◇122




湯気に乗って漂うコーヒーの香り。

ワタポとプンプンは頭の奥にある何とも言えない感覚を残したまま今日が始まった。

ユニオン本部から広がる鐘の音を合図に平凡な1日が始まる。


ガチャ、と部屋の扉が起きる様に音を鳴らし【フェアリーパンプキン】マスターのひぃたろがリビングルームへ。


「おはよう、ひぃちゃん!」


プンプンが素早く反応し、ワタポはひぃたろのコーヒーを用意する。

ひぃたろは挨拶を返し、珍しくクゥの頭を撫でる。


渡されたコーヒーをひとクチ飲み、落ち着かせる様に小さく呼吸をいれる。


「...昨日の件だけど、行こうと思う」


プンプン、ワタポ、クゥは動きを止めひぃたろを見る。

頭の奥に残っていた妙な気持ち。それは妖精達や猫人族達の件が原因だった。

その事をどうひぃたろへ切り出そうか迷っていたのだが、ひぃたろ自身も妖精の件が心に居座っていたのか、その話を自ら。


純妖精エルフ半妖精ハーフエルフ...これは無視出来る程簡単な問題じゃない。純妖精側から見れば半妖精は偽物や汚点だもの。でも私は私。自分の思った様に生きるって決めて冒険者になった」


ひぃたろの瞳に迷いや不安が無いと言えば嘘になるが、昨夜よりはハッキリした光が宿っている事に2人と1匹は気付き、続く言葉を待った。


「...エルフ達に世界樹の事、レッドキャップの事、魔結晶の事を話しに行く。信じてくれる以前に聞いてくれるかも危ないわ...でも、聞いて信じてくれれば猫人族との争いを回避出来るかも知れない」


ひぃたろの言葉を聞き、プンプンが頷きクチを開こうとした瞬間、ワタポは鋭く入り込む。


「回避出来なかったら?」


「ワタポ!せっかくひぃちゃんが」


「ごめんプンちゃ、わかってるけど言わせて。大事な事なんだ」


ワタポはマグカップを置き、ひぃたろを一直線に見て言う。


「信じる以前に聞いてくれるかもわからないんでしょ?聞いてくれなかった場合ワタシ達はそこで終わり。聞いてくれても信じてくれなくて、エルフがケットシーの所へ行ったらどうなるかな?枯れた世界樹を目の当たりにしたエルフ達は落ち着いてケットシー達と話せるかな?」


ワタポの発言はひぃたろの決意を揺らす様で、プンプンは堪らずクチを開こうとするも、義手をプンプンの前に出しワタポはひぃたろの前のイスまで歩く。


「命が関わってると言えばボス討伐やダンジョン攻略と同じ。でもこれはレベルも状況も全てが違う。エルフとケットシーが争って、多くの命が失われて...その後に世界樹を枯らしたのが人間とわかったらエルフ達の剣は人間へ向けられる。ケットシー達の剣はエルフに向いたまま。人間達も剣を向けられて黙ってると思う?」


ワタポが考え想像している事はまさに最悪のケース。

エルフとケットシーが争いお互いの命が失われ、人間と言うワードがそこに浮かぶ。

すると純妖精、猫人族、人間が雁字搦がんじがらめの様に絡まり想像を遥かに越えた犠牲が。


「エルフ達の所へ行くのはいいと思うの、でもここは慎重に考えて行動すべきだと思う」


「慎重にって...そんなゆっくりしてたら全部終わっちゃうよ!」


プンプンが言った言葉も最もだった。

ワタポ自身が慎重に事を進めていた時期があった。しかしイレギュラーが次々に現れ、騎士の仲間を失い、自分の気持ちも見えなくなり、両腕を失い、ギルドメンバーに関しては今や地界で最も危険な犯罪ギルドに所属してしまっている。


色々と失った過去。

ひぃたろにはそうなってほしくない。その気持ちが今ワタポを動かしていた。


「別行動にしよう」


ひぃたろとプンプンは情報を集め、状況を想像して動く。そう思っていたがワタポのクチから出た言葉は予想外なモノだった。


「...慎重に動くと言って、別行動では連繋も何も...逆に危ない気がするわよ?」


「そうだよ!ボク達だけで動くのに別々に動いていたら意味がないよ!」


「その “ボク達だけ” が危ないとワタシは思う」



ワタポも昨夜まで...いや、数分前まではギルドメンバーだけで動く気でいた。しかし考えを広げた瞬間に危険度が跳ね上がった。


「今回の件はもうエルフとケットシーの問題じゃない。エルフ側へ行く妖精班、ケットシー側へ行く猫班、そして...人間班が必要になる。ワタシの考えを詳しく話すね」



そう言いワタポは紙とペンを持ち話を始めた。



①今最も過激な動きを見せている妖精を猫人族と争わせない為に対処するパーティ。


②猫人族へ今の現状を伝え、猫人族を落ち着かせ争わせない様に計らうパーティ。


③そして今回の件を裏から操っている者を探すパーティ。


ここまで説明すると2人は気付く。


エルフを煽りケットシーと争わせようとしている影の存在に。


「影に隠れてタイミングを見て顔を出す...こんな事する連中は1つしかないでしょ?」


「レッドキャップ...でもどうやってエルフ達に世界樹の情報を伝えたの!?簡単には森へ入れないし、強いモンスターもいるって...」


プンプンの言葉に応答したのはワタポではなくひぃたろだった。


「リリス...人の死体を操れるなら動物やモンスターの死体を操る事なんて簡単に出来ると思う。手紙でも何でもその死体に持たせて森を飛び回れば街こそ難しいけど、狩りに出ているエルフくらいなら数日で見つかる」


「まってよ...それじゃリリスがエルフやケットシーの死体を使えば...」


無理矢理争わせる事も出来る。

プンプンが辿り着いた答えは正しい。

最悪の場合はケットシーの死体を使い、ケットシー側から攻撃を仕掛けさせれば後は勝手に戦争が起こる。

例えそのケットシーが1人でエルフを攻撃したとしても、エルフ側から見ればケットシーが攻撃してきた事に変わりはない。


「そう。だからワタシ達は別行動をしてエルフ達の行動を出来るだけ遅れさせる...可能ならばエルフ達を止める事。リリスが死体を使う前にこれらの情報をケットシーへ伝える事。そしてレッドキャップを自由に行動させない事」


ワタポの考えで出た③は最も難しい。しかし重要なのは①と②だ。③はあくまでも保険...もしレッドキャップが動いた時にすぐに対応出来るパーティを用意しておくと言う事。


「それじゃ...ボク達がバラバラに?」


メンバー数は3人と1匹。

ワタポとクゥがペアになるとして1人1つやらなければならない事になる。


「そうなると危険すぎるから、だからプンちゃの言った ボク達 の考えを捨てる。最低でもあと2人...誰かの力があれば動ける」


「...その2人が今いるとして、誰がどの動きをすべきか考えてあるの?」


ひぃたろの言葉を聞きすぐにワタポは頷く。


「ひぃちゃとプンちゃが一番、協力者が二番か三番で、ワタシは残りを...理想なのはケットシーの誰かが二番をしてワタシとクゥが三番をする事」


①は半妖精の存在が賭けになるが、エルフ達の街までの道などの問題もあるのでリスキーだが半妖精と魅狐のペアに。


②は同族...猫人族が協力してくれればリスクは下がる。


③は一番危険な役目。



「.....。二番はゆりぽよにお願いしてみるわ。ゆりぽよがいい返事をくれた場合、すぐに準備をして動く」


小さな手紙が大きな動きに派生した。


「プンちゃもワタポもクゥも....くれぐれも無茶はしないでね?これは」


「無茶して全部おっけーならボクは無茶するよ。これはエルフだけの問題じゃないし」


「そうだね。レッドキャップが絡んでる以上はワタシ達人間の問題でもあるし、何より....うーんと」


「...?」


ワタポは何かを思い出す様な仕草を見せ、プンプンと同時にクチを開く。


「「 影でコソコソうぜーっての赤帽子! 」」



エミリオいた場合言いそうな事を2人がクチにし、ひぃたろは少し笑った。






バリアリバルに鐘の音が響く数時間前───歪んだ影は卑しく動く。



「...、早く、歩、きなさ、い」


独特な句切りとジットリした視線。右はグレー、左はピンクの瞳。

黒紫のドレスで身を飾る女性はギルド レッドキャップの死体使い【リリス】。


その後ろを歩く少女はリリスのお気に入りの死体人形でプンプンの妹の【モモカ】。


泣き出しそうな瞳はリリスとは左右逆の色。

噛んでいる唇も、肌にも、温度が感じられない。


「私、の、お、人形、を完、成さ、せる、為に、他の、モモカ、には、心、を、返し、ても、らった、の、よ?」



私のお人形。その言葉に隠された意味をモモカは知っている。


モモカをベースに自分の心を入れて、自分自身が人形になる事。


その為にリリスは色々な瞳を集めて、その能力を量産したモモカに馴染ませ、量産したモモカから心を奪って、オリジナルへ無理矢理戻す。

オリジナルのモモカは様々な能力を現在持っていて、それが馴染んだ頃、リリスはモモカを入れ物にする。


これがリリスの持つディア【マリオネットリリー】の完成系。


死体を操る。

死体に自分を縫い入れ、自分を自分で操る。

例えば脳。

人は脳から信号を出して身体を動かす。

その脳をリリスがやり、好きな身体───死体を操る。


人形は瞳で変わる。

瞳を変えれば脳も変わる。

リリスがオッドアイにしていた理由は2つ。


①モモカが持つ治癒、再生、そして蘇生術を自分も使う為。


②モモカに自分の瞳を入れ、入れ物にする際スムーズに事が進むよう馴染ませる為。



その日も近い。




「さぁ、着い、たわ。早く、エルフ、のお、人形、を、召、喚魔、術、で、出し、て、ちょう、だい」


「....」


モモカはリリスの言葉を聞き入れず、唇を噛んだまま動かない。


「...、お仕、置き、ね」


リリスはとろける様な表情でモモカを見るや、艶のある声音で呟き左指を奇妙に動かす。


「イヤ、まってリリス!...ッ」


何かを言おうとしたモモカだったがすぐにクチが閉じられ、身体の自由も遠くなる。

しかし意識は途切れない。


操られる身体。右手でダガーを握り、左手首を斬る。

痛みは無いが血液は溢れ出る。


血液を素材に召喚魔術を無理矢理発動させるリリス。

イフリー大陸、デザリアで行われた闘技大会で【ラミー】という名の少女が使っていた召喚魔術。

リリスはラミーを細かく斬り刻み、潰し、ラミーの身体を素材に今のモモカが持つ左腕を生産し、縫いつけていた。

召喚魔術を使えれば死体人形の出し入れは楽になり、その力をモモカに与えておけば自分がモモカを貰った時、人形を連れて歩く事もなくなる。


召喚魔術の魔法陣から現れたのは耳が細く長い、金髪の人形と頭の上に耳を持つ子供の人形。


純妖精エルフの死体と猫人族ケットシーの死体が各2つずつ。


「貴族、の、屋、敷か、ら、盗、んだ、エルフ、の、剥、製。これ、も、立派、な、死、体。そして...、あ、の時、殺し、た、猫人族、の死、体」


リリスは垂れ落ちそうな心を必死に抑え、歪むクチを動かし言った。

剥製も元は生き物。リリスにとっては剥製も死体と変わらない人形。

人体収集を趣味にしている貴族も多く、エルフの剥製を探すのは容易かった。

ケットシーの死体はエミリオが受注したクエスト〈太陽の産声〉時にリリスが殺したケットシーの子供。


リリスは指を忙しく動かし、

エルフの死体でケットシーの死体を、ケットシーの死体でエルフの死体を、攻撃させる。


顔を潰し、身体にも酷い傷をつけ、指も数本斬り落とす。


これで、“ケットシーが殺したエルフの死体” と “エルフが殺したケットシーの死体” が完成する。


この死体を各種族の地へ届ける。

同族の死体を見せつける様に別種族が届けに来れば、誰が横槍を入れようと争いは始まる。



「...さぁ、モモカ。次は、あなた、の、お仕、置き、ね」


クチを更に歪ませ、粘る様な視線でモモカを見て言った。


沸き上がる欲が全身を駆け回り、想像が踊り出す。



お仕置き。と言ったリリスは左指を奇妙に、どこかを探る様に動かす。

両眼を開き必死に抵抗するモモカ。

そんなモモカの姿を見てリリスは全身を駆け回るゾクゾクとした快感と想像を必死に我慢し、濡れる声を溢しながらお仕置きを続ける。


ふわりとした可愛らしいドレススカート揺らし、とろけた表情を卑しい色で染め、リリスは右手を中へ。


独特な句切りは無く、艶のある声をモモカの耳元で囁いた。



「お人形遊びはすき?」



モモカの心をリリスが汚す。




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