◆86
吹き抜けになった闘技場。コロッセオと言えば解りやすいだろうか。
2人の参加者を見る観客の声は徐々に減り沈黙が訪れる。
見た事もない2人、聞いた事もないチーム名が常連達の眼に止まる。
訪れた沈黙を逃さず、司会行進のケロッチが開戦を堂々と告げる。
空高く抜けた開戦合図に2人の男は距離を縮めた。
ベアーズの男は熊の様な巨体を大いに揺らしツーハンドアックスを横振り、芸術家の男は灰銀のナックルでアックスを殴り弾く。鋼鉄音と火花が散り、観戦者達は一挙に沸く。
初撃が相殺であった事に対して沸いたが、すぐに声が変わる。芸術家の男が片腕でツーハンドアックスの一撃を軽々と殴り弾いた衝撃の方が、観戦者達を沸かせる。
完全なパリィではなく相殺は襲いくるノックバックを避けられない。芸術家の男は右腕...攻撃した腕に襲い来る衝撃に逆らわず、腕を流す。
その流れに身を任せるかの様に地面から足を離し、前方へ身体を捻り跳ぶ。
ベアーズの男はノックバックに逆らおうと抗った為、バランスを崩し仰け反りに。武器は背まで弾き上がり、両手で握っていた為男の胸はがら空き状態。黒スーツの男は宙で身体を器用に捻り、文字通り懐に飛び込む。振り飛ばされていた右腕の甲で大男の懐を叩き、左拳が無色光を纏う。
空気を揺らすかの様なエフェクトを放ち、左拳は吸い込まれる様に大男へ。
拳術とは思えない爆発音を響かせ闘技場を煙らせた。
「これは決まったー!黒いネクタイを揺らし獲物を狙うチーム芸術家の
チーム芸術家の金髪男、
観戦者だけではなく、司会者までもが興奮する戦闘が一瞬で繰り広げられ会場のボルテージはキャップ解放する。
「今の拳術は初心術ですねぇ。それをあの威力で撃ち出せるのは凄いでぇすよぉ」
闘技大会には審査席と言われるゲストを招待し一緒に解説や評価、時折ジャッジを下す者が座る席が存在する。
その審査席に座る黄緑色のツインテールを揺らす可愛らしいエプロンを装備した女性...と言うより女の子が大空の拳術を、独特な...人に寄っては中毒性を感じる様な口調で評価する。
「拳術も剣術も読み方同じネェー。書き方違うダケ。難しネ」
隣に座っていた2人目のゲストは片言で関係ない事を話す。すると黄緑ツインの女の子は「関係ない話はNGでぇすよぉ。つまらない話をするならぁ、ぶん殴っちゃいますよぉ?」と可愛らしい見た目からは想像できない発言がマイクを通り会場内だけではなく、全世界でモニター中継を楽しんでいる人々にも届けられる。
そんなやり取りをしている中でも試合は動く。吹き飛ばされたベアーズの男は眉を寄せ、怒りをそのまま表情へ乗せ大空を睨み付ける。
ツーハンドアックスを下へ向け1歩強く踏み込むと無色光が輝く。
コマの様に身体を廻し近付く者を斬り捨てる剣術が大空をターゲットに進む。
この時点で大空は呆れ笑いを浮かべ溜め息を地面へ落とす。
この剣術は遠心力を使い威力を高めた小範囲だが自身の全体へ攻撃する剣術。雑魚モブに囲まれた時や邪魔な草を斬り裂く時に使うのが一般的で、PvPであの剣術を選択し発動させた時点で負けは確定する。
あの剣術は終了後、ディレイよりも怖い、目眩状態に襲われる。そして何より高速回転する視界はほぼ何も見えず、頭上ががら空きになる。
大空は踏み込み、男の頭上へ飛び、右腕を男の頭を降ろす。
ガツン と、鈍い音が重く響き、観戦者達の半数は顔を歪める。
拳が頭の天辺を叩き、そのまま身体を捻り離れる大空。回転する男はグラつき地面に滑り倒れ、気絶。
なんとも言えぬ表情で大空は男を見て固まる。ケロッチはフリーズする会場へ声を響かせた。
「えーっと、チーム芸術家 大空の勝利!で...お兄さん大丈夫?頭ガツンしたけど...偏頭痛バトラーとかにならない?」
ケロッチはベアーズの男へ声をかけるも、気絶状態な為返事はない。闘技大会の初戦は渋い空気を醸し、チーム芸術家の大空が勝利し終わった。
各チームメンバーをチェンジし第2試合がすぐに始められる。ベアーズの大男は医務室へ送られ検査や治療をする。大会中出場者の怪我等は全て医務室にいる癒が治療する。
その癒こそ全メンバーが女性ヒーラーで組まれた ギルド 白金の橋。
再生術を操るリピナをマスターに各分野を極めた癒ギルドが、出場者の怪我を治療してくれるとなれば、多少の無理もしたくなる。腕や足を切断されようが再生術師が控えているならば問題なく再生してもらえる。
苦笑いを浮かべ、チームメンバーの元へ戻る大空を笑顔で迎えるビビ、ユカ。
相手がどうあれ、勝利した事に変わりはない。
「次はビビが出る」
赤髪を靡かせ1歩2歩と進み出る、マスタースミスの称号を持つ鍛冶屋ビビへ音楽家ユカが一言伝える。
「さっきのはザコっぽいけど、あとの2人はクールだね」
「クールって、ビビさん変わろうか?」
「大丈夫、久しぶりに...真面目に戦ってみる」
これまでのビビはモンスター等との戦闘中遊びへ走る光景があった。パーティメンバーを影からサポートするスタイルで立ち回っていたが、これはパーティでの戦闘ではない。自分が弱ければチームの点を下げる結果に繋がり、強ければチームの点を増やす結果になる。
ビビは1度大きく呼吸し、何ヵ月あるいは何年ぶりか...自分の中にある、対人戦闘のスイッチを叩く。
「チーム芸術家からは皆さんご存知、マスタースミスのビビ!チーム ベアーズからは地属性魔術の使い手、ライラック!魅せる試合か伏せる試合か!ケロッチもテンションメガ盛りティポル丼....。試合開始!」
盛り上げようとするも、先程の試合があっさり終わった為イマイチ盛り上がらない中、ビビvsライラックの試合が幕を開ける。
赤いハルバード。
槍の様に長く、先には片刃で肉厚な刃、石附は尖る刺。
固有名 スロースガロア をビビは慣れた姿で廻し振る。
黄色いハンマー。
固有名 ゴグバックスタンプ を黄茶色のオールバックヘアーでキメたライラックが豪快に横振りする。
武器の形や大きさを見ると誰もが、ハルバードが打ち負けると思うだろう。決して華奢な見た目ではないハルバードだが、ハンマー相手となれば話は変わる。粉砕する事だけを追求したゴグバックスタンプの槌に傷はあるものの、粉砕した時についた言わば勝利の傷跡。
イフリーを拠点とした冒険者ランクAのライラック。
対するビビはウンディーを拠点にした冒険者ではあるが、冒険者としてよりも鍛冶屋として名高い存在。しかし戦闘の実力は噂にもならない。
ビビと同じくマスタースミスの称号を持つララは大会に出場せず、会場内で店を構えメンテや強化、生産をしている。同じ事をビビもしていれば大会中、確実に優勝賞金よりも稼げるハズだ。
2人の武器が激しい音と風圧を吹き、予想通りビビのハルバードが弾き飛ばされる。
知識もスキルも技術も、戦闘系へ極振りしている冒険者と、生産系メインで振っている生産職とでは差が絶望的。
ビビが打ち負ける事は誰もが予想出来た結果でしかない。
ライラックは1歩大きく踏み込み、ハンマーを全身で振り、ビビを圧し飛ばす。
コロッセオの石壁へ吸い込まれる様に圧し飛ばされるビビを睨みつつ、ライラックは唇を忙しく動かした。
魔術詠唱、スペルワードが多い上級土魔術を落ち着いて詠唱する。
石壁から観客席までを揺らす衝突の衝撃がライラックの足へ伝わり薄れた頃、砂煙の余韻を残し倒れるビビへ容赦なく上級魔術を発動する。
ビビの真下に茶色の魔方陣が展開され、そこから太く荒々しい岩の槍が震動と共に突き出る。
上級岩魔術 ロックブレイブは荒削りの岩の槍は黒い布を貫き停止。
「あぶねぇ~、お腹に穴空くところだった」
間一髪でロックブレイブを回避したが、ジャケットを貫かれたビビはハルバードを抱き抱える用にし、ワイシャツの袖を捲る。
戦闘中、ゆっくり袖を捲る余裕はない。ライラックの発動した魔術はまだ終わっていない。再びビビの足下に魔方陣が展開され、岩の槍が貫く。
今度は素早く気付き回避に成功するも、着地した地面に魔方陣。サイドへ転がり回避すると今度は大きな魔方陣が地面に浮かび上がる。
ロックブレイブは本来、広範囲魔術で大きな魔方陣が展開されそこから数えきれない程の岩の槍が次々と突き出す魔術。しかし熟練度が上がればその岩の槍を好きな場所へ好きな量発生させる事が出来る。勿論この場合魔力消費は大きく詠唱時間も多く要求される。
観客、司会...会場がざわめく中、魔方陣の色が濃くなり無数の岩の槍が次々に突き出された。
震動と轟音に包まれる闘技場にビビの焦りを持たない声が響く。
「あっぶね、し、死ぬって、やべ」
見ていた者は全員驚いただろう。マスタースミス...鍛冶屋とは思えない体術。
突き出される1本の岩をハルバードで叩き、刃が岩に抉り込む。そのまま押し上げられ頂点に達した時、岩は1度大きく震動する。
この時ハルバードが岩から抜けビビは落下、下からは無数の岩が今まさに突きだされていた。その岩の先端ではなく横を蹴って、叩いて、身体を捻り、回避行動を繰り返しつつ確実にライラックの元へ向かっていた。
魔方陣が魔術終了まで残るタイプはその魔方陣が消滅、魔術が終了するまで使用者は動く事が許されない。
詠唱は終了しているので喋る事は出来ても、ここで動けばファンブルし魔力が倍減るだけではなく反動が全身を襲う。
どこかの魔女はこういったルールを無視できるが、それは魔女であるからこその特性。他種族には不可能。
岩の森を器用にすり抜け、ついにビビはライラックの元へ。両手持ちのハルバードが強い無色光を放ち振り下ろされる。
単発重剣術 グレイブ。
ライラックはファンブル覚悟でハンマーを振りハルバードを迎え撃つ。
「思い切りがいいな。さっすが冒険者」
ビビは呟きゴグバックスタンプの槌へ、全体重とここまで回避移動して来た速度を乗せたグレイブを放つ。大空の試合とはまた違う鋼鉄音が響き、遅れて空気が拡散する。
ビビはそのまま宙で1回転。
ライラックはハンマーが弾かれ地面を叩く。
先程の衝突はビビのハルバードが負けたが、今回は速度や威力をブーストしたハルバードの剣術と、ただ力任せに振られたハンマー。弾かれたのは当然ライラックだ。
ここまでの戦闘は観客達を大いに沸かせた。衝突でビビが飛ばされ、魔術が襲い、それを回避し今再び衝突、ライラックが弾かれた。
この流れを予想していなかった観客達は声を揃えて歓声を響かせる。
その中でビビはライラックへ言葉を飛ばした。
「
ライラックは両眼を見開き、全身を走る嫌な予感に呑み込まれた。
ビビのハルバードは消えかけた無色光を強め、ライラックではなくハンマーを狙い動く。
下から上そして上から下へと逆V字を描く二連撃剣術 バンテージ が驚くべき速度で発動され、ハンマーの槌が、数々の武器を粉砕してきた槌が今、斬り崩された。
「ぬおぁぁっ!ついに槌が破壊されてしまったー!数々の武器を地獄へ送ってきた槌がついに!ついに!槌が!」
ケロッチの言葉にビビは笑い、そして「お返しします」とライラックへ言いハルバードの刃の腹で、ライラックを叩き飛ばした。
ここでビビはディレイに襲われるが、ライラックもファンブルディレイで何も出来ない。
重くのしかかるファンブルディレイに抗う様に立ち上がるライラック。ハルバードに腕を絡め立つビビ。
お互いのディレイが終了し、ビビは言う。
「まだやる?やるなら次はその鎧を壊す。鍛冶屋は武具を作るだけじゃなく、壊す方法も同時に知れる。
この発言に参加者達も反応する。鍛冶屋ビビの戦闘能力は他の鍛冶屋より高く、武具の弱点を戦闘中に見抜き、破壊するスキルを持つ。
所詮は鍛冶屋。そう思っていた参加者達の考えは今の言葉で一変、厄介な相手 としてビビを認識した。
今眼の前にいるライラックも例外なく。
「....、降参する。今回は負けた。次戦う機会があれば同じ結果にはならないだろうけどな」
「だったら、次は無い方がいいかも。負けるの嫌だし」
チーム芸術家のビビ 対 チーム ベアーズのライラック戦はビビの驚くべき戦闘(生産)スキルにライラックが降参。
これで芸術家は2ポイントを獲得して最後の...チームリーダー対決が始まろうとしていた。
◆
「武具を作るだけじゃなく、壊す方法も同時に知れる。フゥー!イカスぜ鍛冶屋ビビ!チーム芸術家、名前だけなら弱そうなのに強い!」
ティポルグッズで身を飾るケロッチがビビの言葉をリピートし、観客を盛り上げる。
「芸術家が芸術的に勝利してますねぇ。このまま芸術的に優勝しちゃいまぁすよぉ!なぁんて甘い甘い」
黄緑髪の少女は芸術家を評価しつつ、まだ優勝には届かない様な言い方をする。
「そネ、まだ強いチームが沢山ネ!次のベアズは怖い方ダネ」
片言で喋る黒髪細目の男へ黄緑髪の女の子は「うるさいですよぉ。集中できないなら帰ってくださぁいバイバイ」と言う。このやり取りに客は笑うも、一瞬で楽しい雰囲気が去る。各チームのリーダーが闘技場で対面、芸術家のユカは2本の短剣へ手を伸ばし、試合開始と同時に抜刀できる状態だがベアーズのリーダー、ダークグレーの癖毛を持つ女性はまばたきもせずユカを見つめる。
明らかに雰囲気が違う。ビビが戦ったライラックは確かに有名な冒険者だったが、そのライラックでさえ霞む程の雰囲気。
「bear」
女性はそう呟き、すぐクチを固く閉じる。
「芸術家が全勝するか、ベアーズが1勝するか、これで最後だ!勝つのはユカか!?それともラミーか!?ケロッチか!?」
最後の戦いが今、始まった。
「スタート」
ユカはそう漏らし、一気に距離を詰める。音楽家の名からは想像できない速度での移動と、抜刀速度に観客は沸く。
ベアーズリーダーのラミーがユカの攻撃範囲に入った瞬間、短剣を持つ両手が煙る様に動く。
「bear」
ラミーは呟き右腕でユカの双短剣を受ける。
「why?」
籠手も何もない生身の右腕で短剣を受け止めるラミーへユカは驚き、声を溢した。
皮膚を鋼鉄化できる訳でも、防御力を底上げしている訳でもないのでラミーの右腕は赤い血液を散らし斬り裂かれる。
攻撃した、hitさせてユカが驚き距離を取る結果に。
右腕をダラリと下げ、溢れ出る血液が地面に溜まる。
治癒術を使って傷口を塞ぐなら待とう。ユカはそう思い、様子を見るも治癒する気配はない。
直後、ラミーは開き続けていた眼を一気に見開き白色の魔方陣を展開させる。
「音楽家!そいつ召喚術師だ!」
観客席から大声を飛ばす青髪の女性、しかし悲鳴にも似た客達の声にあっさり書き消される。
「ベアー、熊じゃないよ」
ラミーはユカへそう言い、白色の魔方陣から ほんのり赤色の巨大ゴーレムを召喚した。
「巨人!巨体!これは地属性召喚魔術のゴーレムかぁぁ!?それにしてもデカイ!」
ケロッチの言った通り、あの召喚術は地属性を持つゴーレム。3メートル程の赤茶のゴーレムが唸る様に身体を動かす。
召喚術は使い魔を召喚する魔術。その使い魔を従わせるには召喚する時に自分の情報を埋め込む必要がある。
ラミーは召喚術師が情報を埋め込む時の定番素材、血液を使い、魔力を練り混ぜゴーレムを召喚した。
「ベアー...産むって意味だよ」
右腕を上げ、振り下ろすとゴーレムもリンクして動く。
巨腕が闘技場を揺らす。巨体に似合わぬ速度と正確さにユカは歯噛みしギリギリで回避に成功。
「これ、近付けないパターン?」
苦笑いを浮かべゴーレムとラミーを見た。
「bear」
ラミーは再び血液を素材に同じ大きさ同じ見た目のゴーレムを召喚。
「shit...泥遊びは卒業したんだけどなー、私」
2体のゴーレムの影がユカを包む様にそびえ立つ。
「アイツなら何て言うんだっけ...こんな時...」
ラミーは唇へ手をあて、記憶を探す。
そして思い出した様に、あ!といい、両頬を薄く染め、両眼を潤わせて言った。
「お人形遊びはすき?」
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