フクロダさんの過去と今

「うっ……ぷ!」

 次元の穴に落ちた私は、どこかの草むらに落ちた。

 外はずいぶん暗いが、半分フクロウになっているため、夜目も利いてよく見えた。

 私は別の世界に落ちたらしい。

 初めはどこか魔物の巣窟のような所を想像していたが、森に住んでいた私にとって、ずいぶん慣れ親しんだ緑の生い茂った所だった。


「なぁ、この辺で大きな音しなかったか?」


「ああ、もしかしたらデカい獲物がいるかもしんない」


 誰かの声が聞こえた。

 ……その言葉に私は身の危険を感じ、とっさに羽を羽ばたかせてジャンプした。

 するとどうでしょう、私は勢いよく、空高く飛び上がったのだ。

 空を飛ぶ魔法の「フライ」より、肉体的疲労はあるが、風に乗ると何もしないでも飛んでいられて、今まで味わったことのない感覚を覚えた。

 上空まで飛んだ私はとりあえず、今の状況を確認すべく、遠くに見えた光の集合体のような明るい所を調べることにした。


 高い建物の屋根の上に止まった私は辺りを見渡した。

 そこはどうやら町のようだ。

 不思議だった……木でしか見たことない、まるで魔法のような明るい看板。

 魔物でもない色や大きさも様々な走る鉄の塊。

 蛇のような長い物から奇抜な格好をした人々がどんどん降りていく。

 しかも黒髪の者が多い。ここはそのような差別がないんだなと思った。

 これが次元の穴の向こう側……危険な所を想像していたが、人が普通に暮らしている。

 ここは安全だと察した。

 だが、それは人間での話だ……。

 私はフクロウ人間……人間ばかりのこの世界では、私は異形の存在。見つかった時点でダメでしょう。


 グ~~~~~~……。


 私は腹を空かせた……。

 とりあえずさっきの山の方まで飛んで行こうとしたが、気の緩みのせいだったのか、ジャンプしたらうまく飛べず、そのまま落ちてしまった。

 私は斜め下に下って行き、建物の間をギリギリ通り抜け、そのままどこかのゴミ箱にぶつかった。


「痛い……」


 私はどこかの路地裏に着いた。

 飲食店が連なる所のゴミ箱にぶつかった。

 私は見つかってないか、周りを見渡す。

 周りには誰もいないことを確認し、私は安堵の息を吐いた。

 私は気合いを入れて今度こそ飛ぼうとしたその瞬間だった。


「な~に~? 一体何の音?」


「あ……」


「あ……」


 目の前の裏口の扉が開き、人に見つかった。

 それは派手な衣装を着た女性の格好をした男性だった。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私はお互い叫んだ。

 いきなり過ぎて、飛んで逃げることを忘れてしまった。


「いや、あの! その!」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なんてちょうどいい着ぐるみ!」


「へ?」


 叫んだと思ったら、いきなり私の姿を着ぐるみという物と勘違いされ、誉めてくれた。

 彼……いや、彼女、サブリナさんはフクロウカフェというフクロウを愛でながらお茶を飲む店を営んでいるが、場所の都合で全く客が来ていないらしい。

 だから私を客寄せとして雇いたいと言われた。

 素顔を見せたいとも言われて、今のこれが素顔のため、丁重に拒否をしたが「いいの、人は誰でも秘密を持つものなの。そう……私みたいに……」と言っていたため、追及されなかった。

 次元の穴に落ちて数時間で新たな仕事先を見つけた。

 私はこの世界の人間に感謝をした。


 それからは私の生活は順調だった。

 チラシという紙を配りながら、写真を撮られて、いつしか店内も任せるようになった。

 問題だった住処も木の上に住み、食生活も昼は賄い、夜はフクロウが混じったせいか、追いかけたネズミや虫に食欲がわき、捕まえて生で食べてみたら絶品だった。

 だが、私の順調だった生活もいつしか限界を感じた。

 それは冬……。

 私はフクロウ人間ではあるため、濃い羽毛部分は背中だけでそれ意外は薄かったため、寒かった。

 私はずっと我慢したが、限界を感じ、死をも覚悟した。

 私がここに来て約一年になろうとした時、ようやく暖かくなり、乗り切った私は屋根のある住処を探すことにした。

 だが私の稼ぎではなんともならず、途方に暮れていた。

 どうしようか悩んでいた時、私はあることに気づいた。

 まだ肌寒かったある時、火が欲しいと思った時、私は冗談交じりで火の呪文を唱えた。

 すると、弱くはあるが火が出て、私はビックリした。

 これは憶測だが、私のいた世界の人間は体内に魔力を貯める気管があり、次元の穴に入る際、その気管を止めることにより魔法を封じるのだと思う。

 私は半分がフクロウのためそれが完全ではなく、半減に済んだのかと私は思った。

 魔法を使えば、契約魔法で人を脅して……フフフフフフフフフ……。

 死を覚悟した寒さを知った私に、私は躊躇がなかった。

 私は山奥にある大きな家を狙い、耀助さんと出会って、契約に持ち込んだ。

 騙してしまったが、耀助さんは私に優しくしてくれた。

 そして歩美さん、金山さん、光太さん、船橋先生、浅羽さん、岩下さん。そして向こうの世界から来たニコとアーネ達。店長や他の人々……。

 私はこの世界の人の優しさに救われて、今があるんです。

 だから……だから……。



 ***



「私は……この世界を壊そうとするあなたを許さない……」


 私は首を絞めているハーディスの腕を握りしめた。

 するとハーディスの腕が緩んだ。


「親に捨てられて、育ててくれた師匠も殺されて、大事な相棒を生き返らせて罪人になった私にとって、私はこの世界に救われた。あなたはこの世界の優しさを知らない。黒い髪の人間が罪だというのなら……罪もない人を殺すあなたは大罪人です」


「ふっ……たしかに俺は大罪人だ。髪の色だけで罪の奴を殺し、大罪人であるエルサレムを勝手に救い、色々罪を犯した……だがそれが何だ?」


 ハーディスが平然とした顔をしている。


「俺は家族が死んでから、俺には何もない。ただ復讐することだけだ。俺にはそれしかない。もうとうに壊れてんだよ……」


 ハーディスの顔はどことなく悲しげな顔をした。

 ハーディスは罪もない忌み子を殺すこと罪なのはわかっている。

 だが彼にとってそれは生きる意味である。

 それがなくては生きる意味がない。

 だから彼は罪もない者でも、意味もなく殺す。

 自分が抱いた罪悪感が麻痺するくらいに心が壊れてしまう程に……。


「ま、これから死ぬお前にそんなことを言っても仕方のないことだ」


 ハーディスが私の首から手を離れた。

 彼の言うとおり、このままでは私は死ぬ。

 昨日のダメージ、コンクリートで固まった体、そして一キロ以上耀助さんと離れている。

 腕輪の点滅も段々早まっている。これはあと五分頃だという印だ。

 このまま時間が経ったら、意識が薄れてそのまま安楽死するようになっている。


「さて、やるか……」


 ハーディスが右手を挙げると、手のひらから火の玉が現れた。

 そしてその炎はどんどんどんどん大きくなる。

 あれはおそらく炎魔法の高等魔術の一つ「メテオ」。

 大きな炎の玉で町一つ滅ぼす。魔力、体力、精神力、全てに優れていないと成功出来ない極めて難しい技。

 その炎は拡大を止めた。

 それはまるで私達が蟻だと思うくらいの大きな炎だった。


「ノーマルディアよく見てろ……お前の好きなこの街が滅びるのをな」


 ハーディスが大きな炎を落とそうとしている。

 私は必死に足掻こうとしても、身動きが取れない。


「ノーマルディア、お前もこの町の人間達の後を追ってろ」


 くそ……くそ……私には何も出来ないのか……私は無力だ。

 私は悔しさのあまり、頬に一筋の涙がこぼれた。


「フクロダさん!」


 ああ、走馬灯のような物なのか、まるで耀助さんの幻聴が聞こえる……耀助さん、ごめんなさい。私は無力ーー。


「ーーぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!」


 ……あれ? 幻聴じゃない?


 ゴン!


「ごっ!!?」


「えっ!!?」


 次の瞬間、鈍い音と共にハーディスの炎が消え、私は驚いた。

 なぜなら、ヘルメットをつけた耀助さんが、下からまるで大砲のように勢いよくこっちに向かって来た。

 そして……耀助さんの頭がハーディスの股間にクリーンヒットした。

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