◆53
「ひぃちゃん!」
「プンちゃん、痛っ...」
「心配したんだよ!」
「...ごめん。もう大丈夫よ」
喜びの色と何処か湿り気を感じさせるプーの声が優しく強く響いた。十二星座との戦い、アンフェアな暇潰しが先程幕を閉じた。十二と言ってもわたし達が戦ったのは天秤、射手、乙女、獅子、双子 の五星座だけだが何とか戦いに勝利。
乙女座との戦いでハロルドは心臓を突き刺され1度本当に命を失ったと思ったが 上級再生術 リジェネレーション で命のルールを無視する程の自己再生力をみせた。
試合後に控え室へ戻るとハロルドは丁度眼を覚ましプーが黄金色の瞳に涙を溜め痛むであろう身体を気遣う事なく強く抱き無事を喜んでいる。
「んにゃー...っ、私達はキミ達を
舌が触れる事を全力で拒否する程 不味いアメで両頬を膨らませる
「え、ワタシ!?」
キラーパスを受け取ってしまったワタポはソワソワしつつもベッドへ近付く。その姿を見て にゃは と笑い声を溢し小音で、独り言の様に猫人族は呟いた。
「戦闘中とは大違いニャ。みんにゃで旅...楽しそうニャ」
ワタポにキラーパスを出した時は悪戯に笑う子供の様な瞳だったが、今のゆりぽよは大人の様に微笑み遠い眼でワタポ達を見ている。
一緒にくるかい?と声を掛けようかと思ったがこの表情の変化がわたしの言葉を優しく包み消した。
わたしもあの輪に、微笑ましい3人に割って入る度胸はない。
今は微笑みを共有しよう。それが一番の答えだと思う。
「あ、そうそう!星霊さんが後でこの闘技場の一番奥に来てくれって言ってたよ!ひぃちゃん歩ける?」
「大丈...夫だからもう離れ、て!」
うん、ハロルドは大丈夫そうだ。
闘技場の一番奥まで来い か。勝ったのはわたし達だしそっちが来いよ!と3ヶ月前のわたしなら言ってるだろう。しかしそんな子供の様な事はもう卒業した。
「起きたばっかだし少し休んでから行こか」
あくまでもハロルドの身体を気遣っての提案だ。コーラを飲みたいし面倒だから後回し、等と考えて言った訳ではない。
「闘技場の奥...ね」
キラキラと輝く水で喉を潤しどこか寂しそうに呟くハロルド。乙女座に負けた事を悔やんでいるのかと思っていたが...この反応は間違いなく、星霊街が見たかったよプンちゃーん!えーん!と言いたい顔だ。
「星霊街を見たかったけど...それはまた今度だね。きっと普通に観光で星霊界にこられるよ」
ワタポも星霊街が気になってたのね。
でも確かに星霊の街なんて言われれば1度は見てみたいと思うのが普通だ。それに今夜は星が沢山顔を出していていい雰囲気だろうけど、わたし達は観光よりも優先すべき事がある。
星座達に勝った今、わたし達は [星神の弓] と呼ばれるいかにもな弓を貰える。ゆりぽよ も何か1つ願いを叶えてもらう為に頑張ったんだった...。
「ねー ぽっぽ、弓よりその願い?の方が大事なの?」
「ぽっぽ!?にゃにその弱そうにゃ鳥みたいにゃ
名前の話題に変わりそうなのでここは強引に押しきる。
「その願いってどんな願い?世界征服とか?」
こんな子猫が世界を欲しているとは思えないが、もし万が一そんな事を願い、叶えられればもう色々やる気無くすし聞いておきたい。
カエルの卵の様な何かが沢山入ったミルクティーを太めのストローで飲み ゆりぽよ は答える。
「友達を連れ戻したいニャ」
友達...猫人族の友達かな?そう言えばここは猫人族をうんたらかんたらする場所で勝たなければ永遠に帰れないとか言ってたな....その友達は生きているのか?
乙女座と戦っていれば死んでるだろ。
「ぽっぽ、その友達は」
「生きてるニャ。さっき間違いにゃく声が聞こえたニャ」
「そっか...んし!行こうぜ!友達を連れ戻しに、そして朝を取り戻しに行こう」
プーが言っていた「朝を取り返しに行こう」って言葉が格好よくて格好よくて、わたしも言いたかったんだ。
やっと...それも何かいい感じに言えた。よし。
闘技場の奥と言うのは多分あの戦場の奥、星座側の控え室の奥にある部屋だろうか。
壁に貼り付けられているマップを確認してみるとやはりそこしか考えられない。
試合前に外していたポーチやフォンを回収し わたし達はその場所へ向かった。
「プンちゃ、後で髪の毛整えてあげるね」
「そっかぁ!ボク髪の毛切れちゃったんだ、ワタポお願い」
「ほぉ!んじゃわたしの髪もお願い!ずっと放置してたから伸びてるし」
ドメイライトにいた頃から髪の毛を放置状態だったわたし。その後もずっと切らず無視していたので伸び伸びだ。
どちらかの襟足を伸ばしていたのに右か左か解らない程バッサバサの伸び伸びヘアー。
右残しにしよう。
「ぽっぽとハロルドも髪長いよね?切らないの?」
「私はいいわ。前に切ったばかりだし」
うむ。確かにハロルドはロングヘアーなのに重さを感じさせない髪だ。
「私もまだいいニャ、これを、こーしてこー...これでいいニャ!」
長かった髪の両サイドを結んでツインテールに。
うむ、似合う。しかしその紫にピンクのメッシュはどうなんだろうか...。
「早く太陽の光を浴びたいニャ」
「そうね。私も明るいシケットを見てみたいわ」
会話しつつ進んでいると星座側の控え室前に到着。迷いなく進み控え室を覗くも誰1人そこには居ない。
わたし達と変わらない室内に少しガッカリしつつその先へ向かう。
右側が太陽、左側が月の彫刻が刻まれた扉の前に到着した時わたしは感知した。
「待って、このドアの向こう...空間魔法になってるけど大丈夫なん?」
間違いない。この扉の先は部屋ではなく空間魔法、どこか別の空間と繋がっている。
闘技場は全体的に石材で作られた建物。しかしこの月と太陽の扉は金属製でデザインも凝っていて. . .いかにもボス部屋だ。
「でも進むしかないよね?もう1度戦えって言われたワタシが相手するよ。無いと思うけどね」
「おぉーワタポ頼もしーね!んじゃワタポよ。ドア開くのもよろしくー」
「えぇー!?」
嫌そうな顔してたくせに合図もせず全開にし予想通り虹色に揺れ輝く壁がそこにあった。
これには少々迷った様子だがすぐに踏み込み空間魔法の先へワタポ、クゥが進む。
2、3秒間を開けてわたし達も虹色の先へ。
シケットから星霊界までの時同様、一瞬身体が浮く感じがした時にはもう着地していた。
「....で?」
「んにゃ?」
「....王室?」
「...みたいね」
「先頭怖かったー...」
やけに広い空間...長いテーブルが部屋の中央にありその上には見た事ないフルーツが。
部屋の奥にある大きなイスには誰も居ない。しかしその椅子の左右に立つ人影。
「...、十二星座?」
無意識に出たわたしの声に答えてくれたのはどこか可愛らしい声で、でも貫禄を感じる声質。
「正解.....やっと来てくれた、待ちくたびれちゃったぞ」
どこから声が聞こえたのか全然解らない...部屋全体から響くその声は続けて言葉を並べる。
「適当に座って!そこのフルーツは星霊界のフルーツだぞ! ほらお前達も早く!」
お前達 は十二星座に向けて言った言葉だろうか。
ノロノロと進み十二星座はテーブルにつく。
わたし達もテーブルへつき噂の星霊フルーツを食べる。星の形をしたリンゴの様なフルーツは...微妙な味だ。
十二星座の眼も気にせず自由にフルーツを堪能していると、ポワンっ と 可愛らしい爆発音と薄ピンク色の わたあめ の様な煙がテーブル中央に現れ、声の主が姿を見せる。
フワフワとしたドレスにティアラ、両手で星型のビスケットを抱きテーブル中央に座る小さな小さな女の子。
「私が星霊王だ!女じゃなくて、オ ト コ 男だぞ!よろしくな」
「へぇー男なんだ。よろし クゥー!」
「ワタポ何それ いいね。よろし クゥー!」
「おぉー!小さくてカワイイね...うわっコレ苦い!」
「プにゃん それまだ育ってにゃいんじゃにぇ? あ、よろしくニャ」
「星霊 王っていうから男だとは思っていたわ。...!? (この桃甘い!美味しい!)」
「.....、.....」
「お、おい!お前達!星霊王はお前達を驚かせようとワザワザ可愛らしいドレスを纏い参上したのだぞ!少しは」
「いいんだヴァルア!」
「っ...しかし!」
突然怒り叫ぶ乙女座を止める星霊王...正直何が何だかよくわからないのだが...怒鳴られたのはわたし達で間違いないのは確かだ。
「えっと...これ、ボク達が悪いの?」
「シラネ」
「実は男でしたって...ワタシはビビさん見てるからさ...」
「どっでもいいニャ」
「そうね。....(このフルーツ歯応えが好き!何て名前なのかな?美味しい)」
眼の前のフルーツを貪り喰い散らかしていると乙女座のヴァルアが本格的にキレそうなのでわたし達は手を止めた。
フルーツを進めてきたのはその王だろ。と言ってやりたかったが今にも泣き出しそうな子供相手にそんな無慈悲な事...ゆりぽよ じゃないし出来ない。
「ふ、普段の服装はどんな感じなの?王様」
ワタポがどうにか機嫌を直そうと星霊王に問い掛けるとポワンっと爆発し、服装が変わった...のだが、これもドレス。
「私はカワイイドレスとか着たいんだ!いいだろ別に!」
「い、いいと思うよ」
「うん、どうでも」
「(ちょ!エミちゃ 一言多いよ!)」
「(あぇー?だってコイツ面倒臭いしさ)」
「貴様等...王に向かってその態度は」
「あーあーうるっせぇー女だなお前は」
バナナの様な可愛らしいフルーツを荒々しく食べた金髪の大男が唸る様に言葉を吐き出した。
「貴様は...我々の王を侮辱されて黙っていろと言うのか!?」
「わかったから座れっての」
「貴様は何もわかっていない!獅子と呼ばれる貴様も随分と丸くなったな。そんな事だから人間に遅れをとるのだ」
「あ?」
なになに、十二星座って仲悪いの?
乙女座と獅子座の喧嘩なんて止めれる気しないし やるならどっか行ってやってほしいわー。
それに乙女座ってこんな口調だったか?斬りかかった時はハロルドっぽい口調だったハズ....まぁ面倒そうな騎士って感じの見た目だし変に絡んでこっちがターゲットになるのもイヤだし、どーでもいいや。
「にぇにぇ。喧嘩とか後にぃして、早く弓と願い叶えてもらえにゃい?私達暇じゃにゃいのニャ」
一通りフルーツを食べ終えたゆりぽよがズバっと話に割って入る。
「そうね。弓が目的だったとして、その願いは1人だけしか叶えてもらえないのかしら?私もお願いしたい事があるけど...1人だけなら ゆりぽよの願いを叶えてもらうわ」
ゆりぽよとハロルドの言葉を聞いた星霊王は星クッキーを手放し答える。
「弓はあげるぞ、願いと言っても星霊界で叶えられそうな願いだけだぞ?それでもいいなら全員分聞いてやる!言ってみろ」
全員分とはさすが王様。見た眼よりも大きな器を持っているのか。
星霊界で叶えられそうな願い...ね。どうしようかな。
「私は...友達を、最近ここに来た猫人族を帰してほしいニャ!」
「私は今すぐじゃないけど、もう1度乙女座との戦闘を希望するわ」
「ボクは...もうあんな暇潰しとか止めてほしいな」
「それじゃワタシは 他の種族が観光に来られる様に星霊界を変えてほしいかな」
みんなそんな願いでいいのか!?もっと...星霊界をくれ!とか 一生遊べるだけのお金を!とか色々あるじゃん...本当いい人と言うか...人のいい人だよキミ達。ハロルドは戦闘狂だけども。
この流れでお金だの言えないし...仕方ない。
「んじゃ わたしの願いは とっといて。また今度お願いするからその時叶えてよ」
お金くれ!なんて言って星霊界限定のお金なんてオチだろうし、いい願い思い付くまで保留保留。
「うーん...。まず猫人族の願いだが、その友達とやらはもう自由に帰れるぞ?でも強くなりたいからってここに残ってるんだ。連れていくなら自由にしていいぞ。そしてヴァルアとの再戦の件は了解した。自分のタイミングでここに来るといい。暇潰し闘技の件も了解した。相手があの闘技を良く思っていなかったのは知らなかった。すぐ辞めよう、猫人族に伝えてくれるか?そのお嬢さん以外は入れるな。って」
そのお嬢さん はハロルドの事か。
ゆりぽよ、ハロルド、プーのお願いにはあっさり答えたもののワタポのお願いには少々渋り、ポツリ、ポツリと答える。
「他の種族が観光に来られる様に星霊界を変える.....今すぐ私だけの返事はできない。でも勿論、みんなで...話し合ってからでも...いいか?この願いを叶えられそうにない場合でも伝えるし別の願いも聞くし」
「うん!王様も十二星座も他の星霊達とも話し合って、それから答えを聞かせて。ワタシ達も何か協力出来そうならするし、絶対その方が楽しいと思う!素敵な暇潰しにもなると思うよ」
ワタポ...自分が星霊界を楽しく観光したいって気持ちもあるだろう。でもそれ以上に双子座の為かな。
あんな子供が毎日短剣を持つ現実より観光案内フラグでも持っていた方がよっぽど平和で楽しいに違いないもんね。
「最後の願いは、了解した。何か思い付いたら言ってくれ。弓は今用意して持っていこう。使っていた控え室で待っていてくれ、それと猫人族よ....その友達は今闘技場にいるぞ。早く迎えに行ってやれ」
「...ありがとニャ!」
急ぎ席を立ち空間魔法を突き抜け闘技場を目指す猫人族の少女。
「男か」
「男かな?」
「男なの?それともオス?」
「どっちでもいいわ」
青春だな ゆりぽよ。
びしっと決めてくるんだぞ。
「~~っ...じゃ、わたし達も戻って弓待とうか」
「1度扉を閉めて、それから空間移動するといいぞ。すぐ控え室だ」
お?気が利く王様だこと。
このまま突き進んでいたら絶対ゆりぽよと遭遇してしまうし...見たい気もするけど、ここは大人として心の中で応援してあげたかったんだよ。
この王様 わかってるじゃん。
帰りは4人と1匹、同時に空間移動し無事に控え室に到着。ゆりぽよの帰りと弓をゆっくりダラダラと待った。
◆
わからない。
会って最初に何を言えばいいのか、何を話せばいいのか。
それでも。
「はぁ、はぁ、、っ...」
星降る夜空に溶ける光が私の温度をゆっくり下げる。
ここには
青黒く寂しい空を彩る星と月の下、夜霧を纏い 寂しげな背。肌には少し冷たい風がキミの匂いを運ぶ。
夜空を見上げていた背がゆっくり揺れ、そっと振り返る。
「....。?!」
「.....、」
声が出ない。言葉が決まらない。喉が閉じたままでも私は眼を反らさず言葉を探す。
夜霧を消す様な、私の空を覆う靄さえも消し飛ばす様な笑顔で短く、でも確かな光で。
「よっ、久しぶりニャ」
「....はにゃ~、再開の言葉がそれニャ...」
充分すぎる言葉が私の耳を刺激した。
無意識に...小刻みに震える尻尾をぎゅっと握り笑って見せる。
「迎えに来たニャ。今度は一緒に朝を取り戻すニャ...るー」
「ニャハハ、俺1人にゃ無理にゃったし....そうするニャ」
1度話した腕が、何度も何度も掴もうとしたけど空気しか掴めなかったあの日の続きがやっと、今繋がった。
私ね、必死に戦ったんだよ?るー。
私ね、必死に探したんだよ?るー。
私ね、
「凄い強くなったにゃ...ゆりぽよ」
うん。強くなった。
「....そっちが弱くにゃったんだニャ、るー」
懐かしい黒髪が星風に揺れて朧気な夜霧も静かに消える。
懐かしい和服に月明かりが灯る。
「俺の声聞こえたニャ?」
やっぱりあの時 私を立たせてくれたのは るーの声だった。
ハッキリ聞こえたよ。あの時凄い不思議な感覚が、音で全部が解る様な...不思議な感じがしたんだよ。
「いつ?聞こえるワケにゃいニャ」
全部取り戻したら 色々話そう。
全部戻ったら色々話したい。
「みんな待ってるニャ、早く帰るニャ!るー!」
だから早く帰って 最後の大仕事を 一緒に 終わらせよう。
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