスの特種効果エクストラ、爆破が発動し、狐月の威力をブーストしつつ、爆破の威力も乗せられる。

触手を斬り落とす事は出来なかったが、斬り傷と火傷、そして破壊傷を与える事に出来た。痛みに怯み、触手は引っ込められる。


───他の触手は!?


ワタシは急ぎ残りの三本を確認すると、最初に捕獲された悪妖精の様に、他の2人も触手に捕獲され、暴れていた1人は首を折られていた。

もう1人は眼球まで震える恐怖で、触手の先はその悪妖精を観察する様に顔前で小さくうねる。


プンちゃに習った単発剣術 狐月。この剣術はディレイが初級剣術のスラストとほぼ変わらないディレイタイムで、どの体勢、軌道でも放てて、威力は使用者次第でブーストできる有能剣術。

ディレイタイムが終了したワタシは震える悪妖精を助けようと足を一歩踏み込んだ瞬間、力が抜ける様な、残酷な恐怖を見せられた。


触手が悪妖精のクチへ入り、口内から頭の方へ進み、内側から左眼を飛ばした。

左眼部分から血に汚れた触手がうねり出て、落ちた眼球を観察する様な動きを見せ、ゆっくりと三本の触手は引き戻される。



「あの化け物が.....女帝?」


ライムグリーンの毛先まで震えさせ、純妖精の女王は呟く。


「いいえ、女帝の本体の形はあなたやワタシみたいに、人型。今の触手は....女帝ニンフの攻撃手段なのかはわからないけど、本体から伸びた一部でしかない」


ワタシがそう答えると奥から、グチャ、ブシュ、などの汚い音が響く。

間違いなく悪妖精達は女帝ニンフに捕食されている。


「この音は....」


女王が音に反応している中、ワタシは痛撃、対毒、麻痺ポーションを一気に飲み、素早くフォンを操作。

鞘とベルトポーチ内のポーションをフォンポーチへ収納、ポーションの代わりに大瓶を6つ取り出し、ベルトポーチへ。体力消費を減少させるポーションも持ってくるべきだったなぁ。などと思うこの余裕はいつまで続くのか....。


剣を構え直すと、捕食音が止み、脳を揺らし耳を抉る様な不協和音が旧フェリア遺跡から響き、空を突き抜ける。



「大丈夫!?」


「....はい、なんとか」



上級ランクのモンスターの咆哮───バインドボイスは立派な攻撃。女帝のバインドボイスは形も大きさも違う金属が激しく擦り合わさる様な不協和音。


この咆哮はモンスターが戦闘モードに入った事を意味する。


「あなたは逃げて!」


「いいえ、戦います!」


「その辺りのモンスターとはワケが違う!早く」


「私も戦います!防御と回復魔法なら私にも出来ます、私にも純妖精達を守らせてください!」


ひぃちゃんによく似た顔で、瞳を涙で濡れさせ言う純妖精の女王。


「.....、わかった」


女王は可愛らしい林檎のメイスを両手でギュッと握り、泣き顔で奥を睨む。


煙の奥でシルエットがぼんやり浮かび、徐々にハッキリする。


黄緑色の肌と黒緑の瞳。

蔓のドレスで身を包み、眼の様な模様を持つ翅をゆっくり震えさせ、浮遊。

女帝の本体と言える部分は人間と変わらない大きさ。

しかしあの脚───先程の触手が女帝ニンフの脚だったとは.....。六本の触手がウネウネと床を舐める。



数年ぶりに見た女帝種。

ワタシは震える声で言った。


「あれは、悪魔や魔女とも戦えるステータスを持つモンスターの1匹。森の女帝 ニンフ」


森の女帝は毒の様な冷たい微笑を浮かべ、ワタシ達を見下す。

黒緑色の瞳と眼が合った瞬間、全身に耐えきれぬ程の寒さが走り、ワタシ達は震えた。





「よっしゃ!マップデータきた!ダプネさん、空間魔法よろしく!」


「お前本気で言ってんの!?マップデータあれば確かに飛べるけど、くっそ大変なんだよ!?」


「いいから早く!この子もパテに参加してくれるって言うし、サクッとよろしく!」




──────約15分前



嫌な魔力を宿の部屋で感じたわたし達は外へ出て、2人の少女と出会った。1人は【ゆゆ】、もう1人は【みよ】。

わたしに「ああん?」と言ってきたのが、みよ。

さっきのヤバめな魔力を感知し、同じ方向を見ていた事から、ただの子供ではない。

わたしはサラッと「強敵ブッ飛ばしにいかない?」と言うと、みよが「いいね、ちょーど何か強敵ブッコロしたい気分だった」と、頼もしいのかふざけてるのか謎だが、中々のノリを見せてくれた。ゆゆはみよを止めるも、止まらない。

深い溜め息を吐き出し、ゆゆは「もう知らないよ、1人じゃあれだし帰るからね!」と怒ると「バイバイ!」とみよは即答。本当にゆゆは何処かへ行ってしまった。


みよ本人がいいならいいや。とわたしは思い、とりあえず討伐対象の話やデータをみよへ送るためにフレンド登録すると、フレンドリストに【み よ っ ち !】との名前が追加される。本来ならば普通に【みよ】で問題ないが、この少女は自分の名前を【み よ っ ち !】に変更している事から、多分みよっちと呼ばれたいのだろう。かわいいヤツめ。


「みよっち!モンスターとの戦闘経験は?」


試しに呼んでみると、ニヘヘ、と笑い、


「えみりん!モンスターぶちコロシた事はあるよ!コイツとか!」


と、見せてきた図鑑データのモンスターは【デビッド】というイケメン臭がする名前を持つ、エグい姿をしたデブウサギ。しかしランクはA+。


「お、まぢか!それならイケそうだ!」


「イケイケだよ!ババアと比べればバリバリ現役だからね!体力もわたしの方が上、ざけーなババア」


「「「は?」」」


コイツの性格はなんなんだ!?突然わたしを嫌な眼で見て、ババア!?

ここにはダプネとゆきちも反応し、声が恐ろしいシンクロ率を叩き出した。


「マユッキーとダプネさんはお姉さん!えみりん魔女っしょ?だからババアだ。だっせーな」


「はぁ!?誰が───....」


この子、なんでわたしが “魔女” だって気付いた?

魔力感知されても今は【マナサプレーション】で魔女力は感知出来ない様になっているハズ。


「でもこんなチビっこい魔女とか、かわいい!こっちおいで!」


特種な感知スキルでも持ってるのか?いや、それならダプネが魔女である事も、ゆきちが人間ではない事も気付くハズだ。みよっち。コイツは一体何者だ?


「.....情報屋にマップデータないか聞いてみるから、その間にみよっち自己紹介してよ」


キューレへマップデータを要求するつもりだったわたしは、返事待ちするこの時間を上手く使うため、みよっちに自己紹介を求めた。すると、みよっちは テヘ とわざとらしい照れモーションを1発挟み、自己紹介をしてくれた。


「み よ っ ち !だよ!歳はピチピチの14歳!体重は聞かないでぇ!しくしく。種族はかわいい わたしにピッタリんコな天使!よろしくね!」


わたし、ダプネ、ゆきち、3人は同時に眼を見開き、みよっちを見た。理由は言うまでもなく、種族を天使と言ったからだ。


「天使って、天界から地界に来たんデスか?」


ゆきちはゾワゾワする様な、変な雰囲気を溢れさせ質問する。


「うん!今はこのピアスで翼を出せないけど、背中に翼のマークあるよ!え、見たい?わたしの裸見たい?見たい?」


確かにみよっちはシンプルな金色のリングピアスを装備していた。わたしはダプネへ視線を飛ばすと、ダプネは答えた。


「確かにそれは天使達が持ってる【エンジェルリング】だね。天使以外が装備すると耳千切れるくらい重くなっちゃうから、多分みよっちは本物」


「ダプネさん物知りすぎ!で、信じてくれた?」


みよっちはゆきちを見てそう言うと、ゆきちは唇を震えさせ、黙ったまま。時折、口角がピクつく....何かを我慢しているのか?


「....マユッキー絶対今わたしとバトルしたいとか思ってるでしょ?やめといた方いいよ?死人が出るよ?」


みよっちもそれに気付き、挑発的な態度と言葉をゆきちへ投げ捨てる。


「へぇ。死人が出るデスか?楽しそうデスね!いいデスね、いいデスね!」


楽しそうな声色でクチは笑っているも、眼は完全にみよっちを獲物として見ている。【カーレイド】と呼ばれる ゆきちの戦闘は見たいが、まさかほぼ初対面の子供天使を殺したい。と思ったのか!?

ここは止めるべきだろうけど、どう止める!?このシリアルキラーをどう止める!?エミリオ!


「でしょ?でもその死人が....わたしの事なんだよなコレが。だから楽しくないし、いくないから終わり!」


「えぇ?」


「は?」


「......」



なんだろう。この天使。

挑発的な態度と、言葉でゆきちを煽って、自分が死んでしまうから戦いません。と素直な答え....正直わたしもダプネも、みよっち殺されると思ったが、本人が一番そう思っていたらしい。なんと言うか.....面白いヤツだ。



「えみりん、メッセ来てるよ?彼氏?イケメン?喰いてぇイケメン」


「んあ?さっきの情報屋だわ」


わたしはフォンに届いたメッセージを確認し、時間は先程のダプネとのやり取りへ戻る。




「人を4人もワープさせる空間繋ぐの、ほんっと大変なんだぞ!?わかる!?わかんないでしょ!?」


「あたし空間魔法使えないのでわからないデス」


「わたしもゆきちと同じ」


「わたし難しい話わっかんねー」


ダプネは空間魔法の偉大さと大変さを語り出しそうなので、押しきる作戦でいくしかない。


「大変だけど、ダプネには出来るんしょ?ほい、マプデ送ったからサクッとやっちゃって!」


「ガンバってデス!ダプネさん!」


「え、どこ行くの?空間魔法使うの!?空間魔法とか初体験テヘ」


「~~~....足場ない場所とかに繋がっても知らないからな!」



やっと空間魔法を使ってくれた。目的地はウンディー大陸にある【迷いの森】、虹色に揺れる入り口が現れ、わたし達はそこへ飛び込んだ。







青白の光は尖り弾け、白金色に。

雷が一際激しい音を立てると、太い尻尾がゆらゆらと揺れ増える。雷が集まり、切断されたハズの尻尾も蘇り、九本の尻尾が扇型に開く。


瞳、眼を縁取るアイメイクに似た模様、眼下に浮かぶ赤いヒゲの様な模様、そして少し伸びる爪が、鮮やかな朱色に。



パキンッ。と音を響かせ、サラサラと溶ける様に微粒子へと姿を変えた飴細工の様な翅。

うっすらと微粒子が集まり、ゆっくり、ゆっくりと新たな翅を開く。薄い、しかし濃く広い、硝子細工の様なピンク色の翅。流動する様な黄緑色の線が模様をハッキリさせる。


床で擦れた頬の傷も、一瞬で癒え、髪と同じローズクォーツの瞳が、冷たい光を宿す。



不協和音に乗り、濃い魔力が地下から溢れ出る中───




そんな事を気にもしていない2人は───無言のまま、鋭い視線でお互いを射抜き、刃を交差させた。






フードローブに身を包む人影は女帝の魔力を感じ、足を止めた。


「なぁ今の魔力....この奥からって事は」


「ニンフの森、またはその奥にある、純妖精の都に今の魔力を持っている何かがいる」


「そりゃ───痺れるじゃねぇか」


「まずはこの森を抜けなければ....あの少年、到着にはまだ時間がかかりそうですねぇ」


「早く来てくれって!痺れる獲物が逃げちまう!」


「シケットから来るみたいなので、まだかかりますよ」


「シケット?絵本の子も一緒か?」


「いえ、彼女はリーダーを探してノムーへ向かったみたいですよ?」


「ノムー?リーダーはウンディーじゃなかったか?」


「はい。ウンディーですね」


「じゃあ意味ねーだろ?」


「リーダーの指示ですので、そこは考える必要ないのでは?」


「そうか....それよか、その喋り方気に入ってんのか?全然痺れねぇぞ」



迷いの森で迷っていた2人のフードローブは女帝の魔力に臆する事なく、会話を続けた。






ノムー大陸にある、10年前に人々が去った街【シガーボニタ】。


10年前まではまるで、綺麗でおとぎの世界の様な街も、一夜で人々は去り、今では誰も寄り付かない、呪われた街。


その街にある、サーカス会場の様な建物の屋根から───


「パメラ」


声が降り注ぐ。


「!?....リリス。なんでここにあなたがいるのよ」


図鑑の様な本を持った、ショートの黒髪に赤い大きなリボン、エプロンドレスを着た、まるで童話の世界の少女───パメラが嫌そうな表情で声の主を見る。


「あなた、に会い、に、来た、の、よ?」


ふわりとしたゴスロリ服に、ツインテールでオッドアイの、不気味な雰囲気を持つ女性───リリスは独特な句切りを入れ話す。

肌が露になっている指や頬、眼の下には生々しく痛々しい縫跡。首には縫跡とコルセットピアス。クチにも針の様なピアスを装着している。


「気持ち悪い、気分悪くなる、目障り、だから話しかけないで。次話しかけたら怒るよ」


パメラはリリスへ容赦なく挑発ともとれる言葉を吐き出すも、リリスは表情1つ変えず、話しかける。


「私、あなた、の事、好、きよ?」


「....なに突然」


「大、きな、瞳。白い、腕。可、愛ら、しい、クチ。まだ、何、も知ら、な、い、甘い、アマイ、果物こども


「その喋り方が気持ち悪い耳障り、その気持ち悪い姿が目障り。今すぐ消えて」



リリスは表情を変えた。

瞳をとろけさせ、クチを歪め、頬を恥色に染め、ビク、ビクと沸き上がる何かを我慢する様に身体を強張らせ、物欲しそうな表情で───



「Lassen Sie das Puppenspiel───お人形遊びはすき?」



独特な句切りもなく、リリスは毒々しく歪んだ唇から、卑しさを垂らし嗤った。





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