第10話 声の直後
急に現れた『夢の男』は、皮肉な挨拶を口にしてから相馬さんの方へゆっくり歩み寄った。
「待てっ!」
服の中に仕込んでいたナイフを『夢の男』に向けて、石田がそう口にした。そして、続けて言葉を口にしようと口を開くが、『夢の男』が石田の方を向いたと同時に、それが止まった。
「っ……! なっ……!」
その声の直後、『夢の男』の服が液体化して石田の顔を襲った。それを避けようともがくが、液体を掴むことは出来ない。
「やめろっ!」
次に声を飛ばしたのは、木南さんと相馬さんだった。
木南さんが飛び掛かり、相馬さんが銃を構える。しかし、予測していた行動なのか、『夢の男』はあっさりその挟撃を防御した。
「不意打ちはやめてくれよ」
相馬さんが撃った麻酔銃を左手で受けて液体化させて、その左手を瞬間移動をした木南さんに向け、寸前で止める。右手は石田の方に向いたままだ。
「三対一じゃ分が悪いし、戦う意思はまだ無いんだ。右手が塞がってたら、多方向に対処ができないからな」
その言葉と同時に見せた猟奇的な笑みは、液体の中に入れられている石田の方に向けられた。
「そろそろだな……」
という言葉の直後に、石田の体から力が抜ける。それを確認した『夢の男』は、液体の檻から石田を解放した。ドサッ、という音と共に石田が倒れる。
「戦う意思が無い、ね……現れた直後に仲間を襲ったくせに、信じられるわけが無いだろう?」
「何を言ってるんだ。その言葉が真実なら、構えている麻酔銃をすぐにでも発砲しているはずだぜ?」
挑発をするメリットはないが、『夢の男』はわざわざ煽るような口調と表情でそう言った。そういう性格なのだろう。
「……そうだな。でも、銃を下した途端に襲ってくる可能性もあるから、このまま会話させてもらうぞ」
「好きにしろ。でも、あんたは離れてくれるかい? 木南さんよ」
その言葉を聞いた木南さんは、相馬さんとアイコンタクトを取った後に『夢の男』から離れた。
「とんでもない能力じゃないか、『夢の男』……わざわざ椎名君を乗っ取って、何がしたいんだ?」
「簡単だよ。俺は椎名を乗っ取りたいんだ、、、、、、、、。」
……? どういう事だ?
「……もう、乗っ取っているじゃないか。乗っ取りたいって、どういう事だ?」
俺の考えと全く同じだった。相馬さんが、乗っ取って何をしたいんだと聞いたのに、乗っ取りたいんだというのは答えになってはいない。しかし、次の『夢の男』の言葉が無理やり納得させた。
「乗っ取ったと言っても、まだ一時的なものだ。俺達の核となる記憶を俺が持っていても、この体の精神は奴の物だ。だから、俺はその核となる記憶をエサにして、この体を乗っ取りたいんだ」
核となる記憶、『夢の男』はそう口にした。それは、何だろう。
簡単に考えると、俺の人格と『夢の男』の人格に分かれた理由についてだろう。
「つまり、お前は椎名という人格を殺すつもりなのか」
「あのな……嫌悪をむき出しにしているところ悪いが、侵略しようとしている方がいつも悪役だとは限らないんだぞ?」
『夢の男』は後頭部をポリポリと掻きながら言った。別に頭を洗っていないわけじゃない。
「俺には俺の理由があって乗っ取ろうとしているんだ」
「でも、人格を殺そうとしているのは事実だろ」
「先に言っておくが、あいつの人格の方が偽物。元の人格は俺だ」
特にためらいもなく口にした言葉に、俺は声を上げるほど驚かされた。そんなはずが無い、だって俺は――
「ある事件を機に、奴が生まれた」
俺に起こった事件と言えば、両親が交通事故で殺された事だ。まさか、それに関係が……
「……分かった。もう深くは聞かないし、そこら辺の問題は当事者で解決してくれ」
「助かる」
「でも、一つ聞きたい」
『夢の男』の返事を聞く間もなく、相馬さんが言葉を口にした。
「なぜ、真っ先に石田の動きを止めた?」
なぜって……そりゃあ、殺そうとしたからじゃ……
「そうだな……詳しくは言えないが」
『夢の男』の視線が冷たい刃物に変わって、石田を突き刺した。
「こいつがさっき言った『核となる記憶』に関係するからだ」
――なっ……!
『夢の男』が相馬さんの方に向き直す直前、俺の方に冷たい視線を向けたような気がした。
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