◆17




重たい雲が空を覆っている。鼻に届く雨の匂いと少し冷たい風でわたしは一瞬寒くなりトイレに行きたくなったが今わたし達は馬車に乗っているのでトイレは後になりそうだ。そこまで深刻な状態ではないし、問題ない。

開けていた窓を閉め、ウンディー大陸を黙って眺める。

わたしは別に雨は嫌いじゃないがたまに頭痛が降臨するので好きでもない。ワタポは嫌いなのか何なのか眉を寄せ眼を細めて黙っている。頭痛と戦闘中だった場合、話しかける行為すら危険なのでそっとしておう。

ポツポツと空から落ちてきた雨は心地いい音量で子守唄を奏で、馬車の揺れも一緒になり眠りを誘う。瞼が優しくわたしを包み込もうとする。やる事もないし眠ろうと思っていたのだが隣で一足早く夢の世界へ旅立ったワタポを見て眠るのをやめた。

別に眠っても問題はないが、雨のウンディー大陸をもう少し眺めたい。マウスフラワーに似たモンスターが地中から飛び出しクルクルと回り雨を喜ぶ姿や大きな木の下で雨宿りしている冒険者の姿、こんなのノムー大陸ではまず見れない光景。今更ながら自分の見てきた世界が狭かったと思わされる。と同時に、狭かった世界が少し広がった気がする。

これからだ、これからもっと世界が広がるんだ。あの雑誌に載っていた人達よりも有名になって...、あ!エミリオだ!可愛い。や、 エミリオじゃん結婚してほしい。等とチヤホヤされて...想像しただけでも最高だ。女神エミリオ なんて呼ばれて雑誌にも出て...。


「エミちゃ...何ニヤニヤしてるの?」


「な、何ですか、起きてたんですか」


と、いい所でわたしの妄想はワタポに止められる。

それにしても凄い人間だ。そろそろ目的地に到着するだろうと思い目覚めたらしい。

眠れる時に少しでも寝る。騎士として長年生きてきた彼女だからこそのスキルだろうか。わたしには一生無理なスキルで目的地到着前に目覚め、頭も確り起こす。


「エミちゃマップで今の位置確認して見せて」


言われる通りにマップを開きフォンを見せるとワタポは、あと10分くらいだね。と呟き器用にフードを被った。

寝ている時チラっと見えたが...ワタポの選んだレザー防具はレザースカート。生足が妙にエロく感じたと同時にわたしの膝くらいまでのハーフパンツがダサくて悲しくなった。と、そろそろ本当に着きそうな予感がしたのでわたしも準備を。

先が折れたレイピアを腰に下げ雨避け&格好つけでフードローブを装備。


「ワタシのは普通の、キューレさんのは黒、エミちゃのはワインレッド...そのローブにスキルは?」


ワタポがわたしのローブを見てそう言った。この会話の流れで言われた スキル は武具に秘められた特種能力の事。

武具にもスキルあり、なし と存在していて市販の武具には基本的スキルは無い。

スミスメイド..鍛冶屋等が作った武具やドロップ品にはスキルが付いているが100%スキル付きでもない。

ま、この辺りの話は理解しているが説明するとなると、世界を悪い奴等から守る!くらい面倒で長くなるの。


「わたしのローブは魔法耐性と打ち消しかなー、キューレのは間違いなくハイド極でしょ」


わたしのローブにはスキルが2つある。1つは魔法...魔術に対しての耐性が凄く高い。

2つめは中級魔術レベルならば連続で3回程防げる有能なフードローブだが治癒術やバフ等も打ち消し防いでしまうので注意が必要。スキルのクールタイム...3回連続でスキルを使った時、次にスキルが使えるまで約1分。しかしそのクールタイム中も耐性上昇スキルは続いているのでダメージは受けるがダメージ量は減る。同時に治癒術での回復量、バフ効果時間も減る。デバフ効果時間も減るのでこれもまた使うタイミングが重要。自分が使う魔術(攻撃魔法)の威力等は変わらないの素晴らしいアイテム。

この有能ローブは魔女界を追放される時に親が使っていたモノを盗んだ。入手方法や素材等は知らない。


スキルやらローブの話をして昔を思い出したりしていると馬車はゆっくり速度を落とし停止、1600v×2の3200vを払い馬車を降りた。

そんなに冷たくない雨が降る中を少し歩くと想像以上に大きく、想像を遥かに越える芸術的な街がそこにあった。


アーチの門は両サイドに翼を持つ馬の彫刻、上には天使。

路面は微妙に色が違うレンガ...の様な石で造られていて街灯のデザインは様々。ベンチも座るのが怖くなる程のこだわり、建物が全部違って見える。

凄すぎる。店ではないただの家でさえも芸術的デザイン...街のオブジェの様だ。

1つだけが素晴らしいデザインではない。街全体で芸術品を造り上げているかの様な...名前から想像していた街並みとは全然違い想像をいい意味で裏切る街。これがアルミナル。

雨が降っているのに人が多く、街が賑やか。


「エミちゃ!地図あったよ!」


入り口から少し歩いた所に街の地図看板があったのだが...これもまた、やりすぎだろ!と思う程の力が入ったデザイン。

真っ直ぐ進むと大通りに出て...、地図にある星マークはなんだ?注目ポイントなのか星マークがいくつもある。とりあえず大通りに出てついでに大通りの星マークを確認してみよう。


花壇も看板も様々なデザインで歩いていて飽きない。見るもの全てが街の雰囲気に合っていてゴミ箱さえも街の風景に溶け込む程。


「わっ...すご」


ワタポは無意識に足を止め上を見て言う。キョロキョロしていたわたしも目線を上げてみる。

ほんのり青い白色の大きな石で彫り造られた時計塔。

塔と言っても人が登ったりはできないだろう。ただ人々に時間を知らせるだけのモノだが神秘的なデザインと色合いが圧倒的な雰囲気を醸し出す。言葉を失いただ見上げていると街の人と思われるオバサンが話しかけてきた。アルミナルは初めてか?と言われわたし達は同時に頷く。


「この時計塔は結界でもあるんだ。昔からこの街を見守り続けてくれている時計塔」


同時に、へぇー、と呟きもう一度時計塔を見上げる。

思い出どころか今初めて見た時計塔にコレと言った想いもないわたしは飽きてきたが、ワタポは黙って見続けている。


「観光かい?」


優しい笑顔で言うオバサンにわたしは頭を小さく揺らし、ワタポが答えた。


「いえ、この街に義手職人がいると聞いて来たんです。知りませんか?」


「凄腕職人って聞いた!オバサン知らない?」


と、わたしが付け足す。オバサンは少し黙り、思い出したのか笑顔で答えてくれた。


「大通りを抜けると職人通りがあるわ、そこの一番おかしな建物がそうよ」


そう言ってオバサンは時計塔を見て少し急ぐ様に別れの挨拶をし行ってしまった。珍しそうに時計塔を見ていたわたし達を見て用事を放置して話しかけてくれるとは優しい人だ。オバサンに手を振りわたし達も大通りを歩く。看板を頼りに進むと[職人通り]の文字が眼に入る。

門、広場、大通り、職人通り、大通り、広場、門の並びになっているのか。ドメイライトと違って解りやすい並びに助かったと思いつつ、長い。と思う気持ちもある。職人通りはどちらから入っても下り坂、なぜ坂?と思ったが常人には理解出来ないセンスを持つ人間が集まる街だ。考えても無駄。


ここで案内図を見ると、義手義足も。と書かれている鍛冶屋を発見、どうやら一番下にその店があるらしい。行ったら帰りはどっちに進もうが上り坂...しかし文句も言ってられない。この店へ行かなければワタポの両腕は治らない。わたし達はその店を目指し坂を下り始める。

武器屋、防具屋、鍛冶屋、アクセサリーにクツ、大通りと違って冒険者等が多いと思っていたがその理由も解った。

大通りは食器やら家具やらの店が多く、職人通りは装備系の店、広場はオシャレアイテムの店。買う物で街中歩かなくて済むのは有りがたい。

しかしここまで歩いて食べ物屋を1件も見ていないのは気のせいか?パン屋さんすら見ていない...まさかこの街の人々は鉱石を食べて生きているのか?ならば飲み物はなんだ?水だけ?ジュースの存在を知らないのか!?


「あ、ここだ」


街の人々の食生活が本気で気になっていた時、ワタポが目的の鍛冶屋を発見。食生活問題は1度おいといて、わたしもその店を見る。オバサンは一番おかしな建物って言っていたが...。


「え、ほんとにここ?」


「う、うん...看板に義手義足も!って書いてあるし...ここだと..思う、けど...」


自信が無くなっていくワタポの気持ちは凄く解る。

この店...デザインがおかしい。いや、デザインはいい。しかし鍛冶屋にはおかしいデザイン。

ドアは木製のドアだが、描かれているのは何かのボトルとジョッキ。

そして壁にはハンバーガーにフライドポテト、フライドチキン等のイラストと赤黄のファンキーなピエロと白スーツのメガネおやじのキャラクターイラスト。

そしてその2人の間に、ホッピーマッコリあります!と書かれた看板を持つ黄色の...鳥の様なキャラクター。


「ワタポ、ここ絶対違うと思う」


「ワタシもそう思ってきた」


違う店を探そう。と思った時、狂気じみた笑顔のピエロと眼が合う...ワタポは不気味に笑うメガネおやじと...。このイラスト何かヤバイ!と本能が叫ぶ。一刻も早くこの場から立ち去りたいと思った時、ゆっくり扉が開き中から1人出てきた。真っ赤な髪が無造作に束ねられていて、オーバーオールに大きな手袋。木箱を両手で持っている為、足で扉を押し開けている。


「お?、コマンタレプー」



わたしもワタポも同時に心の中で叫んだ。何かヤバイの出てきたー!と。

謎の言葉を言い、店の外に木箱を置いた。ふぅ、と一息つきながら頬から垂れる汗をひと拭き。

身長が高く、顔も小さい。

少し切れ長の眼と綺麗な首筋。頬には黒い汚れがある。よく見ると手袋にも同じ汚れ。もう解らない、ここはズバッと聞くべきだ。


「ね、お姉さん義手作れる鍛冶屋?」


わたしの質問を聞き辺りをキョロキョロ見始める。

そして自分を指差し...と言っても手袋が鍋を掴む様な形なので指差しているか謎だが、わたしですか?の動きで言葉なく答えてきた。

わたしはこの女性を指差し頷くと笑い、言い始めた。


「ごめん、そんなストレートに お姉さん なんて言われたの久しぶりでさ」


なんだコイツ。センスだけじゃなく笑いのツボもバグってるのか?


「義手作れる鍛冶屋ってのはここの事だね。それと お姉さんじゃないんだよ、男なんだよね」


どうやらこの謎の雰囲気ムンムンの店が探していた鍛冶屋で間違いないらしい。やっと雨から解放されると同時にワタポの腕も復活する。

足も少し疲れたしノド乾いたし早く中に入りたいのだが、ワタポがクチをポカーンと開けて店主を見つめている。


「ワタポどしたよ?」


「いや、だってどう見ても女じゃん!」


「は?なに言ってんの?とりあえず、中入ろよ!入ってもいっしょ?」


「うん、いいよ。いらっしゃいませー」



意味解らない事を言うワタポのローブを引っ張り店内へ。

中はカウンターテーブルがあり、その奥は全て作業場。武器や防具の売りはない様子だが、作業場には色々な武具がある。中の8割が作業場になっているので店、と言うより鍛冶部屋だろうか。


適当に座って。と言う店主だがカウンターにしかイスがない。バーの様にカウンターに座ると数本のビンをテーブルに置き、好きなのどぞ。と。

わたしは迷わずコーラを選び、ワタポはカフェオレ。フォンからストローを取り出しビンに突き刺し眼の前へ。

ノドを潤し、落ちついた所でわたしは自己紹介を始めた。


「生き返ったー....んし!初めましてわたしエミリオ!んでこっちがワタポ!お姉さん名前は?」


「ビビ、これでも一応マスタースミスだぞ」


そう言いハンマーを器用に回しながらビンをクチへ運ぶ。

マスタースミス。

鍛冶屋の中では最大レベルの称号。世界に10人も存在しないと言われている程レア。

そんなマスタースミスに会えるとは職人の街と言われている意味も理解できる。これはキューレに売れそうな情報だ。


「さっそくだけど」


「まって!」


本題に入ろうとした時ワタポが真面目な顔で強引に会話を割る。


「ビビさん、本当に男なの?!」


「うん、男だよ。ほら」


そう言い手袋を脱ぎ捨てフォンを操作し何かを取り出した。それをテーブルに置き指差す。

どうやらマスタースミスの証らしいが...!?

見間違いか、1度眼を擦り、落ち着いてゆっくり見直す。


「性別がM...本当に男だ」


ワタポが小さく呟いた。男性はMale、女性はFemale。この頭文字をとってM、F。

フォンのフレンドリスト等も名前の横に記入される。

マスタースミスの証にまでMと書かれているならば間違いなく男....、



「おとこ!?!?」


「うん」


何てこった。世界は広いって言うけど、広すぎる。

女王様みたいな顔して男だったとは...いつから男に!?女に、か!?何かワケ解らなくなってきた。


「ビビは昔から男だよ」


昔から男って事は今も男なんだろうけど、なんだろうけども見た目が完全に女!それも綺麗なお姉さん!なんだこの生き物、人間やべぇ。



両手で頭を抱えじたばたするわたし、クチをポカーンとあけて固まるワタポ、マスタースミスのビビは慣れているのか、わたし達を見て笑い、テーブルに置いてあったタバコに火をつけて一服。独特な香りと煙が店内を浮遊する。





わたし達にはこの現実を受け入れるのに少々時間が必要だった。





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