◇123
「んにゅ~...」
と、空気が抜ける様な鳴き声を吐き出し、形のいい耳を触る女性。
「いいなぁーボクにも耳ホニホニさせてよ ゆりぽよ」
「プンにゃ耳、自分で出せるにゃん?」
耳をホニホニと引っ張っては離し、眠そうな瞳をこするのはバリアリバルに住む
ひぃたろからの連絡を受け取り、フェアリーパンプキンのギルドハウスまで来たが...本来ならばまだ眠っている時間なのか、酷く眠そうな表情で更に言葉を引っ掻く。
「私達とエルフが喧嘩って本当にゃん?だいたいニャ...エルフってどこにぃ居るんニャ?」
薄ピンク色に濃いピンクの水玉模様が浮かぶ、可愛すぎるパジャマを装備したままギルドハウスへ来たゆりぽよ。
尻尾ばダラリと下がりイスの上で身体を丸める。
「...ゆりぽよ、質問して話聞く気無さそうだね」
ミルク入りのグラスをゆりぽよの前へ置き、ワタポは着替えを始める。
ひぃたろもプンプンも準備を始める中、ゆりぽよ残る眠気をミルクで溶かす。
「ふにゅ...。私を
瞳の眠気色を数回のまばたきで消し、ゆりぽよも着替えを始める。
パジャマを豪快に脱ぎ捨て、フォンポーチではなく洗濯機へ。防具はスミスや武具店でメンテナンス、服は洗濯しなければならない。遠出するクエスト中ならば洗濯はもちろん出来ないので街などにいる際はこまめに洗濯をするべき。ゆりぽよもそれを知っている。
「洗濯するのはいいけど、これから結構大変な事するのよ?」
「んにゃ、取りに来るニャ。そにょ大変ニャ事終わらせてかりゃニャ」
ひぃたろの言葉へ素早く返事を返したゆりぽよは和服装備に着替える。
以前はエプロンドレスを装備していたゆりぽよだったが、どうやら和防具の強化期間だったらしく、メイン防具はこの和服。以前は桃色が強かった和服だが桃色の他に緑や白が増えている。
「ゆりぽよの防具って重そうだよねー」
同じ和國デザインの防具を装備する魅狐プンプン。同じ和國デザインとはいえスタイルは全く違う。
「見た目ほど重くにゃいニャ。プンにゃにょは軽装すぎにゃい?」
何枚も生地を重ねた和服とセーラー服。
この2つを比べれば確かに重と軽。しかし装備者の戦闘スタイルが防具を決めるポイントになるので、どちらがいいなどの話にはそうそうならない。好みとスタイルの、個人的な問題だ。
「ゆりぽよ、もう1人の猫人族は?ひぃちゃから説明あったと思うけど」
ポーション類のアイテムをいつも以上に準備するワタポ。
一番危険な仕事───レッドキャップを探しだし、捕まえる事を自分で選んだ事に後悔はしていないものの、防具トークに参加できないほど余裕がない様子。
「んにぃ...、いまごりょ集会場の酒場で酒でもにょんでるニャ」
猫人族の言葉を聞き、3人は時計を見る。
「えぇぇ...朝8時だよ?」
「集会場の酒場はずっとやってるけど...」
「その猫人族、大丈夫なの?」
プンプン、ワタポ、ひぃたろがリレーする様に言うと、ゆりぽよは「大丈夫ニャ」と鼻歌まじりに答え、準備を済ませる。
洗濯機が停止し、次は乾燥機が働く。乾燥後にゆりぽよ愛用のパジャマなどを大切に保管する係をプンプンが自らやると言い出し、3人と1匹はプンプンに重要任務を託し、ギルドハウスを出た。
合流は集会場、集会場までそう遠くない。
「....」
ギルドハウスで1人になったプンプンはドメイライト騎士団本部で出会ったモモカの言葉を思い出す。
───今度はわたしとリリスのお家で会おうよ!
オリジナルではないモモカが言った言葉。そのお家にオリジナルの、プンプンの妹のモモカも居る。
と、同時に沢山のモモカが居るに違いない。
───なんの為にモモカを沢山作っているの?ボクは...何人のモモカを...。
昨夜ワタポに言われた言葉がプンプンの胸に残っていた。
今までこの言葉だけは無意識に避けていた...モモカを殺す、という言葉だけは。
しかしそれは覚悟が決まらない自分を甘やかしていただけ。
プンプン自信も理解しているが、どうしても受け入れられない言葉だった。
「モモカを殺す...」
クチにして更にその言葉の重さを知る。
一度モモカは死んでいる。リリスに殺されている。
そのモモカを次はプンプンが殺さなければならない。
───モモカは二度死ななければならない。そうしなければ終われない。ボク終わらせてあげなきゃ今もリリスに酷い事をさせられているかも知れない。ボクがモモカを...。
その先の言葉を塗り潰す様に乾燥終了の音が静かなギルドハウスに響いた。
◆
ギルドハウスを出た3人と1匹は集会場へ到着後、すぐに二階の酒場へ。
朝だというのに熱心にクエストカウンターに座る冒険者や、逆転生活している冒険者達の今日もお疲れ会など、ここは何時に行っても様々な冒険者がいる。
この時間に酒を飲んでいるゆりぽよのフレンドは逆転生活をしている冒険者だ。
「にゃ、いたニャ」
一番奥の席を指差すと、そこに座る猫人族が手招きで反応する。
ゆりぽよは進みつつ、すれ違うウェイトレスへドリンクの注文をする。ワタポ、ひぃたろも注文し、席へ到着。
薄緑色の液体をグラスへ注ぎ、一気に呑み「んにぃ~」と声を溢す猫人族の女性。
スモークラベンダー色の毛、どこか軍服っぽい雰囲気を持つメインカラーが赤の防具を装備している。
「にゃほ!りにゃ!」
ゆりぽよはそう言いイスへ座る。ワタポとひぃたろは眉を寄せ小声で話を。
「今のは...どっちが名前なのかな?」
「私に聞かれても知らないわよ、てかベロベロだけど大丈夫なの?」
2人の猫人族は同時に首を傾け、フェアリーパンプキンの2人を見る。
何とも言えない雰囲気がこの席に充満し始めた頃、ウェイトレスがドリンクを運んできた。
「とにぃかく、座るニャ」
ユル巻きヘアーの猫人族ゆりぽよが2人へ言うと、ツインテールの酔い猫も頷く。
「紹介するニャ。
猫語が邪魔をしてうまく名前を言えないゆりぽよ。フェアリーパンプキンの2人は言語フィルターを回転させ、猫人族の名前が【りな】である確率が最も高いという結果へ。
「りな...さんで大丈夫かな?」
ワタポが恐る恐る名前をクチにすると酔い猫は頷き、ベロベロの自己紹介をする。
「私の
まぶたをピクつかせるワタポ、両眼を閉じ膝へため息を落とすひぃたろ。
猫人族の【りな】を見て2人は同時に「ダメなやつだ」と思わずにはいられなかった。
完全に出来上がっているりな。これからひぃたろ達が行う事の重さと重要さ...酔っぱらいが参加するなど予想外にも程がある。
───断ろう。
ひぃたろはそう決め、ため息をもう一度吐き出した瞬間、外でただ事ではない音と悲鳴がバリアリバルの朝を切った。
「ワタポ」
「うん、クゥ!」
何が起こったのか。2人も猫人族も、この集会場にいる者全員わかるハズもない。しかしワタポとひぃたろは理解している様な表情で無駄無く動く。
クエストを沢山こなしている冒険者、モンスターとの戦闘に特化した猫人族。自分達が積み上げてきた経験値は行動力と判断力、自信や勘にも繋がる。
ワタポもひぃたろも、この1年でかなりの経験値を稼いでいた。
クエスト経験値でもモンスター戦闘経験値でもない、ある種の経験値。
言葉にするとすれば───修羅場を潜り抜けてきた経験値。
そこに関わっていた相手は───レッドキャップ。
フェンリルがスイングドアを飛び越え、外へ。
青く晴れた空の下、闇色の閃が空気を斬った。
「ッ...ヌルヌル動いてウザすぎ」
黒赤の瞳に鋭利な色を宿した悪魔、元レッドキャップのメンバー【ナナミ】が舌打ちし周囲を確認する。
「ナナちゃ!」
「...妖精ギルドの」
ワタポの声に反応したナナミは2人の姿を見て呟くもすぐにクチを閉じる。
挨拶は後でいくらでも出来る。そう訴える視線の先には槍や剣を構える絵本に登場していても違和感がない騎士が。
「...あの連中は?」
ひぃたろは短く呟き、芸術的な刀身を持つメイン武器【エタニティライト】が綺麗な音をたて鞘を走る。
少し遅れてワタポも灼熱色の刀身をもつ大剣を構える。
ドメイライトの騎士で自分の先輩【レイラ】から受け取った爆破剣と自分の爆破剣を優秀な鍛冶屋【ビビ】の手によって
「わからない。感覚的には生物...ではない」
元人間の現悪魔であるナナミは相手が人間か悪魔か無意識に感知する事ができる。
相手が人間でも悪魔でもない場合は、種族こそハッキリわからないものの、生き物かそうでないかは感知できる。
しかし今眼の前にいる者は生き物の様で、生き物ではない存在。
「生き物じゃないって...」
呟き、何処と無く...薄いと感じる相手をワタポはもう一度観察する。鉄なのかさえわからない素材の銀というよりも灰色に近い武器と鎧。
鎧には見覚えのあるマーク...しかしどこで見たマークなのかハッキリしない。
「狙いは私だ。街の外まで走る。2人は時間がある様ならユニオンを覗いて来てくれると助かる」
ナナミは2人の返事を聞かず、集会場の屋根へ飛び、誘う様に騎士達を街の外へ。
「行っちゃったね。ひぃちゃどうする?」
「...昨日話した様に、エルフもすぐには動けない。ユニオンに顔を出すくらいの時間はあるわ」
ひぃたろは【エタニティ ライト】を腰鞘へ戻し、プンプンへメッセージを送信。
ワタポも剣の熱が冷めた事を確認し、鞘へ。
「にゃにがあったニャ!?」
「敵にゃらば私が!」
集会場から外を観察し、終わった頃に顔を出した猫人族の2人をワタポは苦笑い、ひぃたろは溜め息を猫人族へ送り、ユニオンへ向かう事に。
集会場のスイングドアがギィと鳴き、黒髪に赤い大きなリボンを装備した少女がフェアリーパンプキンと猫人族を見る。手には大きな本。
「あれがパド様の言ってた半妖精で、近くにいる金髪がリリスのお気に入りの魅狐ね。リリスのお気に入りを横取りしたら怒るかな?怒るよね?怒らせよう」
少女はニタニタと笑って大きな本をパタンと閉じた。
◆
「リリーはお人形遊びを成功させたのか?」
真っ黒な長髪を束ね、ギルド【レッドキャップ】のリーダーであり過去の闘技大会で殺戮を繰り広げた【パドロック】がメンバーへ言う。
相手の考えを覗き見て、相手にだけ声を送る事が出来るディアを持つパドロック。
ディアを使えば質問する必要はないが、ここで使う必要もない。
「さぁねー。成功したからバリアリバルへ向かったんだろ?」
ソファーでリラックスしていたメンバーの【りょう】はリーダーに対してもこの態度だが、誰もそれに対して不満も文句も言わない。
レッドキャップは目的さえ達成すればいい。それ以外はどうでもいい。そんなギルドだ。
「リリーは成功させたと思いますよ。バリアリバルへ向かった理由は...武器の試し斬りかと」
燕尾服の男性、かつてはセツカの執事をしていた【スウィル】が執事的な口調で答える。本職は凄腕スミスで戦闘力も相当高い。
「あー、バリアリバルへ行ったのは誰々だ?」
タバコに火をつけ、パドロックが質問するとスウィルは周囲を見渡し、答える。
「リリーとモモカと...新入りですね。新入りは勝手に行きましたが連れ戻しますか?」
「いや、いい。アイツはリリーに妙なライバル心を持ってるから追ったんだろ。戦闘じゃリリーの方が圧倒的に上だが人をイラつかせるヘイト量は誰よりも高い...フィリグリー」
パドロックは残るメンバーの名前を呼んだ。
元ドメイライト騎士団長で、ドメイライトでの一件でレッドキャップと関係ある事がバレてしまい、今はただの犯罪者扱いになっている男は無言で反応する。
「お前もバリアリバルへ行ってナナミを処理しろ。パメラに言ったが多分アイツはロキの方へ行く」
「了解した」
フィリグリーは装備を整え、すぐにバリアリバルへ向かった。
「...残るメンバーに言っておく。エルフの血を奪ったら魔女を殺して、塔の出現を待つ。塔が出現してから本格的に動く。そのつもりで準備しておけ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます