第9話 満面の笑み

 急に視界が真っ白になる。


「なんだ……これは!」


 周囲の柱、壁、天井、人、全てが白に染まり、まるで絵を描く前のキャンパスのような光景だった。俺と一緒にここまで来た凛奈りんなも、驚きの声を漏らしている。

 突然起こったことだったので、俺も思わず立ち止まるが、いつまでも呆然としているわけにはいかない。目が頼れないのなら、耳だ。

 とっ、とっ……

 足音が聞こえる。しかし、罠の可能性もある。一旦後ろに下がって様子を見よう。


「白くなったか?」


 白亜の声が、俺の耳に飛ばされた。


「戦闘中におしゃべりをしようというのか。馬鹿め」

「こちらが有利だから、出来る事なのだけど?」

「それもそうだな……でも、互角にすることくらいは出来るぞ?」


 奴の能力が俺の能力に類似しているのなら、数の多いこちらの方が有利だ。


 ――能力『火のないところに煙を立たす』


「……なるほど」


 白亜が声を出す。俺には見えないが、彼女には俺から煙が広がっているように見えているはずだ。俺の能力は、煙を自由に操る能力。視界を奪う事に関しては、白亜の能力とほとんど同じだ。

 視界奪った後は、離れて様子を見るだけ。音を拾うのは、とりあえず凛奈に任せよう。

 そう考えて、立っていた場所から少し場所を離れる。これで条件は同じ……


 の、はずなのだが。


 ドッ。


 ぎりぎりで気配を察知したので急所は外したが、凶器から完全に逃れることは出来なかった。刺された右肩をかばいながらその場から急いで離れるが、それを追う足音が耳から離れない。


「どういう事だ……!」


 痛みに耐えながら、呟く。奴も視界を奪われているはずなのに、奴は正確に俺の位置を特定した。つまり、奴は自分の視界も操れるのか? だとすれば、俺の能力の完全に上位互換という事になる。

 でも、まだ手はある。


「……凛奈……! 聞こえるか……! 聞こえたら、威圧しろ」


 白亜には聞こえないように小声で話しかける。距離は遠いが、全く問題は無い。


「るぁあぁ!」


 凛奈が吠える。その直後、俺を追う足音が消えた。


「よし、合図で攻撃しろ」


 凛奈に命令した後、俺は立ち止まった。視界の無い状態で移動しすぎると、どこかでこけてしまう可能性がある。


 しかし、それが失敗だった。



 ガシュッ……



 気配も何もあった物ではない。投げられたペインティングナイフが左胸に刺さる。慌てて抜いて投げ捨てるが、すぐに追撃が来る。

 左頬に強い衝撃が襲った後、すぐに足が払われて体を倒される。


「見えてはいても、投擲じゃ簡単には当たらないわね」


 吐き捨てた後、また左頬に強い衝撃。でも、今度は予測できた。


「……っな!」


 俺は白亜の右腕をつかんで捕らえた。この至近距離ならば、見えていなくとも見えていても同じようなものだ。その後、腹の底から絞り出すように、声を出す。


「凛奈ぁ! 今だ!」

「はい、よ!」


 ダンッ! という地面を叩く音と同時に、苦渋を吐き捨てるような舌打ちが目の前から発された。

 そして、


「らぁっ!」


 可愛らしい気合いの声と共に、俺が捕らえていた腕が無理やり抜けた。その数秒後、少し離れたところで何かが崩れるような音が発された。

 その直後、視界が戻り、白亜の倒れた姿が目に入った。


「派手だな……」

「破壊力なら負けないよ、私の能力にかかればね」


 彼女は獣と化した腕をこちらに見せびらかしながら言った。

 能力『猫の手に成りたい』。


「いいよな……そんな戦闘向きな能力で……」


 純粋な嫉妬。それを口に出した後、凛奈は満面の笑みを見せた。


「さすがだよ」


 俺が頭に手を乗せると、凛奈は静かな笑い声を声に漏らした。

 そんな彼女を見た俺は、憐みの笑みしか、浮かべることは出来なかった。

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