◇132




遠くの空が赤に焼かれる。

ニンフの森の空もあと数十分で燃え、赤く染まり、そして夜になる。

ニンフの森にある、旧フェリア遺跡内で、か細く、震えた声が弱くこだまする。


「ひぃちゃん.....なんで」


泣き出しそうな表情の中に、強い後悔にも似た色を浮かべるプンプン。自分が一緒にいれば、自分があの時【ニーズヘッグ】の攻撃を受けなければこんな事には....。と、プンプンは胸中で自分を責める。


「プンちゃ、ひぃちゃはワタシ達の事をわかってないよ」


冷静すぎるワタポの言葉にプンプンは両眼を大きく開くも、出る言葉がない。

プンプンとワタポの姿を見てひぃたろは確かに「誰?」と言った。

10年近く一緒にいるプンプンの事も、ギルドメンバーのワタポの事も解らない程にもう、純妖精エルフを捕食していた。

外でワタポはプンプンへ「ひぃちゃが共喰いしていて、やめる気もなかった場合....ワタシはひぃちゃを止める」とハッキリ伝えた。

止める。これは殺すという事になる。


眼の前に現れた2人の事も理解出来ない状態のひぃたろは手に持っていた純妖精の頭を、クチへ近づける。

純妖精の耳を見て、クチをゆっくり開けるひぃたろ。


バチッ。


空気が破裂する様に鳴き、音が消えと同時に、ひぃたろを床へ押さえつける銀髪の狐。


「いい加減にしろよ!いつも1人で抱えて、いつも何も言ってくれなくて、そして今こうして悩む事から逃げる様に.....ッ。相談して欲しい、一緒に悩みたい、今ひぃちゃんが何に苦しんでいるのかも知りたいし、少しでも助けになりたいっていつも思ってた!なのに...。ひぃちゃんから見たボク達は....何かを相談する事も出来ない程の存在なの?」


赤い瞳から涙を溢して、銀色の魅狐は犬歯の様に尖る小さな牙を剥き出しにし、鳴いた。


ワタポも同じ気持ち、同じ様に思っている。

ギルドハウスに微妖精が来た時も、ひぃたろは自ら何も話さなかった。その時だけではない。今までも自分自身の事は何1つ、ひぃたろから誰かへ話す事はなかった。

結果的に話さなければならない状況になるまで、何も話そうとしない。

プンプンにさえ、ひぃたろは自分の事、どんな小さな悩みも話した事はない。



腕を捕まれ、頭を押さえつけられている状況でも、ひぃたろは顔色1つ変えず黙ったまま。プンプンとワタポを見ようともしない。


「この...ッ!?....ワタポ、下に何か....」


銀色の狐耳───に似た感知器官をピクつかせプンプンは床へ眼線を送り、言葉を繋げる。


「凄く大きな....うまく説明出来ないけど、とにかくヤバイ感じがする何かが居る」


「下?」


ワタポも下───床へ視線を落とす。

そして頭の中にある情報を忙しくめくる。

ここは【旧フェリア遺跡】だが外のマップ名は【ニンフの森】、悪妖精達がこの遺跡に近づく者を警戒する様に、外で周囲を見張る様に徘徊していた事。そしてプンプンが言う言葉にならないヤバイ感じ。


ワタポはある答えに辿り着き、掠れた声で呟く。


「....女帝?」


今現在ワタポが持っている情報から考え、その “ヤバイ感じ” の表現が合う存在は女帝しかいない。プンプンが知っている種族ならば、感知した時点で人間系なのかモンスター系なのかハッキリする。しかしそれも言わず “ヤバイ感じ” とだけ。


女帝の魔力は人間系でもモンスター系でもない。

そして、女帝の名前は封印されているマップの名前がつけられる。


「プンちゃ....ここの女帝の名前を聞いたりは!?」


「名前....、女帝ニンフって、ドライアド達が言ってた」



ワタポの予想は見事に的中し、キュッと眉を寄せる。彼女が持つ雰囲気が変化した。


「ワタポ?どうした....キャッ!?」


「プンちゃ!!?」


ワタポの雰囲気が変化した事にプンプンが反応した瞬間、ひぃたろは翅を開き、その翅───エアリアルに細かいヒビが走る。エアリアルを破裂させ、ガラスの破片の様に割れたエアリアルが拡散する。

プンプンはエアリアルの破片を受け、普段出さない声で鳴き、ひぃたろから離れる。



「プンちゃ大丈夫!?」


「うん、ビックリした。....ッた」


腕や足に刺さったエアリアルの破片を抜き、プンプンはその破片を見つめる。すると破片は小さな音を奏で微粒子になり爆散。消えた。


「こんなエアリアルの使い方、ボクは知らない....これが同族を食べた事でついた力?」


「多分そう。でもこんなものじゃないハズ....来るよ!」


ワタポの両眼の虹彩こうさいに三重の円が描かれ、ひぃたろの動きの先を見て叫んだ。プンプンはその声よりも早く身構え、声を合図にバックジャンプで距離を取る。


ひぃたろの薄桃色だった翅は色が少し濃くなり、翅の模様には黄緑色が走る。

翅を爆散させ直進スピードを増加させたひぃたろはその勢いのまま単発剣術で2人を強襲するも、ワタポのディアとプンプンのディアが攻撃を見切り、何とか回避は出来た。


酷く抉れる床。

薄暗い旧フェリア遺跡の広間で、流れる様に綺麗に光る翅を持った半妖精が、2人へ剣を向けた。



「ワタポは下に行って」


「は?この状況でなに言ってるのプンちゃ!」


「下には女帝の他にも誰か...多分だけど純妖精が数名いる。女帝の封印を解かれたら大変な事になりそう」


「そう...だけど、今この状況の方が大変だよ」


「ひぃちゃんはボクが.....ボクが、助ける」


「助けるって、もう」


「昔決めたんだ!大切なモノを守るためなら....ボクは化け狐にだってなるって!」



強く言ったプンプンは全身に青白い雷を纏い、眼元には赤い模様、そして五本の尻尾を出した。



「ひぃちゃんはまだ死んでない。助かる。だからワタポは下をお願い」


「でも....」


「時間がない!ここを止めても下で女帝が解放されれば森も純妖精の街も大変な事になる、拡散するエアリアルにもボクの雷なら対応できる!」



ワタポは昔、別の女帝を眼の前で見ている。圧倒的な強さと、不安を具現化した様な存在感。そんな女帝が解放され、森と純妖精の街を襲い、外の世界へ逃げられれば大変な事になる。


プンプンは、死ぬつもりも、殺すつもりもない。と訴えかける様な強い眼差しでワタポを見ていた。



「.....わかった。でも自分の命が危なくなる前に、殺さない なんて甘い考えは捨ててよ。プンちゃ」


「......」



プンプンは無言のまま背中の長刀を抜いた。キィィン...と綺麗な音を奏で抜刀された【竜刀 月華】、今はこの音が悲しく聞こえ、うっすら青紫色をした刀身は泣いている様に見える。ワタポは無言のプンプンから視線を外し、女帝が封印されている地下へ足を急がせた。






殺さない 甘さ....ワタポはボクにそう言い残し地下、女帝が封印されているであろう場所へ向かった。

殺さない 甘さ....ね。

エミちゃんがここに居たら、迷わずひぃちゃんを殺す事を選ぶだろう。ワタポ....エミちゃんみたいにキッパリとした性格は真似してもなれないよ。エミちゃんには変な影響力があるから、きっとそれに影響されたんだろうと思うけど。

けど、殺さない 考えを捨ててって言ったワタポの表情と雰囲気は “助けてあげて” と言ってたよ?


ボクに任せてくれて、ありがとう。


「ひぃちゃん。多分ボクの声は聞こえてない、届かないと思うけど....、ちょっと痛いかもしれないけど、今助けてあげるから少しだけ我慢してね」


竜刀 月華の形状を雷でフックの様に変化させ、ボクは足裏に雷を集め、地面を叩き、ひぃちゃんへ直進する。


───まずは足を斬って動きを止める。


角があるフック状の長刀で足を狙うも、ひぃちゃんはボクの攻撃を読んでいたのか、エアリアルで高く飛び斬撃を簡単に回避し、上から剣術を撃ち込んでくる。迫る星霊の剣を月華で引っ掛ける様に受け、ひぃちゃんを地面へ───....剣を受けた瞬間、ひぃちゃんは笑った。


エアリアル───翅の後ろ、ひぃちゃんの背後で浮遊している微粒子が恐ろしい速度で集まり、槍の様な形状に変化し、ボクを狙い、放たれる。

月華を引っ掛け、剣術を受け止めている状態。引けば剣術に押され、最悪槍も受ける事になる。


───元々は微粒子、ならボクの雷で消し飛ばせないか?ひぃちゃんが近くにいるけど....今は迷ってられない。


全身がチクチクと痺れ、髪の毛が逆立つ感覚、そして一気に放出される青白い雷。

迫る槍を拡散させ、ひぃちゃんはボクの雷で表情を歪めた。


───今なら押せる。


1歩大きく踏み込み、月華を振ろうとした瞬間、拡散した微粒子が細い矢に姿を変え、一気にボクを襲う。


「数を増やしても同じだよ!」


雷を拡散させ、ボクは長刀を振った。しかし突然重さが無くなり、長刀は空を切り、バランスを崩したボクへひぃちゃんは迷う事なく剣を振るう。エアリアルで1度身体を引っ張り戻し、剣術ディレイが発生する前に次の剣術を繋げた!? 雷が近くで暴れている状況なのにチェイン....やっぱり凄いや、ひぃちゃん。


「でも、甘いよ」


雷を纏う状態のボクは普段とは比べ物にならない程SPD───ほぼ全ての速度が底上げされる。

スキルチェイン───剣術から剣術へ繋げるスキルで発動されたひぃちゃんの剣術を、ボクは簡単に回避する、そして狐耳───感覚や感知をするアンテナの様な耳で感知した、微粒子の追撃も回避。


ここで───!?


「え....これは」


剣術と微粒子の矢を回避し、攻撃へ切り替えようと足に力を入れ、ひぃちゃんの方向を見て、眼を疑った。

眼を細めてしまう程の微粒子の霧と、キラキラと光る細かいエアリアルの破片。そしてひぃちゃんの背中には翅がある。エアリアルを砕き拡散させ、新たなエアリアルを創成する事が出来るのか、、。

それにこれは....回避出来ない。エアリアルの破片が煌めくと、ボクへ集まる様に空気を突き刺し進む。


回避出来ないなら粉々に破壊してやる。


雷を更に拡散させ、エアリアルの破片を粉々にしている最中、微粒子は針に形状変化し、追撃が。


─── 雷が足りない....仕方ない。


「.....ッ!」


狐の尻尾に雷が貯まるらしく、今尻尾は五本。足りないなら六本目を出せばいい。

全身を包む雷が更に強まり、六本目の尻尾が出た時、ひぃちゃんはエアリアルを砕き、浮遊する破片を三日月状の刃に変え、新たなエアリアルを創成し、翅を羽ばたかせ刃と微粒子を飛ばした。

飛ばされた微粒子は集まりながら迫り、槍に形状変化。槍の数は10を越えていて、回転し迫る.....雷の衣は魔弾の様に回転する矢や槍に弱い.....そして三日月の刃が槍の後を追う様に2つ。


───限界まで出すしかない。


七本、そして八本目の尻尾が現れ、耳を刺す轟音と振動、肌を突き刺し引っ掻く様な痛みに耐え、濃く強い雷を拡散させつつ、月華の刃を短く厚い形状─── 一撃の破壊力を重視した斧の様な似た形状に変化させ、宙を斬り進む三日月の刃を破壊した。ガラスが激しく割れる様な音と重い衝撃。飛び散る破片は雷で更に砕き、粉々にする。


これで攻撃は全て捌いた───!?


「後ろ」


───声。

数えきれない程聞いて、当たり前の様に毎日聞いていた声。ボクの日常になってくれた人の声。

でも、その声にはボクの知っている温度は無かった。


「~~~....ッ!」


無色光に輝く星霊の宝剣は雷の衣を簡単に通過し、上から下、そして下から上へと戻り、ボクの尻尾を三本斬り捨てた。


力がガクンと抜け、知らない痛みが全身を駆け抜ける。

ディアで出した尻尾にも感覚は確かにある。なら痛覚があっても何もオカシクないのに、斬られるまで考えもしなかった。抜ける力と痛みの双撃に空中でバランスを崩したボクは床へ落下、拡散させていた雷も制御出来ずに弾け消える。


体験した事のない不思議な痛みと、力が入らない身体。


翅を休める事を知らない、綺麗な妖精は地を這う獲物へ剣先を向け、容赦なくその翅を扇いだ。キラキラと輝く微粒子と、別の何かを散らして。


「プンちゃん」


───水滴?....涙?ひぃちゃんはまだ、まだ何処かでボクの事を認識している....? 心の奥の奥の狭い場所で、ボクを見て、ボクの名前を呼んだ。


ひぃちゃん、大丈夫だよ。

絶対にボクは死なないし、ひぃちゃんを助けるよ。

それに、ゆりぽよのパジャマ、ギルドハウスにあるんだよ?みんなで帰って、パジャマも返さないと。


「ボクも負けないから、ひぃちゃんも負けないでよね」



制御限界は八本。でもそれじゃ今のひぃちゃんを助けられない。なら、限界を引き上げればいい。



───大丈夫。







螺旋する通路、石の階段を蹴り、地下へ急ぐ。コツコツと聞こえる自分の足音の中に、微かな声が混じる。走る速度を弱め、足音を最小に押さえ、地下へ降りる。



「何をさせるつもり....?」


「黙って言う通りに動いてください。そうすればフェリアの純妖精達には何もしません」



純妖精エルフの声?

1人は緊張感と言うか、余裕がない声色で、1人は冷静、落ち着きすぎている声色。

余裕の無い声に対して、冷静な声が「フェリアの純妖精達には何もしません」と言った事から、最初の声は───妖精女王で間違いない。

階段が終わり、覗き込むと広い部屋が。そこには4名の影が。


「ここに強力なモンスターが封印されているらしいね?解放しようとしたけど、最後の封印が解けなくて。女王が持ってる鍵が必要になって、ね」


「!!?」


悪妖精は言い終えた直後、迷いを感じさせない威力で女王を殴りつけた。ワタシもこれには我慢できず、


「その人から離れろ」


女帝を解放させるワケにはいかない。それに女王はひぃちゃの妹。無視出来ない。


影から出て悪妖精へ剣を向け、女王へ眼線を送りワタシは驚いた。本当に、ひぃちゃとよく似ている。


「.....あなたは?」


「....、女帝は解放させない。バカな考えは今すぐ捨てて、すぐに───!?」


ワタシがまだ喋っている途中にも関わらず、悪妖精の1人は剣で攻撃を。斬撃を弾くと別の悪妖精がすぐに。

ワタシの言葉を聞く気は始めからない、というワケか。


「そいつを殺せ!」


2人の悪妖精は捨て身にも近い攻撃。さすが純妖精....戦闘慣れしている。鋭い攻めに気を取られていると、もう1人の悪妖精が───


「───ダメ!女帝の封印なんて解いちゃ、ッ!」


ワタシは声を響かせるも、2人の悪妖精は止まらず攻撃、剣先が義手を掠めた。

もう1人───戦闘に参加していない悪妖精は女王を殴りつけた瞬間にわ鍵を奪っていたらしく、その鍵を分厚く特種な扉へ挿し───重い扉が開く。






ニコニコ笑う赤黒のマユキ───ゆきち。

眼を細め黙る魔女───ダプネ。


妙な雰囲気に挟まれる天才魔女のエミリオ様。

ダプネがゆきちを見て「人間じゃない」と言い始めた事でこの何とも言えない雰囲気になってしまった。

ゆきちは自分の説明をダプネに任せて、ニコニコ黙る。ダプネは説明しないで黙る。


なんなんだこれ!


「沈黙に挟まれるわたしの身にもなれよ!ここで言えない事なら部屋いけばいいじゃん!サクサク頼むわ本当に!」


いい加減にしてくれ、2分くらいこの状態だよ?2分間も沈黙する2人に挟まれるとか、気が狂ってしまう。


「エミー達の部屋?宿デスか?」


先にクチを開いたのはゆきちだった。まぁこの場合はゆきちの方が喋りやすい立場ではある。待つ側だし。


「そそ、とりあえず行こう。ほらダプネも」


無理矢理、宿屋へ戻る流れにしてわたし達は歩いた。

向かってる途中、ゆきちが「酒場の支払いしておきましたよ」と言うので、ここはもう下手に何も言わず、ありがとう!で終わらせるのが寄生のプロだ。

宿屋の店主がお留守なタイミングだったので、急ぎ足で部屋へ。ここで「1人増えたから追加料金~」など言われれば最悪だ。絶対わたしが払う事になるし、今は1vも使いたくないのだよ、わたしは。


部屋に到着し、適当に座る。

ブクブクと酸素玉が音を立てる水槽内には観賞用で捕獲された、珍モンスター【ティポル】がヘラヘラ笑っている。


ティポル....。そんなに昔の事でもないのに、思い出せばもう懐かしい気持ちになる。

この【イフリー大陸】の首都であるデザリアで開催された “闘技大会” の事。今年?去年?の闘技大会は中止で終わった。優勝チームとかも無し。.....正直わたしはこっち側───地界の時間感覚には15年経った今でも適応出来ていない。

時間感覚だけではない。ルールとか色々と、まだよくわかっていない部分が多い。

人を殺してはいけません。これもなぜ、殺してはいけません。なのかハッキリとした答えをわたしは知らない。でも、自分の知り合いが殺されるのはイヤだ。だから多分、殺してはいけません。なのだろう。


まぁそれはそれでいいとして、本物の冒険者になって、気が付けば1年もの月日が経っていた。本当に、あっという間に、だったが、思い出せばそれなりに濃い。

思い出せば、もっとモンスターと戦闘しまくりたかった感がある。今年は早速【ニーズヘッグ】討伐予定なので悪くないスタート....って今年とか去年とかの区切り?はどこでしてるんだろうか?


「ねね、ゆきちって地界の事に詳しい系?」


気になったら自分が納得するまで、自分なりの答えを見つけるまで黙っていられない病が出てしまった。わたしはゆきちが 人間ではない 事を一旦放置し、尋ねてみた。


「地界に詳しい系....っていうのがよくわからないデスが、エミーは人間ではなく、魔女....でいいデスか?」


「あ、うん!魔女!」


「なるほど!青髪の魔女ってエミーの事だったんデスね!」


ほう。わたしの強者的な噂はゆきちの耳にまで届いているのか。青髪の魔女....悪くない。


「でもよく考えてみたらそうデスね....青髪で帽子でチビで剣士の魔女。剣は見当たらないデスが、エミーで間違いないデスね!」


「帽子でチビって、そんな感じに噂されてんの!?もっとこう、強者。的な感じじゃないの!?」


「強者....ズルい みたいな噂ばっかりデスよ?」



もっとこう....魔術の達人!とか天才!とか、かわいい!とか....そんな噂だとばかり思っていた....チビ帽子って。



「....まゆきち、って呼べばいいんだっけ?」


ここで黙っていたダプネがやっとクチを開いた。


「デスデス、ダプネさん」


またピリっとした雰囲気に逆戻りしてしまったが、ここでギャース、ギャースと騒ぐのはやめておこう。話が進むならピリ辛でも何でもいい。


「わたしが知っている事を全部話すけど、いいの?本人が自己紹介みたいに話した方がよくない?」


「自分の事は他人から話してもらった方がいいデス。自分で自分の事をいい様に、好きに言えちゃうデスし」


「わかった」


ダプネの質問にゆきちは迷いなく答え、ニコニコしてクチを閉じた。ダプネが他人をここまで警戒する様な....この感じ。珍しいと言えば珍しい。ゆきちとの会話を終えたダプネはゆっくりと、マユキ の事を話してくれた。



マユキの元々の種族は人間。

どういった理由かは謎だが、18歳で後天性のヴァンパイアになり、歳を取る事もなくなった。その後天性の元となるヴァンパイアが、吸血鬼最高ランクの真祖。

後天性とはいえヴァンパイア───悪魔種族に変わりはない。しかしマユキはヴァンパイアを殺しまくりで、ヴァンパイア達からは【カーレイド】と呼ばれている。その通り名的なモノが魔女にも、人間にも広まっているらしい。が、もちろん、わたしは初耳だ。


魔女からも悪魔からも警戒される存在。ヴァンパイアを殺し、ヴァンパイアの血を飲む可愛い顔した悪魔。殺した者の死体は最低2パーツに別けられていて、最高はバラバラ死体なんてレベルではなく、細切れ肉と言われるレベル。



リリスとはまた違ったサイコ野郎だったとは.....ヤバイ奴に話かけてしまった感が半端ない....ナナミンも後天性の悪魔だし似た理由か?いやでも瞳の色が違うし.....



「今のがわたしの知るマユキ。本当なのかは本人に聞いて」


そうだ。まだ本当なのか決まったワケじゃない。噂はあくまで噂。どこかで話が変化する事なんて当たり前ってか、逆に話が変化してない噂をわたしは知らない。


「....ゆきち、今のガチゆきち?」


「デスデス!凄いデスね!」


はい、本当だった即答ありがとう。


「血を飲んだり、ヴァンパイアを殺したりには色々と理由や私怨があるんデスよ。そこは噂されてないみたいデスね.....まぁ今のは嘘ではないデスし、本当の話デスけどね」



血を飲む理由とヴァンパイアを襲う私怨....私怨って怨みとかそれ系の意味だったハズ。

後天性のヴァンパイアって部分も気になるし、そう言えばさっき酒場で服装の話題になった時「昔は違ったと思いますけど」と、昔の事をあまり覚えていない様な言い方をしていた。サラッと流していたが今となってはそれも気になる。



「言えない事は言えない。でいいから、質問しまくっていい?」


「いいデスよ」


「どやって後天性の───」



「「「!?」」」



後天性ヴァンパイアになった理由を聞こうとした瞬間、あり得ないレベルの魔力をわたし達は嫌でも感知させられ、3人全員が同時に窓の外を見た。



「なんっだ今の魔力」


「わからない....魔女ではないよ」


「ヴァンパイアでもないデスね....外へ行ってみましょ」



急ぎ宿屋を出たわたし達はそこで気付く。今の魔力は相当遠く───イフリー大陸ではない、別の大陸から溢れたモノだと。冒険者ではない人間達も今の魔力を感じたのか、窓から顔を出し、遠くを見る者もいたが、ハッキリと感知出来なかったのか、感知しても計るだけの知識や材料が無かったのか、人々は数十秒で普段通りの生活に戻った。


外で遠くの空を睨む様に見ているのはわたし達3人と、2人の少女。


「今の魔力、2人もハッキリ感じた?」


わたしは気になり、2人の少女に話しかけると、1人は「はい」と答え、もう1人は「ああん?」と、謎に喧嘩腰だった。




今の魔力は今まで1度も感じた事ない魔力だった。

溢れた、という言い方が正しいのか、今はもうその魔力は感じない....近くへ行けば感知スキルで場所を感知出来るだろうけど、オルベイアからは不可能なくらい薄まり、世界に溶け込んだ。




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