◆68




緩やかな弧を描く斬撃が蜥蜴人間を斬り消す。リソースマナの粒子がまだ残る中で輝く剣撃。



わたし達は既にマップデータの先まで進んでいた。何度か蜥蜴の剣士、亜人リザードマンと遭遇するも迷いなく加減せず片っ端からリソースマナへ返還していた。

キラキラと輝く粒子、灰の様になり消える亡骸。今度もわたし達の勝利で戦闘は終わる。


「リザードマンはもう余裕じゃん」


細剣と短剣を戻し勝利の喜びと嫌でも感じる自分のレベルアップにわたしは浮かれていた。わたしだけではない。全員が少なからずランクBリザードマンに勝てる喜びを感じている。


「おぉ!?宝箱だ!」


マップデータが通用しない場所まで潜り進んだわたし達は別の道を見つける度に覗き進み戻り進みを繰り返していた。マッピングしたデータは売れるしこうして宝箱にも出会える。勿論時間と戦闘は余計にかかるがリザードマン戦でダメージを受ける事はほぼ無くなったので問題はない。

プーが発見した宝箱は2つ。取り合えずプーが1つワタポが1つ開くと中はポーションとお金。

誰がこんな機能をつけたのか知らないが消耗品やお金は宝ドロップでも戦闘ドロップでもパテを組んでいれば自動で分けられる。宝箱に触れてないわたしとハロルドのフォンポーチにもアイテムやお金が送られる。しかし1つしかない場合...例えばポーションなら1つ、お金なら1vしか無かった場合は最初に入ったフォンに残る。素材や武具等は複数あっても宝ドロップの物は分けられる事はない。


「今度も同じ様なモノだったね」


少々ガッカリした笑顔でワタポが言葉を漏らすとクゥは容赦なく溜め息を吐き出す。

モンスターとエンカウントすれば自然と緊張感が張り詰める。今は少しでもリラックスするべきだとクゥが言っている様にも思える。不思議な犬だ。戦闘になっても今の姿のままモンスターへ吼えヘイトをとりわたしが出来るだけ1対1で戦える様に動いてくれる。モンスターに狙われても回避行動だけで攻撃せずあくまでモンスターを倒すのはわたし達。言葉を理解できるのかわたし達の考えを読んでいるのかレベルアップの手助け、戦闘がスムーズに回る様に動く。頭のいい犬だ。

クゥの事を考えて進んでいると全員が足を止めた。オートパイロットに近い状態だった為、慌ててわたしも足を止めると眼の前には階段。


「この奥...下が次のエリアね。このエリアより難易度が上がると思うわ」


そう言ってハロルドは振り返り今進んできた道を指さす。

わたし達は指先に誘導される様に振り向くと、そこにはリザードマンが3体こちらを見ていた。

素早く武器へ手を伸ばすも戦闘になる事は無かった。

このエリアの下へ続く階段を見ると素早く、または逃げる様にその場から去った。


「この下には自分達よりも強いモンスターが生息している。下にいくなら追う必要もない。と思っているのか...ただこの下のモンスターが怖いのか。私達には解らない。でもあのモンスターの動きでハッキリしたわね」


「この下はここよりも難易度が高い。そしてエリアの境界線...入り口前は安全地帯」


ワタポの推理は正しかった様でハロルドが頷く。境界線だけではなく入り口 と言い換えたのはエリア2からエリア1等の出口系統には安全地帯効果は望めないからだろう。

それでもエリア1からエリア2、エリア3と進む場合はこの安全地帯効果は大いに役立つ。ここで少し休憩しつつ体勢を整える事が出きる。


「休憩する?」


ワタポの声にわたしは両手を軽く広げ首を左右に揺らした。ハロルドとプーも必要ないらしく、わたし達はエリア2地下二階へ潜る事を選んだ。

階段も幅広く5、6人なら並んでも降れる。壁は変わらず温度のない光を灯す。降って数十秒、一際強い光を感じた。色は松明の様だが燃え方...発光が激しく強い。

これはエリア移動完了...ここからが下のエリアだ。と教えてくれる様な感じか?戻る時はこの強い光を探せばいい訳か。まぁそうなった場合はマップ見ればいいだけの話。

最後の階段を降りエリア2へ足をつけた途端、緊張感に似た何かが肌を叩いた。

明らかに雰囲気が変わった...尖った。

空気を吐き出す呼吸音に敵意を混ぜたモノがわたし達を出迎える。


ワンハンドアックスを持つブタ顔の小柄な亜人が数体、わたし達を見てキシュキシュと歯を鳴らす。その後ろで2メートル程の影...不気味に輝く瞳とツーハンドアックス、メイスを左右に握るモンスター。


「手前の子豚がオーク、後ろが子豚のボス...オーガ。一応フェアリー種だけどモンスターに変わりないわ」


モンスター図鑑を使わず敵の情報をクチにするハロルド。

ボスと言ったがオーク達のボスでこのダンジョンの支配者ではない。反射的に抜刀し武器を構えていた為、戦闘準備は完了している。オーガの瞳が一瞬揺らぎ、詰まる様な低い声をあげた瞬間オークが一斉に飛びかかる。


「オークに知能はない!使える剣術も多くない!ただ...」


ハロルドはそこで言葉を止め一気に踏み込み剣を、パールホワイトの刃を瞬かせる。金属音と火花を散らしオークのアックスを弾く。


「...速い!1体に集中せず全体を見なさい!」


止めていた言葉を繋ぎハロルドはオークを弾く。

確かに動きは速いが知能がない為か攻め方が単調。わたし達もハロルドに習いオークのアックスをパリィしては次のオーク次のオークと繰り返し隙があれば一撃を入れる。

この速度は魔術師泣かせだなぁ。等と考えているとオークのボス、オーガが先程よりも太く大きな叫びを響かせる。

すると通路から緑色の小柄なブタっ鼻亜人がヒョイヒョイと集まる。


「クゥ!戦闘開始!」


仲間が集まる中でワタポはクゥを戦闘へ参加させた。巨大な姿に、フェンリルの姿になったクゥを見て少しは後ずさる事を狙ったが恐れる気配は無い。次々と集まるオークは10、20を遥かに越えている。双剣で弾き魔術で叩き討伐するも一向に数は減らない。


「エミリオ!広範囲魔法!」


ハロルドの声が響く前に詠唱を済ませていた広範囲闇魔法 ネメアフレイルを発動させる。

地面に紫色の広域魔方陣が展開、渦巻く様に黒紫の影に似た炎が唸り上がる。

魔方陣内に居たオークは全て消滅。これならイケる と思った瞬間、オーガがメイスで地面を叩いた。刺々しい鉄の棒が石畳を砕き抉り、咆哮。

1体のステータスはリザードマンには遠く及ばないが速度が厄介なオークを大量に相手している今、オーガまで手が回らない。しかしオークは増え続ける。


詠唱しつつ隙があれば剣で叩く。この繰り返しを続けていたがそれはオーガの咆哮で難しくなる。追加で湧いたオーク達の背には醜い布切れの様な翼がありダンジョン内を素早く飛び回り上から攻めてくる。上ばかりに気を取られると下...正面から別のオークが飛びかかる。

一応フェアリー種...。聞き流していた。フェアリー種は翼造形魔法のエアリアルを持っている。知能が低いオークは全個体が使える訳ではない様子だが使える個体も存在している。毒づく様に舌打ちし詠唱へ入るとハロルドが小さく笑った。


「下は任せるわね」


そう言い残し地面を蹴り高く翔んだ。薄ピンク色の粒子を散りばめて空中にいるオークを優雅に、そして残酷に斬り落とし踊る妖精。

わたしは広範囲炎風複合魔法 フレアストームを発動させオークの数を減らす。


「クゥ!」


ワタポが叫び大きくバックステップするとプーは高く飛ぶ。空気を吸い込み唸りをあげ溜め込んだ空気を灼熱へと変え吐き出すフェンリル。広範囲炎ブレスはわたしが余したオークを綺麗に焼き消し空中のオークはハロルドとプーが討伐、ワタポは魔術とブレスの間をスルリと抜けオーガへ攻撃する。


大量のリソースマナが舞う中でオーガ戦が始まる。

巨体とは割りに合わない速度で移動するオーガはワタポから一度距離をとり一気にクゥへ接近、ツーハンドアックスを片手で軽々と振り下ろす。

落ち着いて回避したクゥは素早く鋭い爪で切りかかると次はメイスが迎え撃つ。

爪がメイスと激しくぶつかった瞬間、プーが後ろからオーガへ斬りかかる。長刀が薄暗いダンジョンに弧を描くも三日月はアックスに砕き消される。左右の武器が止まったこの瞬間に水風複合魔法 アイスニードレスでオーガを貫く。

鍔競り合い状態の為両武器は使えない。これは完全にヒット、回避不可能だ。

数十の氷柱が容赦なくオーガへ突き進む中でツーハンドアックスが強い光を放った。

プーの長刀を力任せに弾きそのまま振り回す広範囲剣術。剣術の威力、速度に自身の速度と威力を乗せ発動された剣術は範囲、速度、威力、全てが想像を越えていた。

氷柱は粉々に砕け、クゥとプーは激しく飛ばされる。

ツーハンドアックスが停止、ディレイがオーガにのし掛かる。上からはハロルド、正面からはわたしが、後ろからはワタポが各々無色光を放ち攻める。

剣先がオーガに吸い込まれる様に進む が、マグーナフルーレの剣先が届く事はなかった。

メイスの剣術でワタポの剣術を押し潰しそのまま武器でワタポをわたしの方へ投げ飛ばした。衝突し剣術はファンブル、飛ばされ地面を滑る中で感じた魔力。オーガは防御魔術を使いハロルドの剣術を防ぎやり過ごしディレイから解放されたツーハンドアックスを荒々しく振り妖精までもを地面に叩きつけた。


あり得ない。

5対1でもオーガに傷つける事は出来なかった。それどころか、わたし達がダメージを受ける始末。

グシュグシュと歯を鳴らし笑うオーガはメイスを叩きつけ咆哮。するとついさっきまで嫌と言う程聞いていた奇妙な鳴き声、オーガより高く軽い音がキシュキシュと響き、近くなる。



「まぢかよ...」


ファンブルディレイが解け動ける様になったわたしは痛む身体を揺らし立ち上がり、いくつもある通路へ眼を向ける。

緑色の小柄な亜人、フェアリー種が鼻歌混じりにヒョイヒョイと跳びはね現れる。


「湧くの早すぎ」


呟き小瓶の栓を親指で弾き、痛撃ポーションをクゥへ飛ばすワタポ、プーとハロルドは痛撃ポーションを。わたしもこの時しかないと思い体力回復ポーションを。

傷、ダメージが大きい場合は痛撃、疲れを感じた場合は体力ポーション。ダンジョンに来て初めてポーションを使った。

リザードマンのランクはB、オークもBだろうか...オーガは間違いなくA、ボス的存在なのでA+になるのか、とにかく笑えない強さを持つデミヒューマン。

小瓶にまだポーションが残る中、オーク達の攻撃が始まる。素早く武器を持ちワンハンドアックスをパリィ。オークならば何とかなるが...問題はあのボス、オーガだ。


「クゥ!エミちゃ!範囲でオークを一掃して!」


耳障りな亜人達の声を抜け届く確かな指示にわたしは従った。ワタポには何か考えがあるのか、それとも素早くオークを倒し回復する時間がほしいのか、何にせよパーティリーダーは信用出きる人間。わたしはただ出された命令に答えるだけでいい。

フレアストームとブレスのタイミングが一致し恐ろしい範囲と威力の攻撃がオークを一掃した。ナイス クゥ!と心の中で親指を立てわたしはオーガへ接近。5人で挑んでも結果は先程と同じになるか...どうする?


「5人一気に攻める」


ワタポの出した答えは突撃。

そんな事してもさっきと同じ結果になるのは...いや。さっきとは違う。わたし達はオーガがどんな行動でどんな処理をするのか知っている。

ワタポの合図に合わせ全員が1体のモンスターへ向かう中、わたしは火風複合魔法のライトニングの詠唱を済ませ発動した。青紫の魔方陣がオーガの頭上に展開、それに気付いた時にはもう遅い。雷魔術は威力は勿論、速度がどの魔術よりも圧倒的に早く全ての雷魔術にデバフ...パライズがある。

輝いた瞬間、魔方陣と地面を細く青紫の雷が繋いだ。頭上から突き抜けた衝撃に仰け反るオーガへ最初はプーが剣術でツーハンドアックスを持つ腕を斬り落とす。両手持ちで上下に素早く振られた長刀は2つの弧を描いた。弾ける様に跳ね上がる腕と血液がまだ空中を浮遊する中で片腕...メイスを持つ腕が消える。フェンリルがオーガの腕を噛み千切り奪い去った。両腕と武器を失ったオーガは魔術詠唱を始めるもワタポの剣が腹を裂き詠唱はファンブル。痛みもがく亜人モンスターを二色の光が一閃。剣術の無色光とエアリアルの粒子、ハロルドだ。

デミヒューマンのフェアリーモンスターオーガはその巨体を歪ませて爆散、大量のリソースマナを空気に溶かし眼の前から姿を消した。



「...、はぁぁぁ~。おつかれー」


張りに張った緊張がほどけ溜めていた息を吐き出しわたしはダンジョンの冷たい床に倒れた。


「やったね!おつかれー!」


長刀を地面に突き、笑顔でブイサインを披露するプー。髪を切ったからか...どこか少年っぽさも感じる。


「お疲れ様」


背中の翅が薄くなり粒子を少し吐き出し消える。エアリアル。バフでもエンハンスでもなくエンチェント魔術。あの性能と綺麗さは上位エンチェントだろうか....身体の一部の様に自在に操れるまでの熟練度には驚かされる。


「みんなお疲れさま!クゥもね」


フェンリルの頭を撫でる義手の騎士は戦闘中とは別の、ほんわり とした表情。疲れているハズなのに休まず1人エリアの奥へ進み、何かを見て急ぎ戻ってくる。



「この先に次の階段があったよ!」


「まぢで!?んじゃすぐ次のエリアじゃんラッキー」


「モンスターの気配もないし...オークが涌き出た通路の先を見てから進みましょ」


「おっけー!行こう!」


「プー元気ありすぎ、もちょい休もうぜぇ~」


「「「休んでていいよ、オーガ リポップしたらよろしく」」」


「なっ.....む!?お宝がわたしを呼んでいる!」




小型モードのクゥが小さくため息を吐き出した。










「おー、これがダンジョンか」


「エミリオにメッセ届かないしまだダンジョンに潜ってるね」


「よし、私達も地下フェス参加しよう」


「まってユカ、キューレからメッセきた」


「....メッセはいいけど、ビビ何食べてるの?」


「メロンパン。クリームパンにはクリームが入ってるのにメロンパンにはメロン入ってない」


「え、うん」


「なんで?」


「それ私に聞く!?知らねーよ!!」


「食べたら潜ろう」


「おけ。いや渡されても困る、いらないよ」


「これはメロン入ってるかもよ?」


「....」






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