◇13



土埃が静まり視界に入るソファーやテーブル。そして壁に描かれた悪趣味な蝶のマーク。どうやらここが本当に蛾蝶の巣らしいが...メンバーの姿は...、


「おいエミリオ!女性どころか誰も見当たらんぞ!」


わたしの横で騒ぐこの男。名前はアスラン。

ポルアー村を出た時にタイミング良くメッセージが届いた。ドメイライト付近にまだ居る様子だったので、[女性を紹介してあげるから付き合って]と連絡してみたのだが届いた返事にわたしは戦慄した。


[俺と付き合いたいのに俺に別の女性を紹介するのか?意味が解らん]


意味が解らんのはこっちだ。アスランのフィルターを通すと今のメッセージはこうなるのか?

アスランさんわたしとお付き合いしてください!あ、お付き合いしてくれたら女性紹介しますよ! と。

この男とは出会って間もないがもう何一つ遠慮する気にはなれない。

とにかく女性を紹介するから合流しよう。と連絡をし合流に成功。詳しい話は後にして、わたしはこの蛾蝶の巣に突撃したという訳だが...、



「まずここ...どこや!貴様まさか...嘘ついたのか!?俺様をハメおったのか!?」



人選ミス。ステータス的には強いと思うが性格が最低ランクだった。女性女性、女女、はぁはぁはぁはぁ、とウルサイこの男にわたしは無言で壁のマークを指さした。

欲に溺れていたアスランは指さす先のマークを眼にすると黙り、鋭い眼付きで呟いた。



「絵上手いやん。エミリオ描いたんか?」



終わった。もう何一つこの男には期待できない。

とにかくセッカだ。セッカを探し出して救出しなければ突撃作戦も失敗する。

わたしは広い部屋の奥に座る赤髪の女性を発見し1歩踏み込んだ時、突然アスランがわたしのフードを強く引き戻した。

後ろに引っ張り戻される最中、わたしの眼の前でキラキラ輝く何かが...アスランが引き戻さなければキラキラするアレを全身に浴びていただろう。


あの正体はすぐに解った。騎士隊長が使っていた謎の剣に付着していた爆発する鱗粉だ。

アスランに感謝しつつ、わたし達は同時に地面を蹴り跳んだ。あの量だと後ろに下がる程度では回避にならない。わたしは斜め後ろへ大きく、アスランは鱗粉が降り注いでいない場所を上手く抜け中へ。

直後、轟音を奏で爆発。


再び煙渦巻く戦場と化す。視界を奪われる中わたしは詠唱に入る。何処から攻撃してくるか全く予想がつかない中での魔術は範囲攻撃可能なモノを選び発動。

わたしを中心に水の輪が回転し近づくモノを斬る魔術。この魔術は停止していなければ発動しても不発で終わる。

回転時に発生した風で煙を吹き飛ばしに成功、わたしはすぐにセッカが居た場所を確認したいが後ろから気配を感じ振り向くとメガネの少年がダガー両手に攻撃を仕掛けてくる。今わたしは武器を持っていない。ガードは不可能。

騎士隊長との戦いで回避スキルが磨かれたわたしは難なくダガーを回避。

両手に短剣を持つ少年...間違いなくあの時の1人だ。素顔は思った以上に若い。

ならばアスランの方にあの男が?他のメンバーは何処だ?



「自分の心配をしなよ」



怒りを混ぜた声でそう言い、ダガーを煌めかせる少年。先程よりも速い動きに反応できず刃が肌を撫でる。掠り傷程度だが連続で浴びるとそれなりのダメージ。そして無色光を纏うダガーの攻撃がわたしを襲う。

剣術をモロに受ければ相当なダメージになる。回避も不可能。ならば魔術で押し通すまでだ。わたしはファイアボールを高速詠唱し発動したがその火球を剣術のターゲットに乱舞する。

騎士隊長と並ぶ程の反応速度と対応力には正直驚かされた。

ダガーは軽く、手数も多く、急所を突ける武器だが一撃の攻撃力は低く超近接武器なので距離をとれば剣術の発動もない。

近付いてくる場合は魔術で討つ。


バックステップを1度入れ、その隙に詠唱を終わらせ魔術を発動。予想通り距離を詰めてくるがこの詰め方は騎士隊長の方が遥かに上手い。

発動した魔術は攻撃系ではなくデバフ。足場が土の場合、小範囲だけ泥に変えれる魔術。使い慣れ磨きをかければ石の足場でも泥の様に出来、範囲も広がるがこんな地味な魔術を極める気にはなれない。

泥沼地雷を踏んだ少年は足を奪われその場で停止する。焦りの表情を見てわたしは小さく笑って次の魔術を発動した。緑色の魔方陣から吹き出る太い竜巻が動けない少年へ容赦なく襲いかかる。身体の中心にヒットし、丁度よくデバフも終了し豪快に打ち上げられる少年。

強く地面に落ち意識を失った様でこの勝負は歳上のわたしが勝った。普段ならば勝利のポージングをビシッと決める所だが、とてもそんな気分にはなれない。

戦利品としてダガーを1本頂戴し、すぐにアスランの方へ走る。



恐らくアスランはセッカを守りながら戦闘しているだろう。守りながら戦うのはカナリ難しい。本来の力を発揮出来ないのは当たり前。

とにかく1秒でも早くアスランの助けを。



「アスラン!」



セッカとは違い、何処と無く清潔感がない赤い髪を視界に捉え、わたしは名前を呼んだ。

するとあっさり振り向き左手を上げ反応する。戦闘中にも関わらず緊張感の欠片も感じない動きに焦りを隠しきれないわたしは速度を上げ走る。

慣れないダガーを構え一気に攻めようと考えていたが、モルフォの男は倒れていた。



「無事だったか!助けに行こうと思ったが、貴様やる気満々だったし面倒になってやめたわ!」


「エミリオ!」



アスランの言葉を遮る様にわたしの名を呼ぶセッカ。どうやらアスランが助けてくれたらしい...それにしても。アスランに汚れは1つもない。争った様な跡もなく本当に瞬殺したのか?この男の実力が全く見えない...まぁそれはいいとして。


「無事だったかー、よかったー」


傷1つないセッカの姿を近くで見てやっと張り詰めていた何かが緩んだ。

本当に良かった。セッカは絶対この世界に必要な人間なんだ。こんな所で終わる様な人間ではない。


「どうして私を見捨てなかったの!?私が勝手に...」


泣き出しそうな顔で強く言うセッカにわたしは何をどう言えばいいのか解らず困っていた。するとアスランが空気ぶち壊しの言葉を吐き出す。

この時だけはこの性格に感謝だ。



「エミリオ、まさか...この女の子を俺様に紹介するつもりや無いやろな!?」



そのまさかだ。と言いたかったが、アスランの表情が鋭く変わりわたしは言葉を飲んだ。入り口...わたしの後ろを睨む視線を辿るとそこには眼元を隠した仮面を装備する数人の姿とフードローブで顔を隠す人物。フードローブの色やデザイン的にレッドキャップではない...名のある人物やギルドはフードローブを愛用するのが流行っているのか?



「エミリオ、このお嬢さん連れて行け。あのフードはヤバイ」



確かにあのフードの人物はただならぬオーラ..雰囲気がある。しかし入り口は1つしかないうえ、奴等がそこを封鎖している。逃げる事もできない。怒りを叫ぶモルフォズの声に耳を向けずわたしは持っていたダガーをセッカへ渡した。


「え?これは」


「冒険者になるんでしょ?それあげるから頑張れ」


そう言うとセッカの瞳は一瞬輝き、強く頷きぎこちない動きで構える。

武器を失ったわたしは床に落ちていた剣を拾いモルフォズと戦う覚悟を決めた。



「何が何だか解らんが...俺があのフード相手にするわ。雑魚はよろしく」



そう言い終えるとアスランはクローではなくナックルタイプの武器を両手に装備し、入り口へ突っ込んだ。


突然の動きにモルフォズの反応は遅れたがフードの人物はあっさり反応し、アスランの拳を回避、もう片方の拳は右腕で止める。

黙って見ている暇はなく、モルフォズが一気に中へ入ってくる。どうやら奴等も同じ考えらしい。フードとアスランはそのまま外へ出て1対1。わたし達は...8対2。勝てる確率はほぼ無し。



「セッカ、離れて」


「私も戦います!」


「わかってる。でも一旦離れて」



わたしの言葉を渋々飲み込み後ろへ下がり充分な距離をとる。

1度深呼吸をし不安を吐き出し、わたしはブレスレットへ手を伸ばした。



このブレスレットは子供の頃に無理矢理付けられたモノだ。

産まれた時からバカげた魔力を持っていたわたしは喜んで魔術を連発していた。加減など出来るはずもなく、積み木崩しの要領で壊せるモノは破壊し喜んでいた。

同年代や上の者達が色々な事を学んでいる中、わたしはただ魔術だけを貪る様に調べ覚え、使っていた。

異常な魔力と桁違いの魔術に周りの者は徐々に距離を取り始め、わたしを嫌いイジメてくる者もいた。

ある時、心の底から怒りが込み上げ怒りの感情に従い魔術を連発した所、その者達は壊れ、わたしは産まれた国を追放される事になったのだが、ただ追放ではなく魔力を抑える為にこのブレスレットを無理矢理付けられたのだ。

勿論外すのは簡単だ。1度外してみた時、自分の意思でコントロール出来ない程の感情が込み上げるのを感じ、怖くなりすぐにブレスレットを装備、それっきり外していない。

この国、この世界の事を色々知り、外さない方がいい。と答えを出し今まで生きてきたが...今現在の状況的に、魔力を解放しなければ乗り越える事は出来ない。

子供の頃の話だ。今ならコントロール出来る。

自分にそう言い聞かせ不安と恐れを無理に消し去りわたしはブレスレットを外した。


胸の中で何かが渦巻く様に溜まり吐き気すら感じる。

その後、渦巻く何かが一気に消える感覚と同時に溢れ出す魔力。

全身の毛穴が一気に開く様な感覚。



「お、おい、コイツ」



モルフォズの一人が悪魔でも見たかの様にクチを大きく開き震えると、他の者も同じように震える...。

この隙を逃さずわたしは詠唱無しで魔術を発動した。自分を抑えていたモノが無くなった時だけ詠唱せず魔術を自由に発動できる。子供の...子供の頃以上の力。

蜘蛛の巣の様に複雑な形を描き地面を走る雷、細く鋭い岩の針が数本一気にターゲットを下から串刺しにする魔術、足元と頭の上に魔方陣が展開されその者を重力で押し潰す魔術、風の刃が左右に高速往復しながら足元へ一気に下る魔術、ターゲットを閉じ込め砕け散る氷の華、床に展開した魔方陣に触れた瞬間全身が燃え上がる魔術。


これらを一瞬で発動し、モルフォズを壊した。発動後に襲い来る頭痛も昔と変わらない。いや...昔よりも遥かに強力。頭が割れそうになる程の痛みに堪えきれず膝をつくわたしを見て、小さく声を漏らすセッカ。全身が小さく震えている。


....無理もない。お話の中でしか存在しないと言われている者が今まさに眼の前に存在しているのだから。


頭痛もおさまり始めたのでわたしはアスランの助けに向かおうとした時、今まで体感した事のない痛みが脳を貫きそこで記憶は途切れた。






肌を刺す様な痺れが全身を駆け巡る感覚。

心の底から沸き上がる恐怖。

この少女は...人間ではない。


見た目は人間と変わりはないが、この魔力。

魔力を感知出来る訳でもない私ですら感じてしまう程、濃く重い魔力。

実際に会った事も見た事もないが、断言できる。

この少女は...、



「...魔女」



物語の中で度々登場する魔女と呼ばれる者達。今ではその存在は本の中だけとまで言われているが...間違いなく今私の目の前に、魔女が存在している。


ギルドの者達の命を一瞬にして奪う魔術...ここから今すぐ逃げ出したいが恐怖で足が動かない。

この少女が眼を覚ます前にここから逃げ出したい、いや、逃げなければ次は私が殺されてしまうだろう。

そう思う一方どこかで、この少女は無意味に人の命を奪わないのでは?と思う心も存在していた。私は今生きている。無差別に命を奪う存在ならば私を気遣い下がらせたりしないハズではないか。それに眼が覚めた時には今までの自分に戻っているかも知れない。

そう考えていると少女はゆっくり起き上がった。



「...エミリオ?」



声をかけてみたモノの耳を傾けず外へ走り去った。

なんとか、なんとか命を落とす危機を逃れた私は一気に力が抜ける。知らず知らず強く握り締めていたダガーを離し詰まっていた息を吐き出す。


しかし再び息を飲む。

外で響く轟音は忘れていた事を思い出させる。外にはまだ人がいる事を。

私が行った所で何も出来ないが無意識に足がその方向へ進む。


炎の渦が空を廻り、地面は深くエグれている。

フードの人物が剣を向け少女に斬りかかったが、風の壁に打ち上げられる。男性は後ろから少女へ近づくも同じ結果に。

倒れ込むフードの人物へゆっくり近付く少女。そして、



「!?」



フードの人物は危険を感知し咄嗟にその場から離れる。と、同時に大きく鋭い風の刃が地面を深くエグりとる。

吹き荒れる突風に眼を伏せ、次に見た時フードの人物は離れた位置で膝をついている。



「おいお嬢さん!エミリオに何が起こったんや!?」



男性が私に叫ぶ。何が起こったと言われても...、まさか。

私は急ぎ室内へ戻り床の上にあるブレスレットを手に取る。ハーフデザインのブレスレットは予想通り、中心に石が...マテリアが装備されている。急ぎ外へ戻り男性に叫び返した。



「コレをエミリオに!」



そう叫び私は男性へブレスレットを投げ渡した。これ位しか私には出来ない.....。

男性はブレスレットをギリギリでキャッチし、すぐに理解した表情を浮かべフードの人物へ声をかける。


「アイツに手錠かけるから一旦手伝え!」


無言で頷き、フードの人物は少女へ再び攻撃する。

今度は風の壁ではなく、地面から無数の岩の槍が出現し攻撃を仕掛けてくるも、フードの人物は素早く反応し回避しつつも接近し、剣を振るった。

赤い液体を撒き散らし跳ね上がる様に空へ打ち上がる腕。



一瞬の出来事で何が起こったか理解出来なかったが、腕を失ったのはフードの人物だった。しかし臆する様子もなく、その場で跳び、打ち上がった腕を少女へ蹴る。


蹴り飛ばされた腕はあっさり回避されるも、その腕から溢れ出る血液が少女の顔へ付着。一瞬、本当に一瞬産まれた隙に男性は飛び込み少女の腕に手錠をかける様にブレスレットを腕に装備した。


頭を抱えもがき苦しみ暴れる少女は無差別に魔術を発動するも、狙いも無く虚しく音を立てて消え去る。

轟音が止み静まる外に少女は倒れていた。



「うまくいったな...次は貴様等の手当てや。中借りるで」




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