ユイ再び

 今日は終業式、明日になれば夏休みだ。

 あの件以来、俺達の会話の中に浅羽さんが入るようになった。


「父が野生の鳥がたくさんいる田舎側よりは会うことが少ないと思ったんですが、カラスやスズメが……」


「浅羽さん、たしかに野生の鳥はたくさんいるけど人に近づくことなんてないわよ。逆に都会のカラスとかいくら近づいてもゴミ箱あさってたし、人に慣れるわよね」


「う……じゃあまた田舎側に引っ越すか、でも多いとやっぱり怖い。人に慣れてる都会か多い田舎か……」


 今、歩美と浅羽さんが鳥の話をしている。

 鳥嫌いの浅羽さんにとっては深刻な問題なのか頭を抱えて悩んでいる。

 それを俺とニコは見ている。


「浅羽さんが馴染んでるみたいでよかったですね」


「最初っから歩美に言えばもっと早く仲良くなってたかもしれないですね」


 そんな感じでほのぼのしていると……。


「耀助さん、何だか廊下が騒がしいですよ」


 ニコの言うとおり、廊下が何か騒がしい。

 何かを見てヒソヒソしたり、嫌そうな顔をしてる感じだ。


「おはよう耀助」


「うーっす」


「あ、岩下……君」


 教室に入って来たのは金山とその幼馴染みの不良、ユイこと岩下 唯太だ。

 最初に見たときは私服だったけど、今回は着崩しているが制服だ。


「鯵坂だっけ? 君づけとか気持ち悪いから呼び捨てでいい」


「そうか、そういえば学校で初めて見たんだけど」


「まぁ組が違うし久々だからな、スズに留年ギリギリを聞いて来てるし」


「いや、ちゃんと行こうよ」


「めんどいし……行ってもいづらいだけだ……」


 岩下が横を向いて黙ってしまった。


 キーンコーンカーンコーン


「お、チャイムが鳴ったから、んじゃな」


 岩下がチャイムが鳴り、二組の教室に向かった。


「はーい、皆、席について」


 船橋先生が来たから各々席についたが、岩下のあの元気のない顔が気になってしまった。



 ***



 全校集会を終えてあとは通信簿をもらうくらいだ。

 そんな時……。


「なぁ鯵坂……」


 クラスの男子が俺に話しかけて来た。


「お前って二組の岩下と仲いいのか?」


「え? 金山の幼馴染みで、会ったのは二回目だからそんな仲がいいわけじゃないけど、それが何?」


「いや、あいつよくない噂があるから……」


「噂?」


「その……他校の奴といっつも喧嘩してるとか、リーマン脅して金を奪ってるとか、女子高生強引に人気のない所に連れて(ピー)したりって、俺この前バット持って丸二まるにの奴等とメンチ切り合ってたし」


 そういえば初めて会った時にバット持ってたな。

 ちなみに丸二は丸々第二高校のことで、昔からうちの丸々第一と仲が悪いという歴史がある。


「だからあんま関わらない方がいいと思うぞ。そんじゃ」


 男子が行ってしまった。

 たしかに岩下は学校に来ないみたいだし、実際はどうなんだろう……。

 ああ、もしかして廊下が騒がしかったのは岩下が来たからか? いい噂がないみたいだし、放課後聞いてみるか……。


 そして通信簿を貰って昼前に終わった放課後、俺達は二組に向かった。

 二組には机に足をかけて、すっごい姿勢が悪い状態の岩下がいた。

 そう思っていると岩下がこっちに気づき、こっちに来た。


「おうスズ」


「一緒に帰ろう。帰りにどっか行こうか」


「おう、そいつらも一緒か?」


「うん」


 岩下が俺達をじっと見て、気まずそうな顔をして頭をかいた。


「んー……まぁいいか、だったら駅近くはやめとこうぜ、どっか……あんま人がいないとこか、うちのクラスいないとことか……」


「ああ、じゃあーー」



 ***



「で……なんでフクロウカフェなんだよ!」


 俺は叫んだ。

 金山が選んだのはフクロダさんがいるフクロウカフェである。

 そこにはメイド服のフクロダさんが接客中だ。

 もちろん浅羽さんはいない。元々用事で行けないからなのと、フクロウカフェと聞いて涙目でダッシュで逃げた。


「おいスズ……何なんだこのフクロウ男は! コスプレか!? マスコットか!? だったら趣味悪すぎるんだろあのリアル感!」


 そういえば岩下はフクロダさん初めてだっけ。

 うん、これが普通のリアクションだと思う。


「お客様、他のお客様とフクロウ達とご迷惑になるので大声はお控えください」


 フクロダさんがなだめているが、騒いでるのはあんたのせいだろ。


「お前のせいだろ! なんだお前は!」


「えっと、この人はフクロダさんっていって、耀助の同居人で、簡単に言えば元がこれなんだよ」


「マジか……変わってんな……」


 岩下がイスにもたれてそう言った。

 さて、フクロダさんも行ったし、岩下が落ち着いた所で例のーー。


「ねぇ、岩下って何で不良やってんの?」


 ーーって歩美が言うんかい!


「あぁ? なんだ急に?」


「何か別に悪い奴じゃないみたいだし、金山とも仲良しみたいだし、なんか訳ありな感じがしてね」


「…………」


 岩下が黙った。

 そして隣に座っている金山も言いづらい雰囲気になっている。


「ユイ……耀助達は言いふらしたりするような奴じゃないから話してもいいと思うよ」


「…………そうか」


 金山の言葉に岩下がもたれかかった身を前に乗りだし、話すのだった。


 岩下は中学の時は、体が大きい以外はごく普通の中学生だった。

 髪も黒く、制服もちゃんとしていて、柔道を一生懸命やっていた。

 そんな岩下は中学の三年間ずっと金山とは同じクラスにならなかった。

 それに体が大きいことで怖がられて、クラスでは孤立していた。

 そんな中学三年の初め、あるクラスの男子から声をかけられた。

 彼は友好的に話してくれて、この頃は楽しく過ごしていた。

 だが、彼にはある秘密があった。

 それは一年の頃から丸二の不良に絡まれているということだ。

 カツアゲでお金を取られたり、万引きを強要されたりしたらしい。

 岩下は偶然その光景を目の当たりに柔道で鍛えた力強さでその不良を倒した。

 だが、それが岩下の不良の始まりだった。

 クラスの男子は岩下の怒りを彼に向けて、彼は病院行く大怪我を負い、転校。

 丸二の不良は岩下を探そうと中学の生徒に絡んでくるようになった。

 岩下はこれが原因になったのは自分のせいと思い、クラスに絡んだ不良を倒し、その恨みを買われてまた岩下を倒そうとする。その繰り返しが何度も続いた。

 そのせいで岩下は柔道部を自主退部し、クラスからも近づき難くなり、いつの間にか不良のレッテルを貼られてしまったのだった。


「ーーそんで消去法で丸一に通うしかなかったんだが、丸二の奴等がどこかで噂を聞き付けて丸一の生徒に絡んで来た。だからあまり行かずに不良達をこっちに向けるってことだ」


「僕も高校に入って初めて気づいたんだよ。ユイは当時、柔道で全国狙えるほど強かったから、迷惑にならないようにしたんだけど……」


 つまり岩下は丸二の不良界では有名、だから自分が的になれば、うちの高校に迷惑がかからないということか。

 岩下は好きで不良になったわけじゃないのか……。


「あの……それが何で黙るということになるわけになるのですか?」


「そうだよ! 言えばもしかしたら誤解が解けるかもしれないじゃん!」


「俺はな……不良達と戦って身体的な強さはある……だがな、心の強さは別だ。言った所で言い訳や嘘に思われるだろ。お前らのダチってだけでお前らに迷惑がかかる。俺はそれが嫌なんだよ」


 岩下は俺達のことを考えてくれてる……。

 見た目は怖いけど、心は優しいんだな。


「まぁ、言われたくないなら言わないよ、俺も歩美達も金山みたいに岩下と仲良くしたいと思ってるから、何か困ったことがあれば言って欲しい」


「そうか……」


 岩下がホッとして再びイスにもたれかかった。

 その後皆でフクロウカフェで昼過ぎまで楽しい日々を送ることとなった。



 ***



 現在午後三時頃、私、浅羽 霞は買い物に出掛けている。

 夕方くらいになると、カラスが多くなるから急いで帰りたい……。

 放課後に金山君がフクロウカフェに行くと聞いた時には……ああ……思い出しただけで鳥肌が……。

 金山君といえば、あの岩下君という不良と仲がいいのは意外だった。

 兵藤さんや鯵坂君とも仲がいいみたいだし、噂ほど悪い人ではなさそう……。


「おい待てやコラ」


 そんなことを思っていると、男の声が聞こえた。

 声のした方を向くと、そこには岩下君と丸々二高の不良達だった。

 岩下君の後ろには同じ一高の生徒がいた。


「おい、さっさと行け」


「は、はいぃ!」


 後ろにいた生徒は急いで逃げていった。


「おい何逃がしてんだコラァ!」


「てめぇら、よってたかってカツアゲしてんじゃねえよ!」


「あぁ!? 弱者に金巻き上げて何が悪いんだよ!」


「てめぇ丸二なめてんじゃねぇぞ!」


「やんのかてめぇ!」


「上等だ!」


 岩下君と不良達がメンチを切ってどこかへ行ってしまった。

 ……明らかに危険な雰囲気……金山君にこの前アドレス交換したからメールしようかしら?





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