◇14



「やっぱ魔女か」



男性は頭を掻きながら呟いた。

あの凄まじい魔力と溢れ出る威圧感、詠唱なしで発動する魔術と破壊力。

どれをとってもまず間違いなく魔女だろう。

赤髪の少女は今になって震え始める...この少女、何処かで見た覚えが..。



「自分の命があるだけマシやで」



男性の言葉は震える少女へのモノではなく、寝ている少年少女へのモノでもなく、仲間をほぼ失い腕も失ったワタシへの言葉だろう。



「うん」



ワタシは小さく答え、クチを閉ざし眠る少女を見た。

この少女の命への価値観はズレている。この世界...人間が住む世界では人間の命を奪う行為は最大の罪。それは子供でも理解している事。しかしこの少女は何の迷いもなくオモチャを崩す様に命を奪った。

これが魔女...。


何故魔女がこの世界にいるのか。それが解らない。魔女は本来、どこに存在するかも知らぬ魔女界に住み、魔女側から人間達の世界へ攻撃等は100%しないハズ...。しかし今眼の前で眠る少女は間違いなく魔女..それも恐ろしい魔力と魔術を持つ魔力。



「ま、思う事はあると思うが...このアホが起きてから聞くしかないな」


「...誰がアホだよバカ...ん?」


「おっ、ビックリさすなや!起きてたんか貴様!」


「何か鼻痛くなる匂い...アスランお風呂入ってないな?」



何ともいいタイミングで眼を覚ました少女は鼻に手をあてて起き上がり、他人のアジトにある冷蔵庫を漁り飲み物を勝手に飲み勝手に落ち着いた。


「で、何が聞きたいの」


突然の事にワタシはクチを開けず黙っていると、驚いた事に先程まで震えていた少女が一番に喋った。


「エミリオ...貴女は魔女なの?そのマテリアで魔力を抑えていたの?どうして魔女がここに居るの?」


遠慮なしに聞きたい事を聞く少女は魔女に怖がっている表情を浮かべているが、瞳は強く真っ直ぐ見ている。


魔女はゆっくり答えた。



この少女は間違いなく魔女。

マテリアなのかは知らないがこのブレスレットが少女の魔力を大量に抑えているらしい。魔女界で魔術を使いすぎて人間界に飛ばされた。

そう答えた魔女は他に聞きたい事が無いのか、と言う。

次は男性が質問をぶつけた。


「エミリオ貴様はディア持ちでアレがディアか?」



[ディア]

産まれ持った特種能力。

生き物全てがディアを持って産まれる訳ではなく、ディアのない生き物も存在する。

産まれた瞬間にディアを発動する者もいれば死ぬ瞬間にディアを知る者もいる。

生き物に1つしかディアはなく、同じディアは存在しない。似たディアならば存在するが何処かが必ず違う。

ディアは使えば使うだけその能力や精度などが成長する。能力にもよるが使えば使う程ディアに呑み込まれる。

過去にディアを使いすぎてディアに呑み込まれ、己を無くし暴れた者や、死んでしまった者もいる。

使わなければ成長しない能力。使えば何かしらのリスクが返ってくる悪魔の能力。


魔女語で悪魔はdiablo ディアブロ。この能力はそこからディアと名付けられた。



騎士や冒険者ならば誰もが耳にした事のある言葉だ。



「んと、魔女とか悪魔は絶対ディア持ってるんだよね。で、わたしのディアはアレじゃないよ」



これは驚いた。人間はディア持ちとそうでない者に別れるが、魔女や悪魔は必ずディアを持っている...。元の能力が人間より上でさらにディア持ち。考えただけでも恐ろしい。

そして先程の詠唱なしで高ランク魔術を連発する能力がディアではないときた。



「まぁ...うん。それよりさ、わたしどうなるの?こんな場所で魔女の力使っちゃったし絶対バレてるしょ。人も殺したし逮捕かな?」



意外な事に色々気にしていた様子。人間を殺す事等、魔女や悪魔からすれば虫を殺す様なモノではないのか?いや、少なくてもこの魔女にとっては違うらしい。



「逮捕なら逃げる。もっとこの世界を色々見て知りたいし、人間にもさ...魔女や悪魔より強いヤツいるし、魔女が相手だ!ってなると絶対ヤバイ人間が捕まえにくるでしょ?んなら見つかる前に逃げるよ」



人間にも魔女悪魔より強い人間が存在する。確かに対魔や対悪と自ら語る人間も存在するが、本当にそんな人間が存在するのかは信じがたい。

しかし本物の魔女が言うと信じてしまう。



「エミリオ、お前が魔女でもマゾでも、どうでもええわ。とにかく今日からもう人間殺すのやめれ。マゾの力使うのは自由やけど人間は殺すな。この世界で生きていくなら1つくらいルール守れ」


「私も、私もそう思います。もう手にかけてしまった人々は戻りません。ですがエミリオがこの世界で生きたいのならば人々の為にその力を使うべきです。奪ってしまった命の償い...にはなりませんが、その力を奪う壊す ではなく、守る方に使うべきだと思います」




人間の命を奪った魔女が、この世界で生きていきたい。と言えば全部無かった事になるのか?甘い。

ワタシの仲間はこの魔女に命を奪われた。それは無かった事にならないし、人々の為に力を使う?自分自身がコントロール出来ていない力をどう人々の為に使うと言うんだ?

魔女も悪魔もソレに似た生き方をしてきた人間も、許されない存在だ。



「今はマゾっぽい魔力も出てへんし、顔を見られる前に移動すりゃ何とかなるやろ」


「そだよね!わたし逮捕とか勘弁よ」



ほら見ろ。この魔女は反省も後悔も全くしてない。こんな生き物が変われる訳ない。

...と言っても今のワタシじゃこの魔女を殺せない。



「アスランさ、セッカをバリアリバルまで連れてって、おっきいギルドに入れてあげてよ」


「え!?」


「セッカはおっきいギルドで色々な事を知って、色々な力と知識をペロペロして、もっと上にいくべきだよ。次会った時はお互い何を見て何をしてきたか話そうよ!」


「...、....はい!よろしくお願いしますアスランさん」




人間の様な事を言うが魔女だ。ワタシの仲間の命を奪い去りヘラヘラと笑う魔女。

いつか必ずこの魔女の命をワタシが奪う。必ず。


フードの奥から魔女を睨み自分に言い聞かせていると、その魔女が動いた。



「んじゃアスランよろしくね、わたしはこのフードに用事があるからここでお別れ」



フード...ワタシに用事?何を考えている?ワタシの気持ちを感知して殺される前に始末するつもりか?



「そか、了解。まぁ元気でやれよマゾっ娘」


「エミリオ、本当に色々ありがとう。次はバリアリバルで会いましょう」


「はいはーい、またねー!」



呑気に手を振り2人を見送る魔女。

残ったのはワタシと眠っているギルドメンバーとこの魔女。

ワタシに用があると言っていたが何のつもりだ?

ここでまたマテリアを解放し暴れ、完全に証拠を消すつもりか?それならば先に進んだ2人も殺される確率少なからず...いや、必ず殺されるだろう。

人間等ゴミとしか見ていないのが魔女や悪魔だ。



ワタシをじっと見て何も言わない魔女。そろそろ見られ続ける事に腹が立ち始めた頃、言葉を吐いた。



「ごめんね、わたしを殺したいでしょ?その腕って治せないかな?それか腕の変わりになるモノないかな?あるなら一緒に探しに行こう。そして見つけて、その後でわたしを殺してもいいよ!」


「!??」



この魔女は何を考えているかサッパリ解らない。一緒に腕を治す?その後殺していい?

ついさっき、この世界を色々見て知りたい。と自分のクチで言ったハズ...それなのにワタシの腕を治す手伝いをしてその後は殺されてもいい...バカにも程がある。



「わたしが両手奪って、仲間の命も奪って...命に対して深く考えた事なかったなぁー...そりゃ歩いてる人を殺すのはダメ!って思うけど、何かやられたり本気でムカついたら殺してもいいじゃん。とか思ってたんだろね。そんなヤツ魔女でも人間でも生きる価値がないと思う。でも自分で死ぬとなると怖いし...それなら知ってる人や怨んでる人に殺された方いいなって」



そこまで言い、飲み物をクチへ運び一息付き続けた。



「死んじゃった人間は生き返らない。でも無くなった腕なら戻せそうじゃない?わたしも手伝うからさ。そんで今度こそわたしを殺してよ...ワタポ」


「え」






自分でも何を言いたくて、何をやりたいのか解らない。

考えている事と思っている事、そして現実があまりにも違いすぎている。


魔女界に戻りたいとは微塵も思わない。あそこにいい思い出は無いし楽しさも無い。


この世界で生きて、色々と知り感じたいとは思う。しかしルールを何1つ守っていなかった自分が犯した罪はこの世界で一番やってはいけない事。その罪を償う生き方なんて解らないし償いきれるモノでもない。

ならば、少しでも元に戻して、1つでも綺麗にして償えない罪を自らの命で打ち消したいと思ってしまった。

逃げ。なのかも知れない。

でも、わたしにはこれ以上いい答えは出なかった。


人々の為に、何て言っていたが結局自分が楽しめる方を選んでしまう性格なんだ。

そんなヤツが人々の為に生きるなんて不可能だろう。


人々の為、は不可能だが1人の人間を少しだけ助ける事くらいは出来る気がした。そこでわたしは眼の前にいる女性の、騎士隊長ヒロでありギルド ペレイデス モルフォのマスターマカオンでもある女性、ワタポの両腕...わたしが奪ってしまった両腕の再生を手伝い、その後この女性に命を奪ってもらいたい。


ギルドメンバーの命を奪ったわたしを怨んでいるだろう。殺したい。と思っているだろう。ならば腕が戻り次第わたしの命を奪いに来てもおかしくないハズ。

突然襲われて命を失うより理解した上で命を失いたいと思ってしまった。このくらいの自由も許されないのか?



「なんで解ったの?」



黙り続けていたワタポがそう言い、頭を揺らしてフードをとった。髪は下ろされているが間違いなく騎士隊長様だ。愛犬の姿はない。

なぜ自分の正体がバレたのか気になっている様子だが、簡単に解ってしまった。


「なぜって、色々ヒントはあったよ。ワタポの使っていた剣の鱗粉とこのアジトで見た鱗粉は色も爆発も同じだったし、コーヒーの匂いするし。わたしコーヒー苦手だからすぐ解った」


それと、勘。とは言えず。

さっきのタイミングでコーヒーを飲まなかった事や、ポルアー村で右腕だけしか使っていなかった事も考えれば...あの時点で左腕を失っていて先程右腕も失い、両腕が無い状態ではないのか?と、これもほぼ勘だが的中した様だ。



「....。ワタシの腕を治す方法はある。正確には腕の変わりを付ける方法。でも使える腕が付いたら本当に殺すよ?」



脅しや何かを試している感じではない声。言葉ではなく仕草で返事をするとワタポは続けた。


「何を考えているか解らないし、信用できない。冒険者として生きたくないの?色々とこの世界を知りたくないの?」


「生きたいし知りたいと思う、けど解らないんだよ!自分が何をするべきなのか!」


「それで逃げる様に死のうと思ったの!?」



そうだ。逃げでしかない。結局自分の事しか考えていないんだ。これ以上何を言っても何の意味もない。

黙り込むしかわたしには出来ない。



「うるさいなぁー」



沈黙を破る様に発せられた声に多少ビクつきながらソファーを見ると、眠っていた少年が眼を覚ました。

わたしとワタポが大声を出したせいか、不機嫌な表情で起き上がりメガネを装着。1度アクビを入れ、わたし達の方を見て表情が、不機嫌、怒り、焦り、と変わった。



「アンタ...、え?リーダー!?なんで..いや、あの」



わたしを見て怒りの声と表情、そしてワタポを見て焦りあたふたを始める少年。起きて早々忙しい人間だ。

ワタポは少年をじっと見て何かを思い付いたのかクチを開いた。


「何でワタシがここに居るか解るよね?」


と、突然言い始める。何でも何もアジトに帰ってきたからでは無いのか?

すると少年は廻りを見渡し誰も居ない事に気付き質問を返した。


「みんなは!?」


「ワタシに何も言わず勝手な事をして村1つ消したんでしょ?みんなは責任をとったの」


「責任って...」


「騎士団に自首して罰を受け入れるか、命に対して命で罪を少しでも償うか。好きな方選んで」



突然意味の解らない事を言い出すワタポにわたしが声をかけると、ギルドの問題、黙ってて。 と鋭く言われ黙ってしまった。命に対して命で罪を償う...。そんな事は不可能だ。しかしワタポは今それを少年に言った。その意味を考えていると少年はすぐにクチを開いた。



「命に対して命でって...まさか」


「そう、みんな死んだよ。ワタシが殺した。同じ様に償うつもりなら殺してあげる」


「なんでみんなを殺したんだよ!?気に入らないから!?命令を聞かないから!?そんなの...皇都の奴等と同じじゃないか!」


「アナタ達がした人工魔結晶も同じ事でしょ!」



そういう事か。人工魔結晶を作る為に村人を使ったのはペレイデス モルフォ...ワタポのギルドだ。しかしポルアー村で話した時ワタポはその事を知らなかった。

わたしに黙ってて、と言ったのは自分が今から言おうとした事がゴチャグチャになってしまうからか。とにかく今はクチを挟まず黙って聞こう。



「自首するよ。死んだみんなと同じ所に行きたいけど、怨みを消せないまま死にたくない。次は必ず王や団長をボクが」


「そうだね、そうしなさい。後10分もすればこの辺りに騎士達が来る。その騎士に全てを話して受け入れなさいね」


そういいワタポは外へ出て行った。少年は踞りただ黙っている。わたしはワタポの後を追い外へ出ようとした時、少年がわたしを呼び止め、フォンからアイテムを取り出し渡してきた。シンプルなデザインのダガーだ。


「それアンタにあげる、結構いい武器だから使ってよ」


そう言って少年はボロボロのアジトでただ騎士の到着を黙って待っている。かける言葉はあるハズもなく、わたしはただ頷きアジトをあとにした。














何処へ向かっているのかも解らずただワタポの後を黙ってついて歩く。すると突然足を止め喋り始める。



「多分ワタシはもう騎士団に戻れない。あの子が捕まってギルドの事を話して...アジトの内も騎士が調べると思うの。そうしたら写真も見つかる。ワタシは隊長から犯罪者になると思う...港で貴族を殺したのもギルドの責任になると思うし、エミちゃもセツカ様も無実だね」



そこでクチを閉じ日が沈み始める空を眺めて続ける。



「ワタシはみんなの罪を背負うよ。どう償えばいいか何て解らないけど、捨てないで最後まで。だから、エミちゃも罪を背負って最後まで捨てずに生きよう」



考えもしなかった...罪を背負って生きる。なんて。

捨てる事、逃げる事、終わらせる事ばかり考えていたわたしには出ない答え。でも...、



「背負い続けるって、どうすればいいか解らないや。笑っちゃいけない?楽しいって思っちゃいけない?」



本当に解らない。罪を背負う。言葉の重みからの想像でしかないが、今言った事が当たっていた場合わたしには無理だろう。


「ワタシもハッキリと解らないけど...同じ事を繰り返さない様に生きる事だと思う」


同じ事を繰り返さない様に...。わたしの場合は人の命を、命というモノを簡単に考えず、出来る限り奪わない様に、いや守って生きる事。ワタポの場合は...人工魔結晶を産み出さない様に?



「人工魔結晶を作ろうとしている人を止めて、危険な人工魔結晶をこの世界から無くす。エミちゃは命について考えて、命を少しでも守れる様に救える様に生きる事だと思う」


「うん...」


「うん!まずは腕を治そう!あ、やっとワタポって呼んでくれたね」




言葉も出ない。

逃げる事、死ぬ事しか考えていなかったわたしに生きる意味まで教えてくれた彼女に何も言えない。

初めて心の底から自分の命に対して、今生きている事対して、生きていていい事に対して、喜びを感じた。うれしい気持ち、幸せな気持ち、少し救われた気持ちになった。


綺麗事を並べただけかも知れない。それでも、生きていていいんだ。生き続けていいんだ。


産まれて初めて感じる大きな喜びの感情が形になって眼に溜まった。



わたしは、わたし達は、これからもっと生きる。

その為に進む。

進む道がどんなに酷いモノでも、立ち止まっても、戻らずただ前に。




形になった感情はオレンジ色に輝いてゆっくり落ちて染み込んでいった。




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