第12話 腹の底
「洗脳してすぐは、喋らずにいう事だけ聞く従順な兵みたいな状態になります。十分ほどで戻るので、その間に戻っておいてください」
「お前はどうするんだ?」
「僕は戦闘訓練場に向かわなければならないので。では」
と言った後に、新人は俺とは逆の方向に歩き出す。俺も目的を果たさなければならない。
「白亜、車に座れ」
乱暴に背中を押しながら言う。洗脳という能力は最近入って来たばかりなので初めて見るのだが、効果は本物のようだ。白亜は文句一つ言う事なく、車の後部座席に座った。凛奈も、それに続く。凛奈が後部座席に向かったことを確認してから、俺は運転席に座ってシートベルトを着用。そして、アクセルを踏んだ。
それから数分走った後に、後部座席から凛奈の声がした。
「本当に、動かないんだね……」
ちょうど赤信号に引っかかったので、ブレーキを踏んで後ろを向くと、凛奈が人差し指で白亜の頬をつついていた。そんな状況でも、白亜は視線を少し下に落としたまま動く気配も見せない。
「そういう能力だからな」
青信号になったと同時に、アクセルを踏みなおす。
直後、
「はいっ!」
聞いたことのない女の声と同時に、フロントガラスが割れた。
「なっ!」
踏んでいたアクセルを止めて、首を急いで左側に曲げる。すると、右頬から血液が一滴だけ流れた。
運転座席には、女の投げたナイフが突き刺さっている。
「いつの間に!」
凛奈が驚いてシートベルトを外しながら、声を上げた。
「瞬間移動か……!」
急いでシートベルトを外す。安全のために付けていたのに、今回に限って邪魔になってしまった。
女は攻撃の手を一切やめず、もう一つのナイフを取り出して俺を刺しに向かった。シートベルトを何とか外してなんとか急所は避けたが、左肩にナイフは刺さった。それの影響か、白亜から食らったダメージも痛みとして襲ってきた。
「くっ……!」
ぎりぎり動く右腕で扉を開いて、道路に身を投げ出す。
しかし、地面に倒れたと同時に、体が動かなくなった。
――麻酔……!
首を動かして女の方を見る。それは、写真でしか見た事のない、緑の髪の女だった。
「道乃……木南!」
腹の底から声を出すが、彼女は無視をして仲間に命令をした。
「今だ!」
その言葉と同時に、車が水となった。
「これは……!」
凛奈は重力に抗うことは出来ず、地面に倒れこんだ。しかし、白亜はこの状況を予測していたかのように、危なげなく着地をした。
「洗脳は解かせてもらったよ。白亜さんは私たちが連れて行くから」
「待……て!」
残り少ない気力を大声に変えて放つ。もちろん、道乃は待つつもりはない。どうしようもない状況のために、考えを改める。
「待て! 私を倒してから……!」
「やめろ!」
飛び出そうとしていた凛奈に叫ぶ。
「そうですよ。こちらも国とはやり合いたくはないし、そっちも死ぬのは嫌でしょう? 互いに損しないようにしましょうよ」
道乃はそう言って、後ろを振り向いた。ここで戦えば、こっちは消耗して、あっちは国との戦争になるだけだ。確かに、互いにぶつかるわけにはいかないようだ。
そう考えていると、凛奈が心配そうな顔をして駆け寄ってきた。近くに来た凛奈に頼みをする。
「凛奈……俺を適当なところに動かしてから警察を呼んでくれ……あと、救急車もな、ここじゃあ……地面が固い」
それだけ言うと、俺は目を閉じて意識を消した。
任務失敗の懲罰から、目を背けるように。
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