◆54



ゆりぽよ が帰ってくるのとほぼ同時に十二星座の乙女座が弓と 剣 を持って現れた。

白く光沢のある弓と同じ様に白い鞘に包まれた剣をわたし達に渡してくる。剣も気になるがゆりぽよの隣にいる黒髪の和服猫も充分気になる。


「この剣は?」


弓は報酬、和服猫はゆりぽよの言っていた友達、剣は...謎だ。

受け取る前にハロルドが質問してくれたので わたし達は何も言わず乙女座の返事を待っていると溜め息を吐き呆れた顔で答える。


「本当に何も調べないでここに来た様子ね。勝利報酬は弓と剣、この弓は1度使えば壊れてしまうわ。剣は普通の剣と同じ砕けたりしない限り使えるわ...星霊界の宝剣と言った所ね。早く受け取ってもらえないかしら?私も暇じゃないの」


「ありがとー!ほぉ 剣!」


機嫌が悪い乙女座を待たせて更に機嫌悪化なんて最悪だし取り合えずわたしが受け取る。

弓も剣もそれなりの重量感。


「そこの扉の先がシケットと繋がっているわ。他の扉は開かない、好きなタイミングで帰るといいわ」


扉を指さし言い乙女座は名残惜しさも感じさせない速度で帰ってしまった。

好きなタイミングで...見送りとかは無し、か。

弓...[星神の弓] はフォンポーチに収納するとして、この宝剣をどうするか。

今この控え室には剣を使える者が3人いる。

わたしとワタポとハロルド。

プーはカタナと言うか太刀と言うか長い武器、ゆりぽよ は刃を持つ折り畳み式の弓。

そちらのオス猫は...申し訳ないがもう少し放置させてもらおう。

一応この剣の固有名を調べてみると[星霊剣デクス]となっている。

全体的にパールホワイトで形的に両刃かな?剣代表みたいな形を少し飾った様な...言っちゃえば欲しくない剣。

それにわたしは剣より細剣が軽くてお好みだ。

と、言う事でこの剣はいらない。


「どわぁ!?宝剣ベッドに投げるとかエミちゃんどうしたの!?」


「プンちゃ...多分だけどエミちゃは 剣、ダサい、いらない、ポイ って感じに考えたからそれが例え宝剣だったとしてもエミちゃから見ればただのダサい剣でしかないの」


「欲しいなら誰かどぞ。で、その和猫がぽっぽの友達?」



宝剣はもうどうでもいい。次はこの和服黒髪の猫人族の事を知りたい。

どうも雰囲気がある...いや落ち着いていると言うべきか?

和服装備ってだけで烈風と似てるのに雰囲気も似てる...歳上とみた!


「そニャ。数週間前にぃ星霊界に行っちゃった友達の るー」


「よろしくニャ」


猫人族ケットシーの るーは落ち着いた声で挨拶をしてくれた。挨拶を返してわたしは気づく。

数週間前と言えばシケットの空を靄が包んだ頃か?この猫人族は1人で靄をどうにかする為にここへ来たのか?

もしそうだとすれば弓はこの猫人族の物になるのでは?確か星霊王はぽっぽの願いを聞いて「その友達はもう自由に帰れる」と答えたはずだ。ここに来て帰れる...戦いに勝利した。という事ではないか?



「....、俺はここにぃ弓を貸してくれ とお願いしにぃ来ただけニャ。戦ってにゃいし、ケットシー側と星霊側は話が違ったニャ。戦いを希望した場合 勝つまで帰れにゃい。それがここのルールだったみたいニャ。だから俺はいつでも帰れるんだニャ」


「にゃーるほど...そだよね。負けた人帰れないだったらハロルド帰れないし」


年月が経って話が変わる。や、お互いの理解が違った。等はよくある話だ。

この星霊界に来た人はみんな戦わなきゃダメ。なんてルールはわたしも聞いてないし戦ったなら勝つまで帰れないってルールなのね。

で、この猫人族は戦ってないという事。

それなら弓はわたし達が貰っても問題ない。


「弓はわたし達がゲットしたからキミも一緒に帰ろうぜー!ぽっぽ心配してたっぽいし」


「してにぇーし」



即否定するぽっぽだが尻尾は正直だ。ゆっくり大きく揺れ振られる尻尾を見て少し癒された。が、今ここでまったりモードに突入する訳にはいかない。わたし達の目的は星霊界で勝つ事ではなくシケットを覆う靄を消し飛ばしてクエストをクリアする事だ。

靄を消す為の弓もゲットしたしシケットへ戻り早速クエスト攻略と行きたい所だが、とてつもなくいい匂いが...。


「ん? エミちゃも食べる?」


いい匂いの湯気を出すお皿を持ったワタポが物欲しそうなわたしを見て声をかけてくれた。


「なにそれ」

「「にゃにそれ」」


む、このキャッツも食べたいのか?お皿は1つ...ここは一番頑張ったわたしが食べるべきだろ。野良猫は座っとけ!


「今全員分作るわ。ここは体力の回復も早い空間みたいだし休んでからシケットに戻りましょ」


ハロルド、プー、ワタポが全員分の料理を作ってくれる事に、ってここキッチンあったのね。

料理が完成するまでわたしはさっきワタポが持ってたお皿を綺麗にしてあげよう。

薬草系?のソースが絡んだ緑色のパスタか...初めて食べたが悪くない。

今作ってるのもパスタだが今度のは白い。

チーズの匂いもして美味しそうだ。


「星霊界の食材が冷蔵庫に沢山入っててラッキーだったね!」


「だね、よし完成!」


テーブルに運ばれてきた皿には白いソースが絡んだパスタと蛍光色の野菜サラダ。

星の形をした野菜は子供が喜びそうだ。





食べながらクエストの話を、るー も混ぜての攻略会議を。

誰が何をするか、どこから弓を放てばいいか等々 街に詳しいぽよるーが居て助かった。


作戦はこうだ。

わたしがリチャでハロルドに魔力を送り、ハロルドが光魔法で強力な矢を作る。

ワタポがその矢を掴み弦を引き、猫2人が弓を構え狙う。

プーが雷で速度をブーストし、同時に矢と靄を雷のラインで繋ぐ。

戦闘では絶対に出来ない作戦だが、今回の相手は空を覆う靄。光魔術を長時間詠唱する時間も余裕もある。狙いを定める余裕も。

弓の扱いに慣れている者が加わっただけで成功率がグンと上がる。星神の弓は普通の弓よりも大きく重い為このキャッツの存在はありがたい。


食後にぽっぽへ弓を渡しもう1度作戦を確認しシケットへ向かう。



「んし。みんな準備いい?」


無言で頷くメンバーを見てわたしは扉を開いた。虹色の空間魔法の先が猫人族の里シケットへと繋がっている。

二枚の扉を全開に開き、一気に全員が空間魔法へ飛び込む。身体が浮く感覚さえも無視し、わたし達は着地した。


数時間前に見たばかりのハズだが...やはりこの空は見慣れない。黒い空と灰色の雲。

猫人族の里 シケットは変わらず重い空気に包まれている。


矢を放つ場所は世界樹の枝の上。と言っても天辺までは登れないし靄は闇属性。近づきすぎると矢が完成する前に打ち消される。

風属性魔術で小さな竜巻のトランポリンを造り出し一気に上へ飛ぶ。枝がいくつも絡み合い丁度いい足場になった場所へ着地。全員が乗っても沈まない枝の強度には少し驚かされる。


わたし達の帰還を知り、下には猫人族達が集まり始めるのを見てモチベーションをグンと高めた。


「いいねー!みんな見てるしここでズバッと決めればわたし達格好いいじゃん」


靄を消した英雄エミリオ様と他...格好いい。

不定期クロニクルの表紙は間違いなくわたしだな。


どんなポーズで表紙を華やかに飾ってやろうか妄想していると ぽっぽは星霊の弓を取り出した。

妄想を一旦終了させ、腰のポーチから魔力回復ポーションを取り出しリチャを詠唱、発動させる。

ハロルドが光魔術をすぐに詠唱しワタポの手に光の矢が現れる。その矢にプーが雷をプラスし金色の光と青白い...青銀の雷が重なり合う。


「プンちゃ、もう少し雷を弱くして!ビリビリすると手がブレちゃう!」


「おっけー!」


光の矢の周りを巻く様に雷が渦巻く。これで回転力を上げ靄を一気に貫く狙い。

チチチ、と青白く細い雷が矢と靄を繋ぐ。


気が付けば矢は両手持ちに、弓を2人が両手で支えている。


「引くよ!!」


ワタポが叫び弓に矢をセットし力いっぱい弦を引く。ギチギチと鳴く弦、ミシミシとしなる弓。

雷のラインが繋がる瞬間を狙い、逃さず。


「いっ.....けー!!!」


ヒュン。と高い音を残し矢は放たれた。

渦巻く尾を暗い空に描き靄の中心へ狂い無く突き進む。

矢が靄を貫くまで1秒もかからず一気に貫き、矢は消滅。

星神の弓は役目を終えた様に折れ、弦も切れている。


一瞬で静まる街。不安な空気が漂う中で靄に走る細かい亀裂。

時が止まったかの様に全員が息を飲み空を見つめると 耳を突き刺す様な高音を響かせ割れる様に靄は消えた。


歓喜溢れるシケットの夜空をガラスの鳥が祝う様に飛ぶ。

大きく手を広げ喜ぶ者、涙を浮かべ夜空を、星達を見る者。闘技場の客達よりも大きく喜ぶ猫人達を見て やっと実感が湧いてくる。

わたし達はやったんだ。

空を包む靄を消したんだ。


「やったね」


「うん。手袋穴空いちゃった」


「疲れたー」


「ふぅ...ほら2人とも早く下へ、みんなの所へ行きなさい。最後は私達より同族の言葉で終わらせた方がいいわよ」



ハロルドの言う通りだ。

わたし達がどーこー言うより同族の言葉の方が喜びも違う。それにキミは 帰って来ました!ってちゃんと言ってくるべきだぞ。



ゆりぽよ と るー は結構高い世界樹の枝から迷い無く飛び降り、あっさり着地。

さすが猫。高い所からの落下姿勢と着地術は完璧。

2人を見て更に盛り上がる街を月が優しく見守る。



「なんか...不思議だね」


下を見ていたわたしの隣で月を見上げるワタポがポツリと呟く。何が不思議なのか聞き返そうとすると同じ気持ちだったプーが言葉を繋げる。


「他種が他種を救った。ボク達もだけどみんな違う種族ってだけで、気持ちは同じなんだよね。助けたいって気持ちやみんなで笑ってたいって気持ち....。あの空も月も、見てるものだって同じなんだよね」


「うーん、まぁ空や月が何個もあったら色々面倒そうだもんね。天体観測ギルドはボロ儲けできそうだけど」


「そうね」



そうね ってハロルドさん...クールなのかあっさりなのか...まぁ何にせよクエストはクリア出来たし ゆりぽよも友達帰ってきたし これで全部完了したんだ。




「ぁーぁーあーあー!靄消されてんじゃねぇか!」




喜びの声が飛び交う中を貫く大声。

世界樹の上にいたわたし達にもハッキリと聞こえた。喜びではない色を含んだ声。



「なんだアイツら?」


声の主と思われる人物は赤黒いフードローブで身を包む2人組。


「とにかく降りよう」


プーの声に頷き風魔術でクツに竜巻を纏わせ一気に世界樹を降りた。着地する瞬間に竜巻が広がり衝撃と速度を限りなくゼロにしてくれる。

魔術を覚えたての子供がトランポリンと合わせて使う遊び魔術だが今回みたいな場面で使うとそれなりに役立つ。


歓喜に湧く猫人族達も声の主を無言で見つめる。



「お?注目されてる?」



男の声。先程の声もこの男だろうか。語尾にニャが無い事からコイツは猫人族ではない...どこからこの街に?

あの森は簡単に抜けられないハズだが...とにかく何しにここに来たのかが重要だ。

わたしは猫人族の間を抜け2人組の前まで移動、声をかけた。


「ケットシーじゃないよね?何しにここに来たの?」


すぐに答えようとする男へ隣の人物が手を上げ黙らせる。


「キミもケットシーじゃないよね?」


今度は女か。

質問に質問で、それも答えず話を変えようとしている。

これは何かあるな。


「質問してんのこっちじゃん。何しに来たんだよ」


「別に答えても問題ねーだろ?コイツじゃ何も出来ないだろうしよ」


今度は男が言う。

わたしじゃ何も出来ない...ちょっとムカつく言葉だったがここは噛みつかず男の言葉を待つ。


「宝珠ってのが世界樹に隠されてるだろ?それ貰いに来ただけだ。気にしないでワイワイやってくれ」



宝珠 という言葉に猫人族達がザワつく。

確かデブ猫様は 宝珠を狙う者が2度と現れにゃい様にしてほしいニャ。と言っていた....それに宝珠を狙ったヤツが靄を出したハズ...って事はコイツ等は悪魔!?


考えている隙に2人は世界樹があるであろう空間へ進んでいた。見えないとは言えこれだけ広い空間があればバカでもそこに世界樹があるのでは?と思う。

悪魔を世界樹に近付けさせる訳にはいかない。


「キミ達が宝珠泥棒かぁ...残念だけど宝珠は渡せないんだよねぇー」


ナイス足止めだプー!

この隙にわたしも回り込もうと動いた時、全身を駆け回る冷たい緊張がわたしだけではなく全員を停止させる。


「ウザい。邪魔しないで」


女が小さく呟くと肌を突き刺す恐怖の様な威圧感が溢れでる。

何かが割れる音が響くと次は男がクチを開いた。


「おぉ...アレが世界樹か。でけーな」



今の威圧で世界樹の隠蔽魔法を消したのか!?

魔術の感じはしないし、リビールスキルを持っていたとしても世界樹の隠蔽魔法は半端なスキルでは看破できない。

男の方は何もしていない様子....この女が悪魔だ。

悪魔ならば威圧でハイドをリビールする事くらい簡単だ。

ここで悪魔に暴れられれば被害が、猫人達を離れさせる方法を考えていると遠くの方から悲鳴が聞こえる。


「お、始めたな!?俺達も仕事しようぜ」


「そうだね」



2人が1歩動いた瞬間、堅い何かがぶつかり合う音、そして風。



「させないよ」


「結構はえーなお前...、痺れるじゃねぇか!」



プーの武器と男の武器、ハロルドと悪魔がぶつかり合った。



「2人はあっちに急いで!」



2人とは わたしとワタポ、あっちは悲鳴が聞こえた方向か。

ハロルドの言葉に声を返さずわたしとワタポは急ぎ悲鳴の聞こえた方向へ向かおうとすると今度は別の方向から爆発音。


「なにが...」


「エミちゃはそっち!ゆりぽよはみんなを避難させて!」



フリーズしかけたわたしへワタポが指示を出す。そっち と言って指さされた方向は先程悲鳴が聞こえた方向。ゆりぽよに避難任務も出しワタポは爆発音のする方へ急ぎ走って行った。

わたしもダラダラしてられない。急ぎフルーレを抜刀、悲鳴の原因を探りにシケットを駆け抜けた。



...アイツ等はヤバイ。

わたし達4人だけではなく猫人達も前にして恐れるどころか堂々としていた。

あの場に居た人数を相手にしても余裕と言う様な表情と態度...早く悲鳴の原因を取り除いて戻らなきゃ2人が危ない。


「ちっ、何処で何が.....え?」


突然の事態に苛立ち 舌打ちをし辺りを見渡していると わたしの眼に飛び込んで来た人物に戸惑ってしまった。



大斧を持つ大男。

わたしはアイツを知ってる。


ユニオンから冒険者達へ出たクエスト[人見知りな宝石のお告げ]の時にバリアリバルの平原で戦った盗賊ギルドのリーダー。

犯罪者だった為 戦闘後ユニオンがあの男を連れて行ったハズ...そいつがなぜシケットにいる?


グダグダと考えてる暇はなく、無表情で振り下ろされる大斧は猫人族の子供を狙う。

舌打ちを残し距離を詰め斧腹剣撃を入れ軌道をズラす。斧は地面に深く抉り込み男の動きは停止。


「立てる?」


「にゃ...」


「んし、早く逃げなね」



この男...こりずにまだ犯罪行為をするか。

前の時点でコイツにはイライラしていたし手加減しないぞ。


「おい お前いい加減にしろっての」


挑発を含むわたしの声に反応せず硬い動きで斧を地面から抜き奇妙な動きでわたしの方を向く。こんなキモい奴だったか?

何かがオカシイ。睨むでもなく笑うでもなく、ただ眼を開いている様な...。

軋む様に関節を曲げ重い動きで接近してくる男...やはり何かが違う。攻撃もどこか機械的で簡単に避けられる。

こんなに弱い奴だったか?妙な相手に変わりはないので1度大きく距離を取り下級魔術のファイアボールで様子を見る事に。

わたしが抱いた違和感が気のせいならファイアボールを斧で潰すハズ。

飛ばした火球はわたしの出せる最大数の8つ。

速度もルートも全てバラバラの火球をアイツが本物なら難なく対応、処理するだろう。

その瞬間を別の魔術で撃つ為わたしは追撃詠唱に入ろうとしたがその必要は無くなった。

斧で潰した火球は僅か1つ、それも一番速度の遅いモノ。身体に接触した火球は小さな爆発を起こし男を焼く。



「あーあ。焼けちゃったね」


爆発音に混じり聞こえる声は後ろから...。


「縫い、治、すな、ら、アレ、あげる、わよ、?」


「あれ...アンタ、それに隣の、、」



振り向いた先、ドーム状の丸みある屋根の上に居た2人とこの独特な喋り方でわたしの記憶は高速で巻き戻り思い出す。


「うーん...いらないかな」


今喋った方は数時間前に星霊界で出会った再生術に詳しかった女の子。

そしてその隣にいる白髪の女は数ヵ月前、わたしがまだ冒険者2日目の時に廃教会で見た...、


「...レッド キャップ?」


キューレから買った情報の中にあった凶悪犯罪ギルド または 殺人ギルド レッドキャップ。そのメンバーの死体を操る力...ディアを持つ女 確かリリーと呼ばれていた。

セッカに邪魔されて殺人罪などをセッカに押し付けた最低なヤツだ。



「....どこか、で、会った、か、しら、?」



長い白髪を垂らし首を傾げるリリーを横に濃いピンク色の長髪を揺らし笑う女の子。



「あ!星霊界にいた人だ!こんばんは、また会えたね!」



この状況で可愛らしい笑顔、そして普通に挨拶の言葉を吐き出す女の子。頭がイカレてるなんてレベルじゃない。ブイサインする右手には、


「なん....お前その手に付いてるの、血?」


「あ!ゴメンナサイ、苦手だったかなぁ?」


そう言い手をフードの中に入れるではなく顔へ近付かせ指先を舐めた。

血液を迷い無く舐めフードから何かを包み持っている左手を出しその手の中にあるモノをつまみ上げ同じ様に舐める。



「もぉ、その、癖、や、めなさ、い」


「えぇー、リリスもやってたじゃ...あ!」



注意され不満そうな顔で言い返している時 手からそれは溢れ落ちた。

地面に落ち数回バウンドし転がる球体。わたしの爪先にぶつかり停止した球体はこちらを見ている。


「...は? コレまさか」


子供の頃 家で何度も見た。

母親の研究室でビンの様なモノに入れられたこの球体。鼻を刺す液体の中でわたしを見るこの球体。子供の頃は怖くて嫌いだった...。


「眼球。さっき奪った猫人族の.....あなたの瞳も猫みたいだね?緑色かぁ。もう少し...」

「近くで見せて?」


いつ移動した!?

わたしは眼を離していない...しかしコイツは今わたしを覗き込む様に下から。


「ッ!!?」


視線を下へ、この女の子へ向けた時 文字通り眼の前に指が迫っていた。身体が素早く反応し指を完全に避けたハズだが左瞼や目尻から血が...剣や短剣は持っていなかったし指先との距離に余裕があったのに傷が...、とにかく今は距離を、


「私、なら、奪え、た、わね。モモカ、は、まだ遅、い、わ」


「出すのが遅かったのかなぁ?それとも手のスピード?」


「両、方よ」


「お前ら やっべーのな...」



笑ってみせるも、焦りを隠しきれない。

左眼の痛みと利き側を失った不安感。

瞼を上げようとすると走る激痛...眼球に傷は無いが眼の周りには深い傷があるのか?流れ出る血液の量がオカシイ。

右眼でモモカと呼ばれていた女の子の右指先を見ると細く光る何かが指先から突き出ている。



「針...?」


「うん!針!ちょっと太いけど...怖くないよ!」



怖くないとか意味解らない。

怖いもなにも、お前の指先はどうなって....縫い後、ツギハギだらけの身体...死体を操るディア...モモカは死体?

死体ですか?と聞いて はい と答えるヤツはいないだろう。なら、



「指先に針とか改造人間かよ....カッコイイな」


「カッコイイでしょ!あ、でもわたし人間じゃなくて人形...かな?1度」


「モモカ。黙、りなさ、い」



人間じゃなくて人形で1度...死んでるのか。

死んだ時点で人形扱い。だから縫われたりしても人形相手だし問題ない...か。



「死体遊びとか趣味最悪じゃん。気持ち悪いよお前」



これが いらない一言だった。

眼元をピくつかせ唇を噛み流れる血液が青白い肌を飾る。



「死体、遊び?、最、悪?、気持、ち悪、い?....」

「....バラすぞ女ァ」



ノロノロと独特な喋りから一変、句切り無く低くうねる様な声を出すと 何かの魔力が消える感覚を拾った。

直後リリーの魔力量は一気に増える。

魔力隠蔽魔法 マジックプロテクト を使っていたのか。


マジックプロテクトは一定量の魔力を抑え隠す魔術。

自分の魔力を知る相手に接近する場合等は魔力感知で存在がバレない様にも出来る魔術。

魔女ランクの魔力には何の意味も持たない隠蔽魔法の1つ。魔術を使う者が暗殺等をする場合はこの隠蔽魔術、武器を使う者が暗殺等をする場合は隠蔽術ハイディングスキルだ。


レッドキャップの有名人ともなれば魔力隠蔽は日頃からやっているだろうな。



「....、、。帰る、わ、よ、モモカ」


「え?何で?!」


「仕事、は終、わった、み、た、いよ。リーダー、は目、的達、成後、速や、かに帰、還せ、よ。と、言ってた、じゃ、な、い。帰る、わ、よ」


「うーん...仕事終わったら下らねぇ事しないですぐ帰ってこい。って言ってたんだよー!」


「意味、は、同じ、よ」


「終わったなら仕方ないね、帰ろー。またねバイバイ」




何かを飛ばし引く様に腕を動かし空中を飛ぶリリーとそれを人間離れしたジャンプ力と速度で追うモモカ。

助かった...のか?


切れそうな程 張り詰めていた緊張がほどけると足から力が抜ける。


レッドキャップ 世界最悪の犯罪ギルドで騎士団も下手に手を出せない存在...一瞬だったがリリーの本気を肌で感じたわたしには解る。半端な実力と覚悟では瞬殺される。

この先あのレベルや近いレベルの人間だけではなく他種族、モンスターとも戦う事があるだろう。



「....はぁ 、強くならなきゃだね」



溜め息に混ぜ吐いた言葉。

力も抜け わたしはその場から数十分動けなかった。


長時間本気で戦った訳でもないのに自分の弱さを思い知らされた。







街も静まり気持ちも落ち着いたので わたしは世界樹がある場所へ急いだ。

仕事が終わった。仕事は世界樹の宝珠を入手する事...奪われたと言う事だ。

とにかくみんなと合流して状況確認を。










世界樹が存在している二層目へ到着した時 最初に確認したのは全員が無事かどうか。

ワタポ、クゥ、プー、ハロルド、ゆりぽよ、それに友達のるー。全員居る。

ぽよるー以外は傷がありボロボロ状態だが瀕死ではないのでひとまず安心。


「何があったの?」


無事再開できた安心や喜びよりも、何がどう変わったのかを知りたい。

わたしの問い掛けに無言で世界樹を指さす ゆりぽよ。


世界樹に酷く深く斬り傷...と言うより抉りとられた様な後がある。



「ボク達と戦ってた人の他にも仲間がいたみたいで...世界樹の中に隠されてた宝珠を奪われちゃった...」


「宝珠を奪われた事で世界樹は死んじゃったみたい...」


「...私達は何も出来なかった」


「....。」




何も言えない。猫人族達はわたし達へ声をかけてくれるも、その声すら耳に届かない。

襲撃者を1人も倒せず、撃退せず宝珠を奪われ世界樹は殺された。

世界樹だけじゃない。猫人族も何人か殺された。

眼の前の...手の届く距離にある命さえ守れなかったんだ。



「冒険者達よ...よく戦ってくれたニャ。よく守ってくれたニャ」



言葉を失い黙るわたし達へ王猫がそう言った。守れてないし、奪われたんだ。

そう言い返す事も出来ずただ唇を噛み黙っていると王猫は続ける。



「靄を消す、宝珠を狙う者が2度と現れにゃい様にする、2つの条件をよく達成してくれたニャ。感謝するニャ」


「感謝って、わたし達は宝珠を」


「結果はどうあれ、宝珠を狙う者はもうこの街には来にゃいニャ。宝珠を守れ ではにゃく 宝珠を狙う者が来にゃい様にしてくれ と 言ったはずニャ」



確かにそう言っていたが、これでは結果も何も...。何も守れなかった。という現実しか残っていない。



「見てみるニャ。冒険者達が取り戻してくれた 太陽が昇るニャ」



わたし達の心を重く沈める靄を消す様に 空から暖かく綺麗な光が射し込む。

ずっと暗闇で燻っていた太陽が産声をあげるかの様に強く暖かく 眼には少し痛い光が シケットを、世界樹を照らす。



「みんにゃ。街を守ってくれて、朝を取り戻してくれて、ありがとニャ」


背を向けたまま ゆりぽよ がポツリと呟いた。

王猫や周りの猫人族達も色々と声をかけてくれたが この言葉が、ゆりぽよ の言葉がわたし達の靄をゆっくり優しく溶かし消してくれた。



命を終わらせた世界樹は葉を燃える様な赤色に染め 街へ、シケットへ降り注ぐ。

世界樹の根元には暖かい太陽の光を全身に浴びる小さな芽が1つ。力強く根を張り顔を出していた。




1つ終わり、1つ始まる。

止まらない世界にまずに降り響く。






太陽の産声。






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