◆18




燃える様な赤の長髪。セッカの赤は艶のある赤、キューレは赤..と言えば赤だが赤茶に近い。アスランは汚い赤 とでも言っておこう。

なんだか赤毛率が高いが、それはもう運命なのだろうか。


今、わたし達の前にいるのは燃える様な赤髪の...男性。

見た目はどう見ても女性なのだが、間違いなく男性だ。

そんな謎の生き物だが、鍛冶職人としての腕は王族がヨダレを垂れ流す程 凄いらしい。

性別の話はもう解決したとして、そろそろ本題に入る。


今回この街で職人を探した理由はワタポの両腕、失った腕を作ってもらう為。義手だ。



「で?何を作ってほしいの?武器?防具?アクセサリー?」


紫色の肉とピンクのソース。毒々しい色のサンドイッチを頬張りながら言う鍛冶屋ビビ。食べ物の色も常人には理解できないセンス。

うぅ、と声を漏らしつつワタポが確り答える。



「義手を作ってほしいのですが...えっと」


ワタポが聞くに聞けないのは義手の値段だろう。高性能の義手となれば高額と覚悟していたがマスタースミスがそれを作るとなれば眼球が爆発する程の値段になりそうだ。しかしここで引くわけにもいかないし、引く気はない。次はわたしが言う。


「高性能の義手が欲しいんだよね、左右!でもお金なんてないのよねーどうしよっか?」


毒々しいサンドイッチを食べ終えたビビは指先に付いたソースを舐めながらワタポを見てオーケー、と呟き作業場へ向かった。

まさか無料で作ってくれるのか!?と思っているとサイズ等を測るメジャーを持って戻ってきた。


「そのローブ脱いで手見せて」


そう言われ、わたしが手助けしフードローブを外した。

右腕は肘から先が無く、左腕は二の腕から無い。ワタポが使える治癒術で治療しつつ包帯もこまめに変えているのだが、血が滲んでいる。


「右はヒジから、左は二の腕からか。傷が治ってないのはラッキーだったね」


「ラッキー?」


わたしもその言葉が引っ掛かった。傷が治っていた場合は不可能なのか?

ビビはイスに腰掛けるタバコに手を伸ばし話し始めた。


「ビビが作る義手義足は接合部分...」


そこまで言いフォンを取り出し、カウンターテーブルにあるコードを引っ張り出す。


「このフォンにコードをつける場合はフォンの穴にコード....プラグを突き刺すでしょ?そんな感じに腕にこの穴と同じ様な役割のモノをつけて義手を取り外し可能にしてるんだ。成長すれば長さや重さ、色々変えなきゃならないからね」


なるほど。取り外し可能な義手となれば身長が伸びた時等はその腕だけを取り外して身体に合った腕を作り替えてもらえる。メンテナンス等でも楽になる。確かにこの義手は色々便利かも。


「それで、ベース部分...腕の穴ね、その穴をつけるのに今ある骨を抜いて別の骨を入れる。その骨は身体の成長に合わせて成長してくれる便利なモノなんだよね。入れる時に義手をドッキングできる様に加工すれば一生使えるんだけど...腕が無くなった時と比べモノにならないレベルの痛みなんだよね」



こんな事を言われると黙るしかできない。腕を失った事のないわたしは痛みのレベルが解らない。でも、骨を抜いて別の何かを入れる。この言葉だけでも相当の破壊力がある。しかしそれをブッ刺さなければ...まてよ、その痛みに堪えてどのレベルまでの腕が?これは知っておかなければ後悔なんて言葉じゃ終われなくなる。


「ね、その義手はどのレベルなの?グラスを掴めるレベル?ペンやフォークなら握れるレベル?鼻ほじれるレベル?」


ビビはタバコの煙を吐き自分の手をわたし達へ見せる。勿論義手ではない。

そして指をグニャグニャと動かし閉じて開いてを繰り返し言う。


「このレベル、義手って言うか手。えっと...」


そこまで言いまた作業場へ向かった。次に持ってきたモノは濃い緑色の石。


「これはナーブマテリア、ナーブは神経って事ね。このマテリアを腕と義手につけて、それをドッキングすると神経が繋がる。今までの腕と変わりなく指先まで動かせる。そして義手部分は温度と痛みを感じない...と言っても100パーセントじゃないけどね」


これは予想以上に高性能だ。わたしの腕と変わらない動きができて、痛みや温度を感じないとは...凄すぎる。


「剣を義手で受け止めたり、熱湯に義手を突っ込んでも大丈夫。ただマグマに義手 や 攻撃で義手が切断されたりすると痛いよ。義手の形がある程度保たれるレベルなら痛みはない...もっと細かく説明すると」


「いえ、あとは自分で知っていきます」


ビビの説明に割って入るワタポ、ビビはワタポの顔を見て小さく笑った。覚悟を決めた瞳を見て。


覚悟は決まったのはいい事だ。だが、問題はまだある。こんな高性能な義手..それもマテリアまで使って作り付けられる義手の値段だ。ビビは1度深呼吸をして紙に何かを書き始める。


「素材費、作製費、手術代に技術料、その他で...よし。はいコレ」


渡された紙を見て脳が爆発しそうになった。色々と細かく書かれていて合計金額が下に。

その金額は600万ヴァンズ。

これにはワタポも白目モードだ。600万vなんて貴族でもない限りポンっと払えないだろ!と心で叫び荒れ狂っているとビビが付け足した。


「素材持ち込みなら少し安くなるよ、客の素材使う場合は失敗した時の事も含めて そうだなー...合計500万くらいまで下がる」


100万下がるのは助かるが、元の金額が600万となればたった100万!?と思わざるを得ない。それに失敗って...まぁ100パーセント成功する何てあり得ない事なのは理解できるけど、今それを言うのは反則ではないか?

金銭感覚を完全に麻痺させられているが、ここで諦めてしまうと高性能義手は永遠に不可能だろう。最初に知った義手がコレだ。他の義手では物足りないなんてレベルではない。

どうにか600万程を一気に稼ぐ夢の仕事はないか...。


「ビビは残ってる仕事を片付けるから、その辺でゆっくり考えなさい」


そう言って作業場へ籠ってしまった。さて、どうするべきか。ここはこのエミリオ様がざっくりサクっと稼いでくるべきだろうが、その仕事が問題だ。10万ヴァンズ程の報酬では話にならない。最低50万の仕事を何度もやらなければ...。


「大丈夫だよワタポ、わたしが600億くらいサクっと集めてくるから。そんな心配より手術の心配しなさい!失敗もあるかもよ?」


色々と不安そうにしているワタポを見て、少しでも不安を消してあげようと話しかけるが表情は曇ったままだ。笑顔で 冗談でも怖いよ。と言ったがその笑顔が作り笑いだとすぐに解ってしまう。

過去の事なんて今更ダベっても意味はない。

腕が治る可能性が今ここに存在している。なら迷う事も立ち止まる事も必要ない。

わたしはビビが仕事をしている作業場へ向かった。

木製の床が途中から石の床に変わり、頑丈なガラスの向こうで鉄を叩くビビが見える。

ドアへ手を伸ばし、わたしは作業場へ踏み込んだ。


「ゴメ、ちょっといい?」


そう言ってドアを閉じた。ビビはハンマーを置き手袋を脱ぎ捨て近くにあったイスへ座る。


「オーケー、どうした?」








雨が強くなる。

ジンジン と残る様な腕の痛みに自然と眉が寄る。

奥歯に力を入れ痛みに堪えていると作業場のドアが開いた。


「この天気だと痛むでしょ?」


鍛冶屋の店主ビビさんはワタシの表情を見てすぐにそう言った。そんなに酷い顔していたのかな...。


「少しだけ痛みますね、仕事はもう終わりですか?」


強がって言ってみるも、やはりこの痛みは強烈だ。治癒術で痛みを半減しバイ菌等も入らない様にしているが...半減でこの痛みだ...新人騎士時代にやった任務でモンスターの攻撃をモロに受けて手や足、背中の骨までも折れた。その時の痛みも中々だったが、今回のは比べ物にならない。

傷がジンジン痛むだけではなく、何と言えばいいか...無い腕が痛い。

意味が解らないだろうけど、これが一番あっている言い方。

治癒術の リジェネ。

数秒で少し回復するスリップ効果のある治癒術。自分にしか効果はないが結構使い勝手がいい。リジェネ中は痛みが半減すると知ったのは騎士時代だ。先輩騎士がワタシの様に戦闘中に腕を失った時に迷わずリジェネを発動させ痛みを半減、止血効果もその時知った。

しかしこのリジェネの効果は約1分。50秒程で追加詠唱し効果時間をまた1分に戻さなければ泣き叫んでしまう。

追加詠唱してもプラス1分ではなく、1分に戻るだけ。

その1分で痛撃ポーションを飲む。

テーブルに並べられた赤い液体が入っているビン。ストローも全てに刺さってあり何時でも飲める様にエミちゃが置いてくれていた。

ストローで飲む薬品は味がハッキリしてしまう...説明不可能な不味さ。でもコレを飲まなければ歩く衝撃だけで泣き叫んでしまう。


「うわー、ストローでポーション飲むのキツそー」


酷い色のサンドイッチを食べていたビビさんを見た時、ワタシがしたであろう表情を今まさにビビさんがする。

不味い何てモノじゃないけど、リジェネより痛みが中和されるので文句も言ってられない。

ポーションを1ビン飲み終えたワタシにビビさんが言った。


「右腕も左と同じ長さにしよう。その方が関節までの長さも稼げて作る方も使う方も楽だし」


一瞬何を言っているのか理解出来なかった。クチの中に残る痛撃ポーションの味が消えかけた頃、やっと言葉の意味を理解した。ビビさんは左右の腕の長さを同じにする。と言った。義手の長さは勿論だが、今言っているのはワタシに残っている腕の長さ...右も左と同じ二の腕まで切断すると言ったんだ。


「そんな顔しなくても大丈夫。麻酔は勿論、ビビはヒーラーでもあるから傷を癒せるし義手手術は何度もやってきたし」


「...、あの、義手を作ってもらえるんですか?お金は?」


600万なんて大金ワタシ達には無い。それに明日、明後日で用意できる金額でもない。そういえばエミちゃは?


ワタシは店内を見渡してみると作業場でフォンを耳に当て誰かと通話中...あの青髪の魔女がビビさんに何かを言ったに違いない。


「お金は大丈夫、今は自分の事だけ心配してなさい。出来るなら今からでも始めたいんだけど大丈夫?」



お金は大丈夫って...それに今から手術って...。

頭の中を整理して自分を落ち着かせようとするワタシを邪魔するかの様に作業場のドアが激しく開く。勿論エミちゃだ。


「ビビ様!この剣借りるから!」


ドアを荒々しく開き左手に持つ細剣をビビさんに見せる。

ビビさんは 様って...と呟きながら親指を立ててオーケーサインを出した。


「ごめワタポ、わたし急用ができたから行くね!ビビが手術するんだ、ビビるなワタポ」


そう言ってワタシの言葉も聞かず店を飛び出して行った。何が何だか全く解らないけど...。


「ビビさん、今から手術お願いします」


進むしかないんだ。止まってる時間があるなら、遠回りでも前へ進む道を...少なくともエミちゃは選んだんだ。さっきもワタシが迷い悩んでいる時もビビさんの所へ行って、今も何処かへ行った。計画性も何もないけど、止まらずがむしゃらに進んでるんだ。


「...。オーケー!やろう」


ビビさんは1度外へ出て、店を閉めた。

誘導されるまま作業場の奥へ進むと手術室...とは程遠い部屋が。

深い青色の...鉄の様なモノが散らばっていて、部屋の中心にはベッド。近くには医療器具やらがある。


「これからする事は治療、医療じゃなくて生産、鍛冶の仕事だから心配しないで。何かミスったら医者呼ぶからさ」



笑顔で言うけど...笑えないよビビさん!





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