◇6
大きな盾を持った騎士が3人、細剣を持った騎士が2人、剣を持った騎士がヒガシンとワタポを含めて3人。そしてわたし。
合計9人のメンバーで生意気な蜘蛛ビネガロと戦闘していた。
[ビネガロ]
150㎝程の蜘蛛。黒い甲羅の様な皮膚を持つ。体長程の太い腕を使い餌の捕獲をする。腕の内側には麻痺棘があるので注意。
危険度はさほど高くないモンスタービネガロだが、わたし達は探り探り戦闘している為、危険度は底上げされている。
図鑑情報の通り堅い皮膚が剣撃を弾く。迂闊に近づくと長い腕の餌食に、距離を取り続けると腕で地面をエグり岩等を投げ飛ばしてくる面倒なヤツ。
弱点や攻撃有効部位を見つけるまではこの攻防が続くだろう。堅い皮膚よりも問題は、全員の集中力が何処まで続くか。だろう。
もう何度か麻痺状態になった騎士もいる。その度パライズポーションやヒーラーの治癒術で何とかなっているが、何度も同じ事を続ければビネガロもさすがに気づく。ヒーラーを潰すのが優先と。
ガサガサと脚を動かし器用に走る蜘蛛。横歩きも縦歩きもでき、速度も中々のモノだ。黙って走る姿を見ているつもりもないし、見ている訳にもいかない。わたしはフルーレを強く握り、剣術を脚に叩き込んだ。
「いっ..」
予想通り堅い皮膚に弾き返されるが、ターゲットを変える事に成功した。両腕がビィーンと痺れる中でのバックステップは変に力が入ってしまう。わたしとビネガロの間に出来た空間にすぐ盾持ち騎士が入り迫り来るビネガロを盾でバッシュ。鉄や石の壁に激突したかの様な衝撃と音に堪える。
「サンキュー、助か、、やば!」
激突する瞬間、ビネガロは両腕を全開にし衝撃に堪えている騎士を盾ごと一気に鋏んだ。嫌な音が響く。
鉄の砕ける音。ギィギィ牙を擦る音。
全員が動きを止めた瞬間、ビネガロは鋏んだ騎士をヒーラー騎士へと投げ飛ばす。
半回転しヒーラーの方を向くと同時に放たれた騎士。回転でスピードもブーストされ、あのまま地面に叩きつけられれば100%命を落とだろう。かと言ってヒーラー隊にキャッチさせるなど不可能。
「よそ見しない!前見て!」
全員が振り返り飛ばされた騎士を自然と眼で追っていたがワタポだけはビネガロから眼を離さなかった。部下が攻撃を受け、正直命の危険もある状態なのに隊長はうろたえる事なくただターゲットを睨み続けていたのか。
腕を擦り牙を擦り、余裕な雰囲気を出していたビネガロだが、その動きが止まった瞬間、別の獣の鳴き声が聞こえた。お腹に響く重音の声。
その声を合図にワタポが地面を蹴りビネガロへ突撃、ヒガシンも遅れて同じ様に突撃。
わたしも黙って立っている訳にはいかない。ビネガロのカウンターに備えウインドカッターの詠唱を始めた。
ムカデ戦の様にマズイ状況になったら迷わずウインドカッターを放てば助けられるだろう。盾持ち騎士はもう戦闘不能状態なので多少手荒い方法だが、致命傷になるよりマシだ。それにこれ以上戦力を失う訳にはいかない。
ワタポが踏み込み上から下へと一気に剣を振り下ろす。少し離れた所をヒガシンがワタポとは逆、下から上へと剣を振り上げる。
ヒガシンの剣が先に触れたのかビネガロの腕が一瞬上がり、ワタポの剣が一気に下げる。鉄が激しくぶつかる音、鈍く重い音が追う様に聞こえたかと思えば耳を刺すザラついた声が響き渡る。
身体を反らし転がり回るビネガロ。胴体に近い部分から緑色の体液を漏らしている。
胴体から離れた位置に落ちている太く長いモノは間違いなくビネガロの腕。ワタポとヒガシンがビネガロの片腕の切断に成功していた。ヒガシンは一旦呼吸を整えるが、ワタポはもがくビネガロに容赦なく追撃を与える。腹部を狙い剣を深く突き刺し、その場を離れる。剣はビネガロを貫通し地面にも深く突き刺さって、暴れる事も許されないビネガロは悲鳴じみた怒りの咆哮。その咆哮の中聞こえたワタポの声。
「エミちゃ!お尻を狙って!」
すぐに頷き詠唱していたウインドカッターをビネガロのお尻に放った。動きが止まっている的には100%当てれる。
薄緑色の魔方陣がわたしの左上に展開され、魔方陣が風の刃に姿を変え一気に加速しビネガロの大きなお尻を貫いた。完熟したトマトが潰れる様な音を残し、風の刃は消滅。緑色の液体が噴水の様に吹き出る。
普段ならガッツポーズを決める場面だが、今はすぐに振り返り後ろの状況を確認する...と。
「っ!...はは、なるほどね」
心にあったモヤモヤは安心へと変わり、気が抜ける様に小さく笑ってしまった。
飛ばされた騎士達を空中でキャッチしたのは白銀の毛を持つフェンリル、クゥ。
騎士を無事キャッチした報告があの獣の叫びだったのだろう。それを背中に聞いた瞬間ワタポは動いていたし、信用していたんだな。クゥの事。
ヒーラー隊はすぐに治癒術を使ったので盾騎士達が命を落とす事もなく、怪我も一時的に癒されている様子。
治癒術は大きく別けて三種類。癒し、再生、蘇生。
今ここにいるヒーラーが使えるのは癒し。
再生を使えるヒーラーは100人に1人と言われ、蘇生を使えるヒーラーは1000人に1人居れば幸運とまで言われるゲキレア治癒術。
再生までは努力で会得できると聞いたが並々ならぬ努力が必要になるのは言うまでも無い...蘇生は努力でどうこうなる問題ではない。
とにかく、癒しの治癒術で回復した盾騎士は戦えはしないモノの命を失う事だけは避けられたので安心、、も出来ない。
すぐに振り向きビネガロを見ると、やはりまだ生きている。脚を器用に使い腹部に突き刺さる剣を抜いた。
グジュグジュと漏れる緑色の血液が辺りに散らばっている。
湿った咆哮をあげ、身体をクネらせる縮める。その姿はムカデやマウスフラワーすら可愛く見える程気持ち悪い。
眼を細めながらも、そらさず見ていると縮めた身体を一気に伸ばし何かを吐き出した。
ビネガロのクチから延びる白いゴムの様なモノはわたしの左足ごと地面にベットリ。
「おええ、キッモ!なにこれ!」
ベトベトする白い変なキモいモノが左足にくっついた時点でわたしは奥歯に力が入った。一刻も早くこのキモキモ攻撃から逃れたい一心で足を動かすが、全く動かない。ならば斬ってやろう!とフルーレを構えた時、視界の端に見えたビネガロが一気に動いた。
全ての脚で地面を蹴り、吐き出した白いネバネバを使い円を描く様に空中移動。ビネガロとヒーラー達の中間にいたわたしはたまたまネバネバが直撃しただけらしく、狙いはわたしではなくヒーラー。
残っている片腕を大きく開き移動速度も乗せ一気に振るが、腕が当たるよりも早くクゥが騎士を背中に乗せ、飛んだ。
虚しく空気だけを刈る腕。しかし安心する暇を与えずビネガロは再び地面を蹴り、今度は一気に...わたしの方へ飛んでくる。
動けないうえに、ネバネバの先端はわたしの足。限界まで身体を下げても回避は不可能...。
「ならば、来い!」
フルーレを強く握り、わたしは迎え撃つ事にした。だって逃げれないし。
上から叩き斬ってやる!と言わんばかりに高くフルーレを構えようとした瞬間、下から!と声が聞こえ反射的に聞こえるがまま下に剣を構え、一気に。
「ど、りゃああああっ!」
気合い500%の叫びと共にフルーレを力いっぱい振り上げる。腰を捻り一気に振り上げたフルーレには確かな手応えを感じた、と思えば身体に飛び散る体液。
「....。」
何も言えずただその体勢のまま固まっていると、真横に何かが落下した。少しビックリしたがそれ以上にビックリしたのは落下してきたビネガロの腕。
腕を狙って斬った訳でもないので、予想外の落下物に心臓が跳ねた。
「大丈夫だった?」
「え?」
わたしと同じ様に全身体液まみれのワタポがそこに居た。
「まさか、ワタポが腕斬ったの!?」
「うん」
てっきりエミリオ様がビネガロの腕を華麗に斬り飛ばしたと思っていたが、やったのはワタポだった。うん。下から!って声もワタポだったし。
と、言う事は...。
「まさか...わたし何もしてない!?」
ダサすぎるだろ!何もしてないのに 斬ったぜ? 的なポージングとこの体液まみれの姿!今すぐここから逃走したいがまだ足動かないし!
そんな恥ずかしさ満点のわたしにワタポは首を小さく揺らし指差す。
恐る恐る指差す方向を見ると、憎きビネガロの頭からお尻手前まで裂けている感じに。
「アレ斬ったのエミちゃだよ、やるじゃん」
醜い程裂き斬れているビネガロ。しかもピクピクしてるし...。
数分その場でビネガロはピクピクし、消滅した。
ビネガロの消滅を確認し、一気に緊張の糸が解れ騎士達はその場に座り込んだ。わたしも座りたいが最悪な事に足のネバネバが消滅しない。
「なんだコレ!おいヒガシン!コレ何とかしろ!」
フルーレで白いネバネバを指すと最悪は更に続いた。
ポキン。と切ない音と共にフルーレが折れた。
「!!?」
固まった。わたしはその場で固まった。生まれてこの方フルーレ以外の武器を使った事がない。そして今それを失った...。
今後のウハウハ冒険者ライフが一気に闇に包まれる感覚に襲われ戦慄していると、肩をポンっと叩きヒガシンが言った。
「ネバネバドロップおめでとう。剣...どんまい」
この時ばかりは本気でこの男のトサカを切り落としてやろうかと思った。
ネバネバ地獄から何とか解放され、わたしは騎士と共にポルアー村へ帰還。
村長の粋な計らいで、わたしとワタポはシャワー。怪我人は宿屋で治療。ヒガシン達には夕食を。
着替えまで用意してくれるポルアー村の村人達。優しさに甘え着替えを借りヒガシン達がワイワイやってるテラスへ。
出発する時は急いでいた為よく見ていなかったが、暖かい光が作り出すテラスまでの道はとても素朴ででも美しいモノだった。
「お?エミさん、隊長!」
わたしとワタポに気付きヒガシンが手を振る。ワタポは笑顔で答える...さっきの鋭い瞳は真ん丸に戻り尖った雰囲気はポワポワに戻っていた。
勿論クゥも小型犬に戻っている。飼い主の足元をクルクル回りそして目の前で座る。戦闘中の雰囲気は皆無...飼い主に似る。とはよく言ったものだ。
合流しテラスで一通りワイワイ楽しんだ後、皆さんお待ちかねのドロップアイテム確認!
各々フォンを片手にワクワクした表情で指を滑らせる。
「...てゆーか、ビネガロの何が必要だったの!?」
大事な事を聞き忘れていたわたしは、すぐにワタポに聞くと少し間をあけて答えてくれた。
「魔結晶、なんだよね」
「は?」
「だからドロップ出来なかったって確率の方が高くて言えなかった」
あははは、と笑う隊長。
わたしはドロップアイテムを確認するがそれらしいモノは勿論ない。それどころか隊長様もトサカ騎士も他の者も全滅。大金ゲットチャンスをあっさり逃しフルーレも失い、わたしのバリアリバルまでの道は暗黒に染まった。
溜め息すら出ないこの状況で明日からどうすれば...。
「そこの旅人よ、バリアリバルまで行くのならばコレを持って行きなさい」
話かけてきたのは村長。
わたしに変な紙切れを差し出しているが、ボロいしショボそうな紙切れだ。
とにかく受け取ってみると、これまたショボ雰囲気満点。
「村長なにこれ?」
「バリアリバルまでの船チケットじゃ。昔使ったモノの余りじゃが今も使えるぞ。ビネガロ退治のお礼として受け取ってくれんかの?」
「まぢで!?やったラッキー!ありがと!」
お金ではなかったがバリアリバルまでの船チケットをここでゲットできるとは運がいい。ありがたくお礼を受け取り、大切にフォンのポーチへ収納。
村人にとってはビネガロは食料を食い荒らす魔物だったらしく、その魔物が退治されたとあって朝までお祭り騒ぎ。
騒がしい中食べた村の名物、ポルトパイはそれなりに美味しかった。
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