◇116
天井が高く、解放間あるエリア。このエリアの奥で巨大な身体を休めるモンスターの姿を、わたしは捉えた。
噂通り、喉元は赤く発光している。
赤茶色の鱗に2本の角、そして発光する喉を持つフレアヴォル。犬と言うより竜...いや、翼がなく筋肉質で蜥蜴に近い。
両眼を閉じ身体を休めているが、多分眠ってはいない。
時折クチから蒸気の様な煙を吐き出す姿は正直怖いが、武器素材に必要な【炎を宿した喉笛】を入手するには戦闘は避けられない。
「アイツが喉笛で間違いないのね?」
間違ってました!なんて最悪な事だけは避けたい。
わたしは再確認の為、だっぷーへ質問、モンスターにフォンを向けてデータも頂戴する。
モンスター図鑑、だっぷーの言葉、この2つでアイツが喉笛持ちのモンスター、フレアヴォルである事は確定。
次なる問題はあのフレアヴォルをどう倒すか。
喉の部位破壊は必須、しかし喉に接近すれば相手の間合い。
「こっちは3人しかいない、フローはさっきみたいな詠唱が得意なのお?」
フレアが君臨するエリアのギリギリ外で作戦会議を始めるだっぷー。
わたしとるーもフレアのエリア一歩前で腰を下ろし作戦会議へ参加する。
「わたしは魔女だからアクティブ詠唱が出来る。多重詠唱ってか多重魔法はディアだよ」
魔女である事を隠す必要もないし、ディアを教えた所でマイナスになる事はない。
「俺は猫人族。隠蔽や看破、アクティブにゃ動きが出来るニャ。ディアはSTRやらを上昇させる脳筋系ニャ」
るーも得意な事やディアをだっぷーへ教えた。
るーのディアはSTR等を底上げしてATKを上昇させる有能な強化変化系のディアだが...そのディアの使いすぎで猫から鬼へと姿が変わってしまっている。
姿が変わり能力が上昇するディア...プンプンと同じエンハンス系。
「なるほどお!私はブチ抜く!ディアは無いんだよねえ」
いい作戦を考えつつ、わたしは出来る事ならディアなしで戦闘したいと思っていた。
わたしの多重魔法は別にいい。ただるーのエンハンスはマズイ。姿が戻らない事から50パーセントはディアに呑まれている。
乱用すれば本当に鬼化してしまう。
「よし。全員最初は喉狙い!隙を見て私がフレアの頭を殴るからあ、スタンしたら更に喉を叩く!」
だっぷーは作戦とは呼べない作戦を言い、フォンからリボルバーではない魔銃と謎の手を取り出した。
魔銃は街で見たライトとロングの中間に属する銃。
手は...猫の手の様なグローブ。
「ねこぱんちー!これでスタン率を上げて叩くねえ!」
個有名が本当に【ねこぱんち】の一応...拳武器。
軽く、攻撃力も期待出来ないが
これは期待出来そうだ。
「炎を宿した喉笛、いただきますか!」
わたしは自分に気合いを入れる様に言い、フレアヴォルが君臨しているエリアへ一歩踏み込んだ。
フレアは炎、水が弱点。
すぐに水属性上級魔術の詠唱へ入ると、2人はフレアをターゲットに突撃。
相手はS+モンスター。様子を伺いつつの戦闘より、最初から全力で挑むべき相手だ。
詠唱を終えた水属性上級魔術 タイダリィバリスタ をフレアヴォル狙いでわたしは発動させる。
青色の魔法陣が3つ空中展開され、太く鋭い水流の槍が放たれる。
ヘイトを感知し、フレアヴォルが瞼を上げ身体を起こすも、タイダリィバリスタはもう発射されている。
わたしだって。
わたしだって、ただ遊んでいたワケじゃない。闘技大会に出場すると決まった時は昨日より強くなる為に頑張った。
ドメイライトでビンに詰められていた時、ただ黙っていたワケじゃない。
魔女力を遠慮せず使える様に、抑えていた魔女力を暴走させず使える様、必死に魔力の綱引きしてたんだ。
見せてやる。
これが魔女のエミリオだ。
フレアヴォルはタイダリィバリスタを睨み、焼けるような空気を吸い込み、咆哮に変え、吐き出した。
大型モンスターの咆哮は空気を揺らす。ただの叫びではなく、攻撃。
耳を刺し、肌を叩く咆哮に表情を歪めるも、るーとだっぷーは止まらない。
わたしも遅れながらも、剣を抜き走る。
咆哮の狙いはわたし達ではワケではなく、水魔術を破裂させる狙い。
予想通り馬鹿げた咆哮の振動でタイダリィバリスタは震え、飛沫の様に。
ここでわたしは追加詠唱する。
放った水属性上級魔術を素に風の属性を混ぜた───氷属性中級魔術を発動させる。
本来なら氷は水と風を同時に混ぜ詠唱する高度な属性魔術。
しかし今は発動した水属性上級魔術がある。それに風を上手く混ぜる事で風属性魔術のマナと詠唱時間で中級の氷属性なら再構築できる。
いつかのダンジョンでハルピュイアが使った追加詠唱よりも速く、確実にわたしは追加詠唱を発動させた。
揺れ弾けたタイダリィバリスタの水飛沫は無数の氷柱へ姿をかえる。氷属性中級魔術 アイスニードレス。
回避不可能な数の氷柱が四方から一斉にフレアヴォルを襲う。直後、フレアヴォルの赤々と発光する喉がより光を強めた。
あれは...ブレスだ。
「マズイ!2人とも下がって!」
わたしが叫ぶも、るーとだっぷーは焦りではなく、どこか獣染みた獰猛な笑みを浮かべた。
何を考えている?
フレアの炎ブレスは多分...アイスニードレスを溶かす。
突っ込めばブレスの餌食になるだけ。
「ブレス直前は喉をこっちに見せる、私は今射程距離にいる。逃げるなんて勿体無いよお!」
「同感ニャ。安全にぃ倒せるとは初めから思ってにゃいニャ」
2人の武器は激しい無色光を放ち、だっぷーの魔銃は銃口に無色の魔法陣を展開。
片眼を閉じ、よく狙い、轟音と共に魔術の様な弾丸を銃口が吐き出した。
風魔術の様な弾丸の槍は天井を見上げる様にブレスを溜めていたフレアの喉へ直撃。フレアは吐血する様にマグマを吐き出す。
間髪入れず、るーの大剣が荒々しく振られる三連撃重剣術が赤々と発光するフレアの喉を粉砕、溢れ出るマグマの海がるーへ降り注ぐ。
「っ、バカ猫!」
わたしは残っていたアイスニードレス───氷魔術へ炎魔術を混ぜ、水魔術を再構築し、お湯の様な水でるーを押し飛ばし、ディレイ中の猫人族をマグマの雨が降り注ぐ範囲から除外する事に成功。
「フロー風お願いぃ!」
叫びわたしの隣を駆け抜けるだっぷーは、魔銃を捨て天井を指差し、フレアヴォルへ。
「~~~、もう知らないからな!」
【ねこぱんち】を装備しただっぷーの向かう先、フレアの前にわたしは風属性補助魔術で作り出した風のトランポリンを配置。
だっぷーは「ありがとおぉ」と戦闘中にも関わらず礼をクチにし、トランポリンで更に高く飛びフレアの頭へ【ねこぱんち】を装備した拳...ではなく、全身全霊、渾身の踵落としを炸裂させた。
今のは100パーセントスタンする。そう思い安心してしまったのか、フレアヴォルがスタン直前にマグマブレスを吹き出すカウンターを予想していなかった。
馬鹿げた量のマグマをフレアヴォルは吐き出し、スタンに陥る。
「だっぷーだけじゃにゃく、俺達も溶けるニャ!」
「私空中ディレイ、助けてえぇぇぇ!」
スタンに陥る瞬間、いや、マグマを吐き出す少し前...だっぷーのスタン攻撃がヒットした直後に、フレアヴォルが何かを吐き落としたのをわたしは見た。
喉の破壊はるーとだっぷーの無慈悲な攻撃で完了しているが、肝心の部位破壊した素材が見当たらない。
スタン直前に吐き出した何かが部位破壊ドロップなのかわからないが、今はそれに賭けるしかない。
わたしは詠唱しつつ走り、吐き出された何か拾い、詠唱していた魔術、あまり得居ではない空間魔法を発動させる。
るーの足下と落下中のだっぷーの下、そして自分の足下に空間魔法の入り口を作り、強制的に空間へ移動させる。
出口は遠くに作れれば最高なのだが...3人を同時に1つの空間へ入れ、1つの出口から出すとなれば結構大変。
それにわたしは空間魔法が苦手。
フレアヴォルが暴れているエリアの外、戦闘になる前にわたし達がいたエリア外に3人がギリギリ出られる出口を作り、マグマの雨をギリギリ回避。正直だっぷーは溶けると思ったが、マグマが地味に遅くて助かった。あれがマグマではなく炎だったなら、余裕で間に合わなかっただろう。
「フローやるニャ。空間魔法はビビったニャ」
「死ぬかとおもったあー!」
苦手な空間魔法を極限状態で発動、少し離れた場所とはいえ3人を空間移動させたわたしはもう限界。2人の言葉に反応するも返事は出来ない。
魔力、体力、集中力が要求される空間魔法は体力皆無のわたしには合わない魔術だ。
まず魔術なのに結構体力が必要ってのが謎。体力を必要とする魔術も確かに存在するが、3人を短い距離空間移動させるだけで、100メートル全力ダッシュくらいの疲労が発生するのはやりすぎだ。
空間魔法が得意な人はこんなに疲れないのだろうけど、こればかりは使用者がその魔術種に対応しているかだ。剣術や体重も同じ。
「...、だぁー!疲れた。もう無理。ってかS+相手に3人で挑むとかナメすぎっしょ」
呼吸が整ったわたしはリベンジ行こう!と2人が言い始める前にクギを刺す。
最初は勝てる気でいたが、いざ戦闘になって思った。
S+モンスターと対等に戦うにはまだ足りない と。
「フレアはS+でも弱い方だけど...S+に変わりないし、キツかったねぇー!私達が生きてる事にビックリ!」
「俺は腰いてーニャ」
モンスターのランクに対しての計りがまだ甘かったと言うワケか。
レッドキャップはS3の犯罪者。ここの計りもまだ甘いのか...モンスター戦闘と対人戦闘は全くの別物と言うが...正直わたしにはわからない。
「勝てにゃいにょは理解したけど、喉笛はどうするニャ?俺も魔結晶欲しくて来たワケにゃし、諦めるにょは...ちょっとニャ」
そうだ。
わたしは【炎を宿した喉笛】、るーはフレアヴォルの魔結晶狙いで討伐へ向かった。
しかし結果、勝てていない。
今挑めば多分、負け...わたし達は死ぬ。
「とりあえず一旦街に戻ろう。ここにいてフレアが気付いたらどうなるか、わたしには予想出来ないし。オルベイアの街へ戻ってから話そう」
わたしの出した答えは退却。
フレアヴォルの強さ、危険度もわかった。
作戦、対策を考えるだけの材料は揃った。
2人もそれを察したのか、頷き、街へ戻る事に賛成してくれた。
もっと...簡単にとは言わないが、戦えると思っていた。
でも現実は違った。
モンスターのA+以上はランク以上の実力があり、危険度も想像以上。
レイドパーティで挑む理由がわかった。
もちろん、自分が強くなれば自分でA+を倒せたり、S+と戦える様になるだろう。
しかし...今のわたしでは無理だった。
今のわたしでは。
魔女。
そんなワードがわたしの頭の中で浮遊する。魅狐も半妖精も人間も、自分の種族、自分に合う戦闘スタイルを自分で組み立て、極めている。
魔女のわたしに合う、わたしだけの戦闘スタイル。
.....。
帰り道、言葉は無く沈む雰囲気のまま、ただ足を動かしていたらしく、気が付けばオルベイアの街はすぐ眼の前。
対フレアヴォル戦は誰も死なず、大きな怪我もなかったが、わたし達の負けに終わった。
◆
オルベイアの街に到着したわたし達、フレアヴォル敗北組は宿屋へ向かおうとしたが、オルベイアの街に到着してすぐ、鬼の様な猫人族のるーが喧嘩を繰り広げ、宿をとっていなかった事に今さら気付く。
「あぁぁ...るー宿とってきてよ」
「宿とるにょはいいけど、フローも金払えニャ」
...くっそ。
「宿とってないなら、家くる?すぐそこだし、宿代いらないよおー?」
精神的なお疲れモードの中でも、だっぷーはダラダラした雰囲気を出さない。こういうのを大人と言うのか。
わたしとるーは即お言葉に甘え、だっぷーの城へ転がり込む事に。
「おじゃましまー...おぉ!」
だっぷーの城は外見こそ熱帯大陸のせいか、自由度は限られてしまうが、内装はバリアリバルやドメイライトに負けないオシャレな仕上がり。
薄いピンクがメインの女性らしい雰囲気がある家。
ピンクティポルのヌイグルミやガラス細工のランプと大人っぽい雰囲気の中に子供心が散りばめられている。
「何飲むー?」
オープンキッチンへ向かっただっぷーは、わたし達へ飲み物のオーダーを聞く。
今日出会ったばかりの相手で、初のお宅訪問。
ここは「お構いなく」と遠慮する姿勢を見せるべきだろうけど、そんなスキルわたしにもクソ猫にも備わっていない。
「コーラ!」
「マタタビ酒!」
数分後、わたし達の前に降臨したのはコーラでもマタタビ酒でもなく、レモンが優雅に浮かぶお茶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます