第15話 硝煙の匂い
「海鳥君、今日はなぜ呼ばれたのか、分かるかな?」
「任務が失敗したことですか?」
いや、違う。そんな事は自分でもわかってる。
「違うよ。海鳥君、私は怒ってるんだ。適当な言動は避けた方が、身のためだよ」
「はぁ……」
何の事だか分からない、という様子を演じる。嘘の決定率を上げるためではない。時間を稼ぐためだ。
「では、何の話なのですか?」
「とぼけるなよ」
今まで優しい雰囲気を纏っていた男の瞳が、俺の視線を鋭く貫いた。彼は能力者特殊部隊のトップ代理、
「君が内通者であることは分かっているんだ。洗脳の能力というのも、どうせでっち上げなのだろう?」
「冗談はよしてください。能力判定テストなら、公平な立場の審査員が行ったでしょう」
能力者特殊部隊に入る前に、数人が審査員となって能力の有無や種類を特定する能力判定テスト。俺も特例などなくしっかり行ったので、とやかく言われる筋合いはない、が、
「内通者は二人いるんだ」
零線はそう口にした。
「実際にその内通者にも話を聞いてね。快く、海鳥君の審査を行ったと言ってくれたよ」
『快く』、恐らくその言葉は絶対に当てはまらない。この組織には言葉の真偽を見抜く能力者もいる。ちなみに役割は、拷問だ。
要するに、その能力者がむごい拷問をして、言葉を吐かせる事さえできればその時点で確実な情報が手に入るわけだ。
「彼が内通者ならば、君も内通者の可能性は高く、さらに今回の任務では洗脳が途中で解けたという話だ」
「確かに、そうですね……ただ、私は内通者などではありませんよ」
「馬鹿を言え。もう一人の内通者に話を聞いたのだから、貴様が内通者であることは分かりきっているのだ」
零線の語気が強まる。精神的に追い詰める作戦か、それとも単純に怒っているのか。
恐らく、後者だ。
「そうですか……ならば、取引をいたしませんか?」
無謀だが。
「この状況で取引とは、中々に面白い提案ではないか」
先ほどとは違ってニコリと笑いながら、優しい口調で口にした。
「私を一度ここから退室させてください。その後は、部下に追わせても自分で追っても結構ですから。そして、私がもし捕まったら知っていることをすべて話します。しかし、私が逃げ切れたらあとは私の自由にさせてください」
取引というのは、対等な関係で互角のメリットを両者に与えることが前提の話だ。だが、この取引には、零線に対するメリットは一切ない。もう少しましなアイデアは思いつかなかったのかよ、と十秒前の自分に文句を言うが、こうなっては仕方がない。
計画通り行こう。
「その取引に、私たちが得るメリットが見つからないのだが」
「ですから、ここで私を拘束すれば、私は何もしゃべりません。何もしゃべらなければ、拷問班の能力も意味をなさない。ですが、私をここから逃がせば、私は全て話すのです。メリットは無いわけではないと思いますし、私が一人で逃げるのですからローリスクじゃないですか」
「ローリスクより、ゼロリスクの方がいいんだよ」
うーん……当然ながら駄目か……
「部下が私を捕まえればいいのですから、ほぼゼロリスクではないですか。貴方も加われば、私など確実に捕まえられるでしょう」
「では、何故お前はそんな取引を提示するんだ?」
まぁ、当然そうきますよね。
「だって、ここから逃げるには賭けしかないでしょう? それを物にしようとしているだけです」
「後ろにある扉からすぐに逃げればいいだけではないか。わざわざ逃げることを宣言してから逃げるなんて、時間稼ぎ以外に何にも見えないけど?」
正論で黙らせようとしているが、それが逆に仇となっている。
「私の目的が時間稼ぎならば、貴方のその言葉は私にとって嬉しい言動になりますけど?」
あえて、口に出す。現在の俺の目的は時間稼ぎではない。時間稼ぎが目的だと勘違いしているならばあとは楽だ。
「確かにそうだな。では、早めに殺しておこうか」
少し後ろに後ずさりする。
「では、最期にいいですか」
「ほう、簡単に諦めるのだね」
「別に、諦めてはいませんよ。ただ、最期に一つだけ。何故、貴方は二番目にとどまっているのですか?」
「どういう事だ?」
笑顔は消えないが、語気は鋭くなっている。前に言ったと思うが、零線の語気が強くなる時は、大抵怒りが混ざっている時だ。
「色々疑問だったんですよね。能力も実力もトップクラスなのに、何で一番になれないのか、って」
「あぁ……何でだろうね?」
怒りを隠そうとしているようには見えるが、全然隠せていない。そこに挑発を畳み掛ける。
「俺は色々考えてみたんですよ。何でなのかなぁって、やっぱり……」
すると、零線は口を開くのを待つことなく走り出した。机を飛び越えた後、すぐに懐からナイフを取り出して、襲ってくる。
「能力『立つ鳥跡を――」
「いつまでたっても二番だからですわ」
耳をつんざく轟音。
その直後、零線の頭から鮮血が溢れ出た。
「『二番』って、嫌な言葉ですね」
右手に持つ拳銃から香る硝煙の匂いを感じながら、俺は扉を開いた。
じきに、音を聞いて駆けつけてくる能力者が集まってくるだろう。本当の戦いはここからだ。
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