フクロダさんの過去

「はぁ……はぁ……」


 心臓を握りしめられたような痛みが俺を襲い、息も苦しい……。

 最初にびっくりしたが、耐えられないほどの痛みではない。

 俺はニコに膝枕をされている。

 そして俺達は、点滅している腕輪に注目している。


「ニコちゃん、これは一体なんなの!?」


 歩美が今にも泣きそうな表情で狼狽えた様子だった。


「これは『契約の腕輪』です。使い魔と契約した証になる物です。この場合ノーマル様が使い魔という形になります」


「それで、これはどういう状態なの!」


「……契約した使い魔は裏切らせないために、主と一定の距離を離れて一日経ってしまうと…………主と使い魔は死んでしまいます」


「「え……」」


 俺の心は絶望のどん底に落ちた気分になった……。

 そうだった……そういえばフクロダさんと初めてあった時、騙されて契約した時にそう言っていた。

 あれから約一日経っちゃったんだ……。

 歩美も何を言ってるのかわからないような表情をしていた。


「え……じゃあ何? 耀助、死ぬの?」


「た、たしか点滅しているのはこの世界の時間であと三十分頃という合図のはずです。その時間以内にノーマル様に近づければ……ですが……」


「ですが何よ!」


 歩美がすごい形相でニコの両肩を思いっきりつかんだ。


「先程関知した魔力が空に飛んでいったのを二つ感じました。もしかしたら……」


 フクロダさんは空の上かもしれない……。

 つまり、ハーディスの狙いは俺をフクロダさんに近づかせないため、探させないために動きを止めるために操ってたってことか。

 それなら合点がいく。

 さっきまでやってた人を操る魔法は何時間もやり続けた。つまり魔力の消費はあまりないということ。

 そして前にアーネが飛ぶ魔法は結構魔力消費が激しいと言ってた。

 つまり確実に遠ざかるけど魔力を大量に消費飛ぶ魔法を時間ギリギリまで置き、それまで操る魔法をして動きを止めてたってことか。

 くそ……くそ……これじゃあ俺、死ぬしかねぇのかよ……。


「アタシ探してくる!」


「待ってください!」


 歩美が立ち上がり、フクロダさんを探しに行こうとしたが、ニコに止められた。


「他に魔力は感知できないんです。もしかしたらノーマル様はやられてしまって……」


「何で!? まだわかんないじゃん! 少しでも可能性があるなら探した方がいいじゃん!」


「たとえ見つけたとしても敵の魔法使いがいるかもしれません。歩美さんは強いかもしれませんが、魔法使いには敵いません!」


「だったら耀助やフクロダさんが死んでもいいの!」


「いいわけありませんよ!!」


「……………………」


 ニコが大声を出した。

 歩美も俺も初めて聞くニコの声に驚いて声が出なかった。

 ニコは下を向いてポロポロと涙を流した。


「ノーマル様も耀助さんも死んで欲しくありません……ですが、歩美さんも皆も死んで欲しくありません……私……もうどうすればいいのかわからないよ……」


 涙を流したニコを見てもらい泣きしたのか、歩美も大粒の涙を流し、そして膝から崩れた。


「なんで…………なんで耀助が死ななくちゃなんないの?」


 二人は俺が死ぬかもしれないせいで泣いている……。

 涙を流す二人を見て、俺は心臓の痛みとは別に胸が痛くなった。

 くそ……フクロダさん。どこにいるんだよ……。



 ***



 地上から約千メートル上空……私はハーディスに連れられてそこにいる 。

 傷もまだ癒えず、顔以外コンクリートに包まれていて動けない状態になっている。


「綺麗な空だな、ノーマル」


「はぁ……はぁ……」


 私は契約の腕輪の効果により、心臓からの痛みに苦しんでいる。

 さらに雲一つない青空に、夏の日差しが体を覆ったコンクリートと羽毛によって、より暑さが辛い……。

 おそらく下はハーディスの人の精神を操る魔法「コントロール」を解かれているだろう。

 あれは一人だけを操ることによって、その人が他の人に触れることによってまるで感染するかのように、操ることが出来る。それゆえ魔力は随時消費しなくてはならないが、人一人分により少なくて済む。


「苦しそうだなノーマル。だがな、この世界を破壊する者として、この世界に味方するお前を殺すしかない。せめて元上司として、お前の死を見届けよう」


「はぁ……はぁ……ハーディスさん。あなたは間違っている……」


 私は痛みに耐えながら話を始めた。


「あなたは忌み子を恨んでいるのはわかりました……ですが、この世界の人があなたに何をしましたか? 罪のなかった忌み子もいたはずなのにあなたの恨みだけで殺された人もいたはずです……それなのにあなたはまだ罪のない人を滅ぼすのですか?」


「黙れ」


「ぐっ……!」


 ハーディスが私の顔を殴った。


「黒髪の忌み子がいる限り、俺の憎しみは消えることはない」


 ハーディスのその目は、もう憎しみの他の負の感情を色々含んだ目をしていた。

 そして私の首を強く握った。


「憎しみを知らない恵まれた環境に生まれ育ったお前に、知らない奴に憎しみを知らない」


 ハーディスの首を握る力がどんどん強くなり、私の意識がどんどん薄れていく。

 そして死に近づいた私は、昔のことが走馬灯のように甦っていく。

 ハーディスさん。私は恵まれたわけではないんです……。



 ***



 私は物心ついた頃、王都から遠く離れた人気のない森で育った。

 私は捨て子だったのだ……。

 赤ん坊だった私は、森の草むらに布一枚覆った状態で捨てられていたのだそうだ。

 どうやって育ったかというとーー。


「ノーマルディア。今日は薬草の勉強をしましょう」


「はい師匠!」


 私はその森に暮らしている壮年の男性に拾われて、育てられたのだ。

 名前はイージス・エルトン・ヘルヴレイム。

 元々は王都で王様に仕えていて、『王都名誉魔法士』にもなった魔法のスペシャリストでしたが、当時の王のやり方に着いていけず、この森に住むことになった。

 私はその方を父と慕い、魔法、薬草、狩りなど色々教えてくれた。

 おかげでしゃべり方も彼そっくりになった。


「ノーマルディア、あなたはいずれこの森を出るかもしれません。私は何十、何百人という卑劣でズルい人間を見てきました。ですがそんなことにめげずにがんばりなさい」


「あ~~? ……はい!」


 当時の私には、それがどういう意味なのかわからなかった。


 その後、師匠の所で学んだ私は十五歳になり、なけなしの金を持って、誰でも入れる魔法学校に通うため、森を出て王都に向かった。

 師匠は反対したが、私は師匠に「魔法の才能がある」と言われ、それをきっかけにもっと魔法を学びたいという私の熱意に根負けし、許可をもらった。

 意気揚々と王都に向かったが、私は小さい頃に聞いた言葉を私は思い知った……。


「ここは我が貴族の学校である。何も価値のない平民共が通っていい所ではない」


 王都に到着し、入学試験を受けようとしたが、学校の生徒である貴族達に門の前で私含む平民達が試験の参加を阻止された。

 この時代国王がまだ先代だった頃、貴族至上主義の時代であったため、平民に自由はなかった。

 そのため貴族と平民の境がないはずの学校に学校関係者達は見てみぬ振りをした。


 魔法学校を諦めた私はとりあえず仕事を探したが、王度重なる増税により、店側は雇う余裕はなく働けなかった。

 路頭に迷い、町をさ迷っているとーー。


「そこの兄ちゃん、いい仕事があるんだけど、やるかい?」


 路地裏にいた男に手招きして、仕事を与えてくれるということで、私は着いていった。


「嘘だよバーカ! ひゃはははは!」


 だが路地裏に入ると、がたいのいい男達が隠れていて、私は数人でボコボコにされ、お金を取られてしまった。


 私は王都の……人間の恐ろしさ、卑劣さを知った。

 今まで森で師匠以外の人間と接しないで育ったせいだったのかと思ったが……あまりにひどい。

 私は別で隠し持ってたお金を使い、王都を訪れて一日で故郷の森にとんぼ返りしたのだ。

 だが……災難はこれまでのは序章に過ぎなかった。


「燃え……てる……」


 私は唖然とした……。

 数日かけて戻ると、俺の目の前で故郷である森が燃えていたのだ。

 燃え盛り火の海と化した森、中には師匠がいるはず。


「師匠おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 私は叫びながら水の魔法で火を消した。

 必死に、一心不乱に……師匠の無事を祈りながら……。

 近くの町の人が後から手伝ってもらい、数時間後、火が全て消えた。

 焼け野原となった森の中心にあった我が家は全焼……その黒焦げになった瓦礫の下には……師匠の焼死体があった……。

 消火を手伝ってくれた近くの町の人の一人が王都の人間が放火したのを目撃した。

 王様が師匠が有能だったのに、勝手に辞めた腹いせだと愚痴っていたのを聞いたらしい。


 私は泣いた……。

 そして権力や身分、卑劣な手を使って人を陥れるこの世界の人間に憤りを覚えた。

 こうして、お金も家も家族も失った私は何していいのかわからず、ただただ師匠の死骸の前で泣くしかなかった。

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