第2話 炎の男

「能力『数撃っても当たらず』」


 何を言っている……? 能力? 俺はお前ではないのか?

 分からない。何もかもが。しかし、答えを出すことを待つことなく、『夢の男』は地面を蹴った。


「くっ!」


 炎の男も、合わせて一歩後ろに下がる。

 だが、それもそこまで意味は無かった。

 『夢の男』が地面に手を付けたとほぼ同時に、炎の男が地面にのだ。


「なっ!」


 当然、炎の男は慌てて脱出しようとする。しかし、いくらもがいても炎の男が地面から出てくる事は無かった。

 でも、俺が気になったのはそこではなかった。

 炎の男が暴れているところで、水しぶきのような物が跳ねているのだ。道路が池にでもなったのか?


『気になるようだな』


 ――なんだ!?

 頭の中に、直接声が流れ込んでくるような感覚。テレパシーかよ!

 その声に気を取られて、炎の男が動かなくなったことに気が付かなかった。


『何を驚いている。前もやっていただろ』

「いや……お前が喋ってないのに、何で聞こえたんだろうってで思っただけだ……」

『喋らずとも、頭に文字を浮かべるだけで聞こえる。俺達は同じだからな……もしかして、お前声に出して喋ってたのか?』

 ――当たり前だろ……


 これから『夢の男』に話す時は、声を出さないようにしておこう。

 そう心に決めてる間に、『夢の男』は炎の男に近づいた。


「くそっ!」


 地上に残っている口を何とか動かして、炎の男は言った。


 ――なぁ、

『なんだ?』

 ――何でお前は、そんなことが出来るんだ?


 能力、の事だ。

 分かっているだろうが、俺には能力なんて使えない。なのに、俺と同じと言っている『夢の男』が使えるとは思えない……いや、交代する前に、違うんだよ、とも言ってたな。


 ――やっぱり、俺とお前は違うのか?

『当たり前だ』


 と、適当に返しながら、『夢の男』は手を伸ばした。


『お前に、俺の能力の詳細を教えてやる』


 今頃かよ……と、心で呟く。その後に、やべ、聞こえてたんだったと慌てるが、『夢の男』は気にする事無く、話を続けた。


『俺の能力は、触れたものを強制的に』


 少しおびえているような表情を見せている炎の男に、『夢の男』が触れた瞬間、



『液体化させる能力だ』



 直後、男の顔が赤い血のような物に変化して、周りに散らばる。かと言って、『夢の男』に返り血(のような物)が飛んでくるわけでもなく、炎の男の背後だけに飛び散った。


「なっ……!」

『ちなみに、液体化させた物質は、ある程度体積や動きを操れる』


 人を殺したというのに、『夢の男』は淡々と説明を口にした。


「何で……殺したんだ……!」

『正当防衛だろ?』

「過剰防衛だよ! あぁ……! くそっ!」


 今後悔しても遅い。分かっていても、声に出さずにはいられない。


『問題ねぇよ。捕まっても、どうにでもなるんだから』

「結局、犯罪者じゃねぇか……!」


 どうしようもなく、頭を押さえて下を向く。せっかく、問題をそこまで起こさずに生きてきたのに。


『何を言ってんだ』


 その言葉を聞いてから数秒間、俺に対しての言葉であることに気付かなかった。


「……どういう事だ?」

『お前は、もうとっくに犯罪者だぞ』


 くっくっく……という笑い声を、『夢の男』が発した。

 俺が犯罪者? そんなわけが無い。俺が犯罪を起こした記憶なんて、ないのだから。

 そんなことを考えている俺を無視して、『夢の男』は死体と逆の方向に歩き出す。しかし、数歩歩いた後に、その足は止まった。


「誰だ」


 『夢の男』が、久しぶりに肉声を発する。その彼の前には、男と女が一人ずつ、立っていた。


「おいおい、副団殺してるぞ……」

「どうしますか?」

「とりあえず、捕獲だな」


 見た目、三十代の男と、二十代の女が会話する。

 男の方は、茶髪でスーツを着ている。身長はかなり高い方で、体も細い。

 女の方は、ここから見るとかなり身長が低いように見える。男と並んでいるからだろうか。緑の髪に派手でしゃれた服を着ている。原宿系か?

 そんな二人の会話を聞いて、『夢の男』も構える。具体的には、手を地面につけようとしていた。しかし、


「んじゃ、行きます、か!」


 と、掛け声をかけて、緑の髪の女が地面を蹴った。直後、


 ガンッ!


 と、衝撃音を鳴らして、『夢の男』の腕が蹴り上げられた。


「っ……!?」


 馬鹿な。『夢の男』と女の間には、十数メートルの間隔があったはずなのに。

 俺が口を開いて、何かを考えてる最中にも、女は動きをやめなかった。


「らぁ!」


 『夢の男』が、腕を大きく振って女を払いのけようとする。しかし、女は液体化することのない腕を持って、固定した後、手首に手錠をはめた。


「こんなもん……!」


 と、必死な声色で手錠の鎖部分を液体化させた。しかし、


 ドッ。


 と、静かな音が俺の耳に入ってきた。

 まだ動いていなかった茶髪の男が、発砲したのだ。恐らく、麻酔銃だが。

 『夢の男』が膝をつく。そして、何とか自由にすることが出来た両腕を、地面に付けないように気を付けながら、その場に倒れた。

 その直後、俺の頭に音声が流れ込んできた。


『おい』


 その声は、余裕すら見えた。


『交代だ』

「は?」


 その後に、意識がどこかに引き寄せられるような感覚に襲われた後、重力が復活した。

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