◇11



部屋に漂う独特な芳香。

湯気にのって届く温度と深みのある香りにやっと頭が起き始める。愛用のマグカップに注がれた黒い液体をゆっくりクチへ運びノドを通し身体に流し込む。朝はコレが無いと始まらない。

愛犬のクゥには毎朝ミルク。ワタシはコーヒー。

ゆっくり飲み朝の仕事前のひとときを過ごしている。フォンを片手に朝一番のニュースに眼を通していると突然フォンが鳴り響く。耳を刺す機械音を朝から聴かされるのはいいモノではない。メッセージではなく通信、通話だ。相手は...画面に出る相手の名前を見て眼が完全に覚める。残っていた眠気も一気に吹き飛ぶ程の効果を持つ名前。


ドメイライト王国 騎士団 団長 フィリグリー。


慌てて通話を繋ぎ朝の挨拶をきっちりする。まさか今日最初に聞く人間の声が騎士団長になるとは微塵も予想していなかった。


「おはようございます団長!」


わたしの挨拶を聞き、独特な間を開けフォンから耳へ届く声に集中力を使う。


「おはようヒロ君。朝早くにすまない、早速だが用件を言う」


団長が無駄話をしている所など見たことも聞いたことも無い。いつも真面目で隙がない独特なオーラを纏う団長。何度か団長を目の前に会話をした事はあるが正直息が止まるかと思う程、張り詰めた空気とオーラだった。


「すまないが準備が整い次第、団長室へ足を運んではくれないか?無論、優先すべき用がある場合はそちらを優先してもらって構わない」



団長室。副団長や団長隊、王族レベル以外は簡単に入れない部屋。団長室に1度も入る事なく終わる人の方が多いと言われているドメイライト騎士団では伝説とまで言われる部屋。そこに今ワタシが招かれた。団長から直接連絡が来る事事態あり得ない事、さらに団長室まで来てくれ。と。いよいよただ事ではない。ワタシは短く返事を言い、それを聞き終えると団長はすぐ通話を終了させた。

時間にして僅か13秒。たった13秒の会話にあり得ない程の集中力を消費したがワタシはすぐに準備を始める。

マグカップにはまだコーヒーが半分程残っているがそれを飲み干してから行く選択はワタシの中で出なかった。心の中を渦巻くモヤを一刻も早く消し去りたい。


ワタシの家はドメイライトの一層目にある。二層目に住む事も出来るが家に帰っても外は騎士だらけ。そんな環境ではオンオフの切り替えが出来ない。それに街に住む人々とふれ合い、生活を楽しみたいと思ったので一層目に住む事にしたのだが、今ばかりは二層目に住んでいれば。と思ってしまう。

二層目に行くには階段を登らなければならない。長くもなく短くもない階段。普段はゆっくり登っているので疲れないが駆け登るとそれなりに疲れる。こんな所でモタつく訳にもいかないのでワタシはクゥの背中に乗り、一気に騎士団本部まで爆走した。


後輩騎士達が挨拶をしてくれる。嬉しい事だが今は軽く返事を返す程度しか出来ない。本部に到着後クゥは小型モードに戻り、ワタシは団長室まで自らの足を使い走った。さすがに建物内でフェンリルを爆走させる非常識な行動はできない。



クロスした剣、大きな盾。扉に彫られたこのデザインを見るのは三度目。最初に見たのは正式に騎士団へ加入した時。二度目は隊長に昇格した時だった。今回はなぜ呼ばれたのかすら解らないうえ、団長から直接連絡が来たという一番恐ろしいパターン...。まさかヒガシンが何かやらかした!?

いや、それはない..と思う。たしかに騎士としては雑さは目立つがそれがヒガシンのいい所でもある。

他の者も何か問題を起こすタイプでもないし...いよいよ解らない。この扉の向こうへ行けばこのモヤモヤも晴れるのだが、その1歩が恐ろしく重い。しかし何時までも扉の前で迷っている訳にもいかない....行こう。

扉に付いている輪を握り、扉を軽く叩く。ノックの音が響き、入りたまえ。と声が返される。それを聞き終え、ゆっくり扉を押し開いた。


「楽にしてもらって構わない」


ワタシの挨拶よりも先に団長が言った。それ程までにガチガチたった様で、1度深呼吸をし自分を落ち着かせた。


「そ、それで団長...」


用件を聞こうとクチを開いたが、団長が取り出した紙...書類系の紙がワタシの言葉を止めた。渡された書類に眼を通す。どうやら報告書の様だが...、


「えっ!?団長、これは!?」


「そこに書かれている事は全て事実だ。その現場を見ていた騎士達や民間人も多数存在している...君を招いた理由はその報告書に書かれている人物についてだ。」



団長の鋭く光る眼光さえも今は無視してしまう程、信じられない事がこの報告書に書かれていた。これこそあり得ない。

自然と身体に力が入り、手には汗が。



「君の報告書に書かれていた人物と、その報告書に書かれている人物は同じと見たのだが...間違いない様だな」


「今から君には特別任務を命ずる。青髪の少女を追い発見次第確保、やむを得ない場合はその場で手をかけて構わない。勿論、同行していると思われる姫もだ」



昨日、港町 ノムーポートで貴族二人が殺害された。殺害した犯人はドメイライト王国 姫 セツカ。手を組んでいると思われる人物は赤帽子を被った青髪の少女。貴族殺害後、二人はその場から失踪、現在も行方を掴めていない。

今回の事件は目撃者の口止めをし、公には公表せず極秘任務として扱う。

青髪の少女、ドメイライト王国姫を追跡、発見後確保。

抵抗する場合はその場で速やかに処刑せよ。


ドメイライト王国 国王。



...国王からの任務..。

信じられない。セツカ様が人を..手助けしたのがエミちゃ...信じられない。ではない..絶対にあり得ない。


しかし、なぜこんな極秘任務をワタシに?これは間違いなく最高ランクの任務。その場合、団長隊に任せる方が確率も効率もいいと思う...一体なぜ..。


その答えもすぐ団長は答える。わたしの心を見透かす様な瞳を向け、ゆっくり言葉を並べた。



「私の隊は皆姫と顔を合わせてしまっている。上層部隊に任せる事も出来るが...君も自由に動けた方が都合がいいだろう?ヒロ君。期待している。君の働きに。では、よろしく頼む」


「.....」










騎士団長フィリグリー。

全く読めない表情の裏で何を考えている?

それに国王も...自分の娘を殺せ。と騎士団に命令をする等...あの紙切れに書かれている事が事実だとしても、捕らえて話を聞いてからでも遅くないのでは?抵抗する場合はその場で速やかに処刑...解らない。何をどう考えればこんな答えになるのか。自分の娘への愛情は無いのか?騎士団長も王の命令だからといって、はい解りました。と簡単に引き受けたのか?


エミちゃ...あの子は何をしているんだ...こんなトラブルに巻き込まれて、いや、巻き込まれに行った。が正解だろうか。

自分が今、命を狙われている立場になっている事など絶対予想もしていないハズだ。



「...。こんな所で悩んでても始まらない..」



行こう。とにかくエミちゃに会わなければ嘘も本当も解らない。ワタシはすぐに帰宅し、フォンにコードを繋いだ。アイテムボックスに入っている使えそうなアイテムをフォンへ、フォンのポーチから不必要なアイテムをボックスへ。朝入れたコーヒーはすっかり冷えきっていた。


長旅になるだろう。家の掃除をしてから出発しよう。

ヒガシンには団長から報告があるだろうから、そこは任せるとして...エミちゃにメッセージを送ろう。


本題は会ってからに。とにかく今すぐ会えないか?と伝えた。

すぐに返信が届き眼を通す。

どうやら今は平原の村跡地に居るらしい。そこで待っていてもらい、ワタシは家を出た。

何が本当で何が嘘で...そんな事、聞くまでもない。

エミちゃが人を殺す手助けをするハズがない。それに姫もあり得ない。直接会った事も、見かけた事もないが、噂は何度か耳にした事がある。

いつか王位継承された時の為に、必死に知識を身に付け、人々の平和、世界の平和を強く願う人物だと。

そんな人が貴族を殺す等あり得ない。なにか...なにか裏があるハズだ。


オートパイロット状態で街を出てすぐ、クゥが本来の姿に戻る。

背中に乗りクゥに目的地を伝え、一気に地面を蹴る。

モンスターを発見しても無視し、ただ走る。

数十分で村跡地が見えてきた。


ここの村は...、とにかく入ろう。クゥは再び小型モードになり村へ。

確か...村の奥にある教会に居るとメッセージに書いてあったが。

教会と呼ぶには相応しくない程ボロボロになっている建物がそこにあった。


ゆっくり中へ入り、辺りを警戒しつつ進むと微かに声が聞こえる。少し速度を上げ進むと広い部屋に到着。そこで見たエミちゃの姿にワタシは眼を疑った。


帽子や剣、ブーツまでもが適当に投げ捨てられている。

本人は大の字でカーペットの上に倒れ、ワタシの姿を見てクチを開く。



「おおー!ワタポ!あのさ、何か食べ物ない?」



この子は...と、とにかく会えたので よし としよう。

ワタシは呆れを隠せず溜め息混じりに挨拶を返し、フォンのポーチからパンを1つ取り出しエミちゃに渡した。






柔らかいパンを頬張り、ゆっくり噛む。ワタポはビンに入ったミルクも無言で差し出してくれた。随分と気が利く騎士だ。

ミルクを一口飲み、わたしはワタポに尋ねる。


「ありがと、んで、急にどうしたの?」


朝届いたメッセージの相手はワタポだった。とにかく会いたい様子だったのでこの場所にいる事を伝えると、もう会いに来た。しかも1人..と1匹で。

ミルクをもう一度飲み、ワタポの返事を待っていると真面目なトーンで話始めた。


「エミちゃ、単刀直入に言うけど...貴族を手にかけたの?セツカ様は?」


...なるほどね。騎士団の任務か何かでわたしとセッカを追って来たのか。もう話が伝わっているとは..それに違った伝わり方ときた。まぁ本当の事を言っても信用される訳がないし、わたしも上手く説明できない。ここは質問の答えだけを言おう。


「手にかけてないよ、セツカ様は今はいない」


え?と言うワタポだが、本当の事だ。貴族を殺したのはわたしやセッカではないし、セッカは今いない。

質問の言い方的にわたしがセッカと手を組んで貴族を殺して逃げた。となっているのか。それも仕方ない事だが気持ちのいい事ではない。

パンも食べ終え、ビンも空っぽになった。ワタポはなにも言わず黙って何かを考えているみたいだが、わたしは黙って座ってる気は無い。帽子やブーツ、剣を装備しワタポに一言言った。


「ごちち!ごめんワタポ、わたし行くね」


立ち上がり剣の位置をいい感じにし歩き出そうとした時、ワタポは 待って。 と言い立ち上がり 続けた


「今のエミちゃとセツカ様は貴族殺しの疑い...いえ、殺しの罪が確定しているの、国王が直々に騎士団へ依頼してきた極秘任務なんだ。内容も言うね、エミちゃとセツカ様を発見次第確保、抵抗する場合はその場で処刑...」



驚いた。国王が、セツカの父が騎士団へそんな極秘任務を与えていたとは。自分の娘を殺せ、と。極秘任務 という事は任務が完了しても世の中には広まらない...愛情よりも立場を選んだか。クソみたいな王だ。

そのクソみたいな王から流れた任務をワンワンと尻尾を振って受けたのが騎士団。そしてワタポか。相手にしてられない勝手にやってくれ。

もう1度足を動かし始めるとワタポがクチを開く。


「本当にしてないんだよね?」


「うん」


「じゃあ一緒に言おう!他に犯人がいるって!」


「誰が信じるの?証拠は?」


「っ...」



極秘任務を受けた騎士とは思えない発言だ。でも素直に嬉しい気持ちになった。しかし今はそんな事してる気分にもなれない。わたしは今からやるべき事がある。ポルアー村の人々にお願いして魔結晶になってもらう。

そうしなければセッカは助からない。


昨夜、寝ては起きてを繰り返していた時考えた。

確かにあの時セッカが出て来なければこんな事態にはならなかった。彼女も冒険者になったんだ。自分の身くらい自分で守るのが当たり前...そう思っていたのだが、わたしはアスランと森で一緒にクエストをして平原ではワタポ達と一緒にモンスターと戦って...助け合ったりしてたんだ。この剣もヒガシンがくれた。

色々な形でわたしは助けられているんだ。なのに自分が助ける側になった途端、これだ。自分の身は自分で守れ?冒険者なら覚悟してる?

ふざけてる。助けてもらってもいいじゃないか。覚悟が無かったなら次からそれなりに覚悟を持てばいい。わたしもセッカもまだ冒険者と名乗るだけで何も始まっていないんだ。助けなきゃ。わたしの責任で捕まったんだ。あの時全力で逃げていれば違った結果になったかも知れないのに、わたしが戦う道を選んでしまったからセッカは捕まってしまったんだ。


助ける為にはポルアー村の人々を殺すしかない。

今更何がどうなっても知らない。ただセッカを助けられればその後の事はどうでもいい。

と、答えが出た。


今ワタポから任務内容を聞いて更に気持ちは固まった。犯罪者の疑いがあるなら、いや、もう犯罪者確定しているならポルアー村の人々を魔結晶にしても何て事ない。今更罪が増えても。


「どこ行くの?」


ふと耳に届いたワタポの声に思わず反応し、答えてしまった。


「ポルアー村」


するとすぐ質問が帰ってくる。


「何しに?」


「...うるさいな、抵抗するなら処刑なんでしょ?早く任務に戻りなよ。わたしは黙って捕まる気はないよ」


「そう...」



ゆっくりと冷たい音が教会に響く。

騎士隊長 ヒロの左腰に下げられた剣は冷たい音とただならぬ緊張感を吐き出し鞘を走った。剣を構える前にクゥを下がらせる騎士隊長。どうやら自らの手だけでわたしを殺すつもりらしい。フワフワと綿毛の様な雰囲気は鋭い刃の様に変わる。


昨日の仮面舞踏会とはレベルが違う。泡の目眩ましやウインドカッターなどの下級魔術は通じない。

出来る事ならワタポとは仲良くしてたかった。騎士と冒険者は敵対している事が多いと聞いたが、それはその人達の事情か何かでしょ。と思っていたが、やはり騎士と冒険者は仲良く笑っている訳にはいかない様だ。


抵抗するならば処刑、殺せ。か...、


「~~...っはぁー..」


1度大きく息を吸い、気持ちを切り替えた。今わたしの眼の前にいる人物は騎士。わたしを殺す為に現れた騎士、敵だ。

身に覚えのない罪だが、今さらどうでもいい。とにかく今はこんた所で殺される訳にはいかない。剣を抜き、背中にある鞘を外し捨てた。こんなモノを背負って騎士隊長と戦うのは無理。


「...エミちゃじゃワタシに勝てないよ..」


彼女の言う通りだ。いくら使い慣れた武器を渡されても、最高級の剣を渡されても今のわたしじゃ勝てないだろう。

騎士隊長 ヒロの剣術は鳥肌が立つ程、鍛え上げられ研ぎ澄まされていたのを覚えている。彼女より上がこの世界にいるとは思いたく無い程、恐ろしい完成度だと思ったがそれは剣術の話。バカ正直に剣術で戦う等、微塵も思っていない。わたしはわたしの得意なやり方で戦う...騎士隊長を殺し、ポルアー村の人々を魔結晶にし...、セッカを助ける。


それしか脳内に無いわたしは、剣を構え、騎士隊長を睨んだ。




この騎士を...殺す。





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