◇121
フェアリーパンプキンのギルドハウスは賑やかな夜に。
食事は集会場やレストランで済ませるキューレは久しぶりに、人の手を感じられる温もりある食事に幸せを感じ、子供の様にお風呂でハシャギ、時刻は21時を過ぎた。
全員が冷たいお茶を飲み、落ち着く。
キューレはフォンをいくつも使い、情報のまとめ。
ワタポはクゥの毛を拭き、ひぃたろはフォンで集会場にあるクエストリストを見て、明日にでも受注するクエストを決める。
プンプンは窓を開け夜風を浴び、上がりすぎた体温を常温まで下げる。
夜といってもバリアリバルは騒がしい。酒場で盛り上がる者、夜型のギルドや冒険者、夜しか顔を出さないモンスターの討伐へ向かうパーティ。
窓の外は行き交う冒険者などで、昼間とは違う賑わいを見せる。
「ほわぁー、お風呂って大変だよね。ボク最近お風呂が疲れるよ」
月が顔を出す空を見上げ、プンプンは冷却モードに。
「ワタシはお風呂が大事かな。あったかいお湯で眼の奥までゆっくり...そうしなきゃ眠れなくて」
クゥの身体を拭き終えたワタポは自分の髪をドライしつつ呟く。
プンプンとワタポ、この2人が言った事は好みやリラックスではなく、慣れとケア。
半年近く前、闘技大会へエントリーした頃から2人は自分の力───ディアを細かく制御するため、日々努力している。
プンプンのディアは雷を操る魅狐の力。油断すれば雷が溢れ出る事もあるらしく、お風呂で雷を出せば大変な事になる。完全に操れれば心配はないが、暴走してから雷の量が増え、制御が大変らしい。
ワタポのディアは数秒先の動きを見る眼。使えば眼球の奥が重く痛むため、入浴時に眼をあたため癒すのが日課になっている。
他に誰も持っていない自分の武器。それを理解し操る事は大きなステータスになる。
似たディアは存在するが、完全に同じディアは存在しないため、同種と戦闘になった時、どちらが自分のディアを理解し扱えるか...この微量の差が大きく関わる。
「ディアかのぉ...詳しく知りたいんじゃったら悪魔より、魔女に聞くのが一番早いのじゃ。ま、今ウチらの知る魔女は失踪中じゃがの」
ホカホカとした気持ちでキューレはエミリオの事を言う。今魔女エミリオはどこで何をしているのか。ここにいるメンバーも知らない。
「るーくんの話だとエミちゃはイフリーで素材を...ちょ、プンちゃそれなに!?」
エミリオの足取りを知っている所まで話そうとしたワタポだったが、視界に入るプンプン───ではなく、プンプンの後ろ、窓の外で浮かび光る何かを見て、ワタポは声を荒立てた。
「え?...うわっ!?」
プンプンが振り向くと浮かび光るそれは窓からギルドハウスへ入った。
薄緑色の光を纏う翅を持つ人。
「プンちゃん窓閉めて」
その姿を確認するや、ひぃたろはプンプンへ鋭く声を飛ばす。
「う、うん」
窓を閉め、カーテンも。
キューレは理解できないが、窓とカーテンを閉めた事で、これは何かある。と踏み、ドアにロックをかけた。
浮遊する薄緑の光。
翅を持つ小さな人影。
女性...と言えばそうだが、人間ではないのは明らかだ。
「しっ...」
ひぃたろは人差し指を唇の前で立て、黙る。
プンプン、ワタポ、クゥ、キューレも息を飲み沈黙。
数分、あるいは数十分それが続き、小さな光はひぃたろへ近づき、そして窓の方へと進む。
ひぃたろが窓を開けると光は一度回り、空へ飛び立った。
「...ウチ、外出とった方がよいか?」
沈黙を破ったのはキューレ。ギルドメンバーではない自分は話を聞かない方がいいか?と質問すると、ひぃたろは「大丈夫」と溢しソファーに腰を降ろし、いつの間にか持っていた手紙の様な紙切れを開く。
キュッと細められる眼、揺らぐ瞳と強張る指先。
ひぃたろのそんな姿を見て、3人と1匹は黙るも、やはり気になる。ひぃたろが紙切れ1枚を見ただけで普段みせない反応を...。
「ひぃちゃん、さっきの妖精...だよね?エルフじゃなくてフェアリー...」
長年の相棒であり、サブマスターの魅狐プンプンが切り出す。
ひぃたろは声を出さず頷いた。
「そういえば、ボクもひぃちゃんの事よく知らない...かも。
プンプンの声はギルドハウスに溶ける様に消えた。
長年一緒にいても話したくない事、話せない事は誰にだってある。それはプンプンも理解していたが、それよりも...
「別に隠し事は嫌いだ!とか言ってるワケじゃないよ。でも...少し寂しいなぁーってボクは思っただけ!ごめんね」
相手の事を何も知らない事に、プンプンは少し寂しさを感じていた。それと...ひぃたろが何かを我慢、または耐え、1人で抱えているのではないか?という心配も。
「話せない事は話さなくていい、でもワタシ達人間が住む世界まで妖精が来た...ただ事じゃない気がするけど...」
ワタポが必死に言葉を選び、急ぎの用事ではないのか?と遠回しに訪ねる。
するとキューレがハッキリとした声で告げる。
「....。何でもいいがのぉー 心配してくれとるヤツがおるんじゃろ?ウチは部外者じゃから帰らせてもらうが、ちゃんと今の自分を見る事じゃぞ?我慢も嘘も限界を越えれば大変な事になってしまうぞ~。じゃ、また来るのじゃ!」
キューレはそう言い残しあっさりギルドハウスを出ていった。
嫌に重い沈黙が続く。
悪い事をしているワケではない。しかし妙な空気...悪い雰囲気がギルドハウスを漂う。
どうするべきなのか、何かに迷うひぃたろ。
そのひぃたろを心配するプンプン。
自分はこの2人の中に入れない。そう思っていても無視出来ないワタポ。
3人は何も言えず、ただ誰かの言葉を待った。何分、何十分と無言が続く。
グラスの飲み物が無くなりそうになった頃、ひぃたろが唇を震えさせ、話を。
「私は半妖精...2人はそれを知っているけど、知らない人もいる」
半妖精。
人間と森妖精の混血種で、人間からも妖精からも嫌われる存在。本等に書かれている半妖精の扱いは酷いものだ。
誰かが想像して書いたものではなく、現実で昔起こった事を記している歴史本。
男の半妖精は食事も与えられず人間に働かされ、女の半妖精は...。
死後は男女共に剥製にされ、貴族達の間では今現在も幻級の美術品として見世物にされている。
人体収集家や特種族マニアの中でも半妖精は剥製だとしてもレアな存在。そういった連中の耳に、ひぃたろが半妖精との情報が入ればどうなるか. ...正直だれも想像出来ない。
「大丈夫だよ、ひぃちゃん。ボク達はひぃちゃんが半妖精でも人間でも、別の種族だったとしても、今までと変わらない。ボクだって珍しい種族で街で暴れて...それでもみんな変わらなかった。だから大丈夫だよ」
プンプンの言葉を聞き、プンプンを見てひぃたろは思う。
───どうしてそんなに強いの?
プンプンは魅狐族の生き残り。人間との争いで魅狐は滅ぼされ、産まれて数日だったプンプンは竜騎士族に育てられた。その竜騎士族も1人の人間に滅ぼされた。
───もし自分がプンちゃんの立場なら、人間を怨まずにはいられない。
「ワタシは...、ワタシも...話してない事がある」
次にワタポがゆっくりとクチを開いた。
作り物の両腕を見詰め、ワタポは自分の過去を隠さず話した。
故郷がない事。家族も村人達も皆...殺された事。
自分がなぜ騎士団に入ったのか。
なぜペレイデスモルフォを作ったのか。
そしてなぜ両腕がないのか。
全てを話した。
「初めて話した。話さなくてもいい事だけど...2人には聞いて、知ってほしくて」
ワタポはそう付け足し、クチを閉じてひぃたろを見る。
─── 話せない事は話さなくていい。ただ、何を言われてもワタシ達は変わらないよ。
ワタポはそんな瞳をひぃたろへ向けた。
「....、今のフェアリーはエルフ達が住む森に沢山生息している小妖精。私もエルフも小妖精と会話する事が出来る。小妖精は植物と会話出来る。そうやって森を大切に生きてきたのが妖精種族」
初めて聞いた妖精種族の話に、プンプンとワタポは驚きつつも黙り聞く。
「さっきの小妖精が私へ言った事は...“森が大変、とにかくこれを読んで” そう言ってこの手紙を無理矢理渡し、帰った。2人も読んでいいわよ」
テーブルに置かれた手紙へ眼を通す人間と魅狐。
今度は驚き、声を出した。
「
魅狐のプンプンは頭の上...狐の耳が現れる辺りで、小さな雷をパチッと弾けさせ言った。
「さくたろ...っていうのは?」
森妖精が猫人族を襲撃する事が事実なのか...それよりもまず、この送り主である【さくたろ】とは誰なのか。
ワタポは手紙の内容に驚くも、焦らず1歩ずつ進む。
ここで慌て焦り、行動すると大事な所で足元が揺れ、全てを失う。
ワタポはそれを知っているからこそ、確実に1歩ずつ進む道を選んだ。
「さくたろは私の双子の妹。数年前に森妖精の女王になったって、さっきの小妖精から聞いたわ。もちろん彼女も半妖精。そして恐らく...」
ひぃたろはそこで言葉を切り、ギルドハウスの入り口へ眼を向けた。
切れた言葉の続きをワタポとプンプンが繋ぐ。
「「...キューレさんはその事を知っている 」」
“我慢も嘘も限界を越えれば大変な事になってしまうぞ ” とキューレがギルドハウスを出る瞬間に言った言葉。
キューレが妖精種の情報を集めていた事、そして...現女王が半妖精である事、ひぃたろの妹である事まで、キューレは掴んでいたのだろう。
───我慢し嘘をつく様に。
ひぃたろが半妖精である事を隠し、人間である様に振る舞っていた。
そのため、ディアも妖精の力...エアリアルも場所やタイミングを考えて使わなければならない。
プンプンが暴走した時も我慢と嘘をとるか、大切な人をとるか揺れていた。
そのため、すぐにプンプンを止める事が出来なかった。
闘技大会で使ったエアリアルも【フェアリーピース】を使ったから。と説明し【フェアリーピース】というアイテムが世界に広まっただけで終わった。
自分が半妖精である事を隠し、人間であると嘘をつき、自分の心にあるモノを我慢していた...いや、今もそうだろう。
そして恐らく、妖精女王の【さくたろ】も自分が半妖精である事や他の事も隠し、妖精達に嘘をつき、何かを我慢し、生きている。
頼れる者が近くにいない。
限りなくゼロに近いが、もう頼れるのはひぃたろしか存在しない。
そこまで追い込まれていた。
我慢も嘘も限界を越えれば大変な事になってしまう。
大変な事、取り返しのつかない事になる前に。そう願い、ひぃたろを頼った。
「...キューレなら大丈夫よ。私が半妖精である事も商品にしていないし、気は回るわ」
ひぃたろはそう言い笑って見せるも、プンプンとワタポは眉を寄せる。
「...違うよ。ボクもワタポもそんな事心配してないよ。ボク達が心配してるのは、ひぃちゃんだよ」
「...え?」
「いつもみたいに落ち着いている様子だけど、妖精が帰ってからひぃちゃん、ずーっと震えてる!強がって隠そうとしてもボクはわかるよ!」
「わかるって、プンちゃん私は別に...」
「わかるよ!だってボクずっとひぃちゃんと一緒にいたもん!」
───誰よりも周りが気になっちゃって、何よりも周りが怖い。それでもちゃんと周りを見る。それがひぃちゃんなんだよ。自分で気付いていないかもだけど、ボクは知ってるよ。
───大変な時にちゃんと助けてくれて、寂しい時に一緒にいてくれて。それは人をちゃんと見ているから出来る事。ボクはそれに何度も救われてきたんだ。きっとワタポもそうだ。
プンプンは一度眼を閉じ、自分を落ち着かせて言う。
「ねぇひぃちゃん。ボク達にも話せない事かな?どうしてそんなに震えているのか...なにがそんなに怖いのか」
魅狐は半妖精を真っ直ぐ見詰めて言った。
ワタポはプンプンに任せるかの様に、何も言わず視線を外し2人の会話を待つ。
席を外すか迷ったが、フェアリーパンプキンに入ったのからには無視出来ない。マスター...ひぃたろが普段見せない、何かに恐れている姿を。
「....私とさくたろは産まれたすぐ違いが出た。私はピンク色の...人間側の髪色。さくたろはエルフ側に近いライム色」
髪色の話でプンプンの瞳が小さく揺れた。プンプン自身も黄金色の毛で竜騎士達から嫌われていた身。
「成長するにつれ、私とさくたろの違いは大きく露になったわ。私は剣術も魔術もさくたろ以上で、本来ならさくたろに渡るハズだったディアも私が持ってる。そして私が半妖精だと知られた時...母親は私を捨てた」
「ひぃちゃんを捨てた?」
「さくたろは純妖精で私は半妖精。人間に捕まった時夫が殺され、お腹の中でさくたろを必死に守っていた時、人間の子もお腹に。って無茶苦茶な事を言ってさくたろだけを守った。私は人間に売られて、母はその後どうなったか知らない」
「そんなの、そんなの普通に考えれば双子ってわかる事じゃん!どうしてエルフ達はひぃちゃんだけを」
感情的になるプンプンを止める様に、ワタポが発言する。
「昔騎士団で見た本に、お腹に子供を宿してる母親にマテリアを使ってお腹の子供を双子にした。って書いてあった。双子の妹の方...マテリアで作られた方は母親の色を濃く持って産まれたって...」
「それが今の話と関係あるの!?」
プンプンはワタポの話を聞くも、痺れる感情は静まらない。
「本当に双子だったの?母親が半妖精だけを産む事に恐れて、マテリアを使って自分似の子供...限りなく妖精に近い半妖精を作って、半妖精を出産した事実を出来るだけ弱く....同族から咎められない様にしたんじゃないかなって」
ワタポの言うマテリア【ジェメッリマテリア】は20年前ならば超大金を払えば入手出来る人工魔結晶から作られたマテリア。
お腹の中に子を宿した状態で使用すれば子供を双子に出来るという...ふざけた効果を持つマテリア。
一度使えばマテリアは砕け消滅する。
ワタポの読みは的中していた。
ひぃたろの母親は【ジェメッリマテリア】を使用し、お腹の子を強制的に双子にして出産していた。その事実をひぃたろも【さくたろ】も今はまだ知らない。
「そんなの、だって母親が...おかしいよ」
黄金色の毛を少し立て、パチパチと空気を破裂させるプンプン。行き場のない気持ちをどうする事も出来ず、歯噛みし堪える。
「ひぃちゃはどうするの?エルフとケットシーの...。妹さんはひぃちゃしか頼れる人がいなかったから手紙を送ってきたと思うけど」
「そんなの決まってるよ!ボク達がエルフを止めに...」
そこまで言ってプンプンは気付く。
自分達がエルフを止めに行く事...それは外へ情報が漏れたと言う事になる。
そしてその情報を知り森に現れたのが半妖精...下手をすれば女王も半妖精だとバレてしまう。
感情的に動いていい程、簡単な問題ではないとプンプンは気付き、唇を噛んだ。
「ワタシはフェアリーパンプキンのマスターが決めた事なら黙って従う。でも今回の件はひぃちゃが決める事だと思う。ギルドとかじゃなく、ひぃちゃ個人が」
「......ニンフの森からこちら側に来るとしても、森出口には【ニーズヘッグ】がいる。エルフ達も簡単には出られない。少しだけ考えさせて」
ひぃたろは弱い声で呟き、ギルドハウスの自室へ消えた。
キッパリ、行かない。と言うのではないかと予想していたワタポだったが、ひぃたろの返事に安心する。
まだ迷うだけの思い入れがエルフに対してなのか、妹に対してなのか、それはわからないが存在している事に。
「ボクは今すぐ行くべきだと思う。ケットシー達もそうだけど、何より自分の妹が困ってるんだ。ボクなら妹が...モモカが助けを求めて来たらすぐに行きたくなる」
───なるほど。ひぃちゃの事だけじゃなく、妹の事も心配していたんだね。
ワタポはそう思いつつも、プンプンへある事をぶつけた。
前々から思っていたが聞くタイミングもなく、聞く必要もないのでは?と思っていた事。
「プンちゃは...本当に妹さんを、モモカちゃを殺せるの?」
突然の言葉にプンプンは一瞬停止。ゆっくりクチを開くも言葉は浮く様に。
「...なに言ってるの?ボクがモモカを?」
「うん。リリスの操り人形って聞いてたけど...モモカちゃには感情があった。その感情が本物なのか偽物なのか、ワタシはわからないけど。リリスを殺せばモモカちゃは終わる。リリスを殺す事はモモカちゃを殺す事。でもリリスを殺さなきゃモモカちゃのお願いは達成できない」
「...それは」
───ボクはそんな事考えてた事もなかった。リリスを殺せばモモカも終わる。二度と会えなくなる。
「...ごめんね、つまんない事聞いて。ワタシも寝るね」
「...ううん、おやすみワタポ」
───ボクは...モモカを殺せるのか?
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