◇12
音が響く度に眼を細め奥歯を噛む。ぶつかり合う度、剣から落ちる鉄の破片。
元々ボロボロだったロングソードへ容赦なく剣をぶつける騎士隊長。こちらの反撃に顔色1つ変えず対応し、剣を振る。
天井の穴から射し込む太陽の光だけが室内を照す。その薄暗い室内で散る小さな火花の回数は徐々に減っていく。
先程から似たような攻撃しかしてこない騎士隊長様。上下の斬り、そして突き。あと数回確認し、同じ動きだった場合は突き後に剣術を叩き込んでやろう。自然と剣を握る両手に力が入り、わたしはその時を待った。
わたしの攻撃を防御し、そして反撃。予想通り同じ連繋の振りをわたしは見逃さず突きを回避し1歩踏み込んだ。無色光を纏うロングソードが騎士隊長を的に振り下ろされる。
風を斬り襲いかかる刃に騎士隊長は表情1つ変えない。
この状況でも焦り1つ見せない騎士隊長に一撃を...、
「待ってたよ」
小さく呟き、口元を少し緩め笑う。
待ってた?わたしが剣術を発動するこの瞬間を?
突きの時に前へ踏み込んでいた右足を軸に身体を回し、わたしの背後へ素早く移動、剣術も回避。がら空きの背中へ反撃の剣術を繰り出す。無色に輝く刃を横目にわたし焦らずクチを動かした。
地面から太く鋭い岩が突き出て騎士隊長を襲う。ギリギリで気付き、剣術を硬い岩へ撃ち込み反動のノックバックすら回避行動に使う。しかし鋭い岩は1本ではない。2本、3本、そして4本目の岩も軽々と回避したが狙いは隊長へダメージを与える攻撃ではなく距離をとる為の攻撃。2本目の岩が現れた時わたしは既に次の詠唱を初めていた。4本目を回避し終えたと同時に魔術を発動。三日月型の風の刃が回転し襲いかかる。縦横斜めから迫る刃を上手く回避しているが、この魔術は...この刃は何かに当たれば直ぐに打ち上がりまた同じ動きを繰り返す、勿論打ち上がった時に軌道は変わる。バックスピンがこの効果を産み出している。中級魔法..といった所か?
しかしこの魔術も騎士隊長様には通じない。落ち着いて軌道を読み回避を繰り返す中でこの魔術の弱点に気付く。
ウインドカッターに比べて速度が遅く横から衝撃を与えれば消える。縦回転の刃を回避と同時に横から叩き魔術を打ち消す。モンスター相手にはそこそこ使える魔術だが対人となれば話は変わる。速度を上げる必要がある様だ。
「初めてみたかも、今の魔術」
騎士隊長の呟きは間違っていない。この魔術はウインドカッターをベースにわたしが考えた魔術。ウインドカッターよりも長い詠唱と多くの魔力を消費し発動する魔術だが、パワーを重視したせいかスピードが遅い。
しかし今の一戦で隊長の中でわたしは “見た事もない魔術を使う相手” になる。
これによって攻撃か防御かの判断を鈍らせる事ができる。距離を詰める様に前へ出る隊長へわたしはロングソードを投げ飛ばす。身体を捻り両手を大きく振り一気に投げ飛ばしたロングソードは先程の魔術よりも早く、そして重い。
弾くよりも回避の方が隙が生まれない。と判断したのか、すぐにサイドステップで回避するが、もうどう動いても射程距離だ。
ロングソードを投げ飛ばす前から詠唱を始めていた魔術。それを今発動した。わたしの後ろに3つ魔方陣が展開、その魔方陣から大きな音と共に放たれる青い雷。
気付いた時にはもう雷はターゲットの前まで迫っている。
雷属性の魔術は詠唱の長さと魔力消費量が多い。しかし速度、攻撃力、デバフを持つ有能な魔術。
詠唱時間や魔力消費量の問題で簡単に発動できないと言われているが、わたしには関係ない。
地面をエグり瓦礫を粉々に吹き飛ばす威力。砂埃の中を走る雷光。
今の距離と反応タイミング的に回避は不可能。魔術のダメージを軽減する魔防系の魔術を発動したとしても確実にヒットした雷魔術の勢いは防ぎきれない。
今この瞬間に教会を出てポルアー村へ走ってもいいのだが、追われても面倒。わたしは追撃の魔術を放った。赤い魔方陣から炎の竜巻が吹き出て騎士隊長がいると思われる場所やその周りを焼き飛ばす。
「.....」
集中力を最大まで研ぎ澄ませ。砂埃や瓦礫の影を上手く使い接近して来ている確率もある。
一瞬にして静まる教会内。そして響く瓦礫が崩れ落ちる音。
予想通り騎士隊長は生きていた。魔防系の魔術を使いダメージを軽減し、追撃の魔術も上手くやり過ごした様だ。
わたしは剣術も体術も全然知らない。しかし魔術だけはその辺にいる人間やモンスターには負ける気がしない。
瓦礫の山から姿を現した隊長は思いの外ボロボロの状態。制服の腕も焼き飛び肌が露に。火傷や切り傷、擦り傷。しかし顔は笑っている。
この状況で笑う...何を考えているんだ。
「...剣術も体術もダメなのに、魔術は凄い...動きながら詠唱 それも魔女語を省略して...。異常に高い魔力には警戒してたんだけど想像以上だね」
「...もういいでしょ。わたし行くね」
「ダメだよ?」
そう言うと隊長は手に持つ剣を荒々しく投げ捨て、フォンを操作しはじめた。ここでゆっくりフォンを触らせる程の優しさはわたしには無い。詠唱速度、魔力消費、魔術速度、狙い、全てが使いやすいファイアボールを放ったが驚いた事に隊長は迷わず左腕で火球を残さず受けた。左腕を火傷状態にしてまで取り出したモノはポーションや戦闘アイテムではなく、1本の剣。
茶色に鈍く輝く剣、所々錆び付いていて強い剣には見えないが...腕1本捨ててまで取り出したアレは独特なオーラを放つ。
なに食わぬ顔で柄を握り勢いよく抜刀。引っ掛かる様にザラつく音を奏でて現れた刃は同じように鈍い輝きと錆。
キンッ、と1度音をたて握り直し一気に距離を詰める。一瞬反応が遅れるもギリギリで回避に成功。追撃も回避し、距離を取ったが足を止めずに詰め寄る隊長。魔術をメインに使う相手には距離をあけず足を止めず戦うのは基本。しかしそれは停止して詠唱する相手の場合だ。
魔術は基本的に動かず詠唱する。停止し魔女語を唱えマナと魔力を溜め、放つ。
動きながらの詠唱は不安定になり威力が低下、最悪魔力を消費しファンブルする。
しかし、わたしは動きながら詠唱する事が出来る。威力もファンブルもないと言いきれる。クチさえ動けば魔術の発動は100%可能。
詠唱速度もその辺の人間には負ける気がしない。なのでわたし相手に距離を詰める戦法は魔術潰しの効果にならない。勿論、今も詠唱しながら回避していたので魔術の発動は可能だが隊長の後ろ...先程まで自分が立っていた場所、別の言い方をすると隊長が今さっき斬った場所。その何もない空間が一瞬小さく輝き、次の瞬間爆発した。爆破系魔術かと思ったが、それは無い。あの速度で動き剣を振っていた隊長には詠唱する余裕はなかったハズ。仮に停止中に詠唱を済ませていたとしても発動させずに動き剣を振るなど魔術特化の人でも不可能だろう。
驚きながらも魔術を発動し隊長との距離を更にとった。あの剣は何かが違う。そもそも錆び付いた剣など使うか?何かある...わたしの眼は隊長ではなく、隊長の持つ剣を睨んでいると小さく笑い言った。
「所見だと魔術だと思ったり何が起こったか解らなかったりで判断力が低下、その隙に攻めるんだけど...まさかもう剣に細工がある。って気付くとはね」
「魔術ならすぐに解るからね。その剣...錆じゃないしょ?」
自分の予想の中で一番確率の低いモノを選び言ってみる。アレは錆ではなく火薬やらの粉でそれが何らかの方法で爆発した。武器や防具に詳しくないわたしでも、あり得ないと思うレベルだが、会話の中からヒントを拾うには丁度いい予想だ。
「うん、錆じゃない。コレね...鱗粉なんだ」
まさか一番確率が低いと思っていた予想が的中するとは...それに錆ではなく鱗粉?..って確か蝶等の翅についてる粉だったハズ...それが剣に付いていて爆発?
どういう事だ?と考えていると隊長は距離を一気に詰め、鱗粉付きの剣を振り下ろす。回避中も剣を見続けていると確かに粉が舞っている。オレンジ色に近い赤の粉は剣を振ると吹き出る様に舞い、小さくキラキラ輝き落ち爆発した。剣を振って2~4秒後に爆破する様だが...アレはガードした時身体や武器に付着するだろう。ガード不可能の剣、と言った所か?そんなチート武器に合わせて隊長の剣術...面倒な相手がさらに面倒に。
とにかく黙って爆破される気はない。風魔術で動きを誘導し、土魔術で貫く作戦に出たが風は回避され土魔術を爆破され失敗に終わる。火と土、風と火、風の連発、色々な組み合わせで攻めても先を読む動きで全てやり過ごす。
.....。
まてよ...この騎士も魔結晶の餌にしてしまえば早いのではないか?殺す気でいるならば魔結晶の生け贄にしても変わらない。相手は接近戦をしようと近づいてくるのを利用してクリアストーンを使えばいい。
奇跡的にクリアストーンは腰ポーチに入っている。1度マナで刺激すれば吸収効果が発動される...魔術と一緒にクリアストーンを騎士隊長へぶつければいいのか。風よりも火の魔術の方がいい。
わたしは動きを止め、その場で魔術の詠唱を始める。隊長を近づかせる為にファイアボールをいつもよりゆっくり停止詠唱する。詠唱時間的に下級魔術ではないと判断し、一気に距離を詰め魔術を潰しにきた。詠唱を終えると同時にポーチから球体を取りだし隊長へ向け投げ捨てる。その球体を追うようにファイアボールが舞う。
隊長は しまった。と言う様な表情を一瞬見せたがすぐに鋭い戦闘モードの表情へ戻る。
クリアストーンと火球が重なり合った瞬間、回る様に火球はクリアストーンに吸い込まれる。近くを舞っていた火球もその吸引力に誘われる。クリアストーンとファイアボールが重なり合う瞬間、隊長の剣がその2つにヒット。
「やばっ」
隊長が小さく言った言葉の後すぐにわたしも予想していなかった事態が。
剣に付いていた鱗粉がファイアボールの火で大爆発を起こした。耳を貫く爆音も視界を包む爆光も感じたのは一瞬。
激痛がわたしの身体を駆け巡り思考を、意識を停止させる。
◆
鼻を刺激する匂い。
この匂いは一体.....知ってる匂いだ。
ドメイライトで何度も、わたしの産まれた国でも嗅いだ匂い。この匂いは子供の頃から大嫌い。
コーヒーの匂い。
「ん...、痛った、、」
コーヒーの匂いで眼を覚まし身体を起こそうとした時、痛みがわたしの記憶を起こす。つい痛みで眼を閉じてしまった...暗闇の中で思い出す。セッカの事、騎士隊長の事。
「あ、おはよエミちゃ」
思い出していた時、わたしの耳に届いた声で閉じていた眼を開いた。瞳を強く刺激する光に眼を細めながら視界に広がる世界を見た。
本棚が1つに机イス、フォンを自分のアイテム倉庫へ繋ぐ為のプラグが1本壁から。
そしてわたしが今まで寝ていた木製のベッドが1つ。シンプルすぎる部屋...。
「大丈夫?」
二度届く声。その方向を見るとイスに座りマグカップを持つ女性が座っていた。
髪を下ろし服装も違うが間違いなく騎士隊長ヒロ。
ローブマントの様なモノを装備し、コーヒーをクチヘ運ぶ姿は図書館とかに居そうな雰囲気を醸す。
なぜこのポルアー村にいるのか、なぜ隊長がまだいるのか、色々聞きたい事はあるが、今は何よりもセッカ救出が優先。なのだか、クリアストーンはもう無い。かと言って黙って寝てる訳にもいかない。セッカは無実なんだ。それなのに騎士に命を狙われ、今は謎の仮面集団に捕まって...損な程まっすぐな性格の王族なんて今この世界に何人いる?冒険者になると言ったのはセッカだ。悩んで決めた事だろうから、わたしは何も言わないけど...彼女の様な人間が人の上に立つべきなんだ。自分の娘を殺してはい終わり。なんてバカな事を考える奴よりよっぽどいい女王様になれるハズ。無罪放免だか無罪奔放だか知らないけど、そうなるまで冒険者セッカを見てみたいし無罪だと世界が理解した時は、セッカではなくセツカが姫ではなく女王になってドメイライトをもっともっと良い国にするんだ。
無言で立ち上がり部屋を出ようとすると、ドアの前で小型犬が唸りをあげ睨む。
「...なにコイツ、ねぇ この犬どかして」
「寝てなきゃダメだよ」
「アンタが寝てればいいじゃん」
「怪我してるんだから寝てなきゃダメだよ」
何を言ってもバカみたいに寝てなきゃ、ダメ、ゼッタイ。と言う騎士隊長。なぜ騎士隊長はここに居るんだ?わたしはなぜポルアー村に?
先程も思った事をまた思い、犬が油断するまで色々聞く事にした。
「ワタシがクゥにエミちゃ乗せて、一番近くの村へ走ったの。火傷とか傷があったし起きなかったからね」
ふーん、と言いわたしはドアの方を見る。犬はまだドアの前でおとなしく座っている。
「なんで殺さなかったの?起きないならその隙にサクっと殺っちゃえばよかったじゃん」
「戦意がなくなったって言うのかな?ワタシも必死だったんだよね」
意味が解らない。わたしを救う為に必死だったのか?やっぱりこの騎士はバカだ。わたしが騎士の立場ならこんな任務絶対受けない。それでクビになるなら喜んで辞める。
湯気が立つマグカップをクチへ運び、一口飲み言った。
「昨日の...クリアストーンだよね?セツカ様は何処に居るの?..、あ、任務の事はもういいゴメンね」
何がゴメンだ。今さら殺す事にビビったのか?それとも今さらこの任務が間違ってるって気付いたのか?
なーにが、昨日の...クリアストーンだよね?だ。ふざけ...、
「昨日!?」
怒りでつい聞き逃す所だったが、今間違いなくこの騎士は昨日、と言った。マズイ...わたしは約1日寝ていたのか?あの仮面は確か...3日と言っていた。3日って何時から3日?一昨日の事件だから...一昨日からの計算?昨日からの計算?こういう場合は一昨日から考えよう、それがいい。
って事で、一昨日が1日目だとして、一昨日、昨日、今日...今日3日目じゃん!これはヤバイ!何寝てたんだよわたしは...。とにかくクリアストーンだ。クリアストーンを用意して村の人間を根こそぎ魔結晶の餌にすれば間に合う。
「ねぇ、クリアストーンってどこでゲットできるの!?急いでるの!」
わたしの突然の声に驚きマグカップを落としそうになる隊長。落ち着いてマグカップを机に置き言った。
「クリアストーン自体がレアモノだから今日明日でゲットするのは無理だよ」
その言葉を聞いたわたしはそのままベッドに倒れた。本当に終わったのか...見捨てる?...見捨てるくらいなら仮面に真っ向勝負を挑んでやろう。なんたってこの騎士隊長とあれだけ戦えたんだ。まだ奥の手もあったし、やれそうな気がする。
よく見ると今装備している防具は...これは服だ。こんなポルアー村産の服で仮面舞踏会に参加できない。すぐにフォンを操作し防具を探すが、見当たらない。何度見ても。
「ねぇ、わたしの防具知らない?」
「宿屋の店主が預かってると思う。けどアレもう使えないと思う」
「は??」
「ボロボロだったからね」
死んだ終わった。武器もないし。最悪なんてレベルじゃない。こんなのあり得ないでしょ。てかこの騎士が邪魔しなければ全部問題なく進んでたんだ。なんなのこの騎士。
「あのクリアストーンでポルアー村の人達を魔結晶にしようとしてたでしょ?」
突然、騎士隊長が言う。勿論わたしは魔結晶の事など言っていない。
「なんなの急に」
「昨日のエミちゃ、酷い顔してた。何があったの?」
「何でもない」
「そっか...もし今クリアストーンがあってポルアー村に居て、ワタシの言った事をするつもりだったなら、今度こそ本気で剣を向けなきゃならない」
今度こそ本気?あれは本気じゃなかったのか?...落ち着いて考えればそうなるか。ムカつく。それよりも、
「わたしよりも先に剣を向けなきゃならない相手が居るんじゃないの?」
「え?」
「え?じゃないよ。あの廃村の事は何も調べてないの?後でバレても罪にならないの?ふざけるな!そもそも騎士が確りしていたらセッカもこんな事にならなかったんじゃないの!?」
「どういう事?」
騎士隊長は本当に何も知らなかった様子でわたしの話をただ黙って聞いていた。なぜ話したのかは今も解らない。怒りと勢いで言ってしまったのか...言うつもりは微塵もなかったのに。
レッドキャップの事、港での事、そしてセッカが捕まった事。どんな連中に捕まったかまでは話していないし、それ以外も詳しく話した訳ではない。怒っていたわたしは騎士をバカにする様な、挑発的な言い方をしていたが隊長は黙って話を聞き、そしてゆっくりクチを開いた。
「どんな連中に捕まってるの?」
「眼のとこだけ隠した仮面の連中」
一瞬騎士隊長の瞳が揺れた。気がした。
「クリアストーンの事...人工魔結晶の事もその連中が?」
「うん、人工魔結晶作って持ってくればセッカ返すって。期限今日までなのよね、だからわたしいくね...クリアストーン無くなったし、もうアイツ等ブッ飛ばしてセッカ返してもらう」
何か知らないけどイライラが溜まっている。もう辺り構わず魔術をぶっぱなしてやろう。と心に決めた時、騎士隊長は言った。
「多分それ...ギルドだよ。ギルド ペレイデスモルフォ」
ギルド ペレイデス モルフォ。
ギルドマスターを含めて10人程の小型ギルド。メンバー全員が蝶モチーフのタトゥーを持つ。
移動中等は目元だけを隠す仮面を装備し派手な行動はしないギルドだが、実力的にはBランクレベル。
ギルドマスターのマカオンはフードで顔を覆い姿を隠しているが名前はそれなりに広まっている。
「マカロン?知らないし」
広まっているとか言われてるくせに全然聞いた事ない名前。お菓子みたいな名前だし、みんなマカロンと勘違いしてるんじゃないのか?
「マカオン、アゲハ蝶の別の呼び方かな」
「ふーん、どうでもいいや」
わたしは聞く耳持たぬ状態でアイテムポーチの調整を始めると騎士隊長は剣を握った時の様な真面目な顔で言った。
「どうでもよくないよ。そのマカオンって人、相当強いし迷いなくセツカ様を魔結晶の材料に使うと思う」
「そうなる前にセツカ様を殺したい。って訳っすか、ほんと素晴らしい騎士道だこと」
「素晴らしい騎士道でしょ?その騎士道を最大に使いたいからお願いするね」
一回一回喧嘩を売るわたしには見向きももせずフォンを操作しながら言う騎士。
指の動きが止まった途端、わたしの顔を見て強く言った。
「助けたいって気持ちは同じ、だから協力して。今のワタシじゃ足手まといになるだけだから、お願い」
殺すと言っていたのに次は助けたい。と。そろそろこの騎士に腹が立ってくる。何を企んでいる?助けた後に殺すつもりか?協力してと言いつつ始末する罠か?
「悪いけどアンタを頼るつもりはない」
わたしは短くハッキリ言い、フォンからワインレッドのフードローブを取り出した。子供の頃使っていた防具、あの頃はズルズル引きずって歩いていたが今ではピッタリ。
ドアの前にはまだ子犬が座っているが、もう待っていられない。わたしは全開に開かれた窓から飛び降りた。ここが何階なのかも知らずに。
「え!?エミちゃ」
騎士隊長は想像していなかったわたしの脱走に声を上げるが、まさかの一階で即着地できる事を想像していなかったわたしは思いきり足を捻った。ここまで来てしまうと最後まで格好付けたいので立ち上がりローブを少しバサっと靡かせ無言のまま村を出た。追ってくる気配もなく、気持ちを切り替えて地図のバツ印へ向かった。
左手首につけているブレスレットを無意識に撫でて。
◆
またやってしまった。
いつも私は我慢できずに1歩前へ出てしまう。しかし今回は やってしまった では済まない。もしエミリオがこの者達の言った事をしてしまえば私の身勝手な行動で命を落とす人々の数は村1つ分にもなり、エミリオの冒険者としての人生を終わらせてしまう。
お願い。私を見捨てて。
この者達の言う事なんて聞かないで。
唱える様に何度も何度も願った。
何度も。
「てゆーかさー、ボクはアイツが逃げると思うけどねー」
少年が面を外し言う。
眠そうな瞳とは裏腹に楽しげに言い笑う口元。
テーブルの上にあるメガネをかけイスへ腰かける。
「逃げると思うから早くこの女を使って次の魔結晶を作ろう。そう言いたいのかリョウ?」
少年の言葉への返事だろうか。太い声で言い同じ様に面を外し豪快にソファーへ座る。革の軋む音が微かに聞こえる。
「今日が期限最後だしボクは そろそろ魔結晶を作る準備をした方がいい。って言いたいね」
私がこの者達に捕まって3日目。このまま誰も来ないで。これは私の失態...ここで命を落としても...。
両眼を強く閉じ願っていると少年が私に問いかけた。
「ねぇーお姉さんはどっちだと思う?来る?来ない?」
暇を持て余しているのか、私と会話しようとする少年...私は答えた。
「来ない、と思う。いえ、来てほしくない。が正しい言い方です」
「アハハハ、そんなに怖がらなくてもいいよ。時間までは何もしないからさー」
足をバタつかせ笑う少年に私は問いかけた。
「なぜ魔結晶を作っているのです?アナタ方の実力ならば討伐系のクエスト等でも簡単にお金を稼げるのでは?」
私の問いかけに少年の口元はキュッと絞まり鋭い瞳でテーブルの一点を睨み黙る。
ソファーの男は両眼を閉じ動かない。
触れてはならない部分に触れたのか?
私も黙りただ少年を見つめていると、少年は閉ざしたクチをゆっくり開き言葉を吐き出した。
「ドメイライトの騎士を、王族を、許さない。同じ思いを....」
そこで少年はクチを固く閉ざした。変わりにソファーの男が話を始める。
「10年前にこの大陸にあった村を知ってるか?蝶が多く生息する場所にあった村」
私は無言で頭を揺らし男を見つめた。
「その村は10年前に無くなった。ドメイライトの王がデザリアと戦争を始めて、村はその2国の衝突に巻き込まれた。村人の避難よりも先に武器や兵士を集め戦争には勝った。何とか避難し生き延びた村人にドメイライト王は有り難い言葉を言った」
そこで言葉を切りクチを閉ざす。そして今度は少年が言う。
「国の為に犠牲になれたのだ誇りに思え ってね。その後、生き延びた村人達は騎士団長が用意した建物で一時的に保護された。でもその建物が人工魔結晶の研究所で村人達を使った研究が始まった」
何も...何も知らなかった。
教えてもらっていない。ではない。自ら調べ知ろうとしなかった...国民を使って魔結晶の研究をしていた...この様な事実が世間にバレれば国民は反乱を起こすだろう。しかしその研究はもう打ち切りになっはハズでは?
「その研究を仕切ってた人間は今騎士団長になってる。そして研究の材料になった村人の中にボクの両親がいる」
「えっ...」
「復讐なんて下らないって笑うかい?でもねお姉さん、ボク達にはもうこの怒りしか残ってないんだよ。だから誰が何を言おうと同じ事をしてやるのさ。皇都を潰して人々を集めて魔結晶の素材に使ってやる...団長と王の目の前でね。そうすれば少しは理解出来るでしょ?ボク達のこの気持が」
「お前の気持ちとか考えとか、知るかよ」
突然響く声に2人は腰をあげ武器に手を伸ばす。
私も何処から声が聞こえたのか全く解らないが、この声は間違いない。私を連れ去ってくれた少女の声だ。
声が途切れた途端、ドアが爆発し砂埃に浮かぶシルエットに視線が集まる。
マントの様な長い布が爆風で靡く。
「魔結晶は無い!セッカは返してもらう!文句言うなら燃やすぞ蛾蝶」
「待てエミリオ、女性を紹介してくれるって...蛾蝶のメスって落ちは無しだぞ?」
少女と出会ってから私はまだ浅いので珍しいのか判断出来ない。しかし、少女は似合わない程、真面目な表情と強く輝く瞳でそこに立っていた。
少し大きめのローブを揺らして。
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