◆27



高い笑い声と歪んだ笑顔で剣を振る男。

耳障りな声と眼障りな顔。

剣を握った途端に態度が激変する超危険なタイプかと思ったが、戦い始めて危険度はそう高くない事に気付いたものの実力は予想以上に高い。


これだけ笑い叫んでも誰1人現れない...今本部には本当に誰もいない様だ。いないと解れば魔術を使う。

この男...昨日戦った斧とは比べモノにならない程 強い。

戦い始めて5、6分しか経っていないのにわたしはもう数ヵ所 浅く撫でられていた。


大きく踏み込みを入れて放った単発斬り下ろし剣術のスラストも簡単に受け止められ、グレイスのスラストはわたしのモノとはレベルが格段に違った。受け止める気は全く無かったので回避したのだが剣風で飾られていたツボが 斬れる ではなく破裂する様に割れたのを見て近接戦闘では完全に勝ち目が無いと判断。

近接戦闘で勝とうなど初めから思っていなかったがここまで剣術レベルに差があるとは...ここからはわたしの得意分野、魔術を使って戦う。


剣で攻めつつ最速詠唱可能な下級魔術を発動に成功。

風の刃が4つ四方からグレイスを襲う。

眼障りな顔を更に歪めながらウインドカッターを剣で捌き始めた瞬間に追撃の風魔術を放つ。

同じ属性で同じ種類なら続けて詠唱すると短めで済み魔力消費も抑えられる。これは人間でも出来るワザ。

今回は下級風魔法のウインドカッターから中級風魔法のウインドブレードへと繋げた。

先程より厚く幅広い風の刃が4つ放たれウインドカッターを捌いている途中のグレイスへ迫る。


迫り来るウインドブレードに気付くも、最後のカッターを剣で弾いた時にはもうブレードが眼の前。回避もガードも不可能だ。

4つのブレードがグレイスにヒット、わたしは二つ目の魔術の発動と同時に接近し回避された時はフルーレで追撃する予定だったが必要なかったらしい。

グレイスは数メートル吹き飛び床に大きく倒れ、そして耳障りな声で笑う。

この状況で笑うか...と思いつつ起き上がる暇を与えず詠唱した魔術を放つ。

ファイアボールよりも大きな火球が3つターゲットへ落下する魔術。威力も火球の大きさも速度も、ファイアボールを越える火属性中級魔法。唯一の難点は落下系という点だけ。ファイアボールはホーミング効果もあるので普段この魔術はそんなに使わないが今は最高のチャンス。

もちろん殺すつもりは無いが上級ランクの防具を装備している相手だ。半端な火力ではダメージ量も稼げない。かと言って高火力魔術で攻撃してしまえば最悪...もある。


燃える岩が3つグレイスへ落下し熱風と衝撃音がユニオン本部の広場を駆け回る。

床に穴が空いてもわたしの知った事ではないが、恐らくこの衝撃でもグレイスは死なないだろう。


眼を凝らし熱風の先を見つめターゲットの状況を確認しようとした時、ガシャガシャと鉄が揺れ擦れる音が耳に届いた時には遅かった。

熱風と土煙を上手く使いわたしの死角から近付き、グレイスは反撃の一撃を。


「いっ」


左腹部に強い衝撃、そして鈍い音が脳に響く。

そのまま数メートル吹き飛ばされたが、この衝撃に逆らわず素直に従い距離をとって状況を確認する事にした。

床に倒れたまま顔をあげ辺りを見渡すと熱風も土煙も消え始める。

ターゲットの姿も距離もハッキリ解った所で立ち上がろうと動いた時、先程攻撃を受けた左腹部が凄まじい痛みを全身へ訴え わたしの 立ち上がる 命令は打ち消される。


身体が言う事を聞かないレベルの痛みと熱湯を腹部に浴びたかの様な熱が全身へ回り、眼球までもが熱く感じる。

フルーレを手放し両手で左腹部を触ってみると熱い液体がべっとりと両手に。


「は?」


うつ伏せから仰向けへと体勢をどうにか変え、首を上げ腹部を確認してみると...息が止まる。

スピード重視の防具とはいえ地竜素材を使ってマスタースミスのビビが作ってくれた防具が裂け、皮膚が肉が抉り裂かれている。

傷口からコポコポと沸き出る血液が床に溜まる。酸素を吸う事さえ上手く出来なくなり全身が痺れる。


「これは申し訳ありません。傷が浅くて変に恐怖と痛みを与えてしまいました」


耳に辛うじて届く声に反応、判断が遅れ意識が揺れる。


このまま死ぬ。


そう思った時、まだ死なせない と 言わんばかりに先程を越える痛みが全身を駆け巡る。

声にならない悲鳴を上げ無意識に両足を一瞬浮き上がる。

腹部に重く冷たい感覚。


「これで傷口を塞いでみましたが...お気に召しませんか?」


傷口から剣が突き刺さり地面まで貫いていた。

冷たい剣が徐々に熱を帯び、数秒で真っ赤に焼ける。

血液が蒸発する音と肉が焼ける灼熱色の痛みがわたしの意識を切断する。



こうやって自分は死ぬんだ。

死にたくないけど、今さら足掻いても結果は同じ。



最後に見たものは、男の左甲から伸びる灼熱色に染まる3本の鋭い爪と歪んだ笑顔。


そして、歪んだ顔の中心を潰す圧し潰す何かと匂い。




知ってる。

この鼻の奥を突く匂いは.....、




コーヒーとタバコの匂い。








「何があったとかは聞かないッスよ。多分聞いても理解出来ないと思うし...でもまぁ、俺に出来る事なら何でもするんでまた声かけて下さいね、隊長」



ワタシの事をまだ隊長と呼んでくれる元部下。

相変わらずトサカの様な髪型を揺らしているが眼は以前よりも力強くなっている。

ただの騎士から隊長へ昇格した事への、隊の戦闘に立つ事への責任感が彼に強い瞳を与えたのか...。


「もう隊長は殉職扱いになったでしょ?ただのヒロだよ...騎士隊長さん」


「やめてくださいよ、俺の中で隊長は隊長ッスよ。ではまた」


隊長は隊長...ね。

ワタシは尊敬される様な隊長でもなかったし、そんな人間でもない。

でも、今の言葉で何かがほどけ引っ掛かっていたモノが1つ無くなった。


「うん...ありがとう。いくよクゥ!」


あなたは騎士からだけではなく、民間人からも尊敬される隊長になりなさい...きっとなれるから。

応援してるよ、ヒガシン。









両腕を得て3ヶ月と少し経った。この3ヶ月で世界は少なからず変化している。

部下だったヒガシンが隊長になり、隊長だったワタシは殉職扱い。

クゥも少し大きくなり毛も伸びた。


「しかし驚いたなぁー、まさか3ヶ月で80パーセント近く義手をマスターするなんて...ワタポも充分人間離れしてるね」


ワタシの後ろ、クゥの背中で呟く人物。風に靡く真っ赤な長髪。


「ビビさんも人間離れした技術師さんじゃん」


ワタシの義手と新防具を作ってくれた世界に数人しか存在しないマスタースミスの称号を持つ女性、に見える男性ビビ。

深い青色...地竜の素材で作られた頑丈な義手にナーブマテリアを装着し神経から接続するタイプの高性能義手。これは世界でもビビさんにしか作れない。


防具も可愛くて性能も高いモノを作ってくれた。

白いパンツに黒のトップ。

トップで腕が...肩から指先までが露出されるデザインだが黒いロンググローブで義手を隠せる。

トップもグローブもただ真っ黒ではなく赤で独特なデザインを入れてくれた。結構気に入っているけど...コートの様に裾が長いのはなぜだろう。

武器はまだ完成していないので今は無い。


「で、どこ行くの?」


スミス装備ではなく冒険者装備姿のビビさんは新鮮。

ワタシやエミちゃと同じ様に鎧系ではなく革 布系の防具。

ハルバードとタワーシールドを使うのに軽量防具...そして治癒術も使える謎のビルド。

本人曰く、治癒術は手術の時に必要な最低限だけを学んだらしい。

本職はタンク、壁役。と本人は言っていたがその防具では危険すぎる気もするけど...。


「とりあえずバリアリバルまで走る、何よりも先にエミちゃと合流したいし」


ウンディーポートまで来てくれたヒガシン、クゥも連れてきてくれて助かった。

成長したクゥのスピードならウンディーポートからバリアリバルまで寄り道なしで15分程で到着する。


途中、大勢の冒険者達を見かけたけど その中にエミちゃは見当たらなかったので足を止めずバリアリバルへ。




「着いたね、でエミリオは何処にいるの?」


「うーん、凄く賑やかな場所とか、なんか事件がありそうな場所とか、、かな?」


そう言うとバリアリバルの中心部で大きな音が聞こえた。


「む?エミリオいそう」


「だね...、」


冗談で言ったつもりがタイミングよく派手な音...三ヶ月経ってもエミちゃは変わらない様だ。

クゥに股がり一気に中心街へ走る。




階段の先に門があり城壁に囲まれた騎士団本部の様な建物に到着。間違いなくこの中から音が聞こえた。

空高く延びる尖った屋根の先には火を吐くドラゴンのマークが描かれた旗...この建物は一体なんだろう?


「ユニオン本部で暴れてるの!?さすがエミリオ、怖いモノ知らずじゃん」


「え、ここユニオン本部!?」



それは本当に笑えないよエミちゃ!

ユニオン本部で暴れるなんて...騎士団本部で暴れるレベルの重罪だよ。


焦りおどおどするワタシの後ろでビビさんが鋭い声で言う。


「門番がいない...本当事件かも、急いで中入ろう」


おどおどスイッチが切れワタシは頷きクゥの頭を撫でる。

地面を蹴り高い城壁を軽々と飛び越え中庭へ。


ここにも誰もいない...。足を止めず建物内へ入った時、ワタシ達の眼に飛び込んできたのは...、倒れるエミちゃと恐ろしい顔で笑う男。


何が何だか解らないけど、1つだけ解る事がある。

あの男は今エミちゃを攻撃しようとしている。


「クゥとビビさんはエミちゃを」


素早く言いクゥの背中から一気に飛び男の顔へワタシは蹴りを入れた。

この数ヵ月で驚く程レベルアップした体術がここでも使えるとは。


「ワタポ!エミリオやばい!!」


焦りの色を混ぜたビビさんの声でワタシはすぐに振り向く。そして震えた。


灼熱色に染まった剣がエミちゃの左腹部を貫いている。溢れる血は熱を帯びた剣に触れ蒸発、腹部も焼かれている。


「私の優雅なダンスを邪魔する無礼者は誰だ!」


「ビビさん、クゥ...エミちゃを頼んでもいい?」


「任せて」

「バウ!」


「ワタシあの人から色々と話を聞いたらすぐ行くね」




ビビさんがエミちゃをクゥの背中に乗せて建物を出る。燃える様に熱い剣を器用に持ちクゥの背中に接触しない様にしてくれたビビさん。

ありがとう。エミちゃをお願い。



「誰だ貴様は...邪魔をするなぁぁぁ!!」



何だこの人。これがユニオンなの?

騎士団の方がよっぽどマシだ。

叫び振り下ろされる左手に装備されたクローを掴み、もう一発..次はグーで顔に。


どう考えてもこれは殺し合い....命について本気で悩んでいたエミちゃが無意味に人を攻撃しない。絶対に。


床にある薄青色のフルーレを拾い、男に向け言う。





「全部綺麗に話してくれなきゃ、殺しちゃうよ?」






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