◇9



潮の香り。

正直わたしの想像とは全然違った香りに鼻が麻痺しそうになったが、今はもう慣れた。慣れれば悪いモノでもない。

それと港町の料理。これは本当に美味しい。見た事もない大きさのエビがわたしの心を鷲掴みする。



「んままー!このエビ ヤバくない?ヤバくない?」


「何がヤバイんじゃ!お前さんは少し黙っとれ!おとなしくせんか!ポロポロこぼすでない!ちゃんとせんか!」



また始まったよキューレの小言。短気と言うか、クチうるさいヤツだ。道中もだったが港に着いてから更にクチが波に乗る。 まだ数時間の関係だが、もうこの小言には慣れてしまった。

一回一回気にしていてはこちらの身が持たないのでスルーし食事を楽しむが小言は終わらない。


「手で食べるでない!フォークを使えバカ者!ほれみろ!殻や骨まで食べとるじゃろ!」


「うるさいなぁー!キューレは羊か!」


「誰が羊じゃ!モコモコしとる様に見えるんか?ん?」


「...うるさいし恥ずかしいよ。てか、さっきの羊と姫ってこの町の人じゃなかったね」



いい感じに話を変える事に成功したわたしは海草サラダをクチへ運ぶ。独特な風味と歯ごたえ。好きな人は好きなんだろう。わたしは野菜サラダの方が断然好き。

キューレはクチを尖らせて不機嫌なオーラを溢れさせるが、黙ってるならそれでいい。


それにしても...どこの姫か知らないがこんな港町に何の用事が?...ここで姫様を華麗に助けて羊に感謝とお礼でお金をガッポリ頂いてバリアリバルまでリッチな船旅を..!

よし。そうと決まれば早く食べ終えて姫と羊を追おう。


「キューレ!わたし急ぐ事になったから、いくね!フレンドありがと」


「...急じゃのぉ」



あっさりキューレと別れ、わたしは姫を探す。きっと何か大事な用があってここに来たんだ。そうでなければこんな海臭い港に姫が来るハズがない。

見知らぬ町をひたすら走っていると凄い船を発見した。


船はいくつもある。しかしあの船だけは別物だと解る。

一言で言うと...派手。

漁船や貨物船と違って、見た目重視で作られた様な船。

わたしと同じ様に船を見ていた漁師が 貴族船 と言っていたのを耳にし納得。貴族は船までド派手にするのか...お金を持て余しているなら寄付しろ!心も頭もお金の事でいっぱいのわたしは貴族の無駄な見栄にすぐ反応してしまう...汚れてしまったなわたし。


それはさておき、貴族船から誰かが降りてくる。それを待ち構えているのが、探していた姫。間違いない。お金の匂いがする。

とりあえず、野次馬に紛れて様子を見よう。困っている感じになったら颯爽と現れ助ける。さぁ困れ!困り悩め!



「ようこそドメイライトへ」


姫様が貴族へそう言う。って事はあの貴族はドメイライトの人ではないのか...船には..デザリア!?

デザリアとは敵国みたいな感じじゃなかったか?森で乱入してきたハクってヤツがデザリアの騎士だったはず...仲が悪いのは騎士だけで王族貴族は仲良しなのか?

色々と考えてみるが正直解らないしどうでもいい。とにかく早く困ってほしい。

唾を飲みその時を待っていると、姫羊の間を割って現れた人物に驚かされる。


「これはこれは、ご無沙汰しております」


服の色は違うがここに来る前に見た貴族...廃村で喉を刺された貴族だ。

なぜあの貴族が...あの時も咳をして再起動した貴族。一体どんな仕掛けで...。


死んだはずの貴族を怪しさ満点の眼で見ているとブカブカの袖から木箱を取りだした。


「こちらが約束の品でございます」


そう言いデザリアの貴族へ箱を渡す。うむ。と短く言い受けとる時、何か紙袋を渡していたが上手く袖に隠す。

どう考えても悪い取引だろう、姫様の前でよくもまぁ。


「待ってください!今の木箱は?受け取った紙袋はなんです?」


おぉ、バカっぽく見えた姫様だがよく見ていた様だ。そしてよく言った。あの調子だとやはり悪い悪い取引に違いないと思うが、これはマズそうな予感...。


「木箱は骨董品ですよ姫様、紙袋はそのお代です。裸で渡すのは色々と、ねぇ」


「そうでしたか、しかし...金銭ならばフォンにすぐ収金した方が良いのでは?骨董品は確認しなくても良いのですか?」


確かに姫様の言う通りだ。高価な骨董品のトレードは直接受け渡しの方が安全。代金は即フォンに入れた方が安心できるし、貴族がフォンを持っていない訳がない。

それに骨董品も確認せずお金を渡す行為や最初に箱を空けて見せないのもどうだろうか。姫様もわたしと同じ所が引っ掛かった様子...いい頭をお持ちですな。


「姫...貴女は私達の関係を知らないでしょう?彼は偽の骨董品等を持ち出す人間ではありません。私はデザリアから遥々この国へ来たのですぞ?私用も禁じられては息が詰まってしまう。時間をとってしまった事には謝罪しますが変な疑いを招く様な発言には怒りすら覚えますな」


「..しかし」


「はぁ...これだから世間知らずのお姫様を相手にするのは疲れますな...」



何かムカつく貴族だ。しかしまぁ...姫様は意外にガツガツした性格なのですな。てっきり謝って悲しむかと思ったが 、食い下がらず攻めた。わたし的にポイント高いが...何か嫌な雰囲気になってしまったぞ。ここは黙って1歩引くべきだろう。


「世間知らずでも、何でも構いません!今デザリア国と我が国は仲が良い関係とは決して言えません!少しでも良い関係を築きあげるにはこの様な小さな所から気を使うべきではないですか!?」



あちゃー...予想以上に凄い性格だなありゃ。

今の姫の言葉に取引貴族の眉間がグシャっと歪む。だがこれは決定だろう。お互いがいい関係を築きたいならば姫の言う通り小さな所から疑いを産まない様にするべきだ。しかしあの顔...完璧ヤバイ取引だろ。


これはさすがにヤバイ。と感じたのか黙っていた羊が姫を止めるが、もう遅い。



「良い関係を築き上げたいのならば、その様な疑い心を持つ事事態がおかしいのでは?クチで良い事を言っても、やっている事は全く違いますなぁ!姫様」


「...ならばその箱の中身を見せていただけませんか?その紙袋の中身もご一緒にお願いします」



もうこの流れになったら引いた方が負けだ。いけ、いくんだ姫様。箱の中身を晒せ!



「...面白い事になっとるのぉ」


「どわっ!?キューレか」



目の前の姫VS貴族に心奪われていたせいか、キューレが隣に居た事に全く気付かなかった。だがいい所に現れたなキューレ。ここからが見所だ。

今の所はいい勝負をしている。姫が箱を開くのが先か、上手く逃げるのが先か...こりゃ眼が離せない。

羊は小さく溜め息を吐き出し、もう見守る事しか出来ないぜ状態。



「もう我慢ならん!今回の話は無かった事にしてもらおう!」



やはり逃げたか。何か重要な事だったのか姫の護衛達もアセアセし始めたが...驚く事に姫は焦る事なく噛みついた。



「わかりました。ですが今の取引については無かった事になりません!箱を開き見せるだけで済む事を拒み続ける...骨董品ではなく、何か別のモノではないですか?」


「小娘が...」



怒りが頂点に達したのか、力で押しきる作戦に出た貴族は姫へ手をあげる。が、羊があっさり貴族の叩き攻撃を止めた。何も言わず姫を守るとは...格好いいな羊よ。

今の攻撃で姫の心にあった迷いが消えた様で、手を伸ばし箱を奪いとり躊躇なく開く。


待ちに待った中身の正体にわたしを含めた野次馬達も息を飲み まばたきを止め ただ姫の手元を見る。


紫色の球体が箱に入っていた。


ドゲスいモノを期待しまくってたわたし達は正直ガッカリ。訳の解らない球...骨董品に間違いないだろう。

残念ながら姫の負け。この後大変そうだが頑張れ姫様。


ガッカリの溜め息が漏れそうになった時、キューレが楽しそうに呟く。



「あちゃちゃー...こりゃマズイのぉ」



姫がマズイ、ではなく箱の中身がマズイ。と言っている様な言い方...キューレはアレが何なのか知っているのか?

それに姫も知っている様子...。世間知らずの姫って言われていたのにわたしの知らないモノを知っている...何かムカつく。




「これは....ウィル!」


姫が叫ぶと羊は中々の俊敏力を見せ、ドメイライト貴族の袖から紙袋を取り出した。紙袋を姫へ渡すと、雑に開封し中身を見る。


お金ではなく、文字が書かれた紙。ここからじゃ読めないが...。キューレに聞いてみようと隣に目線を動かすと、そのキューレさんが居ない。全く、あの女はどこまで自由気ままなヤツなんだ。



「あの者達を捕らえなさい!これは人工的に作られた魔結晶です!」



この姫の言葉に野次馬達はざわつく。護衛の騎士達が姫の言葉を聞き終えると即盾を構えて貴族を捕らえようとする。ここで戦闘になると思ったが、驚いた事にデザリアの護衛騎士達は驚きの表情を浮かべたまま動かない。


何がどうなっているのか、ここからでは全く見えないが、この状況的にもう貴族達は逃げられない。

助けに入ってお金をウハウハ作戦は失敗したが、面白いモノを見れたし...そろそろ船に乗れる所を探そうとした時、ノドから出る様なガサついた悲鳴が響き、続けて耳をツンと刺す様な代表的な悲鳴や驚きの声が沸き出す。


「...え」


悲鳴の方向を見て、わたしは思わず声が漏れた。

ノドから大量の血を吹き流すドメイライトの貴族。胸の辺りから血を吹き流すデザリアの貴族。


そして...血の付いたダガーを握る返り血まみれの姫。



何が起こった?姫は捕らえろ。と言ったハズ...捕らえた貴族をここで姫が殺したのか?

いや、それはあり得ない。お互い良い関係を、と言っていた姫が人を斬る等..考えられない。

しかし..この状況は 姫が貴族を殺した。としか思えない...。



目の前の悲惨な光景に身体がフリーズしていると、背中を軽く叩かれ、わたしのフリーズは解除された。そして耳に届けられた言葉。



「ほれ、はよぉ無実の姫を助け出さんか!冒険者じゃろ!」



先程突然消えたキューレがまたまた突然現れ、そう言った。無実も何も...と思ったが何故かキューレの言葉を信用し、わたしは姫を見る。


フリーズ状態だった両国の騎士はとにかく、姫を押さえ付ける作戦に出ようとしていた。迷ってる暇はない。とにかく姫様をあのゴタゴタ状態から引っ張りださなければ。


走り、クチを動かし詠唱。

姫の腕を掴むと同時にわたしは風の魔術を発動した。わたしを中心に突風が巻く。攻撃力はほぼ無い魔術だが、騎士達の足を止めるには充分すぎる。

鎧姿の騎士は少し仰け反る程度だが、密集している状態での仰け反りは後ろへ後ろへと伝染し、ドミノ倒し状態になる。


ガシャガシャと鎧が擦れる音を残し、わたしはただ走った。姫は放心している。手を引かれるがまま足を動かしついてくる。


しかし...どこに走ればいいんだ?


「こっちじゃ!」


キューレのナビを信じてわたしは足を動かした。港を抜け、町を抜け、平原を少し走り、洞窟に到着。



「はぁ、はぁ、はぁ、っだぁー...疲れた」


「おつじゃの、ほれ」


投げ渡されたのは体力回復を少し早めるポーション。お礼を言うのも後にし、小瓶を一気にクチへ運ぶ。

ミントっぽい爽快感が鼻を抜ける。


「ありがとー、、で、人斬り姫様を連れてきたはいいけども...どーすんの?」



わたしの言葉にやっと放心から解放された姫。

自分の手や身体の血、赤く濡れるダガーを見て眼を見開く。小刻みに身体が震え、それを追う様に眼球が震える。

これはマズイ!絶対悲鳴炸裂させる!こんな洞窟でギャーなど叫ばれては、逃げ走った意味がなくなる。


キューレは悲鳴を予想していた様で布を姫のクチに押し込んだ。手荒いやり方だが、しょうがない。

タイミング良く布を押し込んだので悲鳴はミュートされ響く事は無かったが突然色々あったうえ、布をクチにブチ込まれるとさすがに暴れる



「とにかく落ち着いて!わたしも状況解らないんだよ!キューレが何か説明してくれると思うから、ね!」



わたしの声が耳に届いた様で小さく頷き黙る。同時に小さく息を吐き、キューレは手を離す。


とにかく何か話さなければ...



「港で会ったよね?覚えてる?」


「...はい..冒険者様..と..道案内人の..」



震える声だが、確り答えてくれた事に心から安心しているとキューレがクチを挟む。



「ウチは道案内人ではないぞ!」



そう言いわざとらしく咳払いをし、続ける。



「皇位の情報屋、キューレじゃ。お前さんはドメイライト王の娘じゃろ?」



でたでた。皇位とか謎の称号を自慢するウザいキューレ。

姫様に皇位なんて言っても解る訳ないだろう。わたしもその皇位が何なのかすら解らないし。



「皇位...王族から冒険者やギルドマスター等に与えられる最高の称号...。皇位を持つ情報屋...聞いた事あります!」


「えぇー!?知ってるの!?」


まさかの皇位知り...世間知らずじゃないのかよ!と心の中で言いつつ、皇位と言うモノを知りたくてしょうがない病に感染してしまった。


姫は皇位について話してくれた。



[皇位]

王族からその働きを称えられ、与えられる称号。

皇位を与えられた者は上流貴族と対等の地位を獲得する。

王。

王族。

騎士団長、上流貴族、皇位。

と、簡単に説明すると上から偉い順番になる。


と、言う事は...ここにいる情報屋はビックリするレベルの凄い人になる。

そんな人に斬りかかった過去を持つわたし...これは一生言えない暗黒歴史になりそうだ。


「...で、その皇位持ちの情報屋さんが姫様を助け出せ!って言うから引っ張ったんだよね」


「うむ、覚えとらんか?あのゴタゴタの中でお前さんにそのダガーを握らせた人を」



握らせた?やはり姫は無実でズルい悪いヤツがいたのか。姫は首を横に揺らした。

キューレは、得意の、うむ。と言い少し間を開けて言った。



「受け入れられんとおもうが、お前さんの執事は犯罪者じゃ」


「...ウィル?」


「うむ、ウィル...スウィルが本当の名前じゃの。S3の最高犯罪者じゃ。エミリオは廃村で見たじゃろ?フードの集団じゃ」



フードの集団は確かに見た...そしてその中にスウィルと呼ばれる人間が居た。

そのスウィルが姫様の羊をしていたのか?全然意味が解らない。



「あの集団は世界最高ランクの犯罪集団...ギルドじゃ。騎士や王族も簡単に手を出せん程イかれとる連中じゃ。何を企んどるか全く解らんのじゃ」



皇位情報屋でさえも解らない集団...ヤバイ奴等だって事は解っていたつもりだったが...浅かった。あの時リーダーらしき人物がリリーと呼ばれる女性を止めなかったら..わたしもキューレもここには居ないだろう。今になって焦りや恐れが心に産まれる。



「どうして、どうしてウィルが?」



「「...おぉ」」



この姫には何度も驚かされる。てっきり、信じられない!とか騒ぎだすと思っていたが、落ち着き、状況を理解しようとする。なかなか大人だ。

キューレも似た様な事を思ったらしく、声が重なった。



「うむ、奴等...ギルド〈レッドキャップ〉はさっきも言ったが何を考えておるのか解らん。じゃが最近やたらと魔結晶を集めとる様でのぉ...中でも “金色の魔結晶” とやらを探しとるらしいのじゃ」


金色の魔結晶...何だか知らないが、金は最強っぽい気がする。その魔結晶を探しているのに他の魔結晶も集めてる...欲張りすぎるギルドだ。それにレッドキャップという名前は子供の頃聞いた怖い話に出てくるヤバイ妖精...中々のセンスだ。



「人工的に魔結晶を作り出す研究が進められていると聞いた事があります...その研究で産まれたのが金の魔結晶...」



突然話始める姫。金色の長髪が赤黒い血でベトついている。



「金の魔結晶を少し砕き武器に加工した時、圧倒的な破壊力を持つ剣が産まれた...その力は全てのバランスを崩壊させる程で、研究者達は剣を粉々に砕き消し去った。しかし残った魔結晶は砕かず何処かに封印したと言われています...」



なんか凄い話になってきた...金の魔結晶を発見して武器素材にすると世界をブッ壊す事が出来る。という事か...なんか格好いいけど、凄い武器って見た目ダサいイメージがある。

でも何で砕かなかったんだ?それにその魔結晶と今回の姫様事件は何の関係が?



「研究者共は勿体無いと思ってしもうた様じゃの...それはそうと、姫さんや。お前さんが今回無実の罪を被せられたのはのぉ...あの箱を開いてしもうたからじゃ」


「え?..どういう事ですか?」


「あの箱の球は人工的に作られた魔結晶ではなくてのぉ、ただのガラス球じゃ。あの二人は初めから死んどったんじゃよ。上手く使って金の魔結晶の情報を調べるつもりじゃった様じゃが、お前さんがあの貴族を捕らえろと言うからのぉーせっかく操っておったのに使えなくなるじゃろ?それに腹を立てたヤツがお前さんに殺しの罪を被せたんじゃよ」


「リリーだ!あの変な喋りの女!」


「んじゃ。あやつは死体を操る能力を持っとる。魔結晶を人工的に作っとった貴族の死体を使って金の魔結晶を探す作戦じゃったのじゃろ。じゃがお前さんにその死体を奪われる。なら、殺人罪も一緒に、と言う事じゃ」



レッドキャップのリリーと呼ばれる女は最低すぎる。ムカついた。って事で殺人罪を姫に擦り付けて...これじゃ姫は城に帰れない...。



「ウィルは...私の付人をしつつ魔結晶の情報を集めていた。と言う事ですか...」



「うむ、恐らくもう城には戻らんと思うぞ。次の手を考える為にギルドへ戻るじゃろう」



両眼に涙を溜めるがそれを溢さない様にじっと堪える姿には、さすがにわたし達も心を痛めた。

しかし今泣いている余裕がないのも事実。今後この姫は殺人者として人々の記憶に濃く残るだろう。

それに今後、この後、どうするかも決めなければならない。城へ戻ると確実に逮捕される。しかし行く宛も無い...。


変に静まった洞窟内で数分黙っていると姫が突然動いた。

溜まっていた涙を拭き取り、よし。と呟き血塗れのダガーを手に立ち上がった。



「っと、何すんのさ!?」


「ダガーを離さんか!」


焦り喚くわたし達を見る強い瞳、唇を噛み涙を押さえる顔。自分を傷付ける人間があんな顔するハズない。わたしは意味も解らず頷いた。

キューレは呆れた表情を浮かべ、勝手にせい。と小さく呟いた。



姫様は血でベトつく長髪を血塗れのダガーで切った。

腰あたりまであった髪は首あたりまでの長さになり、泣き出しそうな顔は何かを決意した顔に変わっていた。



「私、冒険者になります。金の魔結晶を見つけて、私が...魔結晶を壊します」



なんとも思いきった事を...。でもそれはそれで いい と思ってしまった。

城にも帰れず、殺人者として逃げ隠れする生活を送るなら冒険者になって、魔結晶を探して壊す。

悪くないと思う。



「うむ。何か解ったら教えてやるぞ。お金は貰うがのぉ!」


「頑張れ!姫様!」



こうして冒険者がまた一人産まれた。王族産まれの冒険者。名前は...。



「てか、姫様の名前は!?」


「お、そうじゃったの」



ここまで関わっていながら、名前すら知らないとは...情報屋も知らないときた。この女...本当に皇位を持ってるのか?

疑いのまなざしをキューリへ送っていると姫様があっさり答える。


「私は、セツカ...でももうこの名前は名乗れないですね...」



また悲しそうな顔をするも、すぐにキリッとした表情に戻る。セツカ...名乗れないと言われれば名乗れない気もしなくもないが...本人が名乗りたくないのならそれもいい。しかし何時までも姫様じゃマズイ。


「セッカ!つ を小さくして、セッカね!名前何て一文字変えただけで解らないもんだよ!キューレ、キューリ、みたいに」


「次はお前さんの血でそのダガーを汚すか?」



緊張感の無い適当な会話をキューレとしていると、初めて姫様が笑った。

その笑顔のお陰でわたしは血を流さずに済んだ。


皇位持ち、元王族、冒険者2日目、何だか変なメンバーだが今はこのメンバーでバリアリバルを目指す事にした。





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