◇3




グシューっと蒸気が漏れる様な音で唸る巨大な根蔓のモンスター。その周りに一回り程小さいモンスターが数匹。クイーンマウスフラワーとその取り巻きマザーマウスフラワーだ。

小さな花石を集めるため、暗めの赤色髪男、アスランと共に枯れた森へ。そこでキッズマウスを倒しキッズの体液の臭いでマザーを釣り倒す。そんな作戦だったのだが事態は最悪。なんとマウスフラワー界のボス、クイーンマウスまで現れ、さらに取り巻きがマザーマウス。最悪なんてレベルではない。キッズよりも遥かに危険なマザー。そしてそのマザーとは比べ物にならないクイーン。アスランは死んだな。と言ったが本当に死んでしまう確率か高いこの状況。

とにかく相手の出方...動きを見極めなければ始まらない。



「マザーの攻撃はキッズと一緒や、範囲と威力が増加してるだけやね。クイーンは見るの初めてやわ」



なるほど、マザーはキッズとほぼ同じ動きか。充分な距離を取れば問題なさそう。問題はクイーン。大きさと花以外は変わった所がない様に見えるが、油断はできない。

登場してからユサユサと左右に、小刻みに揺れるクイーン。大きくなりすぎてバランスがオカシイのか?等と思っていると鼻の奥がツンと...。



「ブァッシュ!...ちくしょー!」


「びっくしたー、アスランうるさ...あぶな!」



アスランのくしゃみ...バァッシュ!って...しかもその汚ない音にモンスターが反応し、マザーマウスが蔓で攻撃を仕掛けてきた。やる気も何も出ない開戦の合図だったがギリギリの所で蔓を回避。地面が数センチえぐれているのを見てわたし達も気持ちを切り替えざるを得ない。

あんな蔓の鞭を受けたら身体があの地面同様、肉がえぐられて悲鳴モノだ。しかしさっきからマウスフラワーを包み隠す様に舞う粉はクイーンの花粉。

もう吸ってしまったがくしゃみ程度で毒や麻痺といった状態異常はない様子だが、マウスフラワーを隠す程の量には正直やりづらい。いつ攻撃が飛んでくるか見極めるにはうっすら見える敵の姿だけを頼りにしなければならない。


花粉...って燃えるじゃん!

わたしは即座に詠唱を始める。仄かに赤い魔方陣が展開された瞬間、耳に届く言葉がわたしのクチを止めた。



「火はやめとけ、爆発してあっちもこっちも灰になってまう」



魔方陣の色で属性を判断しすぐ忠告してきたアスラン。わたしは詠唱を中断し、じゃあどうするのさ!と言おうとした時クイーンが叫ぶ。耳の奥にツンと刺さる音を合図にマザー達も一気に攻めてくる。

蔓の鞭でわたし達を狙い、体当たりでわたし達を狙い、涎でわたし達を狙う。

回避を続けるだけで反撃できない。斬ると臭いで仲間を呼び、花粉が炎を封印、完璧すぎる攻めにただ回避する事しか出来ないがそれも長くは続かない。集中力と体力が低下し始め時、体当たりがわたしにヒットした。ダメージこそそこまででは無いが吹き飛ばされ立ち上がる時、次の攻撃の的にされる。立ち上がる事をやめ、そのまま右に回避行動を。



「アカンてエミリオ!」



アスランの声が届く前にわたしもそれを見た。回避の停止場所に落下してくる液体。これは間違いなくマザーの涎。こんなモノを浴びたら溶けてしまう。でも、もう、ああああああ!!


心の中で絶叫し、両眼をガッチリ閉じその時を待った。


痛い?溶けるなら熱い?どんな感じなんだろ?ドロドロになる?シュワシュワして溶ける?怖い怖い早く!嘘!やっぱり遅く!


等の声が頭の中を廻り廻っている時、気配を感じた。

両眼を開くと眼の前に知らない人が盾を構え、ジュウゥゥと熱っぽい音が聞こえる。



「魔術隊は風魔法で花粉を!ランス隊は盾を使い1ヶ所にマウスフラワーを集めろ!」



謎の声が響き、そして足音。

何が何だか解らない状況でさらにアスランが言う。



「アカンわ、俺は行く。金は後日な」



そう言いアスランは草影へ消えた....何なんだよ!知らん人がマウスフラワーと戦ってるし、アスランどっか消えるし、お金手に入らないし、何だよコレ!

とりあえず、立ち上がりわたしも参加しようとしたが、一人戦わない男がわたしに言った。



「危険だ、そこにいろ」



先程の声の主と思われる黒髪の男。デカイ盾?の様な武器を背負っているが使う気が無いらしく腕を組んで戦闘を見ている。偉そうで生意気なヤツ。あんな風に威張ってるヤツは弱い。わたしには解る。



「隊長!マザーを集めました!」


「よし、ランス隊は盾で囲み、魔術隊は炎で一掃しろ!クイーンは俺がやる」



そう言い残し隊長と呼ばれていた生意気なヤツはクイーンマウスフラワーを狙い走る。クイーンも黙っていない。マザーよりも太い蔓の鞭で迎え撃つ。太く重い音とは裏腹に速い。

手下的なヤツ等は火属性魔術でマザーを一掃し終わっていた。



走りながら隊長は背中の武器に手を伸ばした。予想通り大きな盾、そして大きな剣。盾の後ろに剣が装備されていたのか。よく見ると盾の上下から剣が飛び出ていた。

その武器を抜いた。右手に片刃の厚い剣、左手に大きな盾。まさか斬るつもりか?


今回はわたしの予想が外れた。攻撃に使ったのは厚い剣ではなく、大きな盾。盾で太い蔓を突き、蔓を弾き返した。

それで終わらず、盾突き時の僅かな衝撃をも殺さず身体を右に回す。そこで眼を疑った。

男は盾の鞘に剣を戻し、左腕から盾を外した。

腕から外れた盾がスライドし音を立てて形を変えた。



「寝とけ」



片手で持っていた剣を両手で持ち、そして一気に振り下ろす。クイーンにヒットした時、謎の爆発がクイーンを襲った。轟音と地面を伝う衝撃と振動に堪え、ただ男を見る。

爆発で土煙がたつ中、再びスライドする音と火花が見えた。















まさかの乱入者により危機を回避したわたし。

正直何者なのかも解らないままその乱入者達は土煙と火薬の匂いを残し、森の奥へ消えた。


何が起こったのかも、誰なのかも解らず、終わった。

隊長やら隊やら言っていたし騎士だろう。よく考えるとランス隊と呼ばれていた人達は騎士の鎧兜を装備していた。魔術隊は騎士団のローブとダサい長い帽子。

あの生意気なヤツだけ武具が違った所を見ると、本当に隊長なのだろう。騎士は隊長から防具が自由に選べるらしい。勿論、騎士団でのオーダーメイド品なので騎士要素のない防具はダメだろう。武器は自由と聞いた事がある。



「アイツやるな」


「うん、なんか凄いヤツだったね...。 え?」


つい会話をしてしまったが、誰だ!?

慌てて振り向くと、草影に消えたはずのアスランが偉そうに腕を組んで立っていた。



「アスラン、おま、逃げたしょ!!」


「まぁ落ち着け。アイツ等がヤル。と解ったから譲ったんや。ドロは譲らんがな!」



...まさかこの男、逃げ帰るフリをして今まであの草影でじっとしていたのか!?

確かフォンのアイテム配分は、同じモンスターと戦い一定範囲内に居れば権利が...。眼を細めてじとっとした視線をアスランに浴びせる。



「まて、貴様も似た様なモンやろ!いや悪気がある分俺の方がまだ可愛いやろが!」


「は?!悪気があるとか嘘つくな!隠れてたじゃん!」


「貴様は堂々とドロ貰ってるやろ!俺様は悪い気持ちがあるから隠れて、アイツ等が緊張せずいつもの力を出せる様にだな」


「ふざけんな!あの後アイツ等がわたしに敵意を向けてきてたら絶対そのまま逃げてただろ!」


「そりゃな」




この男は、何なんだ!

良い様に言っているが、この男こそ堂々とドロを貰ってるんじゃないのか?...、、今はこんな言い合いよりも、目的のアイテムはドロップ出来たのか確認しよう。なんせ14000vだからな。

アスランも同時にフォンを操作し、アイテムを確認する。


よく解らないアイテムをいくつかドロップしている。その中に目的のアイテム、小さな花石があった。

数は2つ。確か必要数は6つ、アスランはどうだろうか。



「花石が5つや、エミリオは?」


「2つ!集まったじゃん!」



お互いの花石を合わせて7つゲット。クエスト条件は達成される。アスランに花石を渡し、アスランのフォンを覗くと画面右上にビックリマークが出た。タップするとクエスト達成通知が出てきた。

クエスト内容と依頼人の名前、そして報酬が記入されていて、報告しますか?の文字も。アスランは迷わず報告をタップした。



「へぇーそれが冒険者のクエストかぁ」



冒険者のクエストを見るのは初めてで、つい言葉が漏れた。こんなクエストを毎日いくつも受注し攻略し報告しているのか。



「少し経ったら報酬が」



そこまで言うとアスランのフォンにまたビックリマークが出現した。先程は赤、今回は青のビックリマークだ。同じようにタップし開くと報酬が届いていた。

14000v と 優しい爪×10。

約束通りわたしは14000vをアスランから受け取った。



「そや、フレンドなっとこか」



フォンの機能の1つ フレンド。

お互いのフォンから出るマナを交換する事でフォンのフレンドリストに相手が登録される。フレンド登録した相手とはメッセージのやり取り、通話等々が可能になる。



「おけ、いいクエストあったら教えてよアスラン」



わたしのフレンドリストにアスラン と文字が増えた。



「さて、俺はドメイライトから馬車に乗る。エミリオも戻るんやろ?」



頷き、ドメイライトまで一緒に向かった。道中モンスターと遭遇する事もなく平和なモノだった。

馬車乗り場には誰も居ない、そして次の馬車が来るまで20分あるしわたしはやる事もないし、冒険者の話を...。



「さっきのヤツ等、騎士やな」



さっきのヤツ等の話かい!!と心で叫び、多分、と答える。



「あの隊長、見た事あるわ。あの武器やし間違いない、確かデザリア王国の騎士やわ」



「デザリアって、ドメイライトとあんまし仲良くない国だよね?」



この世界には大陸が4つあり、ドメイライト王国が管理する大陸が ノムー大陸。

デザリア王国が管理する大陸が イフリー大陸。

その2つの中間にある大陸が ウンディー大陸。

そしてこの3つから離れた所にある和國管理の大陸 シルキ大陸。


ノムー、イフリー、シルキ大陸は国王が管理しているが、ウンディー大陸だけは国王ではなく、ギルドが管理している。首都はバリアリバル。


ノムー大陸とイフリー大陸の大きさはパッと見変わらないが数値等で出すとノムー大陸の方がほんの少し大きいらしく、世界一の大陸と呼ばれ、世界一大きな街ドメイライト王国がある。


ドメイライトとデザリアは数十年仲が悪いらしい。理由は知らない。

和國はあまり干渉しない。

ウンディー大陸はノムー、イフリー大陸に挟まれていて世界の中心の街がバリアリバル。この位置を最大に使ってなのかどの国に対してもギブアンドテイク。さすがギルドが管理しているだけはある。国ではないので色々難しそうだ。良く知らないけど。


で、その仲が悪い国の騎士がなぜドメイライトに?まさか戦争を仕掛けるために何か企んでいるのか?



「名前は確か...ハクや。あの武器はギミックウェポンとか言われとる、、、おっと馬車が来たから話はまた今度や」


「なんだよ!いいとこだったのに!」



馬車の到着タイミングに文句を言いながらもアスランを見送る。またどっかで会える気もするしお金ゲットできたしいいや。



「エミリオ」


「ん?なんだアスラン」


「冒険者やるんやったら、バリアリバル行ってみ。クエストわんさかあるで」


そう言い残しあんまり綺麗じゃない赤色髪のおっさんアスランは馬車に揺られて今度こそ消えた。


バリアリバル。 ギルドが管理する大陸にある首都。世界中のギルド、冒険者が集まる街。世界の中心にある街.....。


別にこのドメイライトに拘りもないし、居座る理由もない。住みやすい訳でもなく、ただ辿り着いたから寄生しているだけ。


今日冒険者のクエストに同行して凄くワクワクしたし、本当に死ぬかと思った。まぁ本気出す前に謎の騎士が乱入してきて終わったけどね。

でも、その騎士の乱入も含めて、凄くワクワクした。わたしの知らない世界が眼の前にあった。それもまだ入り口しか見ていない。

わたしもその世界に行きたい。もっと色々な事を見て、感じて、知りたい。あと、お金欲しい。



「...んし、行こう!バリアリバル」



自分の性格は理解している。

欲しいと思ったら壊してでも手に入れなければ気が済まない。見たいと思った時もそうだ。見るまで気が済まない。


我ながらいい性格してるぜっ。


街中を爆走し家に到着するや否や今あるアイテムや武具の確認をする。勿論お金も確認。必要ないアイテムは売るとして、武具は今使ってるフルーレと赤チェックのキャスケットに赤で袖口等が白のトップス、白のホットパンツに黒ブーツ。

確か名前はスカーレッドバイド。結構お気に入りだし他にどんな武具がいいかも知らないし、今はこれでいい。


家具もあんまりないのでこのまま置いていっていいか家主に聞いてみよう。街にあるレストランの奥さんが家主。出発する前にちゃんと挨拶を。



必要なアイテムをフォンや腰のポーチに入れ、必要ないアイテムは街にある店に売った。そのお金を薬品類や食料に少し使い、家主の奥さんに会いに。昼も過ぎ店は一旦落ち着く時間帯だろう、タイミングはいい。ドアに手を伸ばしゆっくり押すと鈴の様な音が店内に響く。



「いらっしゃい」



すぐに奥さんの声が届く。高級でもなく、凄く綺麗と言うわけでもない店だが、街の人々は気に入っている様で常連客もつく程のレストラン。夫が趣味で始めたレストランらしいが、今じゃ奥さんの城と化している。



「やほー!」


「あら?エミちゃん、こんな時間に珍しいわね」


「うん、奥さんジュースちょーだい」



とりあえず、とりあえず飲み物を注文した。カウンターに座り奥さんが出してくれたオレンジジュースを一口飲む。コーラがいいと思ったが、毎回毎回コーラばかり頼むと奥さんがオレンジジュースを出してくる。今日はその日だった。


勢いで、考えなしに行動してしまったせいか、何をどう言えばいいのか全く思い浮かばない。毎度の事ながらこれはマズイ。



「エミちゃん今日はクエストしたのかい?どうだった?」















オレンジジュースが無くなった頃、クエストの話も終わった。今日あった事を話すだけだったのにもう30分くらい経っただろう。コーヒーの香りが漂う店内でわたしはまた沈黙しそうになったが奥さんが言葉を繋いでくれた。



「そんな事があったのかい、なるほどねぇ...それでそんな眼をしているのかい」


「ん?眼?」


わたしは両眼を指で開き眼を見せた。


「一人で暮らす!って言った日もそんな眼をしていたねぇ、周りの意見なんて聞きたくない!っていう様な眼」


「なにそれー、、。奥さん、わたしバリアリバルに行く!もっと色んなモノみて色んな事知りたい!でさでさ!家具置いてってい?」


「ははは、相変わらず急に本題に入るねぇ。いいよ、置いていきな。それと」



奥さんは何かを取りに何処かへ行ってしまった。氷が溶けて薄まった少量のオレンジジュースをストローで吸いあげ待つと、小さな包みを渡してきた。



「途中お腹が空いたら食べなさい」


「いいの!?ありがとー!中なに?お菓子?」


包みから甘いいい匂いがした。甘い物なのは間違いない。と、わたしの嗅覚が言う。


「さぁねぇ?ほら、馬車が来るよ!急ぎなさい」


「うお、本当だ!行くね、ありがとね!またね!」



手を振り、レストランを出た。以外にあっさりと進んだ。多分奥さんはわたしがレストランに来た瞬間から解っていたのだろう。言いたい事が。

凄腕冒険者になって激ヤバクエストを楽々こなす様になったらまたこのレストランに来よう。成長しまくったわたしを見せるために。


先程アスランと別れた馬車乗り場まで爆走した。明日から違う景色を見るというのに、当分この街を見れないというのに、景色が早送りされるかの様に走った。寂しいや悲しい、よりも、ワクワクするこの気持ちがそうさせた。




「...ドッカーン!やドドドド!じゃ、どんな状況だったか伝わらないよ。あの子は全く...。さ、夕食時までに仕込みを終わらせるかい。アンター!手伝っておくれー!」










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