第6話 扉の前

「『二兎追って二兎獲る』ってね」

「っな……馬鹿な……!」


 少女は限界まで目を見開いて驚いた。冷静でいられないほどの状況ではない。つまり、少女は焦りに焦っているという事だ。


「案の定はめられてましたよ。まんまと罠に、ね」

……だと? 分かっていたな! 影人!」


 なるほど、冷静そうな男の方も罠にかかったのはわざとだからか。そして問題なく、俺の分身と木南の連携を凌いだ、と。



「何で、わざわざ自分から罠にはまるようなことをしたんだ?」

「うちの上司が周り見えてないからですよ。ちょっと、頭を冷やさないと」


 影人はクスクスと笑いながら少女の方に歩み寄った。


「なんだと! 影人、私に逆らうのか!」

「アドバイスですよ。部下からの気遣いです」

「余計なお世話だ!」


 当然、少女からは物言いが飛ばされた。しかし、影人は涼しい顔をして、その声を流している。


「……あの、どうします?」


 木南がささやき声で聞いてきた。


「さぁて……今、ここで本気で戦っても、多分こっちが分が悪いからな。相手さんは、頭に血が上って単調な動きになってたから今は有利だけど、実際の能力は大分強いからな。椎名君が能力を発動できるなら別だが、可能性は低い」

「なら、このまま退散待ちですかね」

「そうだな」


 あの少女だけなら何とかなるかもしれないが、影人という男もいる。木南が能力を目視しているかは分からないが、あの冷静さだけでも現状では十分な武器だ。


「っ……! でも、早く仇獲らないと――!」

「仇獲るのは後でもいいじゃないですか。今は退きましょう。副団を殺した奴の能力の脅威も、死骸を見た貴方なら分かるでしょう?」

「でも……!」



 バチッ!



 電撃音と閃光が発せられる。

 直後に、少女が膝から崩れ落ちた。


「電撃!?」

「いや、スタンガンだ。右手に持ってた」


 木南が反射的にあげた声に、俺が冷静に答える。


「あらま、ばれました? 能力、勘違いしてくれればって思ったのに……」


 影人が、変わらず笑みを浮かべながら言った。


「まぁ、いいです。また会いましょう」


 と、言いながら、影人は部屋から出て戸を閉めた。


「相馬さん!」

「あぁ」


 少女は意識を失った。もう、敵は一人になったため、悠長に待っておく必要はない。


「っしゃぁ!」


 木南は大きく声を出して、前に向かって跳ぶ。その瞬間、彼女はその場から消えた。

 能力、『急がば飛べ』。両足が地面から五センチメートル以上離れている場合、その間の時間を省略する能力。つまり、直線的で短い距離ならば、瞬間移動が可能になる能力だ。

 木南はその機動力を活かして、たった二跳びで扉の前に立って、扉を開いた。

 しかし、


「いない……!?」


 扉の先に、影人の姿は無かった。


「瞬間移動……ですか?」

「それは考えにくいな。鎌をかけて能力を勘違いさせようとしてた奴だからな。こんな分かりやすい能力を、こんなとこで使うようなことはしないだろ」


 俺の考えすぎ、という確率もないわけではないが。


「なら、他の仲間のサポート、か……」


 いや、待て……


「……だとしたら、まずいかもしれない……!」

「えっ……!?」


 俺の声に、驚いたような声を木南が出した。


「椎名と愛戸が……!」


 という声を出す直前には、もう走り出していた。

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