-蝶と蜘蛛-

◆32





すっごい寝た。

こんなに寝たのは久しぶりだが、身体が重い。

頭は妙にスッキリしていて何故わたしは眠っていたのかハッキリ思い出せる。

左腹部に傷痕は残っているものの熱はもう無い。痛みはまだ少し...。



義手を自由自在に操るのに1年数ヵ月必要と言われていたワタポがわたしを助け、救う為に必死に動いてくれていたらしい。

たった3ヶ月で両義手を自分のモノにしたワタポ。フェンリルをテイムしている時点で凄い人間だと思っていたが、1年を残し義手をマスターしたワタポはわたしの中で人間離れした存在になった。

その他にも音楽家ユカの話や再生術を使う冒険者ひぃたろ、ドラゴンに詳しい冒険者プンプンの紹介もワタポがしてくれた。


眼を覚ました時、このメンバーがわたしを見て安心した表情を浮かべた時は少々戸惑ったが話を聞いた今は感謝している。


ビビ様は自分の店を離れる時は最低限の道具は持ち歩いているらしく、わたしの防具を素早く完璧に修理してくれた。焼き斬られた後もなく3ヶ月前に完成した時と変わり無い見た目。

わたしの体内の熱を正常に戻す為に使ったシーサーペントの鱗、正式には[マーブルペント白]を素材に使ってグレイスが使っていた剣...今はワタポが持っている剣の鞘も同時に作り上げた。

グレイスの剣はワタポが勝利しゲット、ドロップした という事で問題ないだろう。


その後も少し話をし、お礼と自己紹介を終えたわたし達はユカ&ワタポが作った朝食を食べている。


マネキネコ亭は宿屋だが部屋を提供するだけで食事は各自自由にしてもらうスタイル。料理をする人もいるだろう と部屋にはキッチンと調理道具がある。

食材はさすがに無いがマネキネコ亭を出てすぐに食材を扱う店があったのでそこで調達、完成した料理はレベルが高いのだが...みんな寝ていないのでお腹が本気で減っている様子。

朝食の時間だが結構なボリュームを持つ料理が完成し眼の前に並べられている。

病み上がりだから無理はしないで、とワタポは言ったがわたしは無理してでも是非食べてみたい料理が今ここに。


和國で主食の...米 ごはん ライス おにぎり 等々 数多くの名前を持つ食材を使って作られた ビビンバ という料理名のアレだ。真ん中に堂々と存在する卵がわたしの食欲を煽る。

ユカとプンプンが過去に食べた事あるらしく慣れた手つきでビビンバを混ぜ食べている。それに習いわたしも。

石の様な器へ手を伸ばし掴んだ時、ビビンバの洗礼を受ける。

熱々に熱された器。中の食材達を永遠と燃やす拷問スタイルで仕上げられたビビンバ。

この感じどこかで...、ワタポの剣だ。


炎を纏うではなく、熱を纏う剣。それが今ワタポが所有している剣の特殊効果または追加能力。

エクストラウェポンと呼ばれている。

そして、このビビンバにも同じ効果が...この器もエクストラウェポンだったとは和國はどれだけ戦闘に情熱を注いでいるんだ?食事中に戦闘になった時の事も考えてのビビンバ...危険な国だな和國。


あの剣にも固有名はあるが...わたしはビビンバソードと呼ぶ事にした。


食事が始まって各々好き勝手に喋っている。そんな中でわたしはユニオンの事を思い出す。

リーダーの...名前は知らないけどアイツは確かに言った...他国と比べ物にならない力を持った国を創る と。

罪を犯した人間や人間ではない種は殺し、ここバリアリバルをユニオンという国にし最終的には世界を創る。

もっと簡単に言うと、世界を1つにするから邪魔なヤツはみんな死ね だ。

アイツの計画がどこまで進んでいるのか解らないが、危険すぎる考えだ。


「どうしたのエミちゃ?」


隣に座っていたワタポがわたしを見て心配そうに言う。

こんな事話しても は? で終わるのは眼に見えて解る。でも何か情報が欲しい...、


「んや、ユニオンに集まった冒険者はどうなったのかな。って思ってたんだよねー」


クォーツストーン捕獲後、アスラン達は冒険者達へモニター越しに声をかけ集合させていたハズ。モンスター討伐に向かったのだろうと予想していたわたしは見張りの男を上手く誘導し聞き出そうとしたが全てを知っている訳ではなかった。


「巨大な鎧モンスター討伐に向かった冒険者達の話だね?」


金髪のボクっ娘プンプンがわたしの言葉に反応してくれた。やはり巨大モンスター討伐で集められていたのか。しかも鎧モンスター。


「ボク達は参加してないから詳しくは知らないんだけど...ボロ負けだったらしいよ」


「ボロ負け!?」


信じられない。この街にいる腕に覚えがある冒険者達が集まって討伐へ向かったハズ...S+のハコイヌとセシルも多分参加していると思うが...ボロ負け。


「高ランクの冒険者を集めてレイドパテを組んでも、まとめる人で良くも悪くもなるわね。今回のリーダーは聞いた事もない人物だったわね」


「何だったかな名前...その人死んじゃったんでしょ?」


リーダーが死んだ?まさかアスランじゃ...


「何でも、言動やら色々とオカシイ感じがするリーダーじゃったみたいじゃの」


「聞いた聞いた、何か...変な動きで言葉にも心が無い感じで....モンスターが暴れてるのに突撃命令を出してアスランって人が激怒して撤退させたらしいよー。ボクはそのアスランって人の判断が正しいと思うけどね」


プンプンの言葉の中に登場したアスラン。死んだのはアスランじゃなかったのか。

まぁそれはいいとして、オカシイ人間をリーダーにするとか...アスランは、冒険者達は何やってるんだ。


「その話も気になるけど...ワタシは ペレイデスモルフォの話が気になる」


いつになく鋭い声でワタポが言ったペレイデスモルフォ...確かワタポのギルドじゃなかったか?

それにペレイデスモルフォはもう...。


少し生まれた沈黙に響くフォンの音。


「んをあ、ウチのじゃ。すまんのぉ....、ちと席を立つのじゃ」


そして再び沈黙。

正直なんでみんな黙ってるのか解らない。

このままこの空気が続くのはゴメンだ。


「ペレイデスモルフォがどうしたの?」


考えても何も解らない事は誰かに聞くのが一番早い。

ここに居るメンバーは少なからず何かを知っている様子だし。

わたしの言葉が響き余韻を残して消える程の間が空き、やっと1人がクチを開く。


「ビビもよくわからないけど、ペレイデスモルフォが最近過激な行動をとってるみたい。ワタポではなく誰かがペレイデスモルフォの名を語って言っちゃえば悪い事してる。冒険者とトラブルになって最悪その冒険者を....盗賊ギルド程度の悪さならまだカワイイけど、これじゃ殺人ギルドじゃん」


最悪その冒険者達を...殺した か。

ビビ様の言った通り偽ペレイデスモルフォは殺人ギルドになってる。

放置していれば犠牲者も増えるだろう。それにワタポが元ペレイデスモルフォのマスターだった なんて他の人が知れば面倒な事にもなる。


「ふーん、で?」


「え?」


「え?じゃないよワタポ、そいつ等 無視すんの?」


「無視するつもりは無い。ワタシが作ったギルドでワタシが捨てたギルドだけど...そんな風に使われてるなんて許せない」


茶色毛先を見ながら音楽家ユカが喋る。わたしが気になっていた事を答える様に。


「ペレモルって言えば怖がる人も存在するかんねー。そのレベルまで名前が通ったギルドだったんだよねペレイデスモルフォは」


そんな凄いギルドだったのか...まぁメンバーのレベルが高かったのは確かだ。わたしもブレスレットを外して魔女魔力全開で暴れたし...。


「そもそも、その連中はペレイデスモルフォを語って何をするつもりなのかしらね。ただ有名なギルドを語るだけならペレイデスモルフォより有名で危険なギルドは沢山あるでしょ?」


ひぃたろの言う通りだ。

みんなを威圧して悪さしたいだけならペレイデスモルフォより危険で有名なギルド名を使うべきだ。でもペレイデスモルフォ....ペレモルを選んだ。

そいつ等の目的は威圧し好き勝手に暴れる事じゃないのか?



「昔、ペレイデスモルフォが小さかった頃凄い噛み付いてくるギルドがあったんだ...トワルダレニェ って名前のギルドで蜘蛛がギルドマーク。マスターはネフィラって人」


昔の話をする時、人間は二種類に別れる。

楽しそうに話す人間と悲しそうに話す人間。ワタポは悲しそうに話す方だ。過去にこの2つのギルドで何があったのか...。

蝶と蜘蛛...蝶にとっては蜘蛛の存在は敵。

蜘蛛にとっては蝶の存在は餌。


「最初は無視してたんだけど、ギルドに直接的な攻撃をしてくる様になって...」


続きが気になる所でワタポはクチをキュッと閉じてしまった。攻撃をしてくる様になって何が...、


「2つのギルドは衝突してしもうた。ペレイデスモルフォのリーダーマカオンが初めて本気を見せたのがこの戦いじゃったのぉ」


ワタポの変わりに続きをさらっと話したのは先程席を立ったキューレ。戻ってきた時に丁度よく話を聞いたので変わりに続きを話してやったぞ。みたいな顔だ。


「キューレさん...うん、そうなんだよね。蝶が蜘蛛より目立ってたのが気に入らなかったみたいで...ワタシも若かったから つい熱くなっちゃってね」


若かったってワタポは確か25歳で...若かったって言うより子供だったでは?それに熱くなるのは別にいいと思う。気に入らないって文句言われて笑ってるヤツの方がわたしは嫌いだ。


「で、どうなったの?」


いつの間にか音楽家ユカもこの話に引き込まれていた。続きが気になって仕方がない音楽家と他数名は黙ってワタポを見つめ続きを待つ。勿論わたしも同じ様に。

この間にキューレがクチを挟まずワタポの言葉を待っているという事は...キューレも知らない情報なのか?


「ワタシがそのネフィラ以外を動けなくなる程度まで斬ったの。そしてネフィラと1対1の戦いって時にドメイライト騎士団が現れてね。ネフィラはいち早く騎士団の存在に気付いて逃げたけど他のメンバーは全員逮捕されちゃった」


逮捕て...何かスッキリしない終わり方だなそれは。

どっちが強いかも解らず終わって...でも何で逮捕なんだろうか?騎士団はギルドのしている事には滅多にクチ出ししないし、ギルドも同じだ。

騎士団が動いた理由...そのニワトリダレダみたいな名前のギルドが世界的に危険なギルドだったからか?犯罪者の集まりなら騎士団も動くハズだしそれで騎士団乱入は誰も文句を言わない。


「逮捕の理由は?」


短く、でも確かに気になる部分をひぃたろが突く。


「毒物と言うか薬物と言うか...とにかく最低な物を売り捌いていたの。各国の貴族はそれを喜んで買い、自分より地位の低い人に使用して喜んでた。聞いた事ないかな? バブーンキャンディー」


バブーンキャンディー?

わたしは全く聞いた事ないけど、、他の人は聞いた事アリアリらしい。

バブーン...は知らない。キャンディーはあの甘いヤツ?


「5.6年前に流行った飴玉だよね?ボクも名前は聞いた事あるけど...」


5.6年前ならわたしも魔女界ではなくこっちに住んでた...でも聞いた事ない名前だ。

キャンディー、飴玉を売って何が悪いのかさっぱり解らない。


タバコに火をつけ、大きく1度吸ったビビ様は煙を窓の外へ吐き出しバブーンキャンディーについて知っている事を話してくれた。


ワタポと音楽家ユカ、キューレは知っていたのか驚かずに黙って聞いていたが、わたしとプンプンは驚いた表情と胸が気持ち悪くなる感覚に襲われる。ひぃたろは表情1つ変えず食後のコーヒーを楽しみながら話を聞いていた。


[バブーンキャンディー]

見た目は何ら変わらないキャンディーで味も悪くない。しかしそのキャンディーには小さなバブーンスパイダーの卵が100も200も入っていて、食べた人間は数日後 身体中の穴から数千、多い人で数万の子蜘蛛を出す。

その時の快感はこの世のモノとは思えないレベルで何度も何度もバブーンキャンディーを求めては食べ、快感に溺れた。

しかし、形は違っても出産と何ら変わらない。何度も同じ事を繰り返していると体力は低下し、最後は...。



「「...気持ち悪っ」」


「なるほど。それで騎士団が蜘蛛ギルドを逮捕...それで、今回の話と何の関係が?」


気持ち悪い飴ちゃんの話を表情1つ変えず聞き終えたひぃたろは、コーヒーを楽しみつつコレまた大事な所を突く。

ひぃたろの言う通り偽ペレイデスモルフォとそのキモグロ昔話は何の関係があるのか。


相手はワタポだ。

ごめん、思い出したから話しちゃった。って言い出す可能性は結構高い。

この場合、申し訳なさと照れを混ぜた表情をするワタポだが今は真面目な表情でプンプンを見て言う。


「眼の下に蝶のタトゥーってプンちゃ言ったよね?それって左眼の下で、蝶の影...シルエットのタトゥー?」


「そうだね、細かい感じじゃなくて蝶の形を塗り潰したタトゥーだったけど?」


「ワタシ達...ペレイデスモルフォは羽の模様まで確りデザインされたタトゥーをメンバー全員がしてたの。ネフィラは左眼の下に蜘蛛のタトゥーをしてた...」



全員が息を飲んだ。

左眼の下に蜘蛛のタトゥー...そのタトゥーを塗り潰す様に蝶のタトゥーをする事は可能だ。そしてネフィラは騎士団から逃げている。


なぜペレイデスモルフォの名を、マカオンの名を語ったのかコレでハッキリ解る。

気に入らなかったペレイデスモルフォに自分がなりバブーンキャンディーに似た何かをバラ撒けば次はペレイデスモルフォが騎士団に逮捕される。

ワタポの存在を騎士団に事細かに説明すれば全世界で指名手配...隠れ場所もなくなるだろう。

それに悪さをして噂が広まればワタポが必ず現れると思っているのだろう。1対1の戦いの続きを忘れられない ただのキモいヤツだ。


「ワタシ...そのペレイデスモルフォを探して今度こそ全部終わらせたい」



この3ヶ月でワタポは進化した様だ。前以上に強く真っ直ぐな瞳がその証拠だろう。

わたしも負けられない。蜘蛛退治はわたしも参加するぞワタポよ。



「そう言うと思っとったぞ。さっき入ったペレイデスモルフォの情報...買うかのぉワタポや」


さすがキューレ。足元見るいい性格してる。


キューレからの情報と、ひぃたろプンプン、音楽家ユカからの情報を混ぜ合わせペレイデスモルフォ捜索会議が始められた。


わたしとビビ様は綺麗に弾かれた気分。


「ちゃんビビや」


「なんだいエミリオ」


「 パンはパンでも食べられないフライパンは なーんだ?」


「........。」



わたしの なぞなぞ はビビ様が完全無視。

次のターゲットを探していると、ふかふかのソファーで眠るターゲット クゥの姿が。

気持ち良さそうに眠るクゥを見てわたしは睡眠魔法をモロにくらった感覚に...そしてゆっくり落ちた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る