第5話 蝶の壁
「お前か! 副団長を殺したのは!」
やっぱり、それか……
「いいや、それは俺でもないし横にいる木南でも無いよ」
俺は木南の方を指をさして、そう言う。
「君たちが探してる人は、ここから向かって右に進んだ寝室にいるよ」
「おいおい、そういう事を言うなよ」
少し苦笑いをする。
「まっ、いいか」
「えぇ、どうせ通させませんしね」
と、言いながら木南が構えを取る。俺もそれに合わせた。
「通させない……? 馬鹿なことを言うな。お前らは所詮、能力者を適当に集めただけの組合だ。戦闘員と待機組の区別すらろくに出来ないお前らが、私達に勝てるはずがない!」
「立派な自信だな。ただ嬢ちゃん、戦いってのは能力の優劣だけで決まるもんじゃないぞ」
「確かにそうかもな。しかし、大きな差があれば、勝負に直結することもあるぞ?」
直後、少女が包帯をしている右手を前に突きだした。今なら銃で殺せそうな気がするが、敵がもう一人いるので下手な動きは出来ない。
「能力『獅子身中の蝶』」
と、口にした後、少女の周囲に黒い何かが集まりだした。その姿や大きさは、蝶や蛾のそれだった。
俺は少し身構える。すると、徐々にその蝶が彼女の右手に止まった。
「何がしたいんだ?」
煽るために、笑顔でそう言う。
「黙っていろ、すぐに分かる」
少女がそう口にした直後、蝶が止まっている個所から、突然鮮血が噴出した。
「っ……! 影人!」
「分かってますよ! 仕方ないな!」
右手が真っ赤に染まっていく光景に、目を奪われた一瞬の隙に、影人と呼ばれた男が寝室の方向に飛び出した。
「しまった……! 木南!」
「……っはい!」
男の後ろを、数秒遅れで木南が追う。こちらのホームとはいえ、追いつくのには少しかかりそうだ。
「分かれていいのか?」
「問題ないよ。俺が君を凌ぎ切れればね」
「なら、分かれたのは失敗だったな」
右手を蝶に喰われた痛みのせいか、少女の顔には汗が浮かんでいた。
「ついでだ、お前も屠ってやる!」
と、叫ぶと、数十匹の蝶がこちらに向かって来た。
「ちっ……」
数が多すぎると考えて、俺は寝室の方へゆっくりと向かいながら、銃で牽制をした。しかし、その銃弾は蝶の波に呑まれて消えてしまった。物質を呑み込む能力か?
「死ねぇ!」
物騒な声と共に、蝶のスピードが急激に上がり、俺を屠ろうとする。それを、左に跳んでぎりぎりのところで避ける。腰に手をやると、服に蝶がかすっていたのか、少し破れていた。
「危ねぇ……」
と、静かに言いながら、蝶から距離を取る。すると、奇妙なものが目にとれた。
数匹の蝶が少女の元へ戻り、もう一度右手の肉を食っているのだ。
――なるほど、一度に物体を屠る量は、能力者から摂取した肉に比例するのか。
「なら……」
ダダダン! と、銃声を連続して起こさせる。飛ばされた銃弾は、無情に蝶に呑まれていくが狙い通りだ。
本来なら、蝶ではなく能力者自体を狙うべきだが、今は時間稼ぎが狙いなので無理に踏み込む必要はない。木南が上手くできていれば、必然的に二対一になってこちらが有利だ。
「早く死ねぇ!」
物騒な単語だが、その声色には焦りが滲み出ている。二回目の蝶の波が襲うが、単調な動きのため、後ろに跳べば簡単に避けられた。
「おいおい、避けられすぎじゃないの?」
挑発。普通ならこんなものにかかる奴はいないが、かなり焦っているようなので今回は簡単にかかる。
「ふざけるな!」
「さっきから、叫んでばっかりじゃん……」
呟きながら向かってくる蝶を避けた。そして、同時に銃も構える。
壁に向けて。
ダァン!
大きな音を鳴らして、銃弾が発射された。そして、壁にぶつかり、天井にぶつかる。
最終的に、少女の右手に命中した。
「ぐぁ……!」
跳弾を受けた少女は右手を押さえながら膝をつき、目を下に向けた。その隙に銃を少女に向けるが、予測していたのか、蝶の壁を間に陣取らせて防がれた。
防御態勢をとっている間に、バックステップで少女から離れる。目的地まで、もう数歩だ。
「こっ……のぉ!」
もはや声になりきれていない。でも、蝶の大群は容赦なく襲ってくる。それを、余裕を持って避ける。攻撃が単調すぎる。
そして俺は、寝室の扉を開いて入った。
「……!? わざわざ、道案内か?」
「思考が単調になりすぎてるんだわ」
バッ! 少女も部屋の中に入る。
すると、驚いたように目を見開いた。
「ふぅ~……なんとか、上手く行ったようですね」
その部屋には木南と影人、そして俺がもう一人、立っていた。
「『二兎追って二兎獲る』ってね」
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