武具と魔法とモンスターと

◇8

◆

村人達が仲良く村全体が１つの家族の様に暖かく旅人達を歓迎する村があった。

過去形なのはもう今は村と呼べる状況ではないからだ。

瓦礫の山。異臭。つい最近までは確かに人々が住み笑顔が絶えない村だった...。

「....。」

瓦礫の中に写真を見つけ無意識に拾っていた。村人の家族写真だろうか？全員笑顔の写真。

「また屋敷から勝手に出られたんですか、姫」

突然かけられた声にビクつきながら後ろを見ると良く知る男性が呆れた表情を浮かべ立っている。

「ウィル...」

「姫様、何度も申し上げたハズです。外出は許可を得たうえで騎士と我々執事同行の下だと。貴女を狙う悪党は外の世界には塵の数程存在しています。それに、この場所は騎士達が後日調査すると仰っていたではありませんか。今他の者も必死に姫様をお探しに...勝手は困ります」

「申し訳ない....でも」

「でも、だけど、は、いけません。さ、戻りましょう」

「...わかった」

父はドメイライト王国の国王、母は女王。その２人の間に産まれたのが私。

両親の偉大さからか、幼い頃から屋敷に閉じ込められていた。

なに不自由なく育てられたのだが、外の世界の事はお話の中でしか知らない。

ウィルの言う通り、悪い人や危険なモンスターが外の世界には沢山存在するだろう。しかし、冒険者やギルドといった自由にただ純粋に生きる者も存在する。人々の為に己を犠牲にしてまで働く騎士も存在する。

１度でいい。私はその者達をこの眼で見てみたい。

そんな事を強く思ってもクチに出せないまま、私は馬車に揺られドメイライトの屋敷まで送られる。

毎日毎日、同じ事ばかり繰り返す日々。今の世界事情などを叩き込まれる日々。将来的に私か父の弟の息子が王位継承者になるだろう。その日の為にありとあらゆる学を学び知識をつける日々。

もちろん私自身も王位を継承された場合は全力でこの国の為、いや、世界の為に動き働くつもりではいる。しかしその為には何よりも世界を知る事が大切なのではないか？絵や花などの勉強はその時、本当に役に立つのか？

美しいモノは人の心を洗い、癒す。と先生達は言うが本当にそうなのか？確かに美しい花や素晴らしい絵などを見ると自然と心が安らぐ時もあるがそれはあくまでも個人の価値観が産む一時的な感情ではないのか？

争い合う人々に同じモノを見せて争いは静まるのか？

わたしが学びたいのは、歴史でも、うわべだけの世界事情でも、芸術でもない。

今現在の世界と人々の心を知りたい。

何を見て何を望み何を思って生きているのか。それを知り悩み考え答えを出さなければ、王位などただの称号でしかない。

国民が、いや、世界に生きる人々全てが笑い合える世界を作るのが王位を与えられた者の使命ではないのか？戦争で奪い合う世界など、少なくともわたしは望んでなどいない。

「...でして、それはもう素晴らしい芸術で...姫様？」

「あっ、ごめんなさい...素敵な絵ですね」

「うむ...お疲れのご様子ですな。今日はここまでにしましょう」

「はぁー...」

「随分と大きなため息ですね」

「ウィル！？ノックくらい..」

「しましたよ？ドアも閉じずお着替えもせずベッドに横になるのはお控えくださいね、姫」

ウィルに言われて初めて気づく。ドアを閉じていなかった事に。顔が熱くなるのを必死に抑え言葉を探すが、何も思い浮かばない。

そんな私の姿を見たウィルは小さく笑い、無駄の無い動きで紅茶を作り始める。

「ウィルは外の世界をどこまで知っているの？」

「またその話ですか。さぁどうぞ。」

話を打ち切る様にテーブルへ置かれたマグカップからはどこか落ち着く香りと湯気が漂っている。

「この香りは...キーマンね」

「お疲れのご様子でしたのでリラックスしていただきたく思いまして。しかしよく香りだけでお気付きになられましたね」

「紅茶の事も毎日イヤと言う程お勉強してますから...ウィル。本当にこの知識は必要だと思う？」

「それは勿論です、１国の姫様が紅茶の種類を知らずしてどうするのですか」

何の役にもたたない知識。私は本気でそう思っている。

しかしこれも言えず。

そう。と答え紅茶を少し飲むと部屋にノックが響く。

「姫様、旦那様がお呼びです。すぐに王室へ」

「お父様が？..解りました」

お父様が私を呼ぶのは珍しい。どんな話なのか予想すらつかない状況。なぜなのか解らないが心の片隅にある小さな不安が少し震えた。

無駄に大きな扉と装飾。

扉の両端に立つ鎧姿の騎士が私の姿を見るや深く頭を下げる。

私が扉の前に到着すると騎士達がその扉を開く。

「ただ今参りました、お父様」

大きく長いテーブルの一番奥に居る父。その隣には母。壁際には騎士や執事。

「うむ。座りなさい」

例え家族であってもこの様な席では父や母、王か女王が座っていいと言わなければ娘の私さえも立ったままになる。

家族だけしか居ない空間ならば言葉も崩し、自由にできるのだが、そんな空間はまず有り得ない。

「お父様、あの、お話は...」

「うむ、お前はもう18歳、そろそろ王位継承者として世界を知り、人々の為に働く事を許そう」

「え、ほ、本当ですかお父様！？」

「うむ。私の娘としてではなく、一人の人間として働きなさい。明日ノムーポートへ行きデザリアの役人をお迎えしなさい」

「わ、わかりました！」

「ウィルを付き人として連れて行くといい」

やっと、やっと、外の世界を自由に歩ける。勿論、ウィルや護衛が付くがコソコソ隠れずに外へ出られる。

こんなに嬉しい事は今までない。父の...国王の娘としてではなく一人の人間として、私が私として。

明日、私は産まれて初めて海を見れる。

小さな、ほんの小さな自由でも今の私には充分すぎる。

嬉しさのあまり自室へ戻りすぐウィルに色々話してしまった。子供の様な姿にウィルは小さく笑っていた。

これが潮の香りなのか。

想像よりも濃く独特な香り。

そしてこれが海。こちらも想像とは違い、本当に大きく青い。

アーチの門には錨の装飾。

市場や港は大いに賑わう。

しかし町は落ち着いていて、船旅をした者達が身体を休めたり食事をとったりしている。

全身が白くクチがほんのり黄色に染まる鳥が飛んでいた。あれがカモメ？

全てが初めてで、まるで夢の中にいるかの様な感覚。

「ねぇウィル、あれがカモメ？」

「はい。正解ですよ姫様」

「それじゃあ、あれが屋台？」

「はい、屋台ですね」

「それじゃあ、それじゃあ、あれが」

あれが漁師さん？と聞こうと思った時、大きな声が私の声を上書きした。

「あれが漁師！？ゴッツ！」

「これ！恥ずかしいから騒ぐでない！」

「じゃあさ、あれが、お姫様と羊！？羊って人間じゃんか！うけるー！」

そう言い私とウィルを指差す青髪の少女。その隣には赤髪の少女。

私は話しかけようとすると、ウィルが私と彼女達の前に入り、小さく首を横に揺らした。

「こんにちは」

「ほれみろ！お前さんが指差すから気を使わせてしまったじゃろ！....む？」

「なんだよキューレ、ヒトミシリ？ 羊やほー！」

身の丈に合わない剣を背負う青髪の少女は失礼と思える程自由。赤髪の少女は見た目からは想像できない独特な口調。... .まさか彼女達が冒険者！？

「ひつじ、ではなく、しつじ、です。こんにちは。冒険者様ですか？」

丁寧に対応するウィルに青髪の少女はすぐに反応する。

「しつじって名前の羊なんだ？変な名前だね！わたしエミリオ、冒険者様だよ。こっちは道案内屋のキューレ！」

やはり冒険者！もっと屈強な男性をイメージしていたが、こんな少女も冒険者になれる事に私は驚きを隠せなかった。それに、道案内屋？という職業も存在していたとは...地図も信用できない世界。という事なのか...。思った以上に世界は不安定なのかもしれない。

「わたしは今からゴハン食べようと思うんだけど、羊君どっかイケてる場所しらない？」

「申し訳ありません、私達も先程この町に到着したばかりで」

「そかそか、じゃーいい場所見つけたらこの冒険者様が教えてあげよう！」

先程からやけに誇らしげな顔をする青髪の少女。隣の赤髪の少女はウィルがよく見せる呆れた表情に似ている。

「それは助かります。では、良い船旅を」

「船旅をー！またねー！」

なんだったんだろうか。嵐の様に現れ嵐の様に去っていった。

これが冒険者なのか？なんとも、、、賑やかな方だった。

「さ、姫様。港まで急ぎましょう」

何事も無かったかの様にウィルは歩き始めた。

次あの少女に会えたら、私が会話をしたい。とは言えず、ただウィルの後を追った。

冒険者...世界を自由に見て回れる。今の私が望む全てがそこにある気がした。