異変

「はぁ……」


 夏休み最後の夜、私、浅羽 霞は買い物から帰っている。

 宿題もちゃんと終わったし、あとは明日を待つばかり。

 思えば高校生になってからすごかった。

 友達の鯵坂君がフクロウ人間を飼っていたこと。

 そのフクロウ人間と転校生のニコさんが異世界から来た魔法使いであること。

 金山君から田舎側は実は異世界と繋がっていたと聞いたこと。

 今になっても信じられなかった。

 でもニコさんもいい人みたいだし、害はないから安心した。

 問題は私だ……。

 これから二学期になり、兵藤さん、ニコさんと仲良くなって、ゆくゆくはどこかで出掛けたりしたい。

 だけど、私の鳥恐怖症のせいでどこも行けないかもしれない。

 おぅ……思い出しただけで鳥肌が……ああ、鳥肌って単語を思い出してまた鳥肌が……。


「はぁ……この鳥恐怖症をなんとかしたい」


 私がそう呟いているとーー。


「お困りのようですね……」


 道の隅の閉店された店の前で布を被った明らかに怪しい人が立っていた。

 声からして男性だと思う。


「あの……なんですか?」


「あなたの悩みを解決いたしましょう」


「え?」



 ***



「「あぁ……眠い」」


 今日から二学期。

 俺達は今日から学校に行き、俺と歩美は声を揃えて眠りを訴え、その姿に金山が話始めた。


「二人とも昨日夜更かししたの?」


「あぁ……歩美の宿題を終わらすのに、徹夜したんだよ。今年も……」


「ああ……」


 もう昔からこれだ……。

 歩美がギリギリまで解けずに、昨日俺に泣きついて、それから一睡もせずに終わらせて今に至る。


「クー……」


 おまけにニコにも手伝ってもらって、そのニコは寝ている。


「グー……」


「歩美も寝てるしこの野郎」


 呑気に寝やがって……ニコは起こして、歩美はこのまま寝て、先生に怒られてしまえ。


「そういえば耀助、浅羽さん来てないね。自由研究について話をしたかったんだけど」


「そういえば……」


 たしかに浅羽さんの席に誰も座ってない。

 いつも俺が教室に入る時は必ず来ていて、無遅刻無欠席のはずなのに……。


 キーンコーンカーンコーン!


 あ、チャイム鳴った。


「ニコさん起きて」


「んん……」


 ゆすってもうなっただけで起きないや。


「はーい、皆席について」


 ああ、船橋先生来ちゃった。

 しょうがなく俺は座り、先生が教壇に立つと出席簿を持ち始めた。


「皆さん、夏休みはちゃんと楽しみましたか?」


『はーい!』


「これから始業式が始まりますので、さっさと出席をとります。浅羽さん……は欠席ですね」


 ガラガラ


「あ」


 先生が欠席に印を入れようとしたその時、教室のドア開いた。

 そこには浅羽さんが立っていた。


「……遅れました」


 浅羽さんは小声で謝りながら頭を下げた。


「浅羽さんが遅刻なんて珍しいですね。今回はギリギリなのでセーフにします」


「……はい」


 そう言って浅羽さんは自分の席に戻った。

 何事もないように見えたが、俺はおかしいと思った。

 なぜなら浅羽さんの目がヤンデレヒロインのようなハイライトのない目をしていたからだ。



 ***



 始業式を終え、今日は午前中に終わり、俺達は帰ろうとしている。


「ねぇ、今更だけど夏休みの宿題、昨日終わらせなくてもいいんじゃない? 今日提出するわけじゃないんだし」


「こういうのは習慣なんだよ歩美。毎年付き合わされる身にもなれ」


「ぶー……」


「耀助、ニコちゃんどうする?」


「スー……」


 歩美は船橋先生に怒られながらも始業式も終始寝ていてスッキリしたようだが、ニコの方は頑張って起きてはいたが、見ての通り眠いままで今も暇になると寝てしまう。


「うぃーす」


 俺達が話していると、岩下が来た。


「ああユイ」


「スズ、これからどうすんだ? どっかに寄ってくか?」


「そうだね、駅ビルに行ってみるか?」


「……あの」


 俺達の間に浅羽さんが入って来た。


「……私も行っていいですか?」


「え? いいけど……」


 金山が浅羽さんの参加を渋るのには理由があった。

 ここから駅ビルに行く一番近い道は道端にゴミとかが捨ててあり、綺麗とは言えない。

 それによりカラスも多いし、その道には大きな公園もあってハトが集まる。

 鳥嫌いの浅羽さんにとってはすごい険しい道のりである。


「大丈夫なの?」


「……フフフ、うん、私は生まれ変わったの。もう鳥は平気」


「あ、うん」


 浅羽さんが今まで見たことない不気味な笑みを浮かべた。

 まるでオカルト的な宗教に引っ掛かって洗脳された信者のようだ。

 俺達はその笑みに少しの恐怖を感じながらも、皆で駅ビルに行くことになった。


 俺達六人は駅ビルに向かった。

 ニコはうとうとしながらも俺に引っ張られている。


「カーカーカー!」


 道にはポイ捨てされたゴミに群がるカラスがいたがーー。


「嘘……」


「マジか……」


 歩美と岩下が口に出して驚き、俺と金山も内心驚いている。

 なんと道の一番前を歩いている浅羽さんが、平然とカラスの群れの近くを歩いていたのだ。


「浅羽さん、いつの間にそんな克服出来たの」


「フフフフフフ、私は生まれ変わったのよ。今まであんな鳥ごときに恐がっていたなんてバカみたいだったわ」


 浅羽さんがまた不気味な笑みを浮かべた。

 というか口調もそうだが明らかにおかしい……。

 鳥の克服もそうだけど、いつもの浅羽さんはもっとこう……真面目で清楚な感じがして、無口で暗くて能面みたいな無表情女子だったはずなのに……あれ? 後半けなしてる?

 俺がそんなことを思っていると、金山が俺の隣に寄ってきた。


「耀助、どうしたんだろ浅羽さん?」


「さぁ……夏休みデビューか?」


「だとしたら大失敗だよあれは。一昨日自由研究のことで電話をしたんだけど、その時は普通だったんだけど……」


 つまり変わったのが8月30、31日辺り……それで変わる何かがあったってことか……。


「ニャー」


「あ、ネコ」


 浅羽さんの前に現れたのは一匹の小さなネコ。

 浅羽さんの前に立ち、ジーっと見ている。

 ずいぶん人に慣れているネコだな。

 そのネコの可愛さに歩美は近づいた。


「かわいい! ね、浅羽さん」


「邪魔よ」


「……え?」


 浅羽さんはネコに向かって足を後ろに振り上げ、そしてーー。


 ブン!


 風を切る音を立てながら、思いっきり前に蹴った。

 この光景に俺は唖然とした。


「ニャー」


「はぁ、はぁ……危なかった」


 ネコは無事だった。

 蹴ろうとした瞬間に歩美が飛び込んで、ネコを抱いて移動し、難を逃れた。


「おい浅羽! 何してんだ!」


 岩下が浅羽さんに向かって怒鳴った。


「え? 邪魔だったから蹴っただけよ……」


「邪魔って……こんな小さいネコを蹴ろうとして罪悪感は無いのか!?」


「罪悪感……フフ、私は生まれ変わって情や罪悪感を捨てたの。感情がなくなって鳥嫌いどころか色々なくなって、こんなに楽になるなんて思わなかったわ」


「お前……!」


 俺達は今の浅羽さんに戸惑いを隠せないでいた。

 やっぱり明らかにおかしい……。

 浅羽さんがこんな暴力的ではないし、こんなにドライでもない。

 一体浅羽さんに何があったんだ?


「ん……ふぁ~……すみません、うとうとしてました」


 ニコが大きなあくびをしてようやく目が覚め、俺は手を離した。

 そして目を擦り、このただならぬ状況を察した。


「えっと……何があったんですか?」


「実は浅羽さんが朝から変なんですよ」


「変? …………あれ?」


 俺が説明し、ニコが浅羽さんを見てみると、何か異変を見つけたようだ。


「どうしたんですか?」


「浅羽さんから微力ながら魔力を感じます」


「え!?」


 魔力を感じるってどういうこと?


「魔力ってことは魔法使いに操られてるってことっすか?」


「可能性はあります。ただ、どんな魔法かわからないと……こういう持続が続く魔法は体のどこかに魔法陣があるはずです」


 なるほど、これで浅羽さんがおかしいのが納得だ。

 体のどこかにか……だったら。


「岩下! 浅羽さんを押さえて!」


 歩美はネコを持ってるからそれ以外で一番力がある岩下に押さえるよう行った。


「あ! 何でだ!?」


「いいから! 浅羽さんがおかしいのを止められるかもだから!」


「なんか知らんがわかった!」


 言われた通り岩下が浅羽さんを後ろから肩をつかんで押さえた。


「何をするのかしら?」


「知らねぇよ。ただ大人しくしてもらうぞ」


 岩下が押さえてる間に俺達は浅羽さんに近づいた。


「どうですか?」


「魔力は胸の方にありますね。失礼します」


 ニコが浅羽さんの白いYシャツのボタンを外した。

 すると水色のブラがチラッと見え、胸の上辺りに魔法陣らしき、小さな円が見えた。


「ありました。この種類は体内に魔力が入っていますね。これなら……」


「離れなさい!」


「うぉっ!?」


 浅羽さんが俺達に向かって蹴りあげた。


「せっかく鳥嫌いが治ったんだからこのままでいいじゃない!」


「いいわけないでしょ!」


 足をバタバタさせた浅羽さんをいつの間にいた歩美が足を押さえた。


「こんな浅羽さんと仲良くしたくない! ニコちゃんやっちゃって!」


「は、はい!」


 ニコはカバンから液体が入ったペットボトルを取り出し、制服から注射器を取り出した。

 何でこんなの持ってるのというツッコミは入れる余裕はなかった。

 そして液体を注射器に入れて浅羽さんの腕に注射した。


「うっ!」


 すると浅羽さんは急に気を失い、胸にある魔法陣が消えた。


「この薬は前の世界で作った魔力を一時的に失わせる薬です。これで魔法が消えるはずです」


「そうですか」


 ニコの言葉に俺達はホッとした。

 浅羽さんは岩下に寄りかかったまま眠っている。


「しかし、浅羽に一体何があったんだ?」


「魔法が原因ということは犯人は魔法使い。フクロダさんとニコさんがやるわけがないし……あとはアーネか……」


「よーし、帰ったらアーネの骨を折ろう」


「やめろ」


 歩美が腕をポキポキと鳴らしながらさらっと怖いことをいった。


「アーネと浅羽さんは会ったことはないし、おかしくなったのは昨日辺りの都会側だろう。考えられるとしたら……他の魔法使いがこの街に」


 俺の言葉に皆が言葉を失った。

 この世界に来る魔法使いは大抵は罪人。

 もしかしたら魔力が残った魔法使いがここで悪事を働くのがいるかも知れない。


「皆!」


 後ろから金山が慌てた様子で走って来た。


「どうしたんだ?」


「ちょっとこれを見て!」


 金山が指を指したのは、町の電気屋さんに飾ってあるテレビだった。

 一体どういうことなんだ?

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