アーネのとある一日

 私、アーネ・フォン・モルトは裕福な環境で育った。

 大きな豪邸で家族やメイドに可愛がられ、魔法学校を首席で合格し、最年少で王都名誉魔法士に選ばれるなど。

 将来を約束されたと言っても過言ではなかった。それなのに……なのに……。


「何でこんなことになったのよぉぉぉ~」


 私はちゃぶ台という小さいテーブルに突っ伏した。

 私達三人はあの暴力女、歩美の家にある格闘場という所で寝泊まりしてる。

 ダンベルという鉄の塊や、サンドバッグという柔らかくて固いものがぶら下がっていたりしてるがはっきり言って嫌だ。

 汗臭いし、ふとんという足がないベットは固くて眠れないし、おまけに三人だから狭い。

 それに平民がやる仕事の農業を手伝わなきゃいけないし、疲れるし、三食ほとんど野菜だし……ホントーー。


「何でこんなことになったのよぉぉぉ~」


「マスターのせいでしょ」


 スネーリアが私を呆れながら冷静に指摘した。


「あーそうよ! 全部私が悪いわよ!」


 元はと言えば私がノーマルディアを追いかけて次元の穴に飛び込んで、そのまま帰れなくなったからここに住んでるし、住ませてもらう代わりに働いてるわよ!


「あーそうよ! 全部私が悪いわよ!」


「さっきから何で二回言うんですか?」


「もう……疲れたからかな……」


 私はちゃぶ台に突っ伏して、スネーリアはダンベルで運動して暇を潰している。

 ウルルンはというとーー。


「ウルルン、もっと速くー!」


「速くー!」


「ま……待て……どんだけ……歩かせるんだよ」


 双子の子供に馬乗りにされている。

 こいつらは歩美の妹と弟で女の子が飛鳥あすかで、男の子が角人すみと

 二人とも4歳で歩美に似て、うっとうしいほど元気……最近農業の仕事の代わりにこの二人の世話をするようになってから、体力の他に精神が削られる……。

 ウルルンはかれこれ休憩なしで三時間は遊んで……というか遊ばれてる。


「もう……休ませろ……」


 あ、ウルルンが倒れた。

 体力が取り柄なのに使えないわね。

 ……いや、こいつらが元気すぎるのか。


「ちぇ~、じゃあアーネ遊んで!」


「遊んで!」


「え~……」


 飛鳥と角人がこっちに来て左右に服を引っ張ってる。

 こっちは絶望してる時に……ホント空気読まないわね。

 もうやだな……。


「こうなったら……」



 ***



「耀助兄ちゃん! 遊びに来たよ!」


「来たー!」


「来たわよ!」


「こんにちは」


「あー……飛鳥と角人はわかるんだが、なんでアーネとスネーリアが?」


 私はノーマルディアが住んでいる鯵坂家にスネーリアと双子と共に来た。


「ふん! 私達の苦労をあんた達にも味わわせに来たのよ!」


「ようはこの双子の面倒が面倒くさいからここに来たの」


「さいですか……」


 ここに来れば私達は楽が出来る。

 ノーマルディアにも私の苦労を知るといいわ!

 そう思っているとノーマルディアがやって来た。


「おや、アーネ達と……そこの双子はどなたでしょうか?」


「あ、こいつらは歩美の妹と弟で飛鳥と角人です」


「すごい! 鳥人間だ!」


「鳥人間! ねぇねぇ! 琵琶湖で飛んだことある?」


「角人、それは別の鳥人間だぞ……」


 双子がノーマルディアの周りをピョンピョン飛んではしゃいでいる。

 こんな気持ち悪いフクロウ人間なのに……これが本で見た「きぐるみこうか」ってやつかしら……。


「そういえば歩美は?」


「金蔵(歩美の祖父)がぎっくり腰で病院に付き添うと言ってたわ」


「そうか、そんじゃ皆で遊ぶか」


「「わーい!」」


 ふぅ、これで休めーー。


「もちろんお前らもだ」


「んげっ!」


 休めなかった……。


 これから遊ぶのは鬼ごっこという一人の鬼が追いかけて触られたら鬼になるという遊びらしい。

 ジャンケンの結果、鬼は私になった。

 ジャンケンでもノーマルディアに負けるなんて……。


「い~ち、に~、さ~んーー」


 私は目を隠して10数えた。

 私の標的はノーマルディアただ一人。

 ガキなんかに構ってる暇はない。

 たとえ遊びだろうが絶対勝ってみせる!


「ーーじゅー! よっし!」


 庭には誰もいない。

 だけどそう遠くなければ奴の魔力で感知出来る。

 見えるわ。ノーマルディアの居場所が手に取るように。


「待ってなさいよ! ノーマルーー」


 ズボ!


「………………」


 私は一瞬頭が真っ白になった。

 庭の先の森の中に行こうとした瞬間、いきなり私の下半身が地面に埋もれた。


「大丈夫ですかアーネ」


 我に返るといつの間にかノーマルディアが私の前に立っていた。


「すみません、これは私が猪用に作った落とし穴なんです。まさか落ちるとは思いませんでした」


 つまりこの私が猪以下ってこと。

 あんたはそんな私をわざわざ嘲笑いに来たってこと……。


「ぬん!」


 苛ついた私は両手を地面につけてで体を引き上げて、すぐさまノーマルディアにタッチしようとした。


「タッチ!」


「タッチ! ふん!」


 タッチしたが、すぐにタッチされ、すぐに飛んで逃げてしまった……。


「ノォォマルディアァァァァァァ!!」


 私の怒りが爆発した。

 どこまでも私を馬鹿にするのね!

 いいわ! 地の果てまで追ってやろうじゃないの!


「風よ我を浮かせ! 『フライ』」


 私も飛び上がり、猛スピードでノーマルディアを追いかけた。


「待ちなさいノーマルディア!」


「おお速いですね!」


「おーい、俺達のこと忘れてないかー」


「マスターは熱くなると周りが見えないからね」


 スネーリア達が何か言ってるけど気にしない!

 絶対にタッチしてやるんだからあぁぁぁぁぁぁぁぁ!



 ***



 そして数時間後……。


「はぁ……」


 結局捕まえられなかった……。

 冷静に考えれば私は飛ぶのに魔力を消費するけど、あっちは羽が生えてるから風に乗って飛べるから勝てるはずがない。

 魔力が尽きた私は森の中でフラフラになりながら歩いている。

 魔力がなくなると全身に力が入らなくなり、目眩がする。

 この状態で無理矢理魔法を使うと人によっては死ぬ可能性もある。

 前までは魔力は考えて使っているのに、こんな遊びごときで尽きるなんて……。


「どうしてこんなことになってんだろ……」


 私は自分に呆れながらもようやく鯵坂家に着いた。

 すると、皆が何か慌てていて、ノーマルディアがこっちに来た。


「あ、アーネ、飛鳥ちゃん見ませんでしたか?」


「え? 見てないけど……」


 そういえば飛鳥がいない。


「すみませんマスター、鯵坂 耀助と一緒にお二人の追いかけっこを見てる間に角人は近くにいましたが、飛鳥がいないんです」


 スネーリアが謝った。

 たしかに飛鳥は角人に比べて動かないことがないくらいくらい落ち着きがない。


「やばいな……最近暗くなると猪が出て来るみたいだから、もしまだ森にいたら……」


 あの落とし穴はそのための罠だったのね。

 あっ、そういえば歩美が「猪出るからしばらく森で遊ぶな」って言ってたっけ……。


「っ……!」


「アーネ!」


 私はまた森の中に入っていった。

 どうしよう、私が猪のことを知らずに外に出したせいで……ノーマルディアしか見なかったせいで……もし飛鳥に何かあったら私は……私は…………歩美に殺される!


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 どこからか女の子の叫ぶ声が聞こえた。

 私は木に寄りかかりながら声のする方へ向かった。


「あ、あ……」


「ブゴッ! ブゴゴッ!」


 そこには座り込んだ歩美と大きな猪が立っていた。

 この距離なら魔法で倒せるけど、魔力が尽きて発動するかわからない。

 でも……やらなきゃいけない!


「大地よ! 槍となりて突き上げろ! 『ロックニードル』」


 猪の下の地面が盛り上がり、そして下から無数のトゲが突き上げられた。

 だが手元が狂ったのか、猪は少しかすった程度だが、猪は吹っ飛び、飛鳥から遠のいた。

 私は今のうちに飛鳥の元に向かった。


「大丈夫?」


「アーネ~!」


 飛鳥が私の胸でわめいた。

 だが私も限界みたい……目の前が霞んで見える……。


「ブゴォォォォ! ブゴォォォォォォ!」


 猪の興奮した泣き声が聞こえる……。

 私は猪の前に両手を広げ、飛鳥の盾になった。


「ブゴォォォォォォォォォォォォ!」


 猪の猛スピードの突進に私は命の危険を感じたが何も出来ない……私はここで……。


「うぉら!!」


 ゴスッ! ドォォォォォォン!


 私はわけが分からずにいた……。

 いきなり猪が右に吹っ飛び、木に激突してビクビクと痙攣して気を失っている。


「ハァ、ハァ……飛鳥! アーネ!無事!?」


「お姉ちゃん!」


 私の前に立っているのは、息を切らしてた歩美だった。

 私は安心して倒れて、そこから先はあんまり覚えていない。


 意識がはっきりしたときは私は鯵坂家にいた。

 私は忌み子の持ってたポーションで体が軽くなり、動けるようになった。

 なぜあの場所に歩美がいたかというと、ウルルン経由で鯵坂家に行ったことを聞き、向かうとスネーリアに飛鳥が迷子になったことを聞いて急いで森に向かったらしい。

 あとは猪の泣き声のした方へ走って、さっきに至るわけらしい。


「しっかし歩美、猪を蹴りで倒すって化け物かよ」


「うっさいわね! 飛鳥の危機だったんだから火事場の馬鹿力よ!」


 ホント……猪を倒すなんて修行した格闘家じゃないと無理なのに……。

 私が苦笑していると、飛鳥と角人がこっちに来た。


「アーネ! 助けてくれてありがとう!」


「飛鳥助けてくれてありがとう!」


 二人にお礼を言われた。

 助けたのは私ではなくて歩美だ。

 そう思うとみじめな気分になる……。


「私は、何もしてないわよ……」


「え? でもアーネ来なかったら私死んでたよ」


「そうですよアーネ。あなたが時間を稼がなきゃ飛鳥さんを救えなかった」


 ノーマルディアがそう言った。

 だけど私は何もしなかった……というか今回は私が悪かったと思う。

 猪のことも流して聞いてたし、自分が楽したいから外に出ちゃったし、今回のことは反省しなくちゃいけないな……。


「その、今日は……ごめんなさい」


「おお! アーネが自分から謝りました!」


「明日は雪ですね」


「ちょっ!?」


 ノーマルディアとスネーリアめ、私そんなに謝らないわけじゃないわよ!


「ま、飛鳥を助けてくれたのはお礼を言っとくわ。それで……誰が外に行こうって言ったの?」


「「「アーネ(マスター)」」」


 歩美の質問に双子とスネーリアが私を指差した。

 歩美は笑顔だけどすっごい怒ってる!


「いや、その、反省はしてるのよ……」


「うんうん、反省するのはいいことよ。でもそれはそれ、これはこれ、さあ格闘場でプロレス技実験の刑をしようね」


「いやちょっと待って!」


 歩美が私の襟を引っ張って家に向かおうとしている。


「「アーネ、御愁傷様」」


「嫌だあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


 ノーマルディアと鯵坂は哀れんだ目で私を見ながら手を合わせた。


 その後、私は歩美に痛めつけられ、数日動けなくなった。

 ホント、何でこんなことになったんだろ……。



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