◆87


お人形遊びはすき?

その言葉がラミーから吐き出された。

本人の言葉ではない。しかし、この言葉が持つ恐ろしさを何人かの参加者は思い出す。



ある者はネクロマンサー、ある者はパペットマスターと呼ぶ女性のクチ癖...キメ台詞と言ってもいい、その言葉。



お人形遊びはすき?







「お人形遊びより、音楽が好きかな」


音楽家ユカは普通に返事した。それもうそだ。彼女はレッドキャップの噂こそ耳にしているが直接レッドキャップの、その台詞を言う女性と出会った事がない。

この場合お人形は土人形ゴーレムであるとユカは判断するも、お人形より音楽が好きだと返した。


その返事を聞き終え、ラミーは表情を静め腕を振る。

リンクするかの様に2体のゴーレムが動き、巨腕を交互に振り下ろす。

ASPD...攻撃速度は遅く、res...反応速度も低いが、ATKは恐ろしく高い。そして何より厄介なのは地面を叩いた時に発動するショックウェーブ。

攻撃は回避してもこの揺れに足を奪われ、衝撃波が全身を叩く。

ゴーレムを倒した所で何の意味もない。術者...ラミーをどうにかしなければ終わらない。

そう理解していても近付く事が出来ないユカは徐々に表情を歪める。



「ゴーレムの猛攻!音楽家ユカもこれには手も足もでないか!?このままラミーが勝利するのか、眼が離せないフゥー!」


「ゴーレムさんは土、地ですよぉ。水で叩けば泥人形に整形できますぅ。泥パックでお肌ツヤツヤにしましょぉ!」


「お肌ツヤツヤなテも、中身ドロドロじゃ意味ないネ」



ユルい言葉で会場を盛り上げる司会とゲストだが、試合中のユカはその声を聞く余裕さえない。もし今の声、水が弱点だと聞こえていてもユカは水魔術を使えない。



「早く潰れて。私はここでモタモタしていられない」



攻めているラミーが焦り始める。ここは落ち着いて確実にユカを攻撃すべきだが、焦りから攻撃や判断に雑さが生まれる。


これを逃すユカではない。



「hey...ラミーだっけ?優勝以外に何か目的でもあんの?」



攻撃が遅く雑になった隙に接近するではなく、ラミーへ話しかけるユカ。攻撃を回避して会話する余裕がある。と言う様な表情を浮かべるとラミーは表情を変え叫ぶ様に言う。



「優勝なんてどうでもいい、私はあのギルドに入れればそれでいいんだ!だからこの大会で出来るだけ多くの敵を潰す!舐めプしてる余裕なんてすぐなるなるわ!」



敵。

ラミーの言葉は対戦相手を人間ではなく、壊すべき、潰すべき対象、雑魚モブ...モンスターと同じ存在として見ている。

この発言にユカは興味無さそうに「そかそか」と返し、短剣が無色光を放ち、2体のゴーレムの太く堅い腕を左右の短剣で叩く。

鉄と土...岩が擦れる嫌な音を奏で、無色光は消える。


「そんな剣術で私のゴーレムは壊れない!ディレイの存在を忘れていたの?」


剣術を使えばディレイがくる。その武器がずっしり重くなり動きが制限されるディレイ。ディレイ中に移動、回避する事は可能だが半端な集中力だと失敗、無駄にディレイが長くなってしまう。


「忘れてないし、ディレイ後に1フレーズ演奏する時間もあるかもよ?」


直後、ゴーレムは命を失った様に崩れ落ち、土の破片へと姿を変え爆散。土煙だけを残した。


「hey.baby。召喚術以外にも魔術が使えたなら、もっと楽しめたのにね。降参して腕の傷治してもらいなさい」



ユカが使った短剣術はメジャーな剣術ではなく、ユカが考えた剣術。音楽魔術を操る事が出来るユカのマナは音属性を強く持っている。音は振動、先程の剣術は攻撃1に対してデバフ9で構成された剣術。

デバフ 振動でゴーレムを揺らし内部から破壊、強制的に土塊へ返還した。


音楽魔術に攻撃系は存在しないと古くから言われてきたが、それは嘘だろう。

攻撃系音楽魔術を見た事がないから存在しないと決めつけ語られただけの事。同時に内部破壊系の攻撃を受けて無事だった者がいないと言う事になる。それ程の威力を持つのが音属性。

振動系は色々と存在するが音振動が多くの眼に止まり、誰1人命を落としていない。

世界初と言っても過言ではないその存在に観戦者だけではなく、対戦者のラミーも言葉を失い沈黙する。

ゴーレムへ軽く触れただけでこの威力。

短剣ではなくハンマー等の高攻撃系武器で身体に受けていたら、内部から破裂し原型を失っていただろう。


「え、降参してくれないの?それなら...仕方ないね。身体がゴーレムみたいに爆散しても私しらないよ?」


最後は言葉で決め、チーム芸術家の1回戦目は妙な空気を残し幕を閉じた。


勝利チームの名をケロッチが叫ぶと、会場は妙な空気を綺麗に消し飛ばし、沸き上がる。



「heyラミー、一緒に医務室行こう」


「え、なんで、敵だったし」


「なんでって...終わったし暇じゃん?どっかのギルドに入りたいって言ってたじゃん?それ聞かせてよ、はい行こう行こう」



ラミーの返事を待たずチーム芸術家はチームベアーズと仲良さげに医務室へ向かった。







「すっげーじゃん音楽家!」


「うるさい!ここ医務室!ドア全力で開いて即 叫ぶな青髪!」



わたしは怒られた。

チーム芸術家の試合が終わって即、医務室へ突撃し、何度も顔を会わせるうちに仲良くなった癒ギルド白金の橋 のマスター リピナが遠慮なくわたしを怒鳴り付ける。

その声の方がうるさい!と2ヶ月前のわたしなら言っていただろう。しかし今のわたしはそんなショボい喧嘩はしない。そう!大人なのだ。


「ビビ様もかっけーのな!武具破壊。わたしにもやり方教えて」


ガミガミうるさい巻き毛のリピナを無視して、空いているベッドへダイブした頃、るーとキューレが医務室に到着した。


「おい、フロー!突然走」


「「うるさい!ここ医務室!ドア全力で開いて即 叫ぶなクソ猫!」」


るーも同じ様にドアを開くと思っていた。そしてリピナも即キレると思っていた。

わたしはリピナと同時にるーへ怒鳴り、やってやった的な表情でるーを見る。


「ニャ...」


「ドンマイじゃの、るー」



尻尾が下がる猫人族をバカにしていると、奥のカーテンがゆっくり開いた。


「げっ、なんでゴーレム女がいんの?!」


「医務室は大会中に怪我した人や会場で怪我した人が来る場所、私から言わせればなんで怪我してない奴がいるのって感じ」


長髪を巻いたフォン中毒者リピナはわたしのチームと芸術家のメンバーを嫌な顔で見て、はぁ。とため息をわざとらしく吐いた。


「アンタも治療終わったんだからさっさと帰って、ここは溜まり場じゃない。どうしてもここに居たいなら居られる様にしてあげるけどね」


そう言ってリピナはフォンからハンマーを取り出し、担ぐ。


「メロンパン食べたい」


ビビ様は空気を読んでなのかそう発言し、わたし達は素早くその言葉へ反応。ここから逃げるではなく、メロンパンを食べに行くから退散する。という負けた感が無い感じで医務室を後に。


成り行きだったと言えばそうだが、カフェにチームエミリオ、チーム芸術家、チームベアーズのリーダーラミーが。

芸術家はいい。フレンドだし大空も気になるから。しかしこのラミーはなぜ居る?医務室から出てすぐ別行動をすればよかったのに、なぜ付いてきた?この女...何かヤバイ空気を感じるから絡むのが少々...。


「エミリオ達も出場してたんだね」


コーヒーへキューブタイプの砂糖を入れ、音楽家ユカが言う。わたしが返事をしようと空気を吸い込むも、キューレが先に言葉を返す。


「ウチと猫る と エミリオじゃ。ユカっちも出とったんじゃの」


ユカっち!?猫る!?

キューレは情報屋で他人のフレの情報でもお金さえ貰えればホイホイ売る極悪人だが、この人懐っこい性格が客の心を掴んでいるのか...勿論情報は超が付く程 正確で助かるからって事もあるが、誰にでも話しかけてすぐ溶け込むスキルがあるからこそ数々の情報を集める事が出来るのか...やるじゃんオデコ。


「まぁねー、私はビビと大空ちゃんと優勝狙って頑張ります!...あぁ、紹介するよ」


と、言いユカっちは大空をわたし達に紹介してくれた。

よくビビの店にくる冒険者で、芸術の街アルミナルに住んでいる芸術家ではないタイプの人間。ナックル系武器を使っていた戦闘から、反応速度RESと素早さ《AGI》は高い。ツーハンドアックスは筋力STRで打ち返したかと思っていたがそこまでSTR寄りでもない。RESで相手の行動をいち早く感知しAGIで乗せたスピードをそのまま撃ち込んだのか、ユカビビに負けないくらい戦闘慣れした人物。性格はどうだろうか。


「大空です、初めましてだけど...仲良くやろう!」


ほぉ。中々いい挨拶だ。

てっきりどっかの「俺様は天才!ガハハハハ」や「ぶどうパンむしゃむしゃー!」と同じ感じの性格かと思っていた。ジュジュとアクロスもどっちかと言えば天才ガハハとぶどうパン侍寄りだし、やっと普通の人と知り合った気が、


「さっき猫人族さんが背負ってた武器って... 王竜オウドラ?」


「んにゃ?そうニャ、持ってみるかニャ?」


大空は先程 医務室に乱入してきた時るーが背負っていた大剣が気になっていたらしく、るーはフォンから王竜を取り出し大空へ渡す。

自分の試合がいつ始まるのか解らない状態なのに武器を装備したまま観戦していたるー。お気に入りなんだろな。


「おぉ~、見た目通りSTR要求が高い剣だね...いいなぁ!この武骨な感じ」


「にゃ?そうにゃんだよ!この重量と見た目がたまらんニャ!そっちの拳も悪くにゃいじゃん!」


...普通の人、ではなく、ゴツい武器マニア。

わたしは脳内変換し、武器マニアの人間と猫を放置しモニターを見上げる。次の試合はもう始まっているが自分達の出番ではないし、急いで戻る必要もない。


「それで、ラミーは何て名前のギルドに入りたいの?」


試合中ラミーは確かにギルドがどうとか言っていた。

ユカはそれが気になってラミーと一緒に医務室へ向かったのか。チーム芸術家は怪我をしていないし。

メロンパンなのにメロンが入ってない。とビビ様がブツクサ言葉とパンくずを溢す中、ラミーは語る。


「レッドキャップに入って、リリスって人といつでも戦える環境を作りたい。あの人に勝ちたい」


驚くなんてものじゃない。入りたいギルドが最悪犯罪ギルド レッドキャップで、目的があのイかれた女リリスといつでも戦える環境がほしいから....お人形遊びはすき?とラミーが言った事から過去にリリスと戦った事がある、またはリリスの戦闘を間近で見た事がある...。


「ちょ、ごめんユカ。ねねラミーはリリスと戦った事あるの?」


音楽家ユカへ一声かけ話に割り込む。

数ヵ月前プーの暴走はリリスが原因だった。あの時プーに何があったのか、なぜプーは無理してリリスと戦っていたのか、わたしとワタポは話してもらった。

プーの過去の事も全て聞いた。

約10年前にプーの育った竜騎士族の里が一夜で消えた。

竜騎士族も全員その夜...。里と種族が一夜にして消滅した事実にも驚いたが、それがリリス1人の手によって行われた事にわたしとワタポは息を飲んだ。子供の時点でリリスは奇妙奇怪なディアを操り、大人の竜騎士族でさえリリスに触れる事が出来なかった。それ程までに強く危険な相手との戦闘を求めるラミーは一体...。


「1度だけ戦った事がある。でも1対1じゃなくて1対多。リリスは楽しそうに笑って、私達をオモチャの様に...その強さが怖かったけど羨ましくも思えた。だから、リリスに勝って私も自分の強さを感じたい」


ラミーは強いリリスに勝って、自分の強さを自分で感じたい。と思っていた。賞金稼ぎやただ強者を目指す者なら当たり前の事だが...それでもレッドキャップを相手にしようとする冒険者は少ない。冒険者だけではない。国でさえレッドキャップを執拗に追うなと命令を出す程、危険な連中なんだ。それに...


「んぉ?試合が終わったみたいじゃの。次は...」


試合終了の声がモニターから届き、画面には次のチーム名が表示される。それを確認して、わたしは立ち上がり言った。


「ラミー、リリスに勝ちたいんだよね?」


「勝ちたい、今の私は昔の私じゃない。だから、今戦ったら」


その先を言わせる前にわたしは声を出した。


「今から試合する両チームを見て、その中の誰か1人にでも勝てると思ったなら、わたしが言ってあげるからPvPしてみなよ。その誰かに勝ってからリリスを探すでも遅くないでしょ?」


何を言っているんだ?と訴える表情でわたしを見るラミーとチーム芸術家。

キューレはわたしの言葉にニヤリと笑い、頷く。


「さ、闘技場行こう」




次の試合はフェアリーパンプキンvsコンステレーション。



フェアリーパンプキンは間違いなく、あの3人。

そして、コンステレーションは魔女語。人語に略すとこの場合は...星座だ。



どの種族でも参加可能な闘技大会にまさかあのメンバーが参加していたとは予想外だが...この試合は見落とせない。


それに...ラミー。


今から試合する6人の内、1人にでも勝てない様じゃリリスに近づく事も出来ないと思うよ。




この言葉は言わず、試合観戦へ。






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