第22話 心の隅

『いくつか質問する、嘘でもいいから答えろ』


 空気がピンと張りつめる。視界の右端で美龍が何かを言い放とうとするが、石田がそれを静かに制した。木南も海鳥も、黙っている。


「嘘でもいいのか?」


 相馬がニヤリと笑う。


『この状況なら、お前に質問する意味も、そう無いからな』

「……そうかい」


 笑みを崩さない。その不気味さに少しだけ恐れて、もう一つ言葉を飛ばそうとしたが、後ろに浮いている『奴』が口を出したせいで、それも止められた。


 ――何をしてるんだ! 俺をすぐに戻せ!

 ――それは、無理だな。黙って見てろ。


 まぁ、『奴』も何が起こるかが分かって、声を荒げているのだろうが。


「それじゃあ、とりあえず中に入ろう。『お前』も、そっちの方がいいだろう?」


 その問いに短く『あぁ』と答えて、首の近くに置いていた手を下ろした。今、俺を攻撃する意味もないし、俺に殺気を見せている気配もない。脅しをせずとも問題は無いだろう。


「じゃあ、行くか」


 全員ばらばらに、一言も喋る事無く『家』に入り、二階に上がって廊下で止まった。そして、一番後方にいた美龍が階段を上がりきった時、相馬が後ろを向いて話を始めた。


「ここは俺の部屋だ。中はいたって普通だが、一つある仕掛けを施してある。そしてもう、その仕掛けは一目でわかるようになっているはずだ」


 質問していないのに、相馬がベラベラと喋りだした。恐らく、俺が石田を連れてきた時点で、この状況になるのは予想していたのだろう。


 そして、まだ石田は動かない。


「じゃあ、入るぞ」


 俺や石田はともかく、美龍や海鳥、そして木南も状況を掴めていないだろう。それでも口を出してこないのは、この場にそういう雰囲気が漂っているという事と、各々にある予感が心の隅にあるからだろう。



「っ…………!」


 美龍が声に出さずに、目だけを見開いた。

 大きく穴を開けた壁の奥にぶらりと垂れ下がる鎖。そして、さらに奥の壁の所々に付着している血液。その光景には、やはり驚く事が正常だろう。


 そして、状況を完全に理解した人間は――





「どういう事ですか? 相馬さん」


 私に車を持ってくるようにと、仕事を頼んだ時の相馬さんの言葉。


 ――愛戸はいい! 椎名君だけ連れてこい!


 あれは、愛戸の状況を分かって言っていたのだろう。愛戸を連れてきてほしかったのではなく、愛戸を見られたくなかったのだろう。


「よし、説明を始めよう。でも、まずは状況整理からだな」


 そう、状況を分かって無い人も――





 正直、全く状況を分かっていない。

 長期任務から帰って早々、石田がなんやら相馬さんがなんやら言われても、何がなんだが全く分からない。

 おかげで付けられた傷の痛みも、今日入ってきたもう一人の新人の事も、忘れきってしまっている。新人は実力も経験も無いに等しいので、入ってすぐに殺されやすい。なので、メンバーが減るというのはよくあるのだが、今回は話が違う。


 組織の頭目が疑われているのだ。


「どうなってるんだ……?」


 静かに呟いた後、相馬さんが説明を始めた――





 ついていけない。

 この組織の事もよく知らず、するべきだと考えた感情に任せて海鳥さんを助けに行き、帰ってきたら来たらで何か問題が発生する。今日という日は、色々ごちゃごちゃしすぎている。

 相馬さんを弁護した方がいいのか、木南さんを援護した方がいいのか、ただ傍観するだけいいのか、それすらも分からない。だから、ただ立ち尽くして三つ目の選択肢を選択することしかできなかった。

 それが最善であることは、分からずに――





 これで、ここも最後。

 予定の一週間よりはとてつもなく前倒しになったが、大して変わらない。すでに連絡はしてある。


「……これで終わりだ……」


 誰にも聞こえないよう、呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る