第16話 血液の温度

「ほい」


 右手に持っている拳銃から飛び出した銃弾が、警備員の頭を貫く。待機中の能力者が出てくる前に歩を進めておきたいところだが、さすがに簡単にはいかない。

 最初に現れた能力者は、まず聴力を消しにかかった。


「っつ……!」


 刃物を思わせるような音が耳を貫いた。

 その、甲高すぎる音に耐えかねて耳を塞ぐ。しかし、塞いでも大して意味は無く、俺は慌ててその場から離れようとする、が、


「あまり、抵抗などするものではありませんよ。海鳥さん」


 その言葉と同時に、刃が飛んでくる。何とか躱したものの、耳をひっかいている甲高い音は止まるわけもなく、切り抜けるのは困難な状況になってしまった。


「貴方の能力は、戦闘に不向きどころか一人では使い物にならないでしょう。逃げるのもここまでにすれば、身のためだと思われますよ?」

「それを言うなら、あんただって同じだろ。あんたの能力は、ピンチの時に効力が上がる能力だ。この状況じゃ百パーセントの力は引き出せない」


 耳障りな高音が周囲を包む中、俺は何とか言葉を聞き取って会話をする。恐らく、この音は俺にしか聞こえていないだろう。能力『鳴鏡止水』はそういう能力だ。


「確かに、百パーセントは出せませんが、見ての通り数の差は歴然だ。能力者の数だって、違う。君の耳には聞こえているのだろう? その音が」

「あぁ、この状況であんたと戦り合うのはきついだろうな」


 この状況では、この男、花宮刃はなみやじんは倒せないだろう。まぁ、音が無くても数の差が無くても同じだろうが。


「だから、俺はみっともなく逃げることにするよ」

「そうか、まぁ、好きにするがいい」


 すると花宮は剣を構えて、俺に向けて伸ばした。それを左側に避けてしゃがんだ後、花宮の後ろへと駆けた。


「ちっ……」


 舌打ちをしたと同時に追いかけてくる。奴は特殊部隊の中でトップクラスに危険な人物だ。だから俺は、出来るだけを保っていかなければならない。


「この状況じゃあ、加速は出来ないか……」


 長い黒髪を垂らした男は、追いついてこない。現状の足の速さは俺の方が上なのだろう。しかし、


「危なっ……!」


 階段の上から、五人の警備員がこちらに向けて銃弾を飛ばしてきた。


「っ…………!」


 花宮の言うとおり、数では完全に負けているようだ。かと言って、このまま立ち止まり続けるわけにもいかない。後ろからは花宮が近づいてきているのだ。


「仕方ねぇか」


 意を決して、壁から背中を離す。まずは、手だけを壁から出して推測で男たちを撃つ。そして弾を入れ直した後、顔を出して警備員の数を確認して、狙いを定めて撃つ。残っていた警備員四人のうち、二人の拳銃を落とした後、下りの方の階段に足を伸ばす。

 その途中で、銃弾が左肩を一つだけ貫く。


「ちっ……!」


 傷跡を押さえつつ、曲がり角を曲がる。

 すると、待機していたのであろう警備員と鉢合わせた。


「しまっ……!」


 当然だが、警備員は俺がここに来ることを分かっていたため、すぐに拳銃を構えて撃ってきた。

 左腕、右肩、右脇腹、に被弾。三発全弾当てているにもかかわらず、急所に当たっていないという事は、まだ生かしている段階であるという事だ。


「ぐ……あっ……!」


 流した血が多すぎる。足はまだ動くが、動いていい状況じゃない。最低限の距離を最低限のスピードで走り、逃げなければならない。しかし、


「よくやった。後はこっちに任せろ」


 追いかけてきた花宮が曲がり角から姿を現した。


「花宮さん、この新人捕まえられなかったんですかぁ?」


 花宮とは逆側から、もう一人男が現れた。


「意外にも、手練れた者だったからな。それに、本気を

「あぁ、ピンチになることが無かったんですねぇ」


 嫌な笑みが顔に張り付いた男は、皮肉でしかない言葉を花宮に飛ばした。


「あぁ」


 端的に答えた後に、花宮は目的を果たすため、俺の方へ近づいてきた。


「海鳥君、君は組織を抜け出そうとしているらしいね」

「うん……悪いか?」


 笑みを浮かべてから、答える。


「ただ抜けるのならまだしも、任務を一度わざと失敗させてからの脱退だからな……それ相応の責任は取ってもらうぞ」

「もうすでに、大分責任は取っているような気もするけど……」


 左肩の傷跡を指さしながらそう口にする。


「そうか……でも、海鳥君、君何で耳を塞いでいないんだい?」


 あ、確かに、もうあの甲高い音は聞こえていない。遠ざかりすぎたのか? いや、それとも……


「何でだろうな……」

「聞こえていないのだろ? あの音が」


 あぁ、その通りだよ。


「君も知っていると思うが、その音の能力は有効範囲がかなり広いんだ。ただ、遠ざかりすぎるとデメリットがある」


 聞いてもいないのに、ひとりでに説明を始める。一応言っておくが、その甲高い音の主は花宮ではない。


「遠ざかると、音量が小さくなるんだ。だから効力が薄れる」


 っ…………! まさか……!


「そして、君の耳に音を飛ばした時、音を飛ばす彼はかなり遠くにいた」


 慌てて耳を塞ぐ。

 しかし、音量が小さかった時ですら音は漏れていたのに、にいる状態で防げるはずが無い。


「今はどうかな?」


 パチン。聞こえた音はそれだけだった。いや、正確には例の甲高い音も聞こえていたのだろうが、聞こえた直後には、耳の機能は止まっていた。


「とりあえず、右耳だけにしておいた。続きは、またあとで」


 鼓膜から飛び出た血液の温度を右半身に感じながら、俺は大声を上げた。


「うわあぁぁあぁ!」



 右耳を押さえても、飛び出す血しぶきは止まらなかった。

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